【斜面】チョルノービリと福島 お別れ会だというのにさざめく会場はどこか明るくて温かい。生前の人柄ゆえだろうか。昨年12月に85歳で亡くなった写真家で映画監督の本橋成一さん。炭鉱や大衆芸能など市井の人々の営みを撮り続けた。先月都内の会に足を運んだ◆初めて取材したのは30年近く前だ。本橋さんは旧ソ連・チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故で放射能に汚染されたベラルーシの村に通い、ドキュメンタリー映画を作っていた。「原発事故や核エネルギーのことを『いのち』からとらえたい」と◆松本の日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)の医療支援に同行したのが縁という。何十回と現地を訪ねた。強制移住地域となった村に「故郷で生を全うしたい」と戻り、自給自足で暮らす人たち。本橋さんは大地に根差し育まれるいのちを見つめた。現地に晩年まで通い続ける◆26日でチョルノービリ原発事故から40年になる。先の見えない廃炉作業が続き、今なお住民の帰還が許されない地域もある。この現状が、東京電力福島第1原発事故の被災地と二重写しになる。15年を経た今も福島県内の7市町村に帰還困難区域が残る◆人間が放射能で汚してしまった大地。回復させるには長い年月がかかる。本橋さんは3・11の直後、本紙でこう指摘した。「自然を完全にコントロールできるという人間の思い上がりがあった」。25年の時をおいて起きた二つの原発事故の教訓は、私たちの骨身にどれほど染みているのか。信濃毎日新聞・2026/04/23)

《写真家の本橋成一さんが死去 チェルノブイリ原発事故後の様子を記録 チェルノブイリ原発事故で汚染された村の暮らしや、市井の人々を撮り続けた写真家で映画監督の本橋成一(もとはし・せいいち)さんが、2025年12月20日、老衰のため死去した。85歳だった。葬儀は本人の希望により近親者で営んだ。遺族によると、3月にお別れの会を行う予定だという。/1940年、東京都中野区生まれ。68年、炭鉱労働者を追った「炭鉱〈ヤマ〉」で第5回太陽賞を受賞し、写真家としてデビュー。その後もサーカスや上野駅、築地市場などを題材に写真集を出版した。/91年からは、チェルノブイリ原発事故によって放射能汚染の被害にあったベラルーシの地域に通い、地域に暮らす人々の様子も記録してきた。/この地をめぐって95年、写真集「無限抱擁」で日本写真協会年度賞。97年に「ナージャの村」でドキュメンタリー映画を初監督し、02年には「アレクセイと泉」で、第52回ベルリン国際映画祭ベルリナー新聞賞を受賞するなど国内外で高い評価を受けた。/90年に有限会社ポレポレタイムス社(東京都中野区)を設立。同社が03年から運営する映画館「ポレポレ東中野」の立ち上げに関わった。》(朝日新聞・2026/01/05)(ヘッダー写真は「ナージャの村」より)
【日報抄】〈狭い部屋で仲間と夢描いた いつかはこの国目を覚ますと〉。1976年「路地裏の少年」でソロデビューしたシンガー・ソングライターの浜田省吾さんが、今月で活動50年を迎えた。どうですか、浜田さん。半世紀を経て、この国は目覚め、良くなったでしょうか?▼コンサートのチケットを取るのに何度も外れ、悔しい思いをさせられた。弱者の視点から世の中を捉えた多くの歌が、魅力の一つだと思っている▼浜田さんの父親は警察官だった。原爆投下後の広島市内へ救助活動に入り、被爆する。子供の時に、父から聞いた被爆地での体験談は、原爆資料館で見た以上の恐ろしさを浜田さんに与えたという。同じころにキューバ危機が起こり、「その時の恐怖心が、ボクの核戦争に対しての原体験になってる」と語っている(田家秀樹著「陽のあたる場所」)▼原爆や核を取り上げた歌は、被爆2世として訴えたかったテーマなのだろうか。権力者を批判し、〈この星が何処(どこ)へ行こうとしてるのか もう誰にもわからない〉と警鐘を込めた「僕と彼女と週末に」。80年代に作られた歌だが、米国やロシアといった世界の大国の現在の振る舞いを見ると、歌詞のような不安が、現実味を帯びてくる▼戦火はやむことがなく、多くの命が失われ続けている。〈子供は夢見ることを知らない〉とのフレーズが悲しく響く▼「音楽って祈りだと思うよ」と浜田さんは述べている。そうならば、平和への祈り、願いをこれからも歌い続けてほしい。(新潟日報・2026/04/23)

