SNSの向こうで誰かが傷ついている

(承前) 「SNSの向こうで誰かが傷ついている ココロない言葉は、言った人も傷つけていく なくそう。SNSの誹謗中傷」と、SNSによる他者への誹謗中傷に注意を喚起しているのが「政府広報」(正式には「内閣府大臣官房政府広報室 内閣府法人番号 2000012010019 〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1 電話番号 03-5253-2111(代表))です。

 その意図は以下の通り。「政府広報は、政府の重要施策について、その背景、必要性、内容などを広く国民に知っていただき、これらの施策に対する国民の理解と協力を得ることを目的としています。/広報活動では、新聞やテレビ、ラジオ、インターネットなどの各種媒体を活用するとともに、政府広報室が運営する公式のウェブサイトである政府広報オンラインなどを通じて、国民生活に関わりの深いテーマを幅広く広報しています。また、海外に向け我が国に対する正しい理解と協力を得るため、英語や中国語など外国語による海外広報を行っています」(内閣府:https://www8.cao.go.jp/intro/kouhou/

 先日、週刊文春が「高市陣営が対立候補への“中傷動画”を投稿していた《総裁選の期間中に…小泉氏に「無能」、林氏に「アウト」》」などの動画を多数配信していたと報じた。本年2月の総選挙時にも、政敵候補者に同じような「中傷動画」を多数配信していたと報じています。主にかかわっていたのが、公設第一秘書だとされる。今のところ、事の真偽は定かではありませんけれど、首相本人の「私は無関係」という、お得意のコメントが出たともいわれる。これはTiKTOKによるショート動画だから、政府広報のコードには引っかからないとでもいうのでしょうか。「北斗星」の記事内容と、高市疑惑は無関係ではありません。それどころか、きっと当人は、AIにもろもろの対敵作戦、国民をごまかす策略の伺いを立てているのではないですか。アメリカの大統領も、そんな手合いだとぼくは思っている。ということは「同病相憐れむ」なのか、「肝胆相照らす」の方なのか。

【北斗星】小学3年生に進級した40年ほど前、父の転勤で県外から県南部に転校した。その年の学芸会の演劇は、勉強や親から頼まれた家の手伝いを児童が面倒くさがっていると、宇宙人の組織が代わりにやってくれるという筋書き。宇宙人のリーダー役を担当した▼宇宙人は紛糾する学級会にも現れ、「どこかで遊んでいてください」と児童に退出を促す。物語が進むにつれ、住民の主体性を奪って地球を侵略する宇宙人の企てがあらわになる。最終的に児童は自ら行動する大切さを考えるという結末を迎える▼配役を決めたのは担任だった。出ずっぱりの役で台本とせりふを覚えるのに難儀したが、多くの同級生と関わりを持って学校に溶け込めるようにとの意図があったのだろうと今は感謝している▼現代なら劇中の宇宙人のように物事を代行してくれるのは人工知能(AI)になるのではないか。検索をかければ、瞬く間に欲しい情報が示される。関連産業はさらなる成長が見込まれるとし、日経平均株価の6万円突破の立役者となった▼AIは悩み事の相談相手としても存在感を持ち始めた。10代女性では半数以上が人間関係などを尋ねているとの調査結果が発表された▼光が強いと影も濃い。米国では8人が死傷した昨年4月の銃乱射事件でAIが実行犯に助言した疑いがあるとし、当局が開発元の捜査に着手した。犯罪の後押しすらしてしまうとは。便利さと危うさは背中合わせ。闇に取り込まれないよう用心したい。(秋田魁新報・2026/05/04)

 この首相は「記者会見」を疎んじているのか、懼れているのか、まじめに行おうという姿勢が見られません。これまでにも多くの「疑惑」「不祥事」に遭遇したにもかかわらず、ほとんどが会見を逃げ通して、国民の知る権利を蹂躙してきました。自分の言いたいことだけは「SNS」で喋りまくります。それも多くはお得意の「虚言」ではありますが。今回も逃げ切るというか、「有耶無耶(うやむや)」のままで誤魔化そうとする姿勢はありありです。

 何一つ「真偽」が明らかにされないでここまで来ました。この問題、「サナエトークン」「政治献金」及び「政敵中傷動画」問題も、これまで同様に逃げ切れると踏んでいるのでしょう。故元首相と瓜二つの「卑怯千万」な態度だと思うほかありません。「行動や考えなどが、非常にずるくていやしいこと。「卑怯」はずるくて心がいやしいこと。「千万」は程度がこの上ないこと。」(四字熟語辞典オンライン)

