無理なんだ、もっと真摯な「政治」は

【国原譜】演説とはなかなか面白いものだと、改めて思った。最近のでは、イラン攻撃についてのトランプ米大統領の国民向け演説が一番だ。▼中でも、イランを「石器時代に戻す」という発言には抱腹絶倒した。比喩として上等かどうかは別として、こんなことを口にできる“才能”は認めていいかもしれない。▼だが面白がってばかりはいられない。米国とイスラエルが始めたイランへの攻撃が、私たちにも実害を及ぼしているからだ。トランプ氏は一体何をしたいのか。▼演説からうかがえるのは、攻撃の目的はイランの核武装阻止。イランに対する昨年6月の「真夜中の鉄槌作戦」にも触れているから、その続きということか。▼核兵器廃絶を願う日本の庶民としては評価したい。ただし、米国自らが保有する大量の核兵器はどうなるのだ。ロシアや中国など諸国の核兵器はどうなるのだ。▼演説での「米国から石油を購入してほしい」という海外に向けた一節にも笑った。安価で良質なら、日本も買えばいいのでは。だがしかし、世界が「力による平和」を乗り越えるのは、もっと先になりそうだ。(北)(奈良新聞・2026/04/12)

⁂ 週初に愚考する(114)~ 米国大統領の、狂気に発する「一国文明撲滅」演説を聴いて(読んで)「抱腹絶倒した」というコラム氏の無神経に虫唾が走りましたね。奈良新聞とは、やはりこんなに愚かしい記者が生息している会社なんだと、いらぬ「いちゃもん」を付けたくなったほどでした。「イランを地上から抹殺する」という狂人の狂言を「こんなことを口にできる“才能”は認めていいかもしれない」と言ってのける。(驚くのは、こんな「ゲテモノコラム」が、そのまま新聞に掲載されるというで無神経さ、です)「デリカシー」もなければ、「惻隠の情」も持ち合わせていないとは、なんと気の毒な、可哀想なと思うと同時に、ぼくは情けなくなる。この新聞社が「初めての女性宰相」誕生を祝して書かれた「奈良の女」連載を読んでいて、大丈夫だろうかと気を揉んだとおりに、首相としてはおそらく、歴代最低レベルの、人間としては水準以下の「女性宰相」に対して、応援団新聞は「贔屓の引き倒し」寸前の「ほめ殺し(over-praising)」だった。(ヘッダー写真は「商店に置かれたテレビでニュースを見るパキスタンの市民)4月11日、ハイデラバードで撮影(2026年 ロイター/Yasir Rajput)

 初の訪米時における数々の下品な(vulgar)「振る舞い」で「属国宰相」ぶりをいかんなく発揮したのも、頷けるとは言うまい。出身地奈良からすれば、彼女は「故郷の誉れ」かもしれぬが、一人の国民にとっては、まぎれもない「卑屈な媚態」「恥辱」と映りました。いかにも「国辱」の名に恥じぬ「軽薄・軽率」な日本の首脳の「能天気」は、より一層米国の『手下(minions)(flatterer)」になり下がった印象を世界中に広めた、首相の、その「功績」は認める。(悲しいかな、この国が世界でどのように評価されているかはほとんど知られていない。「知らぬが仏」ですね。今では「貧乏な、お人よしの国」と評されている。それだからと、どうというつもりなないのです、実態ですから)

 繰り返し言うようですが、「イランを『石器時代に戻す』」という発言に対して、コラム氏は腹を抱えて卒倒したそうだが、「君は馬鹿か」といいたいくらいです。もちろんこの「石器時代に戻す」という思いあがった発言の出どころは、ヴェトナム戦争の「北爆」を指揮したカーチス・ルメイ将軍の発したもの。彼は典型的な米国軍人で、東京大空襲の指揮を執ったことでも知られる。一人の「英雄」として日米両国のある部分からは高く評価されているのだ。(「トランプ氏、イランを今後2〜3週間『極めて激しく』攻撃 『石器時代に戻す』」BBC・2026/04/02)《https://www.cnn.co.jp/usa/35245959.html)(ぼくは奈良新聞のコラム「国原譜」掲載について、読者としての感想をと電話をかけ、担当者がいなかったけれど、批判の趣旨を担当記者に伝えてくれと、電話を受けてくださった方にお願いしました。日曜のお昼前でした)

カーチス・エマーソン・ルメイ(英語: Curtis Emerson LeMay、カーティス・ルメイまたはカーチス・E・ルメイ、1906年11月15日 – 1990年10月1日)は、アメリカ合衆国の陸軍軍人、空軍軍人。最終階級は空軍大将。/第二次世界大戦中は第20空軍隷下の第21爆撃集団司令官に赴任し、東京大空襲を指揮。1957年7月から1965年2月まで第5代空軍参謀総長を務め、在任中はキューバ危機の間にキューバのミサイルサイトの爆撃を呼びかけ、ベトナム戦争の間に持続的な北ベトナム爆撃キャンペーンを求めた。(中略)「鉄のロバ」(頑固者)と呼ばれ、訓練が実戦で生死を分けると信じており、作戦と作戦の間に部下を徹底的にしごき、寡黙で鬼のように厳しかったが、部下からは絶大な信頼を寄せられていた。(中略)戦後のルメイは「我々は東京を焼いたとき、たくさんの女・子供を殺していることを知っていた。やらなければならなかったのだ。我々の所業の道徳性について憂慮することは(中略)ふざけるな」と語った。(Wikipedia)

