首相になった道化、「人間失格」ですね

⁂「週のはじめに愚考する」(123)~  誰でもとは言えませんが、かなりの人は、いろいろな面から作り上げてきた「自画像」を持っています。「根はやさしくて力持ち」というような「根」を持っていながら、地表に現れた枝葉や幹は、なかなかに強面(こわもて)がしたり、近寄りがたい威厳を持っていそうだったり。あくまでも自分流に「娑婆」で生きてくのに必要な「面相(countenance)」をひねくりまわしていると、やがて、「これで行こう」という、自分が求めていた「自分像」に出逢うのでしょう。

 だから、当人が何か凶悪な事件を起こしたりすると、「そういうことをする人とは思わなかった」「信じられない」「悪夢のようだ」と、一様に他人は驚いてしまう。でも、最も驚いているのは「当人」ではないかとぼくなどは考えてしまう。自分は「気弱な」人間であることをだれよりも知っているが、時世・時節に合わせているうちに、自分でも止めようのないくらいの異質(性悪)な人間になってしまうことがあります。そして、いったん偽りの「自画像」が出来上がってしまい、それを世間は「その人自身」と(嘘臭いと知っていても)、虚像を持て囃すようになると、ご本人もそれを受け入れてしまう、それがつまりは「道化」、あるいは「トリックスター(trickster)」というものです。

 「神話や民間伝承に現れるいたずら者。秩序の破壊者でありながら一方で創造者であり、善と悪など矛盾した性格の持ち主で、対立した二項間の仲介・媒介者の役目を果たす」(デジタル大辞泉)と解説されますが、この人はどうでしょう。生まれも育ちも「ノンポリ」だったが、やがて、何の因果か「政治家(為政者)」を目指す。ここから「道化」が動き出し、ついには「偽装右翼」としての自分像(トリックスター)を作り上げ、どう転んだものか、「一国の総理大臣」にまで上り詰めた。そのためには嘘も毒もばらまいたはずです。「靖国参拝」「中国敵視」などはその典型。この人物にとって「英霊」はそれこそ「政争の具」でしかないということになるでしょう。自分にとって「有利・不利」が判断基準であり、それに応じて「戦争犠牲者」を上げ下げする人物です。これも一種の「芸当」で、「トリックスター」の所以でしょう。「天皇制」は表看板であっても、生身の天皇は敬愛しない、「国家」は好きでも、国民には関心がなく、だから大事にしない、なんとも恐ろしい「観念右翼・かつ「国家主義者」なんですね。

 最近の国会質疑を聴いていて、トリックスターは自分で自分の首を絞めているとぼくは思いました。「偽装極右」ですから共産党は不倶戴天の敵、質問に立った山添拓さんを無意味に忌み嫌い、その不遜で無礼千万な姿勢・態度は彼女自身でも自制できない「道化」の情念がとらしめているのでしょう。それはそうだとしても、「人に対する態度」ではあるまいし、共産党議員を「世を欺く、建前上から嫌う」のは浅はかな振る舞いだと気が付かないところが、「人間失格」の理由です。醜悪そのものというべきでしょう。一人の議員の背後に有権者である国民の支持があるでしょう。一質問者に無礼極まりない態度をとるということは、有権者の声(願いや支持)を踏みにじることになるというばかり。政治の代議制政治の意義を冒涜する以上に、政治家失格のはるか以前に、彼女は「人間失格」と言わざるを得ないとぼくは考えました。  