 彼女一人が「芝居」をしているのではなく、官僚、内閣府、その他もろもろの「うからやから」がサポートしている上での厚顔無恥の振る舞いです。その影響が外交や経済政策にまで及んでいるとしたら。もう破局ですね。国を壊した首相と、後生に評価されるでしょう。

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「徒然に日乗」(1081~1087)

◎2026年05月03日(日)憲法記念日。僻地に住んでいる以上、街中でどんなことが起こっているかを知ることは間接的にならざるを得ない。瞬間的に目にするテレビニュースやネット情報、あるいはユーチューブで確かめる以外は知る方法がない。その情報・報道の信義の見極めもなかなかの作業だろう。本日都内の公園で「憲法記念集会」が行われ、相当数の集まりがあったという。憲法改正に前のめりになっている「政権党」に対抗するには、暮らしや人権を徹底して守るという姿勢を崩さない多くの市民の意思表示が不可欠だろう。もちろん、いずれの日にか、憲法は改正されるだろうが、どこをどう変えられるか関して無関心であってはならないということだ。日本が第二次世界大戦に敗戦した結果、いわば「負けとっと」、「勝ち取った」のではなく、「負け摂った」のが日本国憲法だったという歴史を忘れないことが肝要だと思う。(1087)

◎2026年05月02日(土)昨夜からの雨はやんで、日差しも強い一日だった。お昼過ぎに、敷地の方々に溜まっている落ち葉などを掃いていた。そのついでに裏庭の伸びている草を刈ろうと、一歩足を踏み入れた瞬間、窓際に巨大に孟宗竹が軒下まで伸び切っていたのに気が付いた。この2~3日間のこと。近寄ってよく見ると先端は軒下に貼ってあるボードを突き抜けて、軒の内部にめり込んでいた。驚いて、のこぎりを持ち出し、切り倒した。こんな失敗は初めてのことだった。何日か、雨が続いていたりして、裏庭に回ることはなかったが、たったの一日か二日の出来事だった。破損した石膏ボード穴を段ボールで応急修理しておいた。いずれ本格的に直さなければと思っている。今年のタケノコの季節は終わったようだが、何本も敷地内のあちこちに伸び切っているのを、昨日も5本ほど切り倒したばかり。庭の除草も今のうちに片づけておきたい。▼首相陣営のどうにも驚く「中傷動画」の乱発。「総裁選」「総選挙」において、いわば「政敵」と目される何人もの政治家への中傷動画が、多数拡散されていたことが判明。「週刊文春」の報道だった。これに対して、この先、いかなる展開が見られるのか。一切が「不問に付す」ということになるのだろうか。カタストロフィ(catastrophe)がいよいよ迫ってきている実感がある。(1086)

◎2026年05月01日(金)昨夜からの雨が続き、朝からも強い雨が降る。5月1日、メーデーの日でもある。その内実は昔日の面影をほとんど失っているように思う。「労働」そのものが尊重されない時代になって、どれくらい経つだろうか。▼お昼前に買い物で茂原まで。雨天のせいもあってか、店内は閑散としていた。▼文春が高市陣営の「政敵中傷動画」問題を報道。とんでもない事態が潜行していたのだが、それを知らなかったのは自分だけだったのか。ネットをよく見ていなかったから、見のがしていたのだったか。政敵を倒すためには手段を択ばず、効果があろうがなかろうが、「中傷」するだけするという、ある意味では「ファシズム」の手法が現職首相陣営によってなされていたのは、驚天動地。それにしても「汚い手を使う」のは、まともな感覚の人間のできることではないだろう。即刻辞職、様々な犯罪にかかわっていたという容疑で「逮捕」されてしかるべきだろう。(1085)

◎2026年04月30日(木)4月最後の日。ときどき雨が降ったりして、とても肌寒い一日だった。終日自宅に。▼円安が一気に更新、160円台後半に。政府大蔵省は「為替介入をにおわせ」た、ために156円台に戻す。長期金利は2.5%越え。あい変わらずの物価高騰は、石油輸入の滞りとも合わさって、さらに高騰するだろう。いよいよ「経済的ショック」がやってくる気配は濃厚だ。そのホルムズ海峡封鎖問題は、開放のめどが立たないどころか、鳴り物入りの「和平協定」交渉がどこかへ消え去ってしまったようだ。「泥沼」の長期化だろう。(1084)

