
【日報抄】その朝のバスは、数人が立つ程度の混み具合だった。ある停留所で後方に座っていた女性が降車した。若い男性が空いた席に座ったが、すぐに立ち、前方のドアから降りようとする女性に駆け寄り、「傘忘れてませんか」と声を掛けた。彼が離れた席には、別の客がすかさず座った▼数年前、バスを降りようとした女性客が倒れたことがあった。たまたま病院近くの停留所だったため、運転士が近くにいた乗客と協力して病院に救急対応を掛け合った。10分ほどして運転士が戻ると、サラリーマン風の男性が「いつまで待たせるんだ」と怒声を上げた▼バスは老若男女、さまざまな人が乗り合わせる。互いに知らない同士ながら、狭い空間で人と人との距離はひどく近い。人間社会がぎゅっと凝縮しているような場所かもしれない▼前述したバスでの出来事では、ざらついた気持ちが生じた。乗り合わせた一定程度の人が同様に感じたのではないか。空いた席に真っ先に座った人や、運転士に感情をぶつけた人にも、それぞれ事情があったのかもしれないけれど…▼見ず知らずの他人の心境を「わがこと」として実感するのは難しい。けれど同じバスに乗り合わせれば、言葉を交わし合わなくても、少し想像力を働かせることができる▼そんなことを考えながら、今日もバスに揺られる。自分が見る景色に他人がいるように、同乗者の視界に自分が入っていることを意識する。自分がこの世界でどう振る舞うべきか、自問自答する時間でもある。(新潟日報・2026/06/18)
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このコラムを読んだ人は、どんな感想を持ったでしょうか。人それぞれですから、このような「出来事」「日常風景」に対しても、いろいろな受け取り方や批判などを持たれるだろうと思う。ある出来事(場面)に対して、だれもが一様の「感情」「評価」を下すことは滅多にない。車内で席が空けば、自分が座るのが当然とみなす人もいるだろうし、自分以外の、別の人が座るのにふさわしいと考える人もいるでしょう。車内で突然具合が悪くなった人がいたら、真っ先にその人を助けるために行動する人もいるでしょうし、関わりたくないと思う人もいる。運転手であれば少なくとも、起こった事態に責任をもって対処するように訓練されてもいるでしょう。人助けに手間取ったのに対して、運転手に向かって「いつまで待たせるのか」と声を荒げた人は非難されるべきでしょうか。予定時刻(仕事)に遅れることを恐れて、どうしても「文句を言ってしまった」のかもしれないし、言ってしまって「気が済んだ」かもわかりません。

コラムを書いた人がどういうつもりでこの場面を文章にしたか、多くの人には明らかでしょう。「見ず知らずの他人の心境を『わがこと』として実感するのは難しい。けれど同じバスに乗り合わせれば、言葉を交わし合わなくても、少し想像力を働かせることができる」、というのはすごく真っ当な指摘でしょう。だから、そのようになっていない状況に対して、いささかの不満や批判を持たれていることは明らかだし、「もう少し、他者の気持ちを分かってほしいものだ」ということだったでしょうか。ぼくはしばしば、誰彼に対しても、ぼくたちの社会においてはお互いに向かっての「惻隠の心(情)」が足りないなどと不満を表してきました。要するに、今日は特に都会においては、「同情」が足りない社会だという意味だとぼくは考えているからです。今回は「乗り合いバス」の一場面ですが、そこにも「他者」への振る舞いにはそれぞれの対応が見られ、その多くは「自分ならこうする」という、咄嗟の判断ができない人に対する、ある種の批判や非難めいた物言いがコラム氏の言い分に感じられたのでした。
◎ 惻隠の心 = 人の不幸を見てかわいそうだと思う、人間として当然の感情。[使用例] 惻隠の心は、どんな人にもあるというじゃありませんか。奥さんを憎まず怨まず呪わず、一生涯、労苦をわかち合って共に暮して行くのが、やっぱり、あなたの本心の理想ではなかったのかしら[太宰治*竹青|1945][由来] 「孟子―公こう孫そん丑ちゅう・上」の一節から。「もし、小さな赤ん坊が井戸に落っこちそうになっているのを見たら、だれだって『惻隠の心』を持つはずだ。それは、その子の両親に取り入りたいと考えたからとか、世間の評判を気にするからとかではない。この『惻隠の心』こそが、『仁』の出発点なのだ」と述べています。これは、「孟子」が唱える性善説の大きな論拠となっています。(故事成語を知る辞典」)

