またまた「後は野となれ山となれ」です

【余録】終戦翌年の1946年、毎日新聞は草案段階の日本国憲法について「世論調査」を行っている。いまと異なり、全国から男女2000人の「有識者」を抽出し、聞く方法だった。象徴天皇制について「支持」は85%で、「反対」13%を大きく上回った(同年5月27日紙面)。昭和天皇の「人間宣言」を経ての皇室の新しい位置づけが、国民に受容されていた傍証と言えよう▲憲法制定から約80年で迎えた皇室を巡る変化だ。皇族数確保に向けた改正皇室典範の成立である。旧宮家の男系男子が養子縁組で皇室に入ることができ、男子が生まれれば皇位を継承する資格を持つ▲「立法府の総意」を逸脱し、高市早苗内閣は皇位継承問題に踏み込んだ。男系男子に固執して天皇陛下と36~38親等離れた旧宮家と縁組みすることは果たしていまの社会に適合し、真に皇室の伝統を重んじているか▲「象徴」という難しいあり方を昭和天皇、上皇さま、天皇陛下は実際に示されてきている。2019年の小紙調査でも7割以上が象徴天皇制を肯定している。戦後日本に定着した国民と皇室の関係だ。男系男子派の多くが唱える「万世一系」とは異なる▲どうか、政治が旧宮家の養子縁組をゴリ押しするようなことは厳に慎んでもらいたい。女性皇族が結婚後も皇室に残れるようになった。女性・女系天皇実現に向けた一歩となる▲皇室の将来を巡る議論は縛られていない。国民が主体的に考えていくことが、政権と議員だけで進んだ典範改正の教訓であろう。(毎日新聞・2026/07/18)

 外国人特派員の女性記者が、「皇室典範」改正問題の国会での議論を聞いていて、「日本はいったい、いつの時代にいるんだ」という意味のことを言われた。外国の方から言われるまでもなく、ぼくだって、この「改正問題」を発議し、その根拠を述べ立てている総理大臣をはじめとする国会議員の「天孫降臨・万世一系・2600年・126代」という四点セットを恥ずかしげもなく繰り広げるのを聞くにつけ、この社会は「お伽(とぎ)の邦」ならぬ「神話の世界」に住んでいるようだと、著しく違和感を持ってしまうのです。総理大臣に至っては「126代男系男子で皇統が連綿と続いてきたのは、まぎれもない事実です」と、あの顔であああの顔で、恥ずかしげもなく「嘘」を言い募る始末。この首相の騙るところには、無数の嘘が混じっています。そのいちいちを云々するのは「大人げない」ので、ぼくはやりませんが、たった一つだけ、よしんば「126代続いた」として、そのうちのかなりが「神話」の世界の話です。

 それでは「神話」とは何ですか、と尋ねたくなります。神話と歴史を同一のものとするような総理大臣は、ぼくには不要な存在。「(しん‐わ【神話】とは) 原始人・古代人・未開社会人などによって、口伝や筆記体で伝えられた、多少とも神聖さを帯びた物語で、宇宙の起源、超自然の存在の系譜、民族の太古の歴史物語を含むもの。その起源は、自然現象を擬人的に解釈しようとしたことや、人類に共通な無意識・下意識の欲求を投影したことにある。たとえば、ギリシア神話や、日本の「古事記」にある神話のたぐい。 一般には絶対的なものと考えられているが、実は根拠のない考え方や事柄」(精選版日本国語大辞典)とあります。

 ぼくは能登半島の田舎町の小学校低学年で、学芸会に出た、その舞台のありさまを、今もなお鮮明に覚えています。演目は「浦島太郎」もちろん主役はぼくではない。ぼくは「龍宮城」から戻ってきた浦島太郎が、どこかの海岸で玉手箱を手にしているのを通りすがりに見て一言、「昔くさいひとだなあ」というセリフを呟いた。ここで観客がどっと笑ったのまで覚えています。当たり前えでしょう。虐められている亀を助けて、海の底に赴き、そして帰ってきたのだが、時間は何百年も経っていたのですから。ここにも日本古代の歴然とした国生み伝説、いや神話が描かれています。小学2年か3年で、ぼくは「万世一系」に連なる神話の中に入っていたことになります。

