そぞろに長生して武運の傾んを見んも

 (ヘッダー写真:「栃木県那珂川市馬頭の特定社会保険労務士菊地雄一(きくちゆういち)さん(72)は14日までに、父の故克雄(かつお)さんの遺品の中から出征時に贈られたとみられる日章旗を見つけた。生前の克雄さんは戦争について語らず、日章旗の存在を親族は誰も知らなかった。菊地さんは「大切に保管していたのは意外だった。当時を伝える資料として反戦のために使ってほしい」と願っている」)(下野新聞・2024年08月15日)

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【梵語】国旗を遠ざける法 京乙女が血書の鉢巻き-。81年前、1945年6月20日付の京都新聞に、こんな見出しの記事を見つけた。京都市内の神社に、20代の女性工員が「鮮血で染めた日の丸」に必勝の文字を入れた鉢巻きを納めた。「特攻隊の勇士の方を励ますため」とある▼時はまさに凄惨(せいさん)な沖縄戦の末期。県民の3割近くが犠牲になったことは報道統制されようとも、「沖縄の憂慮すべき情勢」は伝わっていたらしい。敗退続く戦地には、亡きがらと血まみれの日の丸が野ざらしされた▼そんな記憶から時を重ねて、国旗が平和な暮らしに溶け込んだ今、なぜなのか。「国旗損壊罪」という新たな刑罰を作る法案が、近く国会に提出される▼被害が目につく実態はなく、あっても器物損壊罪が適用できる。自民党内の必要がないとの声も無視されたのは、高市早苗首相の持論だからという▼外国旗の損壊罪があるから日の丸にも必要と主張するが、それは外交上の配慮であり、次元が違う。でも、頑(かたく)なさを強さと混同しているかに見える首相である。手錠を振りかざし、国旗を傷つけるな、愛せと脅すような法が、逆に親しみを損ねるとは思わないのか▼お子さまランチの旗は良いなどという説明に寒気がする。二度と日の丸を血に染めないはずの平和国家を、どこに引っ張る気だ。(京都新聞・2026/06/12)

(承前)国旗・日の丸・日章旗、どうい具合に呼ぼうが、それは「国」そのものを表すと考えられています。「日の丸」の中(背後)には「天皇」が居られると、今も考えている人はそれほど多くはないと思います。しかし、逆説的に聞こえますが、観念的には「国旗」とはそういうものだとみなしている国民はたくさんいるんじゃないでしょうか。国の旗は「日章旗」であり、それは徒(あだ)や疎(おろそ)かに扱ってはならないのだという、ある種の「観念主義」がはびこっているようにぼくには感じられます。そんな多くの国民の矛盾した感情に付け込んだのが「国旗損壊罪」制定問題でしょう。だから、そのような「旗」にはぼくは背中を向けたい。我が家の子どもたち(双子)が小学校に入ったころ、何の折りだったか、ぼくは小学校の講堂の演壇に乗せられ、挨拶をさせられたことがありました。四十年以上も前のことでしょう。演壇(講談)に上がる人たちは、すべて、小さな階段を登りきったところでしきりに前方に向かって頭を下げている。誰に対してと、ぼくはわからなかったが、何人かの様子を見て、「あっ、『日の丸』に挨拶しているのだ」と分かった。ぼくの番になったが、前例に倣わず、ぼくはいきなり「挨拶」だけをして降壇しました。不評を買ったらしいのは、後でわかりました。

 旗の効果(役割)は何でしょうか。おそらく集団を一つにまとめる魔力を持たせているのでしょう。学校の校旗、会社の社旗、あるいは自治体の旗・旗・旗…。それぞれの集団(団体)が「心を一つ」にという、ある種の呪(まじな)いなんでしょうね。話せばきりがなくなりますので、本日は詳細は省きますけれども、要は個人を集団の一員に化すという旗の役割を否定することはできないようです。西洋でも同じような効果や役割を国旗に持たせているのは、それだけ、国というものが人為・人工・作為的な集まりであり、それを野放しにしておくと、規律や統制が乱され、国の機能が果たせないというのでしょう。最もその「集団力」を求めるのが「国の威信(存亡)をかけた戦争」の場合です。下に、「日の丸の寄せ書き」を掲げました。そのどれにも「武運長久を祈る」というようなことが大書されています。「武運」とは「戦いの勝ち負けの運命。また、武士・軍人としての運命」(デジタル大辞泉)とされます。

