【新生面】袴姿の卒業式 女子学生の卒業式のいでたちと言えば袴[はかま]というイメージが定着したのはいつからか。きのうの熊本大の卒業式にも、振り袖に紫や緑、紺など思い思いの色の袴を合わせた学生たちの晴れやかな姿が見られた▼女子学生が袴を着けるようになったのは明治初め。東京に開校した官立女学校が、着物の裾の乱れや帯の窮屈さを気にせず活発に動けるからと採用したという▼だが、新聞各紙はこぞってその姿を酷評した。「醜い」「女の屑[くず]」「国辱」と言いたい放題である。当時の文部省が女性教員と女学生に、袴と靴の着用禁止を通達する事態にもなった。国まで乗り出すとは。なぜ、女性の袴姿に厳しい視線が向けられたのだろう▼東京・弥生美術館学芸員の中川春香さんの編著書『はいからモダン袴スタイル 「女袴」の近現代』(河出書房新社)を読んで、考えた。「生意気千万‼(中略)靴を穿[は]き、袴をつけ、意気揚々として生かぢりの同権論などなす者あり」。東京日日新聞がそう書いたように、婦人参政権をはじめとする男女同権を求める主張の広がりに警戒感があったのかもしれない▼後にスカート状の女袴に形を変えたことで容認され、教師や医師、工場勤めの人、電話交換手など働く女性のユニホームとしても長く愛用された▼この春、袴姿でキャンパスを巣立った女性の多くは、これから社会人として歩みを始める。戸惑いや不安を感じても前を向いてほしい。装いを変えながら道を切り開いてきた先輩たちが、そっと背中を押してくれる。(熊本日日新聞・2026/03/26)

桜花爛漫、今、各地で卒業式は酣(たけなわ)でしょうか。小中高大等、それぞれの段階における混沌と整序の複雑な心の軌跡をしるしながら、新たな一歩を踏み出した人には、厳かな「儀式」は必要なもので、その厳粛さが、きっと背中を押してくれるのでしょう。「こんなところに止(とど)まっていてはだめだよ」って、ね。ぼくも人並みに義務教育を含めて、短くない学校生活を経てきたと思うのですが、そこから何か得たものがあるかと尋ねられれば、答えに窮しますね。あるといえばあるし、皆無じゃなかったかともいえそうだからです。いま傘寿(さんじゅ)を超えて振り返ると、奇妙ですが、ぼくが学校に、それぞれの学校に在学した、あるいは卒業したという記録(証明)は一つもありません。そして「記憶」はあいまいで、雲をつかむような頼りなさです。
一番の証拠は「卒業証書」でしょうが、残念ながら一枚も残っていません。小中高大と、すべての学校の「証書」類は、どこに消えたのでしょうか。そもそももらわなかたのかもしれないという気もする。最近は、あまりなくなりましたが、少し前までは「ぼくは学校を卒業したのだろうか」という強い疑問を持っていました。今では、その疑問は、やっぱり卒業はしていないのだという確信に変わりましたね。第一、自らの入学式や卒業式には参加した記憶がないのですから、「卒業式」について、記録も記憶も喪失している人間ですから、いずれも未就学だったというのは当然かもしれません。それでいて、ぼくはあまりにも賢くなさすぎるんですから、どうにも始末に困ります。

昨日付の熊日の「新生面」を面白く読みました。明治時代、官立学校の女子卒業生が袴姿で出現した当座、「新聞各紙はこぞってその姿を酷評した。『醜い』『女の屑[くず]』『国辱』と言いたい放題である」「当時の文部省が女性教員と女学生に、袴と靴の着用禁止を通達する事態にもなった」「『生意気千万‼(中略)靴を穿[は]き、袴をつけ、意気揚々として生かぢりの同権論などなす者あり』。東京日日新聞がそう書いたように、婦人参政権をはじめとする男女同権を求める主張の広がりに警戒感があったのかもしれない」とさんざんであります。こんなやくざな官庁や新聞社は、心を一切改めないで、今も続いているのですから、何おか況(いわん)や、ではないでしょうか。もしこのような女性に厳しい非難雑言を投げつける新聞が、今日、この国に、当時と同様に健在であったなら、「白昼、他国の大統領に抱き付く」「いやらしい目つきで大統領に『秋波(色目)』を送ったなど、一国首相の挙措に対してどんな非難が飛んだことだったか。「国辱」「恥さらし」「女の屑」とか。「時代が変わった」と一言で済ませられない何かがあるようなないような。祖も意味では、はるかに人々の意識は成長したのでしょうか。

