そんなに人を殺したい? 底も箍も外れたね


 ぼくが乗っている車の後部窓(rear window)部分に、以下のアッピールを書いた「プラカード(Placard)」を先月から掲げて、あまりやらないドライブを、今のところ、好天の日に限定して房総半島の中央部を走行しています。まあ、示威行動としてはまったくの無効果でしょうが、ぼく自身の意志を車に乗せて、「一人デモやるのだ」といった、おおらかな気分です。時間のある時は50キロ程度は走ります。どこから見ても賛成できない「アメリカの戦争」に、国の為政者たちは「尻尾を振って」、人殺しの加担に馳せ参じている。怒りと同時に悲しみがぼくを覆いつくしています。

 まさしく「疾走する怒り」と「疾走する悲しみ」の組曲みたいで、曲調は「太鼓連打」あり、「トランペット咆哮」ありで、およそ美しくない不協和音の入り混じった「破綻調」です。でも「戦争は断じて認めたくない」という、ささやかな反戦の隊列に加わる、これはせめてものぼくの「ごっこ遊び(pretend play)」なんだ。

 (タイトル中の「底も箍も」の「」は「たが」で、「竹を割き、編んで輪にしたもの。桶(おけ)・樽(たる)などの外側にはめて締めかためるのに用いる。金属製のものもある」(デジタル大辞泉)

 「喉元過ぎれば、熱さを忘れる(Once the danger is past, the pain is forgotten.)」といわれますが、自分の喉を通ったのではないから、熱さもへちまもあるものかと、「戦う宰相」を筆頭に、喜び勇んで(と思われる)アメリカの尻を舐(な)めているのです。考えるまでもなく、アメリカもまた、尾籠な趣味を持ったものだと思うばかり。「これ、日本よ!みっともないことは止めないか」と叱るならいざ知らず、舐められて、余計に気分が高揚しているのですから、「腐ってもアメリカ」というのですか? 世界の鼻つまみ者になっているうちはいいけれど、今では手当たり次第に「人殺し」を続ける、「狂気に支配された国(A nation ruled by madness)」になってしまった。どうしてでしょうか。

 一人が狂えば、みんなが狂うという、それは本当なんですな(It’s really true that if one person goes mad, everyone goes mad.)。日本政府は武器輸出の原則を無にして、殺傷力のある武器を飯のタネにするという、これまた狂気の沙汰を演じています。国会審議・論議はどこに行ったのでしょう。狂い猛った内閣だけで物事を決めるという、独裁政権をだれが許したのか。有権者は「胸に」「頭に」手を置いて、篤と考える必要があります。もちろんぼくも、です。20年前、まだ「羹(あつもの)に懲(こ)りていた」時代、外務省は「武器の供給源とならず、武器の売買で利益を得ない」と殊勝なことを言っていた。さらにその30年も前に、時の外務大臣は「たとえ何がしかの外貨の黒字が稼げるとしても、我が国は兵器の輸出で金を稼ぐほど落ちぶれていない」 「もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべきなのだろう」(後の首相・宮澤喜一発言・1976年5月)と敗戦国の「矜持(五分の魂)」を持ち出していました。

 今、アメリカトランプに抱きつき、尻毛を撫(な)でる愚挙に出た首相は「日本をとりまく情勢は厳しいものになってきている。同志国を増やして一緒に地域の安定を実現しなければいけない時代になっている。時代が変わったと感じる」と武器商人で結構、金儲けのどこが悪いと、大見えを切った、尻をまくった(見たくもないが)のでした。(2026年3月17日。参院予算委員会)これこそ、「マッチポンプ」というのでしょう。どこと一戦を交えるのか知らないけれど、自らが戦場に赴く気遣いがないからこそ、こんな出鱈目な無責任な言質を臆面もなく吐けるのだと思う。任天堂ではあるまいし、「戦争ごっこ」は止めてくれよと、何度でも、ぼくは声を出して叫びたい。