◎2026年04月29日(水)「昭和の日」にちなんだ「昭和100年記念式典」、要は政府主催の「カラオケ大会」が武道館で開かれたということ。「日本という国の終焉」を宣言したに等しい「最低記念式典」だったと思う《今年が昭和元年から満100年を迎えたことを記念し、政府は「昭和の日」の29日、「昭和100年記念式典」を東京都千代田区の日本武道館で開催した。天皇、皇后両陛下が出席されたほか、高市首相や衆参両院の議長ら三権の長、衆参の国会議員や各界代表ら約5600人が参加した。/式典委員長を務めた首相は式辞で、昭和について「戦争、終戦、復興、高度経済成長といった未曽有の変革を経験した時代だった」と振り返り、「日本の誇るべき国柄を、未来を担う次の世代へとしっかりと引き継いでいく」と強調した。/会場では、海上自衛隊東京音楽隊が、昭和を彩る名曲として、坂本九さんの「上を向いて歩こう」や、イルカさんの「なごり雪」、中島みゆきさんの「時代」など計6曲の演奏、歌唱を披露した。》(読売新聞・2026/04/29)何のための「式典」だったか。どうして、自衛官が国歌を謳うのか。酷いものだったなあ。(1083)

◎2026年04月28日(火)終日自宅に。午前中、3~40分ばかり、新しい刈払い機の試用。小型・軽量でやや心もとなかったが、ゆっくりと進めれば、それなりに効果はある機械だと思う。(1082)

◎2026年04月27日(月)昨夜からの雨が明け方まで降り続いていた。午前中には止み、日差しもあった。▼午前中に、買い物で茂原まで。ほとんど毎日でかけるが、そのたびに物の値段の高いのに驚くばかり。この先も、たぶん物価は高騰するだろう。生活物資のほとんどすべての分野で「石油由来製品」でないものがないくらいに「石油漬け」になってしまったのだから、当然の報いともいうべきだろう。▼アメリカとイラクの「和平交渉」は宙に浮いたままで、時間を喰っている。イスラエルの存在が相当に大きいのであって、アメリカはイスラエルの代理者でしかないのだから、【三者、三竦(すく)み】では、ことが上首尾で運ぶはずもない。▼岩手、福島、新潟の三県で発生している山火事はなお延焼中。雨も降らないで、さらに被害は増えるだろうか。(1081)

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人はパンのみにて生くるにあらず

 数日前、ある新聞に「なるほどなあ」という記事が出ていました。禁煙効果は、都会よりは田舎、つまりは緑の多い環境の方が成功率は高いという、海外の研究の報告でした。さもありなんと思いました。ぼくは二十歳頃からおよそ半世紀、喫煙と禁煙を繰り返していました。固い決意をもって「タバコは止めた」というのではなく、吸いたくないから吸わない、吸いたくなったからまた喫煙という具合でした。当地に越してきて間もなしに、ぼくはタバコを止めていました。「今日から禁煙だ」と決意したわけではなく、気が付いたら吸わなくなっていた、以来十数年。そんなことでしたから、新聞記事の「緑の多い環境の方が禁煙効果は云々」に、思い当たったという次第です。タバコも止めたのだから、ついでに酒も止そうかと思い立って、即日飲まなくなった。以来両方とは全く無縁になりました。友人はまあ信用していないようですが。今から考えでも、生活環境の影響は大だったと思う。

 本日が「みどりの日」だという、その制定の経緯などほとんど忘却していました。もともとは「天皇誕生日」、それが二十年近く行方定まらなかったというのも不思議な話で、まあ「国民の祝日」に関する法律など、ある意味では時の世情や政府の思い付きで決められる傾向は強かったでしょうから、「天皇誕生日」が「みどりの日」になろうが、「海の日」「山の日」になろうが、ぼくにはあまり関心もなかったのであり、多くの人にとっては「休日(祝日)」が増えるのか、というくらいの関心は湧くのかもしれません。「さて、きょうは制定から38回目、5月に移行後20回目のみどりの日。いま、私たちと自然の関係はどうだろうか」というコラム氏の問題提起です。「山火事にクマ被害。温暖化や災害…。考えさせられる現象が多い。大型連休は自然に親しみ、自然を考える絶好の機会だ」と当たり障りのない意見を述べておられるが、山林面積が8割に及ぼうかという土佐の高知の新聞として、ぼくには物足りないどころか、さらに「みどり」県としての「正論」を主張をしてもらいたいと願うばかりです。

