俗(ことわざ)に「笛吹けど踊らず」といいます。これは由緒正しい来歴を持っている「ことわざ」だそうですね。「誘いをかけておだてようとも、相手は少しも乗ってこない」ということを意味する。出所は『新約聖書』(「マタイにより福音書」「ルカによる福音書」など)で、その「山上の垂訓(The Sermon on the Mount)」に「地の塩 世の光」という一節があります。

13「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。14あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。15また、明かりをともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。16そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようになるためである。」(マタイ福音書5章13~16)
ぼくはキリスト教徒でもなく、仏教徒でもありませんから、このような訓言を持ち出して「垂訓」「説教」を語ろうとは思いません。思いもよらないと言っておきます。ところが、どういうわけですか、若いころから「地の塩 世の光」という言葉は知っていました。教会で知ったことでもなく、実際にこの「垂訓」を身をもって行っているさなかに亡くなられた人を知ったからでした。

この人についてもどこかで触れています。自らは「地を這うような」赤貧の生活をしていたにもかかわらず、千葉県下のある駅頭に「地の塩」と書かれた小さな箱と、自らがしたためた聖書の言葉だったでしょうか、その文書と、わずかばかりの「お金」を入れておくような善行を何年も続けておられるという、そんな新聞記事を偶然に目にしことがありました。気づいてその場所に行く間もなく、その方が亡くなられたという報道が同じ新聞に出ていました。少しづつ調べる中で、容易ならざる「人となり」を知ることになり、ぼくは深く感動した。その後の生活の節目節目に、その男性(作家だったと思う)の行いぶりが、格好良く言うなら「地の塩」「世の光」になって、ぼくを救ってくださったと思うようになったのでした。間違えているかもしれません。しかしだれかが「世のため、人のためにという、少しばかりの「奉仕」の心持を持つようになれば、…。

◎ 江口榛一(エグチ シンイチ)= 昭和期の詩人 生年大正3(1914)年3月24日 没年昭和54(1979)年4月18日 出生地大分県耶馬渓 本名江口 新一 学歴〔年〕明治大学文芸科〔昭和12年〕卒 経歴大学卒業後渡満し、新聞記者をする。その間の昭和15年に歌集「三寒集」を刊行。復員後は赤坂書店に勤務しながら、詩作をする。一時期共産党に入党、30年には受洗する。31年無償の精神で助けあう“地の塩の箱運動”を提唱し、機関誌「地の塩の箱」を発行したが、資金繰りが行きづまったことなども原因となって54年自殺した。著書に、自作少年詩解説「あかつきの星」、ルポルタージュ「地の塩の箱」、詩集「荒野への招待」、歌集「故山雪」、エッセイ「幸福論ノート」「地の塩の箱―ある幸福論」や、全集(全4巻 武蔵野書房)などがある。(20世紀日本人名事典)

「地の塩」も「世の光」も、あって当然。誰もその恩恵に感謝することはないのです。無くなった後で気がついても遅いということでしょう。もちろん、キリストの教えでもありますから、信仰者に向かって言われた言葉です。部外者には「救いなし」がキリスト教会の規則でもありますから、ぼくはこれを「話半分」に聞くものです。多くの学校、特に女子学校には、この「垂訓」が「教学の趣旨」になっているところはとても多いのです。さもありなん、ですね。教育の成果を得て、「地の塩・世の光」となってほしいという願い、祈りが込められているようにも思うのです。その、ほんの一例です。(右は小原国芳氏の筆になる書)(ぼくは小原さんとは面識はなかったが、学園関係者にはたくさんの先輩後輩がいました。火彼の教育の仕事には「きよほうへん」はあったと思う。当然ですね。、次の卒業堯生への「餞(はなむけ)の言葉」、とても大仰な物言いですが、言っていることは間違いではなかったと思う)
小原國芳は昭和31年3月の大学の卒業式で、卒業生に向けて次のように語り、送り出しました。
社会人の第一歩である。ホントの人生修行の始まりである。「世の光」、「地の塩」となってくれ。玉川っ子の使命を忘れるな。「人生の最も苦しい いやな 辛い 損な場面を 真先に微笑を以って担当してくれ」。
微笑をもってだ。勇敢なる第二里行者であってくれ。「得るものは失い、失うものは得る」だ。学校で、農場で、会社で、家庭で・・・・・・謙遜に大胆に、純一で雄々しく。「鳩の如くすなおに、蛇の如くさとく」。「よき木は実によって知らる」。至るところで、よき玉川っ子であってくれ。たのむ。 (玉川学園機関誌『全人』昭和31年3月号)

