
【水や空】時代が変わった 「時代が変わった」と聞いて、皆さんが真っ先に思い浮かべるのはどんな事柄だろう▲スマホを使いこなせなければ、いろんな用事がスムーズに進まなくなったこと。若い世代が身軽に会社を辞めて転職していくこと。移籍したばかりの日本人スラッガーがメジャーでも主軸に座り、当然のように本塁打を量産すること▲「時代が変わった」は、とても便利な言葉だ。世の中の大抵の変化はこの一言で説明が可能なように思われる。こう言われてしまったらお話は終了だ。取りあえず納得するしかない。そんなものか、と▲だが「時代が変わったんです」という言葉自体は、きちんと何かを説明しているわけではない。例えば、大きな政策転換に際して政府の側がこう言いだしたら、あるべき説明や説得が放棄されてはいないか、疑ってみる必要がある▲防衛装備品の輸出ルールを定めた防衛装備移転三原則と運用指針が改定され、殺傷能力のある武器の輸出が解禁される。国会で高市早苗首相は「時代は変わった」と述べた。そんなものか、と納得できない。外国に武器を売らないことは“平和国家の心意気”だった▲変化の激しい時代に最も大切なのは、変えてはいけないものを見極めて堅く守ること-と、どっかで一万回聞いたようなことをつい言いたくなる。(智)(長崎新聞・2026/04/23)
昨日も触れましたが、「時代が変わった」という言い草はどんな時に使えるのでしょうか。どんな意味を持っているのでしょうか。そんな埒 (らち)もないことをずっと考え続けています。ぼくにしては、あんまりいい傾向ではありませんね。徒歩の時代から車の時代と、確かに時代は変わったと実感できます。でも、その本当のところは「時代は変わった」という人間の意識の変化をこそいうのでしょう。世の中が変わったという意識に背を向ける人をして「時代おくれ(out of date)」とか「時代錯誤(anachronism)」というのは、その証拠となります。これもまた理屈にすぎませんが。
中島みゆきさんに、誰もが知っている「時代」(1975年発表)という曲があります。若いころに、ぼくはすっかりイカレテ、方々で「国歌(君が代)」は好きではありません。(その両方とも)でも、どうしても国歌というものが必要だとしたら、「時代」を推したいな、と言い触らしていたことがありました。「国歌」「国旗」とはとても面倒な代物ですね。これがある種の特定の意味(象徴)を持つから、です。誰かを特定して「国父」だの「国王」だん、あるいは「天皇」だのという、そんな存在を上にいただく(拝戴する)という発想、否、身分制を鵜呑(うの)みにする、そんな考え方は腹の底から嫌だったから。果たして「時代」は、多くの人々の「私歌(自分歌)」になったでしょう。この歌では「時代は変わらない」「変えられない時代」という、「歴史」をみゆきさんは強く伝えています。

「そんな時代もあったねと」「あんな時代もあったねと」「いつか話せる日が来るわ」「きっと笑って話せるわ」「まわる まわるよ 時代はまわる」 みゆきさんは「時代」を否定していないし、その「そんな時代」「あんな時代」を自分の中に持ち続けて生きていることを白状しています。「喜び悲しみ繰り返し」「今日は別れた恋人たちも 生まれ変わって巡り会うよ」
(⁂ 「時代」なかじまみゆき:https://www.youtube.com/watch?v=aOOpDfmy7mw&list=RDaOOpDfmy7mw&index=1)