【小社会】みどりの日 5月4日が祝日「みどりの日」となったのは2007年だった。それ以前は単に「国民の休日」とされ、この年、ようやく祝日らしい位置付けになったように感じられる。▼みどりの日の制定自体は1989年。当初は4月29日だった。もともと「天皇誕生日」として定着していた日だが、昭和天皇が崩御。昭和天皇が植物に造詣が深く、新緑の季節でもあったことから、祝日として残したまま、みどりの日に変更された。▼祝日法には「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」日とある。制定当時、官房長官を務めていた小渕恵三元首相は新設に当たり、国会で思いを込めた答弁をしている。▼「国民生活は物質的にはほぼ満足し得る水準に達したものと考えられるが、これからは、これまでにも増して心の潤いやゆとりといった心の豊かさを涵養(かんよう)することが求められる」。だから自然を愛そう、と。▼「みどり」とあるが、植物だけでなく野生動物も含めた自然と考えるべきだろう。さて、きょうは制定から38回目、5月に移行後20回目のみどりの日。いま、私たちと自然の関係はどうだろうか。▼山火事にクマ被害。温暖化や災害…。考えさせられる現象が多い。大型連休は自然に親しみ、自然を考える絶好の機会だ。天候はいまひとつだが、雨が降るたびに緑は濃くなる。カエルの声も響く。そんな季節の確認作業も過ごし方の一つではないだろうか。(高知新聞・2026/05/04) 

 これまでの生涯で、ぼくは約十年ばかり「マンション」というコンクリートで囲われた住まいで生活した経験があります。それに関して「能書き」を垂れるほどの知見は持ち合わせておりませんが、一言でいうなら、「住まいは木造、それも平屋に限るね」という話になるでしょう。理由は単純です。人間という生き物もまた、自然環境の産物であり、それを超えることはできないだろうという、一種の宿命論に他ならない、その程度の意見です。コンクリートと木造のどちらがいいか、「価格」や「工法」その他を抜きにして考えれば、どうでしょう、やはり木造なんじゃないですか。タワマンだの「摩天楼」などという「喧伝」は不動産界隈の言い分であって、それも電気やガスがいつだって滞りなく供給されるという前提に立っての話。地震多発劣島に住む限りは、その条件を抜きにした構造物は論外だとも思ってきました。以下のコラム「滴一滴」は、木造のいいことづくめの感がありますが、まんざら虚偽でもないはずで、「プレハブだった建物を木造に建て替えたら、人手不足が解消した」という。「風が吹けば桶屋が儲かる」という説です。

 ぼくは教育の歴史や原理を、人並み以下でしたが、半世紀にわたり愚考し実践してきたものです。その拙(つた)ない経験から導き出せるものはあまりありそうにないのですが、たった一つ、学校教育の「一元化(注入主義・点数重視・教主生従など)」の大本は、学校建築の一元化によるところ大であるという結論でした。荒れる学校・いじめの蔓延もまた、コンクリート校舎の産物ではなかったかという与太話です。ぼくも人並みに(とは言えないものでした)小中高大と就学期間を過ごしましたが、小学校を除いて、後はほとんどがコンクリート校舎(教室)だったように思う。「滴一滴」の記述に偽りがあろうとは思われません。「倉敷市で1棟が木造化された事例を見た岡山市が2018年度着工以降の計41棟を木造化し、好評を得ている」という具体例に記述が及んでいるのですから、今度は「学校に生じる諸問題」のいくらかを、コンクリート校舎と木造校舎で比較されるとどうでしょう。大した差がないという結果が出たところで、問題ではないでしょう。もちろん、都会と田舎の比較も大事でしょうね。

【滴一滴】建物の木造化で人手不足が解消 プレハブだった建物を木造に建て替えたら、人手不足が解消したー。訪れた学童保育施設でこんな話を耳にした。名古屋市緑区のあおぞら学童保育クラブだ。2階建ての建物は、柱や壁、はり、棚などにあふれんばかりに木が使われ、ぬくもりが伝わってくる▼6年前に木造化されると、冬は極寒だった室内が暖かく、エアコンが効かない夏の猛暑も改善された。残響がひどく大声になっていたイライラも減り、子どもの笑顔が増えたという▼効果は指導員の採用にも及ぶ。人手不足の中でも遠方を含めて応募がすぐに来るようになった。快適さは子どもたちだけでなく、働く環境としても大切だと気付かされる▼取り組みを推進したのが一般社団法人・森と子ども未来会議だ。愛知県内外の建物の木造化により、木の伐採・植樹といった循環による林業や森林の再生を目指す▼岡山県で木造化を働きかけている県学童保育連絡協議会も未来会議と連携して、勉強会などを開催している。県内の学童保育施設では、倉敷市で1棟が木造化された事例を見た岡山市が2018年度着工以降の計41棟を木造化し、好評を得ている▼森林は県の面積の7割近くを占め、戦後に植林された木々が成長して伐採期を迎えた。きょうはみどりの日。山で出番を待つ木々の活用を暮らしの中でさらに進めていきたい。(山陽新聞・2026/05/04)