仏教徒でもない人間ですが、この「一隅を照らす これ即国寶(こくほう)なり」も、いつでもぼくの胸中深くにありました。「「伝教大師最澄さまが嵯峨天皇に宛てた書物に、『一隅を照らす。これすなわち国宝なり』という有名な一文があります。“一隅を照らす”とは、自らが光となり周囲を照らすという意味。すなわち、与えられたその場所で全力を出し切って、必要とされる人間になりなさいということです」(Discover Japan)(https://discoverjapan-web.com/article/73981)
(左写真「国宝 天台法華宗年分(部分)最澄筆 年代:平安時代(9世紀) 所蔵:延暦寺(滋賀)」)
国宝とは何物ぞ、
宝とは道心なり。
道心ある者を名づけて国宝と為す。
故に古人いわく、
径寸十枚、これ国宝にあらず。
一隅を照らす、これ則ち国宝なり。
符合していますね。「地の塩」「世の光」「国の寶」…。取り立てて偉い人になるのでもなく、多く評判を得るのでもなく、その場その場を汚さない、美しくする、明るく照らすような、そんなことなら、誰だってできると思わせてはくれませんか。どんな人でも「今日一日、嘘をつかない」「この瞬間だけはやさしくしていたい」という、まことにささやかな願いや約束を、自分にする、つまりは「注意深い人間であろうとする」という意味です。なにか、自分を支えるものがあるといいのでしょうね。それを世間では信仰というのか、信念というのか。もちろん、学校の教師だからではなく、一人の人間、人間の一人としてそうでありたい、そんなささやかな思いを日々重ねていくことの必要性を感じている人間が、一人でも教室にあって、子どもたち時間を過ごしてほしいというのが、ぼくの心からの望みです。

* 蛇足 JR駅の緑の窓口で「『のぞみ』はありますか」と駅員に尋ねたら、「『のぞみ』はありませんが、『ひかり』ならあります」と駅員が答えた、臨床心理学者の河合速雄さんジョークのように、この経験を語っているが、とても感動したという、そんな逸話を「教師」や「教師志望者」に贈りたいですね)「これしか」とか「あれ以外は」とかいう「空間」の塞(ふさ)ぎ方は、とても息苦しいですね。やる方(教師?)もやられる方(生徒?)も、ですね。
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◎ 映画「地の塩」= 亜鉛鉱山労働組合の闘争を通し、真実を描く。54年カルロビ・バリ映画祭グランプリ・最優秀女優演技賞、55年フランス映画アカデミー最優秀作品賞受賞作品。製作はポール・ジャリコ、製作補はソニア・ダール、アドルフォ・バレラ、監督は「完全犯罪(1936)」の故ハーバード・J・ビーバーマン、脚本はマイケル・ウィルソン、音楽はソル・カプランが各々担当。出演はロザウラ・レブェルタス、ファン・シャコン、ウィル・ギアなど。(1954年製作/アメリカ 原題または英題:Salt of the Earth 配給:映画「地の塩」全国普及委員会 劇場公開日:1977年2月6日)(映画.com)(https://eiga.com/movie/62238/)
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「2023年度(2022年度実施)公立学校教員採用選考試験で、小学校教員の競争率(採用倍率)が2.3倍と過去最低を更新したことが2023年12月25日、文部科学省の調査結果より明らかになった。全体の競争率も6年連続で下がり3.4倍と過去最低を更新した」(文部科学省・2023/12/26》(https://reseed.resemom.jp/article/2023/12/26/7870.html)
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⁂ 参考資料❶ 《教員採用試験、大学3年時の「前倒し受験」に賛否 広島では好評だけど… 教員採用試験の1次の筆記試験に大学3年時から挑む学生が増えている。中国地方では広島、山口、岡山の3県が2024年度以降、「前倒し受験」を順次認め、「チャンスが増える」と学生に好評だ。教員のなり手確保につながる一方、「大学のカリキュラムに影響を及ぼしかねない」と島根、鳥取両県は否定的で、対応が分かれている。/教員採用試験は大学4年時に受けるのが一般的だが、企業などの採用活動が早まる中、文部科学省が23年に3年時からの試験は志願者確保に有益との方向性を提示。24年度までに48の都道府県や政令市に広がった。合格すれば4年時の1次試験が免除となり、不合格でも経験を翌年の試験に生かせるといったメリットがある。/広島県教委は「チャレンジ受験」として24年度に導入。初年度は634人(全体の18・3%)、25年度は929人(同24・7%)が志願し、合格者は320人から1・5倍の490人に増えた。/岡山県教委でも24年度に343人、25年度に427人が志願し、合格者は189人から212人に伸びた。山口県教委は25年度に初めて実施し、志願者186人、合格者133人だった。