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◎ロキ(古ノルド語: Loki)は、北欧神話に登場する悪戯好きの神。その名は「閉ざす者」「終わらせる者」の意[1]。神々の敵であるヨトゥンの血を引いている。巨人の血を引きながらもオーディンの義兄弟となってアースガルズに住み、オーディンやトールと共に旅に出ることもあった。変身術を得意とし、男神であるが時に女性にも変化する。自身が変身するだけでなく、他者に呪文をかけて強制的に変身させたこともある。 美しい顔を持っているが、邪悪な気質で気が変わりやすい。狡猾さでは誰にも引けを取らず、よく嘘をつく。「空中や海上を走れる靴」(「陸も海も走れる靴」または「空飛ぶ靴」とも)を持っている。(Wikipedia)                                                                 (⁑山添拓:【国会質問】・2026/06/05) (https://www.youtube.com/watch?v=okCQOxrTXZQ&list=PL7hdKyrr8CyRcTuNrxCVWow4b_8xFw8MP)(14:18 ~) (この場面は、誰が見ても、人間性に大きく欠けたところがあるとみるんじゃないでしょうか。人を見て「顔色」や「眼付」を変えるというカメレオン人間は、まずは信用できない部類の人間だと、相場は決まっている。大人としてもとても恥ずかしいことですね)  

 高市首相、動画作成者側と秘書の「会議」認める これまでは「面識ない」と説明 中傷動画問題 高市早苗首相は10日、昨年の自民党総裁選や今年の衆院選を巡る対立候補らの中傷動画作成・拡散疑惑に関連し、地元事務所の秘書と動画作成者とされる男性側がオンライン会議を行っていたことを認めた。会議に関する報道を否定してきた国会答弁を訂正した。これまでの国会審議などでは、秘書と男性の面識はないと繰り返し、関与を事実上否定していた。                                     ◆「改めて秘書に確認したところ…」
 衆院法務委員会で、中道改革連合の西村智奈美氏の質問に答えた。
 首相は5日の国会審議で、男性が幹部を務めるとされる企業と秘書がオンライン会議を開き、首相の事務所もその事実を認めた、とする週刊現代の記事に「事実と違う」と説明していた。だがこの日は「改めて秘書に確認したところ、記事に引用されているのは高市事務所から回答した内容だった。訂正する」と述べた。
 事実と異なる答弁となったのは「秘書が勘違いした」ためだとした。「深夜から朝にかけて秘書に電話をかけ、一部が引用された記事を私が読み上げた。(秘書は)『回答文の全体の趣旨とは違うと思った』ということだった」とも語った。
 週刊文春電子版が公開した、秘書と男性の会話とされる音声記録について「自分の声に似ているが、編集されて発言も細切れになっているため、確信は持てない」との回答が秘書からあったとも明らかにした。(↷)


 首相は「信頼できる方から紹介を受けた企業とのグループオンライン会議に参加し、国民の声を広く聞くために検討しているという企画の紹介を聞いたことはある」と秘書が話していることも明かした。その場に男性がいたかなどは言及しなかった。/疑惑を巡っては、男性が週刊文春などに対し、秘書と打ち合わせた上で動画を作成したと説明している。(大久保謙司(東京新聞・2026/06/10)(左写真:衆院法務委で答弁する高市首相=10日、国会で)(木戸佑撮影)

 あからさまな「虚偽答弁」をしたにもかかわらず、首相はその事実を認めないし、認めたといいながら、国民に向けての「虚偽答弁」に対する「謝罪」が一切ないのはどうしてでしょう。また、そんな首相の礼を失した姿勢や行動を、どうして多くのメディアは報道しようとはしないのでしょうか。壊れゆく国家の惨状を目の当たりにしていて、言い知れぬ憤怒の情と悲嘆の思いが、ぼくのなかで錯綜しています。「外面(げめん)似菩薩(じぼさつ)内心(ないしん)如夜叉(にょやしゃ)」と、仏教では言われます。その意とするところは「顔は菩薩のように優しいが、心は夜叉のように険悪で恐ろしいの意。女性が仏道の修行の妨げになることをいった言葉。外面如菩薩(にょぼさつ)内面如夜叉」(デジタル大辞泉)という。では、この「傲岸不遜な(裸の)女帝」は、なんと形容できようか。「弱気を挫(くじ)き、強気に媚びる」ということではないですか。

