
【春秋】つかの間の管理人とは <米国という所は、人間社会の善悪の両極端を見る事の出来る所なのですから、人はどちらへなりと随意に好む方へ行く事が出来ます>。明治の文豪、永井荷風が発表した小説「あめりか物語」の一節は今にも通じる評である▼7月4日、米国は1776年の建国から250年を迎える。英国の茶税に怒った植民地の人々が、大量の茶箱を海に捨てたボストン茶会事件も契機となり、13の植民地は結束し、独立戦争に至った▼独立宣言の起草者は、後の第3代大統領ジェファソン。宣言は世界に影響を与えた。「全ての人は平等に創られ、生命、自由、そして幸福の追求という譲り渡すことのできない権利を創造者から与えられている」▼実際は「全ての人」ではなかった。宣言は先住民を「無慈悲な野蛮人」と記して、奴隷制や人種差別の矛盾を長く抱え続けた。間違いを正しながら、進んできた国でもあった▼半世紀前、建国200年に際して、当時のフォード大統領は演説した。「忘れてはならない。われわれは皆、この偉大な国を預かるつかの間の管理人に過ぎないことを。他者の自由を広げる者ほど自らも自由になることを。法なくして自由は存在し得ないことを」。紙幣や旅券に顔を載せたがる第47代大統領に聞かせたい▼この先、星条旗は善へ向かうのか、悪へと流されるのか。つかの間の管理人である自覚を問われているのは、米国だけではない。(西日本新聞・2026/07/04)
(ヘッダー写真は「野萱草(ノカンゾウ)」=ノカンゾウは、ワスレグサ科ワスレグサ属の多年草。夏に花を咲かせる野草)

本年五月、北京で行われた米中首脳会談で、ぼくはとても印象的な、あるいは強烈な皮肉とも受け取れるような場面に出くわしました。中国 S 主席が、アメリカの建国250年を寿(ことほ)いだ際に、それこそさりげなく、「我が国には5000年の歴史がありますが」と、言葉を挟んだ。この瞬間、間違いなしに中国は米国をいろいろな面で凌駕したという表白を世界にむかって宣言したのだと思いました。アメリカが、たった一人の性悪な「暴君」の常軌を逸した振る舞いで、それこそ「世界の警察官」という『名誉ある」地位から、あからさまに引きずり降ろされたという感覚を持ったアメリカ人も多かったかもしれません。
アメリカ独立宣言には崇高な人権思想が述べられていました。しかし同時に、拭いがたい、あるいは隠しおおせぬ反人権イデオロギーも同居していた「宣言(declaration)」だったとぼくは考えてきました。それが250年たっても、いささかも変わらないどころか、むしろ激しい「人種差別」「人権侵害」が横行する社会・国家になってしまっています。そこから立ち直ることは容易ではないと思われます。
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《1776年7月4日、大陸会議におけるアメリカ13連合諸邦すべての一致した宣言:われわれは以下のいくつもの真実を自明のものと考える。すなわち、すべて人は平等に造られ、創造者によって、生命、自由、および幸福の追求を含む奪うことのできない一定の権利を与えられている。これらの諸権利を確保するため、人々の間でその正当な権限が被治者の合意に由来する政府が形成されることになったのである。いかなる形態の政府であれ、この目的に有害なものになるときには、これを変革ないし廃止し、新たな政府を形成し、安全と幸福を最も良く実現するような原理の基盤を築き、安全と幸福を最も良く実現するような権力を組織することは人々の権利である。もちろん、慎重な見方からすれば、長きにわたる政府は軽微な一時的な理由によって変革されるべきでない。したがって、これまでの経験からすれば、人類は、悪が耐えられるかぎり、これまで慣れ親しんだ政体を廃止することによって自らの状況を正すよりも耐え続けるという性質をもってきた。しかし権力の乱用や権利の侵害が継続的かつ一貫して行われ、人々を絶対的専制のもとにおく意図が明白となるとき、そのような政府を打倒し、未来の安全のため新しい政治体制を設立することは、人々の権利であり、また義務である。これこそが、われら植民地が耐え忍んできた苦悩であり、これが、いまやこれまでの政治体制を変革することに向かわせる必要なのである。現在の英国国王の歴史は、繰り返される傷害と強奪の歴史であり、われら諸邦に絶対的暴政を確立することを直接目的としてきた歴史である。これを証明するため、公正な世界に対し以下の事実を提示する》(以下略)」(データベース「世界と日本」https://worldjpn.net/documents/texts/pw/17760704.D1JX.html)
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この「宣言」で厳かに謳われている「すべて人は平等に造られ、創造者によって、生命、自由、および幸福の追求を含む奪うことのできない一定の権利を与えられている」文言の中に「先住民(indigenous people)」は含まれていませんでした。「実際は『全ての人』ではなかった。宣言は先住民を『無慈悲な野蛮人(the merciless Indian Savages)』と記して、奴隷制や人種差別の矛盾を長く抱え続けた。間違いを正しながら、進んできた国でもあった」とはコラム「春秋」氏の指摘です。確かにその通りでしたが、事態はより深刻な方向に進んできたのも事実だったでしょう。よく「アメリカはコロンブスによって発見された」と言われますが、それはどういう意味だったかを熟考すべきです。実際は「侵略(invasion)」「略奪(plunder)」だったというに等しいのではなかったか。この事態は、当時よりもさらに拡大強化されたかたちで、差別国家(アメリカの社会)を席巻していないでしょうか。