(⁂ 「愛の世代の前に」 (「僕と彼女と週末に」):https://www.youtube.com/watch?v=xJ4zII1m3m0&list=RDxJ4zII1m3m0&start_radio=1)
《「愛の世代の前に」は、浪人時代に町支くんに送った歌詞の中にあったフレーズで、“やがて訪れる愛の世代の前に僕らはみんな~”みたいな感じだった。でも、その時は曲として完成せず、“愛の世代の前に”という言葉だけが残ってた。
俺達が若い頃、世代のキャッチコピーのような感じで“ラブ・ジェネレーション”という言葉があった。“ラブ&ピース”とかね。ウッドストックなどに代表されるヒッピー文化の中から生まれた言葉のひとつ。
でも、俺は“ラブ・ジェネレーション”、つまり“愛の世代”という言葉にリアルさを感じなかった。人類にとって、原爆が投下される1945年以前の何億年と、それ以降のわずか30数年というのはまったく違う時代で、俺達は一瞬にして人類がきえてしまうという危機と虚無感の中に生きている世代で、その危機と虚無がこの地球上から消えない限り“愛の世代”とは言えない、「俺達は今、愛の世代の前に生きているんだ」と、そういう意味を込めて作った歌です。」》(SHOGO HAMADA OFFICIAL WEB SITE)
(以下は引用する必要があったかどうか。「父は戦前特高警察官、その後は地方警察署に勤務。竹原警察署勤務時代の1945年8月6日、広島市への原爆投下直後に救援隊として広島市に入り二次被爆した。浜田省吾は被爆二世にあたる。」Wikipedia)
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【筆洗】「タマゴを割らずにオムレツは作れない」。欧米の慣用句という。大きな成果を得るためには犠牲もやむを得ない。そんな意味である▼タマゴをついに割ってしまったか。政府は防衛装備移転三原則などを見直し、殺傷能力のある武器の輸出を原則解禁した。これでミサイルも護衛艦も売れる。戦後の防衛政策の大きな転換である▼政府の説明はこうである。中国の海洋進出など安保環境が厳しさを増す中、同盟国・同志国への武器輸出によって連携強化が必要であり、同時に輸出によって国内防衛産業も育てたい。あの慣用句でいえば日本の平和という「オムレツ」を作るには「タマゴ」を割って武器輸出を解禁せざるを得ないということなのだろう▼それでも、心が落ち着かぬのはこれで本当に「オムレツ」ができるのか、平和に資するのかという疑念が消えぬせいか▼戦後の平和主義を踏まえて武器輸出を控えてきた日本が方針を変えて武器を売るとなれば中国などは反発を強めるだろう。かえって緊張は高まり、むしろ平和から遠ざかることになりはしないか▼戦争にかかわりたくない。紛争を助長したくない。武器輸出の禁止はそう唱えながら長年温めてきたタマゴなのに、さほどの議論もないまま片手でコチン。首相にいわせればこれで日本も「普通の国」に一歩前進したのかもしれぬが、「普通」が正しいとは限るまい。(東京新聞・2026/04/23)

《「武器」輸出解禁、日本の安保政策は大きな転換点…首相「防衛装備面で支え合うパートナー重要」 政府は21日、防衛装備品の海外輸出に関するルールを定める「防衛装備移転3原則」と運用指針を改定し、殺傷・破壊能力のある武器を原則輸出できるようにした。国内の防衛産業の生産基盤を強化し、有事に戦い続ける継戦能力を高めて抑止力・対処力を向上させる狙いがある。武器輸出を制限してきた日本の安全保障政策は、大きな転換点を迎えた。/高市首相は21日、首相官邸で記者団に対し、「どの国も1か国のみでは自国の平和と安全を守ることはできなくなっている。防衛装備面で互いを支え合うパートナーは重要だ」と述べた。/政府は新たな3原則を閣議決定し、持ち回りの国家安全保障会議(NSC)9大臣会合で運用指針を改定した。近く関係省庁の局長級による枠組みを設け、装備品の輸出に関する政府の司令塔機能を強化する。/新たな3原則は、輸出促進の意義を「同志国が共通の装備品を運用することは相互支援を可能とする」と説明した。防衛産業を強化することは、「有事に必要な継戦能力を支える生産能力を国内で確保する」ことにつながるとも指摘した。》(読売新聞・2026/04/21》
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順不同に「三つの記事」を並べました。その一つ一つに、訳知り顔をして「注釈」はつけません。つけたくありませんね。