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 (余談です。ここに「人間失格」という太宰さんの小説の「あとがき」の一部を引用した理由は特にない。余りにも無礼な総理大臣の「振る舞い(behavior)」を見聞きしていて、思わず「人間失格(Disqualified as a person with normal sensibilities)」という事情の含んでいる仔細を考え込んでしまったというだけのこと)(「余談」の中の「蛇足」です。太宰氏のこの作品は、雑誌「展望」に(三回に分けて)連載されましたが、そのさなかに彼は、都下多摩川に入水自殺を遂げた。1948年6月13日このこと。その一か月の後に「グッド・バイ 人間失格」が単行本として、筑摩書房から公刊された)

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  あとがき(太宰治「人間失格」)
 この手記を書き綴った狂人を、私は、直接には知らない。けれども、この手記に出て来る京橋のスタンド・バアのマダムともおぼしき人物を、私はちょっと知っているのである。小柄で、顔色のよくない、眼が細く吊つり上っていて、鼻の高い、美人というよりは、美青年といったほうがいいくらいの固い感じのひとであった。この手記には、どうやら、昭和五、六、七年、あの頃の東京の風景がおもに写されているように思われるが、私が、その京橋のスタンド・バアに、友人に連れられて二、三度、立ち寄り、ハイボールなど飲んだのは、れいの日本の「軍部」がそろそろ露骨にあばれはじめた昭和十年前後の事であったから、この手記を書いた男には、おめにかかる事が出来なかったわけである。
 然るに、ことしの二月、私は千葉県船橋市に疎開している或る友人をたずねた。その友人は、私の大学時代の謂わば学友で、いまは某女子大の講師をしているのであるが、実は私はこの友人に私の身内の者の縁談を依頼していたので、その用事もあり、かたがた何か新鮮な海産物でも仕入れて私の家の者たちに食わせてやろうと思い、リュックサックを背負って船橋市へ出かけて行ったのである。
 船橋市は、泥海に臨んだかなり大きいまちであった。新住民たるその友人の家は、その土地の人に所番地を告げてたずねても、なかなかわからないのである。寒い上に、リュックサックを背負った肩が痛くなり、私はレコードの提琴の音にひかれて、或る喫茶店のドアを押した。


 そこのマダムに見覚えがあり、たずねてみたら、まさに、十年前のあの京橋の小さいバアのマダムであった。マダムも、私をすぐに思い出してくれた様子で、互いに大袈裟おおげさに驚き、笑い、それからこんな時のおきまりの、れいの、空襲で焼け出されたお互いの経験を問われもせぬのに、いかにも自慢らしく語り合い、
「あなたは、しかし、かわらない」/「いいえ、もうお婆さん。からだが、がたぴしです。あなたこそ、お若いわ」
「とんでもない、子供がもう三人もあるんだよ。きょうはそいつらのために買い出し」/などと、これもまた久し振りで逢った者同志のおきまりの挨拶を交し、それから、二人に共通の知人のその後の消息をたずね合ったりして、そのうちに、ふとマダムは口調を改め、あなたは葉ちゃんを知っていたかしら、と言う。それは知らない、と答えると、マダムは、奥へ行って、三冊のノートブックと、三葉の写真を持って来て私に手渡し、/「何か、小説の材料になるかも知れませんわ」/と言った。(↷)


 私は、ひとから押しつけられた材料でものを書けないたちなので、すぐにその場でかえそうかと思ったが、(三葉の写真、その奇怪さに就いては、はしがきにも書いて置いた)その写真に心をひかれ、とにかくノートをあずかる事にして、帰りにはまたここへ立ち寄りますが、何町何番地の何さん、女子大の先生をしているひとの家をご存じないか、と尋ねると、やはり新住民同志、知っていた。時たま、この喫茶店にもお見えになるという。すぐ近所であった。
 その夜、友人とわずかなお酒を汲くみ交し、泊めてもらう事にして、私は朝まで一睡もせずに、れいのノートに読みふけった。/その手記に書かれてあるのは、昔の話ではあったが、しかし、現代の人たちが読んでも、かなりの興味を持つに違いない。下手に私の筆を加えるよりは、これはこのまま、どこかの雑誌社にたのんで発表してもらったほうが、なお、有意義な事のように思われた。(太宰治「人間失格」新潮文庫版・初出は「展望」。筑摩書房 1948年6~8月号)

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