ぼくはほぼ半世紀近くも電車やバスに乗って通学・通勤していましたから、このような場面にはいつも遭遇していたと思います。若いころなら、空いているなら座りましたが、混雑していれば、ぼくは大体は座らないでいることがほとんどでした。歳をとっても基本は変わらないままでした。立つ人がいるような場合は、ぼくも立っていたと思う。ぼくは酒飲み人間だったから、同じ交通手段を使うなら「始発駅」(終着駅)から乗りたいものと、四十歳頃だったかに、ある沿線の「始発・終点」駅の傍に引っ越しをしました。通勤時間は約一時間。朝は時間通りに始発電車を利用しましたから、ほぼ座ることができました。帰りも多くは終電(午前零時)だったので、これもゆっくり座って帰ることができました。この電車通勤でも恥ずかしい酔態や醜態はいくらもありますけれど、それはそれ。社内が空いていれば座る、自分が座っていて、座ることを求めている人がいると思えば、ぼくは立つ、そんな態度をとっていたようでした。何時間も橘詰ということではないんですから、そんな心持ちだったと思います。
コラムに描かれたような場面に何度も出会いましたが、ぼくはどうしたでしょうか。若いころから、「困った人がいたら手を貸す」、それを徹底してきたように思う。若い学生たちに対して、ぼくはいつだって尋ねていました、「いい人って、どういう人を指しますか」って。多くの学生は即座に答えることがなかったと思う。不思議でしたね。そんなに難しい質問ではないのに、彼や彼女たちはすっかり考え込んでしまっていた。ぼくは意外な感を持ったし、どういうことだろうかと考え込んでしまったものでした。「困った人がいたなら、できる範囲で手を貸す(助ける)」、そんな人をぼくは想定していたものですから、ずいぶん困惑したことを記憶しています。

ぼくたちは否応なく、「集団(社会)」の中で生活していますから、他者への「思いやり・気遣い」がなければ、とても気まずい雰囲気の中で暮らすことになります。要は「他者への思いやり(惻隠の情)」が欠けると、とてもぎすぎすした気分で過ごすことになるので、それは避けたいということでした。ぼくたちの身の周りは、99%は赤の他人であることが多いでしょう。そんな他人に「惻隠の情(compassion)」もあったものではないといわれそうですが、「袖ふり合うも他生の縁」とも言いますから、赤の他人というような関係に囲まれて自分は生きているのだという現実を肯定したくなります。もちろん、いろいろな「他人」がいますから、ことは単純ではない。
一例ですが、これまでにぼくは4回引越しをして現在地にたどり着きました。徐々に都会から離れて行くという感覚でしたね。今では、ぼくの隣人は「イノシシ」「アライグマ」「ハクビシン」「タヌキ」などなど。ここにきて、漸く落ち着きを得ることができたと感じています。それまでは「隣近所に対して、気まずい思い」を抱きながらの暮らしを強いられていたと思う。もちろん、隣近所の人たちもぼくに対して同じような「気まずさ」を持たれたと思います。お互いですね。

八十を超えた老人から見れば、確実に世の中の雰囲気は「殺伐(さつばつ)と」してきたといえそうです。その理由はどこにあるか。直接的には「近所づきあい」が希薄になったということだし、間接的には長く経験してきた「学校教育」の競争的性格(雰囲気)が、決して人間性の発達(成長)にとってはいい影響を及ぼさなかったと、ぼくは実感している。ではどうするか。解答(正解)はありませんね。今のままでも、相当に社会集団機能が瓦解しているのですから、事態が行き着くところまで行くほかに方法はないでしょうね。一例ですが、欧米諸国を相手に戦争を仕掛け、完膚なきまでに負けた、そのような経験を、おそらくはもう一度は誰彼なくするのでしょうか。
ぼくはそれは望まないし、そういう事態になるまで生きながらえているとは思われません。しかし、現在の若い世代もまた「壊れてしまった状態」からものごとをはじめる、そんな「よしなしごと」を漠然と考えているんですね。事は、ある朝の乗り合いバスの一風景に終わらない、「深い崩壊」にまでつながる、社会集団の基盤の亀裂・損壊が生じているのを感じるのです。
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◎ そで【袖】 振(ふ)り合(あ)うも=他生(たしょう)[=多生(たしょう)]の縁(えん) = 道を行く時、見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるとの意。どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるのだということ。袖すり合うも他生の縁。袖の振合せも他生の縁。(精選版日本国語大辞典)
◎ 袖振り合うも他生の縁 = 道を歩いていて見知らぬ人とすれ違うのも、前世からの因縁による。行きずりの人との出会いやことばを交わすことも単なる偶然ではなく、縁があって起こるものである。[解説] 「袖振り合う」は、別れを惜しんで互いに袖を振るのではなく、人と人がふれあう、あるいはすれ違う意です。「袖の振り合わせも…」、「袖擦り合うも…」とも言いますが、ことわざの意味は変わりません。「他生」は現世を基点に前世、来世をさし、ここでは前世のことです。「多生」と書く場合は、六道の間で何度も生まれ変わることを意味します。これに続けて「つまずく石も縁の端」ということもよくありました。/日本の文化が仏教の影響を深く受けてきたことをあらためて感じさせる表現ですが、今日では、仏教的な深い意味は特に意識せず、これも何かのご縁というぐらいの軽い気持ちで使われることが多いといえるでしょう。(ことわざを知る辞典)
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