 トランプ米大統領の「イランを地上から消してしまう」という魂胆はどこから出てくるのか。ルメイ元将軍が、当時(1960年代)のヴェトナム人に対して抱いていた「侮蔑感情」が、現大統領に伝染した挙句の言葉だったでしょう。後年のルメイ元将軍の述懐です、(ルメイは日本爆撃に道徳的な考慮は影響したかと問われ)「当時日本人を殺すことについて大して悩みはしなかった。私が頭を悩ませていたのは戦争を終わらせることだった」「もし戦争に敗れていたら私は戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸運なことに我々は勝者になった」(同上)「人間を殺したのではなく、虫けらを殺したのだ」という発想です。「轢き逃げ」した当人は「何かを轢いたかもしれないが、人間だとは思わなかった」と、嘯(うそぶ)くのが「決まり文句」のようになっています。

 その将軍に対して。日本政府は「勲一等旭日大綬章」を与えます。佐藤栄作首相の時でした。授賞理由は「航空自衛隊育成の功績」とされていた。その「屈辱姿勢」は一貫して日本政府の米国追従・追随の伝統となったでしょう。奈良出身の女性首相の「恥辱外交」はそのお手本(先例)に忠実だったというほかありません。(左の2枚の写真、20年の隔たりがあったのに、その間に、日本の卑屈な対米姿勢はかえって強くなったと思う)

 「イランを石器時代に戻す、そこが彼らの居場所にふさわしい」と米大統領は言った。すべてを破壊しつくして「石器時代(stone age)に」というのは、一言でいうなら「核爆弾で片づける」ということだったでしょう。コラム氏は、この大統領の狂言を「褒め」もし、「笑い」もした。「悪い冗談」だと確信していたのなら、そう書くべきだったと思う。即座に、すべてを否定しなかったという態度は、この国のメディアの、一部で認められる「頽廃」と「無思慮」の「右代表」という点では、痛憤の極みですね。「『米国から石油を購入してほしい』という海外に向けた一節にも笑った。安価で良質なら、日本も買えばいいのでは」という、このタガが外れた時代感覚、人命を蹂躙する行為に対して、いささかの怒りも糾弾もない。この空恐ろしい姿勢は、大なり小なり新聞全体の、現下の傾向なのかもしれませんが、ここまで堕ちてもなお「新聞記者」であるという、この虚妄さが、房総半島の一老人を激しく苦しめる。

 一国文明を「跡形もなく滅ぼす、一夜にして」という、そのどこがおもしろいのか、抱腹絶倒すべきはコラム氏の「底抜けの無知(無恥)」の方でしょう。歴史から学ばないと、手に負えない愚かさに襲われる一例証でしょうか。奈良の女性首相は訪米中、前アメリカ大統領の肖像の代わりに掲げられていた「自動署名機」(現大統領の、心ない仕打ち、児戯以下の悪意よる)の前で、嘲(あざけ)りの笑いを隠さなかった。それの映像を「ホワイトハウス」側は公式の記録として世界に発信していた、その狙いは何だったか。あるいは「朝貢外交使節」の、たとえようもない愚かさ、滑稽さを嘲笑したかったのだ。この、両国の政治家たちの「政治感覚」のなさ(nonsense)に、ぼくは卒倒します。

 日本の首相はこれほどに「デリカシーのない人間」と、世界に向かって吹聴したのであり、日本を今なお強烈に蔑視する態度が透けて見えていた。なさけないことに、多くの日本のメディアは「侮辱されたという感覚」がなかったと見えて、いまもなお、「日米同盟体制」と、びっくりするような「夢想」を隠さない。まさしく白昼の「夢見」心地にあるのです。その「愚かしさ」は奈良新聞のコラム氏の「知能水準」と寸分も変わらない。再び三たび、この国は米国の踏み台にされ、足蹴にされるのを好き好んで求めているように、ぼくには見える。今でも「ノーベル平和賞」に、狂人大統領を推薦する気でいるんでしょうね、この首相は。そして、きっと「自衛隊をホルムズ海峡に派遣」するとぼくは思っています。理由は、すでに大統領に「約束した」のだから。これを日本では「密約(Secret Agreement)」といい、米国では「公約(public commitment)」という。(「日米首脳」の退任は近いとぼくは直感していますし、期待もしている。世界のため、日本のためになりませんから、一日も早い辞職(解任)を念じている)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~