 長い間、ぼくは「龍宮城」というところはどんな善場所か、いつかは行ってみたいと本当に切願していました。大学に入って、しばらくして、新宿に「龍宮城」があることを知り、いそいそと出かけたものでした。そこは、まだ若かったぼくには「夢の国」でした。まさに「絵にもかけない美しい」岡場所だったし、「タイやヒラメの舞い踊り」「ただ珍しく面白く」「月日の経つのも夢のうち」と逆上(のぼ)せ上って、勘定を払う段になって、「目の玉飛び出るもの凄さ」だった。以来、ぼくは煌(きら)びやかな「龍宮城」のような怖いところには二度と行かなくなったのでした。

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◎ 浦島太郎 (うらしまたろう) = 浦島太郎の話は,一般には次のようなものとして知られている。浦島は助けた亀に案内されて竜宮を訪問。歓待を受けた浦島は3日後に帰郷するが,地上では300年の歳月が過ぎている。開けるなといわれた玉匣(玉手箱)を開けると白煙が立ち上り,浦島は一瞬にして白髪の爺となり死ぬという内容で,動物報恩,竜宮訪問,時間の超自然的経過,禁止もしくは約束違反のモティーフを骨子とする。奈良時代の《日本書紀》雄略22年の条,《万葉集》巻九の高橋虫麻呂作といわれる〈詠水江浦島子一首幷短歌〉,《丹後国風土記》,平安時代の漢文資料〈浦島子伝〉〈続浦島子伝記〉などにも記述がみえる。これら古記録には亀の恩返しという動物報恩のモティーフはなく,《万葉集》を別として,丹後水江浦日下部氏の始祖伝説の形をとっているところに特徴がある。時代が下って室町時代の御伽草子《浦島太郎》になると,動物報恩の発端が登場し,浦島が鶴となって丹後国浦島明神にまつられるという形をとるようになる。また,浦島に“太郎”の名が付与され,竜宮城の名称が現れるのもこのころである。江戸時代の赤本類ではさらに童話化が進み,太郎は亀の背に乗って地上と竜宮城を往復する話に変容していく。浦島伝説を素材にした文学作品には近松門左衛門《浦島年代記》,明治時代に入ってからは,島崎藤村《浦島》(詩),森鷗外《玉篋両浦嶼(たまくしげふたりうらしま)》(戯曲),坪内逍遥《新曲うら島》(楽劇)などが知られている。(↷)

 現在,浦島伝説を伝える地は,京都府与謝郡の宇良神社(浦島神社),神奈川県横浜市の浦島の足洗い井戸・腰掛石長野県木曾郡の寝覚ノ床などがあり,それぞれ独自の話を伝えている。一方,昔話の〈浦島太郎〉は全国に分布し,内容的には,動物報恩のモティーフを発端とする一般型が多い。東北地方では,竜宮訪問,時間の超自然的経過のモティーフが独立した話として語られ,香川・鳥取では太郎が鶴と化す御伽草子系の伝承がみられる。奄美の沖永良部島では海彦・山彦説話と複合している。竜宮は海上彼方に楽土があるという常世(とこよ)思想の反映であろう。女から課せられた約束を男が一方的に破るのは〈蛇女房〉〈鶴女房〉などの異類女房譚の特色であり,常に人間によって禁止事項が犯され,不幸な結果を招来することになる。これは《古事記》の豊玉姫説話にも現れている古い説話モティーフといえよう。浦島説話と同型の話は,朝鮮,台湾,中国,チベットなど東アジアや東南アジアの諸国にも分布している。なかでも中国の洞庭湖周辺の伝承は,〈竜女説話〉と〈仙郷淹留(えんりゆう)譚〉の複合により成立したものとみられ,日本の浦島説話とも非常に似ているところから,浦島説話の原郷土を探るうえで重要な位置を占めている。