教師紛いを四十年以上もやってきましたから、たくさんの、数えられないほどの「卒業」という儀式には立ち会いました。ぼくにはどこか、穏当ではありませんけれども「晴れ着魔」的なところがあって、心から「おめでとう」ということができませんでした。学生諸君の在学時の日常を知悉(ちしつ)していたからです。そうではあっても「お世辞」が言えない人間ですから、やはり根性が曲がっているということでした。「この春、袴姿でキャンパスを巣立った女性の多くは、これから社会人として歩みを始める。戸惑いや不安を感じても前を向いてほしい」(「新生面」)少子化傾向という、ある種の社会的縮少・縮減時代が急速に進んでいます。大げさではなく、毎年百万人近くの人口減が続く時代、生産年齢人口(原則的には、15歳から60歳)が驚くほど少なくなっていく時代に、若者にかかるいろいろな負担は重くなるばかりです。そして、「戦争」などあった日には、この国は「空っぽ」になってしまいますね。
もう何十年も前のことになりますが、ゼミ生の誰か(男性)が「今は生きづらい時代」としきりに言っていた。ぼくは、生きづらいというのはどういうことなのか、二十歳前後だった、彼の真意がよくわからなかったが、「いつの時代だって、生きづらいさ」といった記憶があります。昔々から、「苦あれば楽あり」といい、「先憂後楽」などと生き方の方法を諭す箴言もありましたから、生きているのが楽しいという人は、よほどおめでたいか、恵まれている人でしょう。ただでさえ、40㌔も70㌔もの体重を持ち運んでいるのですから、しんどくないはずはありませんよ。ぼくなどはある時期から、ひたすら「労働」一辺倒で「働いて飯を食う」ことの大変さを痛感したものでした。若い人と交わらなくなって、十数年が経過しましたが、この考えはいささかも変わらないままです。根本的には「生きることはまことにしんどいこと」という受け止めがぼくの中に一貫してあるからです。今年の春に、いわゆる「社会に出る」「社会人になる」人たちがどれほどいるのか。おそらく百万人をそんなに超えないでしょう。

国の規模が小さくなる傾向は早くからわかっていたのですから、その問題に施策を打たなかった政治・行政の不作為は大いに批判されてしかるべきです。しかし、いかなる方途をとろうとも、この傾向を逆転させることは不可能ではないにしてもたやすくないと考えれば、「時の過ぎ行くままに(Let It Be)」ということになるのかもしれません。ある人の話に聴いたことですが、隣国勧告も日本以上に少子化に直面しているが、なんと少子化に歯止めがかかったという。理由は明確で、若者用の低廉な住宅を用意し、結婚した夫婦に1000ウォンだか、1000万円の補助金を出しているというのです。そうまでして、人口を増やしたいのでしょうか。軍人(兵隊)にするためなんですか?BTSも、ようやく兵役を終わったそうで、結局は国家の「駒」でしかないとしたら、そんな国家、飛んでけー、ではありませんか。
「袴姿」の女性ばかりではなく、普段着のままで卒業された方々、あるいは式には不参加だった人にも、「装いを変えながら道を切り開いてきた先輩たちが、そっと背中を押してくれる」と、コラム氏はやさしそうなことを言われます。でも、そんなに甘くはありませんよと、ぼくは言っておきたいですね。「そっと背中を」どころか、思い切り背中をどやしつける、そんな輩もごまんといる。どんなに逆立ちしたところで、この国や社会は「落ち目」なんですよ。落ち目には落ち目の「良さ」なんかはありませんが、互いに競いあうのではなく、それこそ「支え合う」「助け合う」という「互助の精神」が人生に色合いを添えてくれるでしょう、ぼくはそう考えています。抱き着くのではなく、手を差し伸べ合うということ。

「式」というのは「形式」なんですね。重要なのは中身、内容です。残念ながら「卒業式」などのもたらす「うわべの感動」を経験していない老人から言わせれば、日々の交わりから生まれる何かをとらえられるといいですね。ぼくは「明け暮れ」という語を多用する人間です。毎日がほぼ変わらない事々の積み重ね、繰り返し、反復です。しかし時間がたってみれば、そこにはきっと何かしらの「蓄積」「経験」がものをいうようになり、それらが自らの生き方を支えてくれるのではないでしょうか。「男社会」はどう変われば、「男女共存時代」になるのでしょうか。どこまで行っても、「男社会」が続くような気もしています。問題は「男社会」の中身、なんだと思う。「男尊女卑」を称して「男社会」というのなら、それは直ちに万難を排してでも打ち砕かなければ、いけないですよ。

小さな疑問を一つ。ユーミンさん詞の一節、「あなたは私の 青春そのもの」に、ぼくは微妙なニュアンスを感じ取っています。この場合「あなたは男性」「私は女性」でしょう。ぼくなら「あなたは私の 青春そのも」とは、まず女性(彼女)には言わないと思う。断言はできませんけれど、きっと言わないでしょう。つまり、このようなニュアンスを多分に持っている男女のつながり・交わりが、ぼくの言う「男社会」の一面です。もちろん「女社会」の一面でもあります。繰り返しになりますが、「夫唱婦随」とか「男尊女卑」などは最も悪質、暴力的ですらある「男社会」の一断面です。しかし「あなたは私の青春」という表現に籠められている互いの関係を含めて「男社会」を再定義し、とらえなおしたい、それが「女社会」を前面に突き出す方法でもあると考えているからです。
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(⁂ 卒業写真 – 荒井由実:https://www.youtube.com/watch?v=drP4GpMEtd8&list=RDdrP4GpMEtd8&start_radio=1)
(⁂ 卒業写真・山本潤子:https://www.youtube.com/watch?v=vT76xsX-E9U&list=RDvT76xsX-E9U&start_radio=1)
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