広島市中区で4日にあった26年度試験の説明会に参加した広島市立大4年の沖谷ひよりさん(21)は、25年度に1次試験に合格し、今年8月の2次の面接などに備える。「4年生で筆記も面接もとなると不安が大きい。3年時に受験できてありがたかった。2次までじっくり準備ができる」と意欲を高める。/広島県教委教職員課の愛甲昌弘係長は「大学訪問などでチャレンジ受験の周知を進めた。あくまで1次の受験機会を増やすもので、大学側もチャンスが2回あると積極的に勧めてくれている」と手応えを口にする。/一方、島根、鳥取両県は「大学のカリキュラムとの両立は学生にとって負担」「大学教育をゆがめたくない」として3年時の受験を認めていない。/鳥取県教委教育人材開発課の亀井修平課長は「講義や教育実習だけでなく、ボランティアやアルバイト、旅行などを通じて視野を広げ、自身の適性や資質を見極める大事な時期。いろいろな経験を積み、人間性や創造性を高めてほしい」としている。(松本大典)》(中國新聞・2026/05/05)






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⁂ 参考資料❷ 大学3年生「前倒し選考」、通過率は83% 東京の教員採用試験で
東京都教育委員会は、7月に実施した教員採用試験で、一部科目を大学3年生から受験できる「前倒し選考」の通過者が、前年度比1.4倍の2600人に上ったと発表した。通過率は同11ポイント増の83.0%だった。教員のなり手不足が深刻化するなか、都教委の担当者は「選考に一定のニーズがある」とみる。/都教委は2023年度実施の試験から、1次選考のうち「教職教養」「専門教養」を3年生でも受験できる選考を導入。通過者は、翌年は論文や面接など残りの試験のみを受ける。/都教委の採用試験は1次選考が7月で、例年、4年生は試験準備と教育実習が重なっていた。そこで、受験生の負担を軽くするため、一部科目の前倒しを導入した。(↷)

今年度の前倒し選考では、大学3年生や大学院1年生ら3133人が受験。通過者数は、小学校で1032人(通過率94.1%)、中高で1167人(同72.8%)、特別支援学校で107人(同96.4%)だった。通過できなかった受験生は来年、再受験できる。/教員採用試験の受験倍率は、全国的に低下傾向だ。23年度実施の都の教員採用選考でも、小中高、特別支援学校を合わせた倍率は1.6倍で、初めて2倍を切った。/志願者減に歯止めをかけるため、都教委は前倒し選考のほかにも、様々な取り組みをしている。特になり手不足が深刻な小学校については、今年度から、教員志望の大学生らに現場を1日体験してもらうプログラムを始める。昨年度は教員採用試験合格者を対象に実施したが、「実際の学校現場を見ることで、志望を固めてもらう」(担当者)ため、広く門戸を開いた。(朝日新聞・2024/08/13)
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