◎ 海幸・山幸 (うみさちやまさち) = 記紀にみえる神話の一つ。天照大神(あまてらすおおかみ)の孫で葦原中国(あしはらのなかつくに)の支配者として降臨した瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)には3子があったが,そのうち長兄火照命(ほでりのみこと)と末弟火遠理命(ほおりのみこと)(穂穂手見命(ほほでみのみこと))は,それぞれ海の漁山の猟を得意としたので,海幸彦・山幸彦ともよばれた。この2人の物語は,兄弟の葛藤の話と,山幸の海神宮訪問そして海神の女との結婚の話とからなる。兄弟がある時道具をとりかえそれぞれ異なった獲物を追ったが,弟ヤマサチは兄の釣針を魚にとられてしまう。元の針を返せと兄に責められたヤマサチは塩土老翁(しおつちのおじ)の教えにより,針を求めて綿津見神宮(わたつみのかみのみや)を訪れる。そこで大綿津見神(おおわたつみのかみ)の女豊玉姫(とよたまひめ)をめとり探していた針も手に入れる。さらにオオワタツミから水を自由に操る呪的な玉を授かって地上に帰り,その玉で横暴なウミサチをこらしめ服従させた。この時ウミサチは〈汝命の昼夜の守護人となりて仕へ奉〉る(《古事記》)ことを誓い,今に至るまで水に溺れる様を演じて仕えているという。これが海幸・山幸の話である。なおこの後トヨタマヒメがこの国を訪れ,海辺で子を生む。これが鸕鷀草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)で,神武天皇はその子である。一方ウミサチは隼人(はやと)族の祖となった。
 記紀神話におけるこの話の意義はすこぶる大きい。第一にこれは,九州南部の一大蛮族隼人族の服属起源譚の意味をもつ。東西辺境の二大蛮族蝦夷(えみし)と隼人を服属させることは,古代国家確立のための必須条件であった。隼人は蝦夷より一時期早く宮廷に服従し,交替番上して大嘗祭(だいじようさい)に隼人舞を奏したり,また同じく大嘗祭や天皇の遠行の際に犬声を発して奉仕したが(蛮族の発声に悪霊をはらう呪力があると信じられた),これらはいずれも服属儀礼であった。ウミサチが溺れる様を演じたという上の話も,実は滑稽なしぐさを含む隼人舞の起源譚である。手を焼いた隼人の服属は,いわば全国統一の最終過程における記念すべき事業であった。だからこそ隼人は天皇との至近距離におかれた。と同時に,もっとも新しい時点の歴史的事件にもかかわらず,こうした話が神代にくりこまれているのは,服属の由来の久しいことが強調されねばならなかったためであろう。天孫と隼人族の祖が兄弟という系譜関係で結ばれているのも,同じことの異なった表現にほかならない。
 またこの話は,新王誕生の物語の意味ももつ。《古事記》には,即位儀礼大嘗祭の投射をうけた同じテーマの話がいくつかある。儀礼的枠組みはあまり明確ではないが,上の物語もその一例である。他界海神国を訪問し,そこで女と宝物をえてよみがえり,対立者を倒して王となる話は,あきらかに死と復活の儀礼をふまえた話といえる。また古代の王は,天なる父として母なる地との婚姻を象徴的に演じ,自然の豊饒を招来せねばならなかった。これが即位儀礼の一環としての聖婚である。神話上から言えば,海は大きくは大地に属するものとみなせるから,オオワタツミの女との結婚は聖婚の説話化であったことになる。《日本書紀》の一書に,ワタツミノカミノ宮でヤマサチが真床覆衾(まどこおおうのふすま)の上に座ったとあるが,これが,大嘗宮で天皇が新君主として誕生する前にくるまる衾であることを知れば,上述のこともうなずけよう。

◎ 豊玉姫(とよたまひめ)= 記紀神話における海神(わたつみ)の娘。海神国に赴いた山幸彦(火遠理命(ほおりのみこと))と結婚し、御子(みこ)を生むために山幸彦を追って海辺に至った豊玉姫は、鵜(う)の羽を葺(ふ)いて産屋(うぶや)をつくる。しかし出産が迫って葺き終えぬままに産屋に入り、山幸彦に、他界の者は出産のおり生まれた世界の姿で子を生むので見てはいけないと頼む。ところがこの禁を不思議に思って山幸彦がのぞくと、姫は大鰐(おおわに)となってはいくねっていた。辱めを受けた姫は、生んだ御子(鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと))を海辺に置き、海への通路を閉じて去る。この神話は世界に広く分布する、始祖誕生を含む異類女房譚であろう。なお、こののち姫は妹の玉依姫(たまよりひめ)を御子の養育のために遣わし、玉依姫はこの御子と結婚して神武(じんむ)天皇以下の母となる