 この語の初出は「太平記」と研究者はいいます。「太平記」は室町時代に成立を見た、鎌倉時代末期から南北朝時代、室町時代初頭の動乱を記述した軍記物語でした。署名に籠められた願いは「平和」、あるいは戦乱の終焉だったでしょう。この中「そぞろに長生して武運の傾んを見んも」(巻六)と出てきます。「いたずらに長生きして、武家の滅亡を見るのもどうだろうか(長生きしたくない)」といって、後醍醐天皇反乱の行く末、忠臣楠木正成の尚武を惜しんでいる風が見えます。ずいぶん昔に吉川英治さんの小説「私本太平記」を読んだ記憶がありますが、内容はすっかり忘れています。

 「武運長久」の「寄せ書き」が生まれたのは日清・日露戦争からだといわれています。遅れた近代国家・極東の小国日本、が欧米の帝国の後塵を拝しながら、国運を賭け、国力の増強・拡大に腐心した時代です。その時代の「旗印」となったのが「日の丸」だったというわけです。「国旗との一体化」は、天運を扶翼しているという意識において現れたというわけです。明治期の国語学者は、「国語」は皇室の藩屏だと明言しています。国家と国語と国史は、いずれも「天皇のもの」であるということでしょう。詰まりは、「醜の御楯(しこのみたて)」という一語が盛んに唱えられた時代でもありました。「天皇の楯」となって敵を打ち破るもの、あるいは、「武人」が自らを卑下して使う語です。「皇楯」という字が右下の一枚の写真に見えます。「天皇を守る楯(たて)となろう、なれ」というのでしょう。「国」にいろいろなものを入れて、最後はにっちもさっちもいかなくなる運命にあった、その「近代」の歴史を学ばないのは、実に頽廃しているというほかありません。

 それぞれの「寄せ書き」をつぶさに読んでみると、国家というものはなんという暴力装置であろうかと、ぼくは痛感します。戦争に駆り出されて「おめでとう」などと、心にもないことを言わせる圧力は想像を絶するものがあったと思う。ここまでくると、国旗とは国民に「無理難題を強いる」暴力装置の典型でもあるとぼくは言いたいですね。敵兵を殺戮する戦いに駆り出されることがなぜ「めでたい」のでしょうか。多くの招集兵は無念の思いを嚙み殺し、飲み込んで戦地に赴いたと思われます。「国旗」というもので、ぼくが思い描くのは、このような「負の側面」ばかりです。「国旗損壊罪」の制定を急ぐ理由はどこにあるのでしょう。この馬鹿げた法案を求める勢力は何を考えているのか、ぼくには恐ろしく軽薄な理由しか見られないのですが、その軽薄さこそが、最も危険な「罠」であることに、驚くなかれ、当事者たちは気づいていないようです。

(参考「けわだつみの」)

*(外国国章損壊等)第92条 外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金に処する。                                                                      前項の罪は、外国政府の請求がなければ公訴を提起することができない。

日の丸の旗

白地に赤く
日の丸染めて、
ああ美しや、
日本の旗は。

朝日の昇る
勢ひ見せて、
ああ勇ましや、
日本の旗は。

『尋常小学唱歌 第一学年用』(1911年)
(高野辰之作詞・岡野貞一作曲)
ヒノマル

アサヒノ ノボル
イキホヒ ミセテ、
アア、イサマシイ、
ニホンノ ハタハ。

アヲゾラ タカク
ヒノマル アゲテ、
アア、ウツクシイ、
ニホンノ ハタハ。(1941年改訂)
ひのまる

ひのまる
白地に赤く
日の丸染めて
ああ美しい
日本の旗は

青空高く
日の丸揚げて
ああ美しい
日本の旗は(1947年改訂)

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