
【春秋】W杯に政治色は要らない 月曜の早朝から興奮した人も多かったのでは。サッカー・ワールドカップ(W杯)北中米大会の日本代表初戦。強豪オランダを相手に2度リードされ、2度とも追い付いた。選手の技とチームワーク、最後まで諦めない強い気持ちに感動した▼スタジアムは両チームのカラー、青とオレンジに染まった。NHKでは解説の本田圭佑さんが「肌感では6~7割がオランダ人ちゃうかな?」。それでも日本代表への声援はテレビ越しに響いてきた。選手たちの背中を大きく押したに違いない▼今大会は現地に応援に行けないサポーターが続出している。全試合の8割近くが開かれる米国は出場国のイランやハイチなどからの入国を禁止、制限する。テロ対策が名目だ▼コートジボワールやセネガルのサポーターもビザの発給を拒否された。コートジボワールのサポーター団体は「この状況は、チームを応援するという私たちの神聖な義務を果たすことを阻むものであり、深く傷ついている」と声を上げた▼さらに米国とイスラエルが攻撃してきたイランは、代表の活動拠点が直前で米国からメキシコに変更された。一部の関係者のビザ申請も却下。一方、国際サッカー連盟はトランプ米大統領に「FIFA平和賞」を授与した。何がどうなっているのやら▼世界最高峰の戦いに政治色は要らない。さまざまなチームカラーに彩られた選手たちの活躍を心から応援したい。(西日本新聞・2026/06/16)

本日は極めて短文にて。夕食事、ほぼテレビをつけている。時間は午後6時前後ですから、当然ニュース番組が多い。昨日、7時になったので「みなさまの…」局のニュースを見ていたら、なんと30分番組の半分近くが「W杯」ものでした。民放番組も当然、同じ映像を垂れ流し、この国は、どこかでやっている「W杯」の試合を飽きもしないで、垂れ流すばかり。他の人は知りませんが、ぼくはこの手の「国を挙げて」というような放送の仕方、番組の作り方には、いつも困惑している。横には「善意の無関心派」であるかみさんがいる。彼女は、何事にも「悪気がない人」と、ぼくには思われますから、ぼくはほとほとウンザリするのです。この前はWBCとやらを朝から晩まで、「打った走った」、「勝った負けた」と大騒ぎ。この程度の国民性というと叱られますが、そのうちの一人であるぼくは、黙り込むほかに仕方がない。朝飯時でも「再放送」紛いの番組編成ですから、行き場がないこと夥しい。食事時にテレビを見なければいいのでしょうが、それでは「お通夜」みたいで陰気が部屋中を覆います。その昔は酒をたしなんでいましたから、テレビなどはまず見なかったが、素面(しらふ)で食事をすると、何か物寂しいので、テレビを点ける、そうすると、これは「ニュース」だか、「スポーツ番組」だか、あるいは「お笑い」なのかも、などと疑うばかりの日常です。各テレビ局は、第一義的には「報道機関」として認可されているのですが、現実は、そんなもの「どこ吹く風」のお粗末くんという「ふしだら」です。

W杯の日程がどうなっているのか知りません。毎日のように「蹴った、止めた」、「シュート、入った」という喚き声を聴くのはぼくにはつらすぎます。気持ちの上では、早くから「みなさまの…」放送受信料を払うのを止めることに決めています。でもテレビ人間のかみさんは、そうはいかないので、手続きはそのままですから、いっしょに飯を食うとなると、「蹴ったー、外れた」という蛮声をいましばらくは耐え忍ぶほかないのでしょう。それにしても、ぼくの感覚では、この国のあらゆるレベルは昭和初期にも及ばない「頽廃」「退嬰」の雰囲気が充満していると思う。だから、何かで「気分をすっきり」させたいもの、と皆さんが感じているのでしょうか。要するに「勝ち負け」が好きな国民ということなのかもしれません。コラム氏もまたいともたやすく「強豪オランダを相手に2度リードされ、2度とも追い付いた。選手の技とチームワーク、最後まで諦めない強い気持ちに感動した」と書くのですから。やれやれ。夏冬開催の「五輪」でもそうでしたが、「試合」とか「競技」を静かに観戦するなどという「不埒な態度」はご法度(はっと)、観客も一緒に戦うことが求められているというのでしょう。これをして「同調圧力」というらしい。アウェーだの敵地だのと、まるで「リアルバトル」を想定させる、勇ましい「いで立ち」です。