ある時期からほんの数日前まで、この国は「武器輸出」に関しては厳しい制約を設けていた。特に「人を殺傷するような危険な武器は輸出禁止」、それを国是としてきました。詳細は省くが、誰がどう考えても「平和憲法」を順守する国としては、あるいはその国民としては、この「基準」は変える理由がないし、人命尊重を言うなら、大げさではなく「万古不易の掟」とすべきものでしょう。ある人たちの都合で、適当(勝手)に否定していいはずもない「思想=態度」だとぼくは考えている。その原則を「時代が変わった」という屁理屈にもならない寝言で、「殺傷可能な武器を輸出する」と、基本の方針(原則・原理;principle)を変えたのだ。「原則」「原理」を恣意的に変えるなどあるべきことではないでしょう。しかも、与野党のほとんどが異論を挟まないで。そこに、ぼくはいいようのない「頽廃」を感じるものです。
(余計なことながら。戦争の道具、殺傷目的の武器を「防衛装備品」と言い換える、この「詐称主義」は「時代が変わっても変わらない」ね。パトリオット・ミサイル(MIM-104 Patriot・正式には「「Phased array Tracking Radar to Intercept on Target・「目標物迎撃用追跡位相配列レーダー」)が「防衛装備品」だといわれているのを聴いて、当のパトリオット・ミサイルに感情があるなら、果たして、泣くか、笑うか)
「人を殺すことができる武器」「人を殺すことを目的に造られた武器」が、「時代が変わった」から友好国に輸出するという。理屈が通らないのは言うまでもない。これまでは「人殺しの武器」は(造るのもいけなかったはずだし)輸出することは許されなかったのに、何がどう変わったのか、「武器輸出解禁」という「国是」を葬り、「殺傷力のある武器の輸出は解禁」が国是だという、いささか瘋癲気味のぼくの頭でさえ、昨日までは「人を殺してはいけな」かったのに、今日からは「殺してもいい」のだと、根本義が変えられる、いったいどういう風の吹き回しかと、にわかに殺気立ってしまいます。「政権の座」にふんぞり返っている連中は、「時代が変わった」という理屈を説明しようとはしない。なにも騒ぐ必要はない、「普通の国」になっただけだとほざいている。「戦争する・できる」のが普通の国になる条件だというのです。ならば、「普通でない国」でいいではないか、これまで通りにと、ぼくは思う。時代は変わるのは当然でしょう。しかし変わる時代にあっても、変わらぬもの・こと、変えてはいけないもの・ことがある、そんなことすら分からないのだら、「語るに落ちた」政治家ばかりだというほかありません。

(現総理の知性(治世)・品格の程度を一言にすれば、この「語るに落ちる」の典型であるということになりましょう。「《「問うに落ちず語るに落ちる」の略》問い詰められるとなかなか言わないが、かってに話させるとうっかり秘密をしゃべってしまう。」デジタル大辞泉)いつだって腹の中に「よからぬ企みがある(底抜けのマッチョ主義者)」、いい気になってしゃべりだすと、洗いざらいすべてを晒すという悪癖、それが彼女の「本音」でしょう。魔性とでもいうべきですね。「変わるもの」「変わらないもの」、その区別がつかないのは、どこかで何か大事なものが、決定的に足りないということです。感覚(センス)が欠除している、それを「ノンセンス」という。「夫婦別姓」はどうですか。「変わらないもの」であると御仁はあくまでも主張するでしょう。でも「時代は変わったよ」と、こんなところにこそ使うべきではないんですかな。
さて、「右へ右へと 民草靡(なび)く」かどうか。いろいろな意味で「正念場(crucial moment)」が切迫しているようです。

芭蕉ではありませんが、彼に倣って、時代(月日)とともに生き死にする人間もまた、「百代の過客」、つまりは、一介の「旅人」です。たった一人で、自身の歴史(過去)を身にまといながら、多くの同時代人と生きています。「旅を続ける人々は いつか故郷に出逢う日を」「譬え今日は倒れても きっと信じてドアを出る」「たとえ今日は果てしもなく 冷たい雨が降っていても」人間は、過去=記憶の蓄積、の上に生きています。過去を否定することはできないのが定めでもあるでしょう。自分の都合で、過去を「忘れたり」「忘れたふり」をしたり、しかし、自分の足場である「過去」を消すことは不可能であることをだれもが知っています。忘れたい過去、否定したい過去もまた、自分の一部だということを、それをみゆきさんは「伝えて」いる。「君が代、万歳」などという神話を謳歌・絶叫するのでもなければ、それを吹聴しているのでもないのです。
「今日は倒れた恋人たちも 生まれ変わって歩き出すよ」
(本日の駄文中、三本の「高校生の言葉」、どれも以前から、ぼくは感心・感動しながら保存しておいたものです。最初は「先生と生徒」のたまらない交流の一コマ、受ける人がいなければ言葉は伝わらないという、まるで点景のような逸話だった。二番目の、咄嗟の「反応」として出た小学生の飄逸な言葉。教師は返す言葉を持た鳴ったと思う。もっと凄いところは、この「瞬間に消える言葉」を、長く胸の内で反芻していた元旧友の受け入れ方のやさしさです。時を得るごとに、この言葉が重みを増してくるという、その感受性にぼくは打たれました。三番目は、どこかで引用したかも。この文中に顔を出す三人、それぞれが友を思い、自分を顧みているのが手に取るようにわかるのです。教育は「付き合いだ」といってきた人間にはとても嬉しい、三つの場面でした)
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