淀みに浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びて

 どうでもいいことのように思われてくるのですから、ぼくも、いよいよ焼きが回ったなあと、漫(そぞ)ろ悲嘆に暮れかかってしまう。永田町の政治と言えば聞こえはいいが、何のことはない、誰彼かまわずに暴力沙汰に及ぶ、そんな荒廃した永田町立政治学校の中で、特別に破綻をきたしている国会(教室)の「目も当てられない学級崩壊」状況を連日にわたって見せつけられています。この学級を抑えているつもりになっているのが、媚を売り、やたらに威張るだけが得意芸の、無能無恥な「女番長(Female Gang Leader)」とくれば、それを裏から操っているつもりの、老い先長くない「権力爺さん(Power-hungry)」も睨みを利かせるという、醜悪な国家略奪一味の「大和・夏の陣」です。

 この老人のたっての祈願が「男系男子の天皇(継承)」とやら。なんだか「方丈記」が描く「御所(神御一人)」と切り結ぶ「平氏一族」の徒な政略に似て来るから奇怪至極です。「やくざ紛(まが)い」に「ハングレ集団」が徒党を組んでいるという日には、「鬼に金棒(引き)」で、どこまで墜ちる「政道」ぞ、というほかありません。「金棒引き」とは「 うわさなどを大げさに触れ回る人」(デジタル大辞泉)を言う。大方のメディアもまた、御用新聞・御用聞きテレビですね。「世界は日の出を待っている」談ではなく、「世界は倭(やまと)を嘲笑(あざわら)ってる」んですな、あんなに程度の低い、しかも人倫においても酷い国だったか、これでは、「昔(日米戦争時)といささかも変わってないじゃん」と言っているようです。

 永田町で生じている「国会毀損劇場」は「白昼夢」ではなく、昨日、今日と実際に生じている「リアルポリティック」であると気が付けば、まことに嘆かわしいとばかりも言っておれないのです。暑さと高湿度で、もう卒倒寸前。お家の一大事なのに、「家の跡取りをどうする」「家を出ている、誰それに養子を迎える」などと、悠長な皇室談義です。石油は高騰の上に、輸入量が不足することは誰もがわかっていること。円安は物価高を齎(もたら)し、国の借金が嵩(かさ)みに嵩んでいるから、長期金利(10年物の国債金利)は3%目前。政府はここにきて、年金機構の財産に手を付けようと、禁じ手破りに乗り出したよう。《「令和のPKO」急浮上 GPIFで国債買い支え論、市場は疑問視》と日経新聞(2026/07/13)が報じる。背に腹は代えられぬというのかどうか。おそらく、もはや手遅れの感が強いのだが、いってみれば「お家騒動」にうつつを抜かしているのですから、お目出度い「神話の国」ですな。

 本日、小生の俎板(まないた)に載せたのが(昨日付の朝日新聞のコラム)「素粒子」です。「素粒子」が新聞本体の「アキレス腱」ではないかという世評もあるほどに、老化著しい本体にあって、一人気を吐いている風情があります。一人気を吐けば吐くほど、本体が気息奄々となるという珍現象。末期の修羅ですね。❶「ジェンダーはジェンダー」でしかない、建前の議論さ。「男尊女卑」こそがこの島国の麗しい伝統だと男議員も女議員もこぞって言い立てるのは、「天皇」という存在を尊敬も尊重もしていない、あからさまな証拠。あるいは「人間」ではないとまで思っているのかも。その昔に、「女は子どもを産む機械」との賜った与党議員がいた。今だって、ね。❷党派的対立を抜きにしたら、全体主義、だからO代表は本音を語ったにすぎませんが、語るに落ちるとはこのこと。「全体」の一部に「ナリタヤ」という醜態の一場面。この「中道」は政治の外道であって、消滅直前の足掻(あが)きすら見せられないのだ。❸誰が言う、「安倍氏は戦う政治家」だったと、か。小心で、内弁慶の「売り家 と 唐様で書く 三代目」でしかなかったと、ぼくは断じるよ。弱い者いじめを十八番にしていただけの小物でしたね。悪事を重ねて、最後は逃げたではないか。この「史上最長政権」首相に懸想をしたのが、現首相だったが、元首相、本音のところは、「袖にしたかった」そうです。