開催国の一つ、アメリカによって「(イランチームは)代表の活動拠点が直前で米国からメキシコに変更された。一部の関係者のビザ申請も却下」、にもかかわらず「国際サッカー連盟はトランプ米大統領に『FIFA平和賞』を授与した。何がどうなっているのやら」という始末。コラム氏は誤魔化すのではなく、こんな営利団体が主催する「試合」そのものにはっきりとした姿勢を見せたらどうでしょう、とぼくは言いたくなります。「世界最高峰の戦いに政治色は要らない。さまざまなチームカラーに彩られた選手たちの活躍を心から応援したい」という心情は否定しませんが、そうなっていない現状に目を瞑(つむ)るのはどうなのでしょうか。あえて言いますけれど、「政治色」ではなく「政治」そのもの、というべきなのではないでしょうか。
多分、ぼくはまともに今回も試合は見ないでしょう。ぼくにとっては「放送(期間中)は台風シーズン」のようなもので、できる限り避けたい。近づいてほしくないのですね。こう書いたからと、誤解されるかもしれません。スポーツを愛する気持ちは人後に落ちないつもりである、と考えています。それにしても商業主義(金まみれ)に毒された「スポーツ」って、何ですか。「スポーツ精神に金宿る」???
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《トランプ大統領の『FIFA平和賞』、世界中から非難殺到「たとえ偽物でも平和賞にふさわしくない」「会長のごますりで急きょ創設」 華やかな『受賞』が、世界中から非難の嵐にさらされている。インファンティーノFIFA会長は、「親友」と呼ぶドナルド・トランプ米大統領に『FIFA平和賞』のメダルを授与。大統領は「人生で最大の栄誉の一つだ」と語り、ガザ停戦の仲介を行ったことなど成果を述べた上で「われわれは数百万、数千万の命を救った」と胸を張った。/これに、米唯一の全国紙USAトゥデーは「たとえFIFAが創った偽物だろうと、トランブは平和賞にふさわしくない」のタイトルで、ノーベル平和賞を切望していると伝えられる大統領に向けて「FIFAの平和賞とやらをじっくり味わうがいい。あなたが手にする唯一の平和賞だから。誰も驚かなかったが、トランプはFIFAがおだて上げるためにでっち上げた『全く真剣に受け止められていない賞』を受賞した」と痛烈に皮肉った。/カタールのアル・ジャジーラは「インファンティーノのトランプへの平和賞、FIFAの中立性に疑問を提起」の見出しで、同大統領が「受賞の前日にカリブ海で致命的な空爆を命じた」「数日前はソマリアの人々を『ごみ』と呼んだ」「パレスチナ人への周知の虐待にもかかわらず、イスラエルへの武器供与を続けている」と、あげつらった。

オランダ放送局SBS6のヨハン・デルクセン評論家は「インファンティーノが持ってくるメダルなんて『市民ウオーキング大会』のメダルくらいしか価値がないのに、トランプは何かすごい物を勝ち取ったように振る舞っている。まあ、『21もの戦争を終わらせたぞ』って言っている(実際は8つ)し、コメディー以外の何物でもないな」と、ぶった切った。/オランダの全国紙アルヘメーン・ダッハブラットは「この『平和賞』は、インファンティーノが大統領にごまをするため、わずか1カ月前に急きょ創設された。(人権団体)ヒューマン・ライツ・ウオッチのミンキー・ワーデン理事は『しかも、この賞には候補者もいなければ、審査員さえいない』と強調した」と報じた》(中日スポーツ・2025/12/06)
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