こんにゃくに煉瓦に座布団だって、さ

【春秋】隠語で「煉瓦」とは? 「レンガ」を手に持った経験はあるだろうか。童話の子ブタが家を造った、あの赤い塊ではない。政界の隠語では1千万円分の紙幣の束をそう呼ぶという。最近のテレビドラマ「銀河の一票」にも出てきた。政治には素人の女性が都知事選に挑む物語。選挙には莫大(ばくだい)な金がかかり、札束が飛び交う現実を示す小道具としてレンガが使われた▼福岡県政への不信を招く問題が次々と明らかになる中、県議会のポストを巡って多額の現金授受に絡む証言が報じられた。正副議長を務めた県議2人が、自民党県議団の幹部に計2750万円を現金で渡していたという▼証言によれば「汗をかく気はあるか」と県議団幹部に問われ、ゴルフ代名目で大金を要求された。汗をかくとは、カネの支払いを意味する内輪の隠語らしい▼550万円、1千万円、400万円…。ゴルフ代や車代に幾度も現金を渡したそうだ。カネを受け取ったと名指しされた県議は「事実無根」と否定している▼国会では政治とカネを巡る改革は停滞したままだ。足元の県議会まで、ゴルフや料亭通いの傍らで札束をやりとりする前時代的な慣習があるとすれば、もはやどの政治家に思いを託せばいいのか▼多くの人にとって、帯封の紙幣の束を手にする場面など、そうそうない。つましく真面目に暮らす庶民の落胆と怒りは伝わっているか。隠語の汗ではなく、県民のために流す汗を見せてほしい。(西日本新聞・2026/07/08)

 これは福岡県議会内だけの問題であって、他県ではそんな破廉恥は絶えて見られないというのなら不幸中の幸いというべきか。「そんなわけねえだろう」という声がこだましているようです。これとは別に、県庁の幹部職員らが県議たちの政治資金パーティのパー券購入を長年続けていたり、県議たちの海外視察旅行に多額の公金・ポケットマネーが動いたりと、まさに「金塗(まみ)れ」の政界地獄ではあります。かかる慣行(悪習)が何十年と継続してきたことに、ぼくは一興を禁じ得ません。ぎかいのしごとをしらないわけではありませんから、なおさら、愚連隊もどき議員たちが行う「政治」というものが、どの程度のモノか、ほとんど察しが付くというもの。(右は1000万円の束(2つ)=煉瓦2枚分(らしい)。こんにゃくは100万で座布団は1億円だってさ。政界隠語・符牒・符丁というらしい)

 これが「政治」というものかこんなことを日常的にしているのが政治家なんだという社会通念が出来上がっているがゆえに、政治家は通念に従ったまでというのでしょうか。政治家と書いて「金へんに袋」「私腹を肥やす」と読ませるというほかないのでしょうが、それにしても「酷いものですね」と嘆いていても始まりません。各県にある日刊新聞は、深く長く地域と密接にかかわりを持ってきたがゆえに、お膝元の「スキャンダル」に切り込みがたいというハンデがあることは否定できません。(その典型と言えるかどうか、ぼくの印象では近畿地方にある「 N 新聞」などが権力に与しているというか)

 それ故に、ぼくは福岡県に本社のあるこの新聞社の健闘を評価しますが、だからと言って、どうなるものでもないでしょう。(仄聞するところ、この社は経営が盤石だとは言えないという)事は県議会議員の目に余る醜聞、事件性のある問題ではありますが、果たして、いずれは告訴や告発に至るかどうか。県警の監督は県知事の仕事であり、県知事は、多くは県内与党の支配(指示・支持)の下にあると思われますから、いわば「三すくみ(知事・議会・県警)というのか、どこかが絶大な権力を行使するということが極めて困難な事態にあるのがほとんどでしょう。そして、「人の噂も75日」というように、時間経過とともに醜聞も事件も「消化不良」のままでいつしか消えてゆく。

 日本の組織は、何処も「ピラミッド型」をなしています。各種議員の支持組織でいうなら、三角形の底辺は有権者(支持者)でしょう。だから、この層が賢明な判断ができなければ、いつだって、何処にだって同じような醜聞は発生します。この社社会の「伝統」といってもいい、権力と金(政治に金がかかる、という)、です。政治の正常化とか、政界の浄化という「念仏」が事あるごとに叫ばれ、唱えられてきました。一例ですが、県知事が賄賂(わいろ)をもらって政治を歪めていた、その結果、辞職に追い込まれて、知事選挙が行われる。新たな知事は、政治の改革などと有権者に訴えて、無事に当選を果たし、二期・三期と続けるうちに「前例踏襲」よろしく、きっと金塗(まみ)れになって追及を受ける羽目に陥ります。(右上は福岡県議会棟)

 いたるところで、このような『賽の河原の石積み」が繰り広げられてきました。福岡県議会の現議長は、現下の劣島政権与党 A 副総裁の最側近とされます。おそらく、政界地獄というところは、いつだって「金に物を言わせる人物」が絶対支配権を掌握するんでしょうね。今まさに、いたるところの地方政治も壊れています。その歩みは永田町の進み行きと軌を一にしているでしょう。(「浜ノ真砂」と「盗人の種」、同じように「政界汚職」の「種も苗も幹も枝葉」も、同じように尽きることはなさそうです。かくして「まともな政治」とは、「日暮れて道遠し(The sun is setting and the road is long.)」です)

◎ 賽の河原さいのかわら)= 親に先だって死んだ子供が苦を受けると信じられている冥土(めいど)にある河原。西院(さいいん)(斎院)の河原ともいう。ここで子供が石を積んで塔をつくろうとすると、鬼がきてそれを崩し子供を責めさいなむが、やがて地蔵菩薩(じぞうぼさつ)が現れて子供を救い守るという。このありさまは、「地蔵和讃(わさん)」や「賽の河原和讃」などに詳しく説かれ、民衆に広まった。賽の河原は、仏典のなかに典拠がなく、日本中世におこった俗信と考えられるが、その由来は、『法華経(ほけきょう)』方便品(ほうべんぼん)の、童子が戯れに砂で塔をつくっても功徳(くどく)があると説く経文に基づくとされる。また名称については、昔の葬地である京都の佐比(さい)川や大和(やまと)国(奈良県)の狭井(さい)川から出たという説、境を意味する賽から出たという説などがある。(日本大百科全書ニッポニカ)

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