 もちろん、事は学校建築だけではないでしょう。公共の建物や個人の住宅にしても同じような問題を抱えている。面積の7割近くが山林であり、その山林が荒れるに任せているような現状に鑑みて、国レベルで、あるいは自治体が率先して、木造建築の効用を体験する時期ではないでしょうか。ものみな石油由来の製品に囲まれ、その多くが海外からの輸入に頼っている国の現状は、きわめて心細い展望しか描けません。円安や物価高騰は一時的な現象かもしれませんけれど、少子高齢化の現状に想いを寄せれば、何よりも「足元から」ということになりはしませんか。「灯台下暗し(The darkest place is under the candlestick.)」といいます。各地で発生している「熊問題」、まるで蛇蝎の如く嫌われている熊を思うと、それは、あるいは、特定の人間たちなのではないかと錯覚しそうです。都会に屹立する高層マンション、約70㎡、新築、一戸の値段が1憶7千万円もするという。貧乏性ですから、一例をあげて計算します。1億7千万円の一戸を、年収8百万円の人が買ったとして、年収をすべて返済に充てるだけで(利息は計算しないで)、約22年かかります。食べなくても、人は生きていけるんですか。<Man does not live by bread alone.>生きる支え(目標があれば)、パンはなくとも生きていきていけるということ、マジですか?

 この国の衰退の大きな理由の一つに、ぼくは「一極集中」「極度の都市化」だと、多くの人の意見に同じです。どうして、専門家や政治家が、この問題にまじめに取り組まないのか。つまるところ、衰退を早めるための政治にまっすぐに奔走しているようにしか思われないのです。いまさら、そのことをどうこう言っても始まりません。「衰退の速度が高速化する」方向を選んだのは、誰ですかという問題でもありますね。木材が豊富にあり、新鮮な空気が充満している山間地が「過疎地」と呼ばれ、「限界集落」などと揶揄されているうちはまだしも、高度に都市化が進んで、ゆっくりと安心して、一息ももつけないコンクリートの中で齷齪(あくせく)するのも、結局は個々人の自由な判断なのでしょうか、政治・行政は、この風潮に手を染めていないんですか、そんなことを愚考しているうちに、「みどりの日」が始まりました。(今週も、先週同様に、拉致もないことに付き合っているうちに「前口上」の駄文が長くなりました。「堕落日記」は別口で、お昼頃までに掲載しておきます。ただ今、午前十時過ぎ)

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参考資料)《自然の中、親子で成長 多治見「森のようちえん」にスミセイ未来賞 多治見市の一般社団法人「MORIWARA(モリワラ)」が運営し、自然育児をうたう保育団体「森のわらべ多治見園」が、住友生命による子育て支援活動を表彰する「未来を強くする子育てプロジェクト」でスミセイ未来賞を受賞した。自然の中で子どもたちの感情を育むとともに、母親が子育ての喜びを実感できる環境づくりに重きを置いている。 (吉田英悟)/浅井智子園長(56)=同市滝呂町=が2008年に前身となる「お散歩会」を始めて、翌年から正式に年少から年長の認可外保育施設「森のようちえん」を開園した。園舎を持たず、多治見市近隣の里山や緑地公園、キャンプ場などで活動。自然の中で四季を感じながら感性を育んでいく保育に取り組んできた。20年からは同市滝呂町のオリベフットサルパーク内の施設の一部を園舎としている。(以下略)(写真「森の中で笑顔で遊ぶ園児たち=多治見市内で」)(中日新聞・2025/03/15)

 「わたしたちは、多治見の豊かな自然の恵みを存分に堪能しながら、自然との触れ合いの中で本物の体験を重ね、センス オブ ワンダーの感性を磨いていきます」「わたしたち森のわらべは、母と子の笑顔があふれる社会作りを通して世界平和に貢献していきます。一般社団法人MORIWARA 自然育児 森のわらべ多治見園」(HP:https://morinowarabe.org/

 (蛇足 この小さな「森のようちえん」の、ささやかながらも、サポーターの一員に、ぼくは加えてもらっています)

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