 と、「素粒子」ごときに悪態をついても始まりません。現行「皇室典範」は、何処まで行っても「男尊女卑」が背骨。背骨を脱したら、皇室の権威も伝統もなくなるというようですから、背骨付きでやらせればいいとぼくは考えている。「後は野となれ、山となれ」ですね。ここにきて、ぼくは「方丈記」の冒頭が自然に口をついて出てきます。「淀みに浮かぶ泡沫(うたかた)」は消えたり現れたり。しかし、どこまで流れようが、「泡沫(うたかた)(ほうまつ)」は「あわ」「あぶく」でしかないではないか。やがて、その泡沫さえもが、潰える運命にあるのです。

 図らずも、この国は「神話」を、今もなお持ち出す、絶滅危惧国家です。「万世一系、2680年、126代」にわたって、連綿と続く、世界に稀なる「天皇統治」国家だという触れ込みは、百五十年前にも持て囃され、今も「永田町」では「伝家の宝刀」視されている「神話仕立て」なんですよ。こんな物珍しい「物語(ミュートス)」を背広でネクタイのあんちゃんやスーツ姿に真珠のネックレスの姐さんたちが、真顔で口にするのですから、手に負えない頽廃の極北にあるというべきでしょうね。

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◎ 天孫降臨【てんそんこうりん】=天皇家の由来と古代国家の起源に関する神話。6―7世紀の成立とされる。記紀によれば,天照大神が孫の瓊瓊杵(ににぎ)尊に神宝(三種の神器)を与え,天壌無窮の神勅を発し,天児屋(あめのこやね)命などの神々を供に高天原から日向(ひむか)の高千穂峰に降臨させたという。天皇家の絶対的神聖化を意図する神話で,天壌無窮の神勅は敗戦まで日本の国体の基礎をなすものとされていた。(百科事典マイペディア)(⇧写真は宮崎・高千穂神社)

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◎ 方丈記(ほうじょうき)= 鎌倉初期の随筆。一巻。鴨長明(かものちょうめい)作。1212年(建暦2)3月成立。書名は長明が晩年に居住した日野の方丈(一丈司法、すなわち約3.3メートル四方)の草庵(そうあん)にちなんだもの。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という無常観を表白する流麗な文章に始まり、五つの大きな災厄がまず記述される。京都の3分の1を焼き尽くした安元(あんげん)3年(1177)の大火、治承(じしょう)4年(1180)の旋風、同年、平清盛(きよもり)によって突如強行された福原(現在の神戸市付近)への遷都、養和(ようわ)年間(1181~82)の大飢饉(ききん)、元暦(げんりゃく)2年(1185)の大地震と打ち続く大きな災厄の前にあえなく崩壊していく平安京の光景が迫力ある筆致で描かれる。そして「すべて世の中のありにくく、我が身と栖(すみか)とのはかなくあだなるさま、またかくのごとし」と、この世の無常と、人の命のはかなさが強い語調で結論づけられる。続いて長明に訪れた「折り折りのたがひめ(不遇)」のため、50歳ころ出家、60歳に及び日野に方丈の庵(いおり)を構えるに至った経過が述べられる。庵の周辺は仏道の修養、管絃(かんげん)の修練には好適の地で、そこは長明に世俗の煩わしさから解放された安息を初めて与えた地であり、「仮の庵(いほり)のみのどけくしておそれなし」と賞揚される。しかし、末尾に至り、閑寂な草庵に執着する自らを突然否定し、「不請(ふしゃう)の阿弥陀仏(あみだぶつ)(人に請(こ)われなくとも救済の手を差し伸べてくれる阿弥陀仏の御名の意か)」を唱えて終わる。(↷)

 前半でこの世の無常を認識し、後半において草庵の閑居を賞美、かつ末尾ではそれらを否定するという一編の構成はきわめて緊密である。漢文訓読調を混ぜた和漢混交文は力強く、論旨を明快なものとしている。とりわけ五大災厄の描写は緊張した文体で、的確、リアルできわめて印象的である。慶滋保胤(よししげのやすたね)の『池亭記(ちていき)』(982成立)などを倣ったものと考えられるが、『平家物語』(13世紀後半成立か)をはじめ、後の中世文学に大きな影響を与えており、『徒然草(つれづれぐさ)』(1331ころ成立か)と並んで、中世の隠者文学の代表である。大福光寺本は鴨長明の自筆かといわれる写本で、その価値は高い。五大災厄の部分を欠く「略本方丈記」といわれるものもあり、長明の自作とも後人の偽作ともいわれ、定説をみない。(日本大百科全書ニッポニカ)

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