「1492年10月12日、クリストファー・コロンブスがヨーロッパから大西洋を横断し、アメリカ大陸周辺の島であるサン・サルバドル島に到達した。コロンブスを契機として、多くの航海者がヨーロッパからアメリカ大陸へと渡り、ヨーロッパ諸国によるアメリカ大陸の植民地化が進んだ。ヨーロッパ世界にとっては、コロンブスのアメリカ大陸周辺諸島への到達は新世界の発見にほかならず、その後のアメリカ大陸の帰趨を決定付ける象徴的な出来事であったことから、長らく「アメリカ大陸の発見」という言葉で語られてきた。/一方で、コロンブス以前からアメリカ州の先住民族が定住していたことは動かぬ事実であるから、全人類の中で最初にこの大陸を発見した人物がコロンブスでないことは言うまでもない。先住民族らからは、「アメリカ大陸の発見」はヨーロッパ中心主義に基づいた不適切な言葉であるとたびたび批判されてきた。さらに、先住民族以外にもさまざまな文化圏の人々がコロンブス以前にアメリカ大陸に到達していた可能性が指摘されるようになっている」(Wikipedia)

50年前の、当時の大統領の「忘れてはならない。われわれは皆、この偉大な国を預かるつかの間の管理人に過ぎないことを。他者の自由を広げる者ほど自らも自由になることを。法なくして自由は存在し得ないことを」という自己規定の姿勢は、今や見る影もないほどに、この国は惨憺たる状況に喘いでいると、ぼくには見えます。アメリカ社会は分断され、瓦解しているとさえ思われます。250年記念行事の醜悪なさまを垣間見るにつけ、ぼくはつい最近行われた「昭和百年記念式典」の俗悪極まりない醜態を思い出して、ゾッとする。時の権力者は、国家は自分のものという、あり得ない錯覚を抱くものなんですね。まともな人間なら、ほんの一瞬だって、そんな荒唐無稽な観念に取りつかれないのに。「私はニッポンコクを背負っている」と、そんなことを、いったいどこの誰ができるのでしょうか。
とにかく、国家もまた、長い歴史の中で「滑った、転んだ」と流転を重ねて、年を取る・歳を重ねる。国家といえども「老衰」も「耄碌」も避けられません。さすれば、アメリカは若年性老化現象に苛(さいな)まれているのでしょうか。この極東の劣島は「認知症(痴呆症)」に罹患していることは紛れもない事実。果たして回復できるのでしょうか。あるいは、重症化した自傷行為に狂ってもいるようです。いずれも、権力者の「知性」や「姿勢」に大きく影響されることは避けられないんですね。少なくとも、政治家は賢(かしこ)くなければ、ね。
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