本橋さんに関してもたくさんの「注釈」や「お礼」の心持はあります。何度「ナージャの村」を見たことか。(その挙句にDVDまで購入しました)「ポレポレ中野」にも通いました。この映像(「ナージャの村」)がぼくにショックを与えた理由が、あまりにも「美しすぎる」ということでした。「地獄に天国」が垣間見えたというのか、天国はまた、地獄の別名であるという本橋さんの「伝言」だったのでしょうか。歩とは資産のお仕事に出会えたこと、その死に際して、お礼と追悼の辞を述べたいと存じます。(合掌)
それにしても、国家というものは「理不尽」を絵にかいたような暴力行為を働くもの。戦争はその最たるものですけれど、勝手に作られ原発もまた、一皮むけば、際限のない「暴力」を及ぼすものというほかありません。触れてはいけなかった(秘密の箱」をこんなに開けたままで、その始末をどうしようというのでしょうか。文字通りに、使い方を誤れば、人類史上最悪の「殺傷能力のある武器」ではないでしょうか。
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浜田さんに関して、ほとんど知るところがありません。「グラサンのロックシンガー」という印象のみ。せいぜいこの曲を聞きかじっていたことくらいです。《アルバムのタイトルは「地球上から核兵器」が根絶されない限り、本当のラブ・ジェネレーション(愛の世代)は訪れない」という意味が込められている。》(Wikipedia)
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「武器、輸出解禁」という悍(おぞ)ましい物言い。自分たちで禁止にしておいて、「時代が変わった」から「解禁」とは、いかにも国(国家権力)の「理不尽さ」を見事なまでに表しています。「羹に懲りてなますを吹く」(「あつものにこりてなますをふく」)という言い方があります。その意図するところは、以下の通りでしょうか。同じような訓戒として英語では<A burnt child dreads the fire.(火傷した子どもは火をこわがる)>とあります。さすれば、この国の為政者どもは「満州侵略」「朝鮮・台湾の植民地化」「対英米戦争」等々という、言語に絶する「暴力行使」の結果がもたらした、内外の、2千万を超える犠牲者に対して、首(こうべ)を垂れることはないのでしょうか。「靖国の英霊」には礼節を尽くすけれど、他国の犠牲者などは知ったことではないという、驚くべき「振る舞い」に出ていると、ぼくには写ります。そして、今なお、未曽有の犠牲者を生むに至った「蛮行」を忘れているのか、忘れているふりをしているのか。
多数が蒙(こうむ)った「災禍(大火傷)」を知らない(無知)のでしょうか。それとも、あの程度の「やけど」なんて大したことはないさ、と嘯(うそぶ)いているのでしょうか。両方でしょうねえ。はしなくも「時代は変わった」と宣(のたま)った総理だった。時代は変わったという、では、変わらないままだった「時代」とはいつのことだったか。政治にも「不易流行」はあるでしょうが、勝手に変わるものではない、変えようがないのが、「道徳的正しさ」「人間への優しさ」でしょう。

「あつものに懲りて膾を吹く/一度の失敗にこりて、必要以上に用心することのたとえ。/[使用例] 羹に懲りて膾を吹くは、株を守って兎を待つと、等しく一様の大律に支配せらる[夏目漱石*虞美人草|1907] [由来] 「楚辞」の一節から。主君をいさめようとして嫌われてしまった、臣下の気持ちをうたった作品の一節に、「羹に懲るる者は虀を吹く、何ぞ其の志を変えざるや(吸い物の熱さにこりて、野菜のあえもののような冷たい料理までも吹いてさます者もいるのに、主君をいさめて失敗した自分は、どうして考えを変えようとしないのだろう)」とあります。日本では、この「虀」が「膾(細かく刻んだ生肉)」に変わった形で定着しています。」(故事成語を知る事典)

この政権が昨秋にできた時から、首相をはじめとした各閣僚たち、あるいは官僚のほとんどが「歴史」に関心がないのか、あるいは全くの無知なのか、(両方に共通する姿勢は「不勉強」というか、怠慢でしょうね)いとも簡単に「日本万歳」を言ってのけます。「中国何するものぞ」という、考えられない「敵意」「敵国視」はどこから生じるのか。ぼくにはよくわからない。たぶん、日本が嘗(かつ)て中国に対して、どのような犠牲を強いてきたか、その歴史事実を知らないのだと、ぼくは以前から思っています。日米戦争だって、日本が無条件降伏(敗戦)したことすら知らないのだと考えると、慄然とし、やがて空恐ろしくなります。でも、その中国を相手に回し(中国の軍拡を理由にして)、あらゆる「軍備増強」「軍事大国化」の正当化を図る、実はそれはこの国がみずから「墓穴」を掘っているのに気がつかないというのですから、開いた口が塞がらない。こんな「無謀」「無恥」な連中を、大手メディアをはじめとして相当数の有権者が、挙(こぞ)って(「女性宰相」を筆頭にして)持ち上げるのは、そのうち、思い切り梯子(はしご)を外すためなんでしょうか。
今どき、軍事大国化に狂奔するというのは、文字通りに狂気の沙汰(utter madness)ですね。「平和国家」で売り出していたが、どうも人気凋落傾向が止まらない、だったら「軍事国家」で金儲けをしようじゃないかという、見下げた根性だとぼくには思われます。「軍備で平和を!」という、まるで「出刃包丁で髭を剃(そ)る」という、危険でバカ臭い所業でしょう。

「卵を割らずにオムレツは作れない」とは、さしずめ「オムレツは平和に」、「卵は殺傷道具(武器)」に、なぞらえているというのでしょうか。omelette(omelet)の歴史は古い。日本式オムレツは出来立てほやほや、割った卵にはさまざまな武器が入っていたとする。要するに、表向きは「平和」を装っているけれど、一皮めくれば武器弾薬の類が出てくるわ出てくるわ、これぞ、「日本風オムレット」なのでしょう。誰が食べたいのか。揃いもそろって、人を殺傷するのをこよなく愛するという面々、その大半が「最高学府」出身を鼻にかけているときた日には、俺っち、立つ瀬がありません。野党を含めて、こんなに「好戦的(jingoistic)」は国民だったかと、ぼくは深く疑うものです。夢遊病に罹患しているんだ、きっと。
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