◎ たまより‐ひめ【玉依姫】= ( 古く「たまよりびめ」とも。「たま」は魂、「より」は憑依する意 ) 記紀神話で、海の神の娘。姉の豊玉姫が天孫彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)の子彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)を産み落として去った後、其の子を養育した。その後、育てた彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊と結婚して、神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)(=神武天皇)を含む四人の男子を産んだとされる

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 「記紀神話」がどんなに面白いか、その証拠に、こんな物語(神話)はこの国にのみ独特のものではなく、「浦島説話と同型の話は,朝鮮,台湾,中国,チベットなど東アジアや東南アジアの諸国にも分布している。なかでも中国の洞庭湖周辺の伝承は,〈竜女説話〉と〈仙郷淹留(えんりゆう)譚〉の複合により成立したものとみられ,日本の浦島説話とも非常に似ているところから,浦島説話の原郷土を探るうえで重要な位置を占めている」とされてきました。「天孫降臨」を歴史事実と信じる人々は、この先、どうするのでしょうかか。「天孫降臨・万世一系・2600年・126代」という四点セットを普及する試みは、明治以降にも、あの手この手で試みられました。ぼくが学芸会で演じた「子ども役」も、記紀神話教育の申し子だったといえます。もちろんぼくは「鬼っ子」ではありましたが。浦島伝説で驚いたことはいくつもあります。海中深く潜るときの呼吸はどうしていたのか。さらに怖いのは「山幸彦」と結婚した「豊玉姫」は「大鰐(おおわに)」だったという件(くだり)でした。腰を抜かしたドコロの話ではありませんでした。(右は参政党謹製の「皇紀歴」だそうです)

 この豊玉姫が生んだ「彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊」と、多摩依姫は結ばれて、一男児を生みます。それが「神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)」です。日本国(ニッポンコク:皇国史観はの読み方)初代天皇である「神武天皇」でした。(「今上(こんじょう)天皇」と首相は過日は堂々と発音していましたが、昨日は「今上(きんじょう)天皇」と言い換えていました。果実の読み方は「言い間違い」だったんですか。そんな程度で大丈夫ですか)どこの国でも、成り立ちは似たようなものでしょう。でもこの「神話」に属する物語を「歴史事実」と言い張るバカな首相が存在するのは、「日本(ニッポン)」だけでしょう。

 今回も、ぼくは「後は野となれ山となれ」と叫びました。「目の前の話には落とし前は付けた。だから、この先はどうなってもかまわない。あとは野となれ山となれ」と、ぼくが言うのではありません。当然でしょう。姉が産んだ「大鰐の子」と妹は結婚し、その子が「神武天皇」だというのですから、これは、あるいは人間ではないともいわれるでしょう(異類婚)。「万世一系、皇統126代(2681年)」をどのようにして、国民に周知させるのでしょうか。(「皇紀=日本書紀に記された神武天皇即位の年を元年として定められた紀元。皇紀元年は西暦紀元前六六〇年にあたる)(デジタル大辞泉)

 そのための「国旗損壊罪」制定だったことがわかります。実に鬱陶しいと、ぼくは考えます。でも、この珍奇な「歴史的国会」を乗り切った愚か者たちは、この先に、いかなる展望も見いだせないままでしょう。だから、ひたすら「先祖返り(竜宮城)」をするほかないのです。それでは展望が開かれないだろうが。だからこそ「後は野となれ山となれ」と叫ぶしかないのです。故障している「絶叫マシン」に搭乗したものたちのように、「絶叫しながら、墜落していく」ほかに道はないのでしょうから。ぼくは絶叫マシンには乗らないし、国旗を損壊もしなければ、無条件に敬礼もしない。これまで通り、おかしいことはおかしいといい続けるばかり。「野となり山となった」国土に佇(たたず)み、孫子のために、当たり前の人間が生きていける時代や社会を築きたいと念じています。神話ではなく、ささやかな歴史を歩みたいものです。

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