【小社会】気づかない加害者 祝婚歌などで知られ、ことし生誕100年を迎えた詩人の吉野弘さんは、満員のバスに乗った時の思いを「加害者・被害者」という随筆に残している。1970年代のことだ。◆狭い車内に大きなバッグを背負った人がいた。だが、周囲の迷惑になっているのに本人は気づかない。注意しようと思ったが吉野さんはためらった。そして詩人の柔軟な想像力は車内から世界へと広がる。◆ベトナム戦争が終わって間もない頃だった。戦争中、日本のさまざまな産業は特需で潤う。銃口を直接向けなくても、間接的にベトナムの人を殺傷していたのではないか。車内の「気づかない加害者」と自分たちの暮らしを吉野さんは重ねた。◆泉下の詩人はこの安全保障上の大転換をどう感じているだろう。政府はきのう、殺傷能力のある武器移転を原則可能とする指針を決めた。装備品移転は、救難や輸送など非戦闘目的に限られていた。武器輸出を認めてこなかった「平和国家」の理念など考慮していない決定だ。◆しかも「特段の事情」があれば、戦闘中の国などへの移転も認めるという。国会への通知は移転の決定後だ。国民はどうチェックすればいいのか。◆吉野さんには漢字の「目」を視覚的に捉えた随筆がある。中でも「眠」は秀逸だ。〈民の目は、いつも眠いのです/民が物事を正視しないで横目ばかり使っておりますと、それが、いつのまにか…〉。詩人の警句を読み返した。(高知新聞・2026/04/22)
 [社説]殺傷兵器輸出 平和国家の柱が崩れた
 
 「平和国家」が音を立てて崩れていく。そう思わせる戦後日本の安全保障政策の大転換だ。/政府は防衛装備品の輸出を定めたルール「防衛装備移転三原則」と運用指針を改定し、殺傷能力のある武器輸出の解禁へ舵(かじ)を切った。/これまでは、救難や警戒、掃海など戦闘行為に該当しない「5類型」に限って認めていたが、それを撤廃した。/新たなルールでは、装備品を護衛艦やミサイルなどの「武器」と、防弾チョッキや警戒管制レーダーなどの「非武器」に分類。/殺傷能力の高い武器も秘密保護などに関する防衛装備移転協定の締結を条件に輸出する。締結国は米英など17カ国に上る。/現に戦闘が行われている国への輸出は原則不可とするものの、「特段の事情」がある場合は可能とする。時の政権の判断で例外を認める「抜け道」を残した格好だ。/仮にイランと交戦中の米国への輸出が審査された場合、直ちには輸出を禁じないという。/日本は戦後、平和国家の理念から、武器輸出を事実上禁じてきた。安倍政権下の2014年に政策転換して以降、段階的に緩和されたが、それでも非戦闘目的に限ってきた。/そして今回、制限がなくなる。/想像してみてほしい。日本製の武器が、他国の人々を傷つけ、子どもの命を奪うことを。日本は紛争に加担することになり、日本ならではの平和貢献ができなくなる。
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 「歯止め策」の議論も尽くされていない。/歴史的転換となるルール改定にもかかわらず、自民と維新の実務者協議は3回だけ。閣議と国家安全保障会議(NSC)で最終決定された。/実際の武器輸出に関しても、首相らNSC4大臣会合で審査し、事後的に国会議員に通知する仕組みとなっている。/共同通信社が先月実施した世論調査で、武器輸出を「認めるべきではない」は56%と半数を超え、「認めるべきだ」は36%だった。/国論二分どころか、反対の強い政策である。/国会での議論など国民の理解を得る手順が必要なのは当然だ。/輸出ルールの法制化、国会が事前にチェック機能を発揮できる仕組みを作らなければならない。
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 外務省が05年に発表した「平和国家としての60年の歩み」は、国際紛争助長回避の項目でこう記している。/「武器の供給源とならず、武器の売買で利益を得ない」/武器輸出解禁は、結果的に紛争を助長し、地域の軍拡競争をあおる懸念がある。/高市早苗首相は「平和国家の基本理念を堅持することに全く変わりはない」とXに投稿した。/「全く変わりはない」というのは詭(き)弁(べん)でしかない。殺傷兵器の輸出は、平和国家の根幹を損なう。(公開日:2026年4月22日 4:01・琉球新報)

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