【小社会】春一番 「春一番」と聞くと、50代としてはキャンディーズのヒット曲が思い浮かぶ。〈♪もうすぐ春ですね〉。春の使者という語感さえあるが、語源をたどるとそんな生易しい風ではないようだ。◆幕末の早春。いまの長崎県壱岐の漁船群が五島列島沖で猛烈な南風を受け沈没した。命を失った漁師は53人。地元ではこの風を春一番と呼び、死者の供養と教訓を語り伝えた(倉嶋厚監修「風と雲のことば辞典」)。◆きょう15日は1963年、新聞が初めてこの言葉を使った「春一番名付けの日」だそうだ。四国地方では立春から春分までに日本海で低気圧が発達し、初めて南寄りの強風(秒速10メートル以上)が吹いて気温が高くなる現象とされる。〈春一番大地ひと皮剥(む)いてゆく〉内山照久。◆暦の上では立春の時候に行われた衆院選は、「高市旋風」が春一番のように吹き荒れた。吹き飛ばされた中道改革連合。多くのベテランも期待の若手も失い、更地のようになった新党の代表に小川淳也氏が選ばれた。◆タカ派色が強い高市政権に対し、穏健な勢力の結集を掲げた狙いは間違いとは思わない。ただ、有権者はそっぽを向いた。更地からじっくり理念や政策を練り直す必要もあるのだろう。健全な民主主義を考えれば巨大与党のチェック機能、対抗軸の再生には重い責任がある。◆〈♪風が吹いて暖かさを 運んで来ました〉。野党第1党がひと皮剥け、芽吹くことはあるのかどうか。(高知新聞・2026/02/15)(「春一番の意外なルーツ」(月刊SORA」:https://weathernews.jp/soramagazine/201703/05/)

⁂「週のはじめに愚考する」(壱百陸)~ 表題句は伊藤白湖作。当地でもまだ『春一番』は吹きませんが、その気配は感じている。表題に掲げた「春一番来し顔なれば」はどんな句か。これを面白く解説された方(俳人)がいます。それを借用。〈…句の「まとまらず」は卓抜な表現だ。思わず、膝を打った。「ひどい風ですねえ」と入ってきた人。強い風のなかを歩いてきたので、髪は大いに乱れ、しかめっ面にして吐く息もいささか荒い。コンタクトを使っている人だったら、おまけに涙さえ流しているだろう。そんな人の顔つきを一瞬のうちに「まとまらず」と活写して、句が見事に「まとまっ」た。なるほど、人間の顔は時にまとまっていたり、まとまっていなかったりする。江戸っ子風に言うと「うめえもんだ」の一語に尽きる。こういう句に突き当たることがあるから、俳句読みは止められない。『今はじめる人のための俳句歳時記・春』(1997・角川mini文庫)所載。 (「増殖する俳句歳時記」清水哲夫)
俳句とはいかにも融通無碍(ゆうづうむげ)な芸であるか、この一句でも納得するのですよ、ぼくは。どんな場面や景色でも詠むことができなければ、そんなのは俳句ではないという気もします。俳諧とか排風とは「こっけい・おかしさ・戯れ」と辞書にある通り、まじめな俳諧というのは語義矛盾していると思います。「排風(蕉門)」もしかり。滑稽や可笑しさを含まないものを「俳句」とは言わない。川柳は、だから俳句の異母兄弟姉妹でもあるでしょう。「春一番に打たれた顔」は、なんだか「まとまっていない」というのも、取り方は色々ですが、「可笑しいね」と言っておきます。いつだって「春一番」に遭ったような顔つきの人もいますしね。

今年の「立春」は2月4日、「春分の日」は3月20日ですから、一か月半という、それなりに長い期間、各地で各人はそれぞれの洗礼を受けることでしょう。各地・各所で、いろいろな「春一番」が吹き荒れる季節到来です。(時には「春二番」春三番」ということもあります)今冬、最も早くかつ激しく吹いた「風狂」、それが「春一番」だったかどうか怪しいが、都内千代田区永田町から始まって、劣島を狂風・暴風に巻き込んだ、季節外れの「冬一番」がありました。瞬間風速はどれくらいあったか、それがために中小政党は木っ端微塵に蹴散らされた。むろん、公職選挙法も、それこそどこ吹く風で、清き一票を行使できない人もたくさん出ました。また「公選法違反」すれすれを、時の首相たちが率先して実践するという呆れたボーイズやガールズたちも出る始末でした。その後始末もできないうちに、つぎの「大嵐」がやってきそうです(2月18日国会開会)。(この狂った解散劇を生み出し演出したのが、「D通」でした。この会社は満州事変以来、この国に巣くって、梁や根太を食い荒らしてきたことはよく知られている。金になるなら何でもする。国などそうなっても構わないという、恐ろしげな会社です)

自分で勝手に一人決めしている「国論を二分する」大問題、第一に「憲法改正」です。開会の冒頭で、「憲法改正宣告」をするかもしれません。議席の3分の2あれば、何んでもできるという、国会は実(げ)に恐ろしいところ。この「早苗風」という爆風(スランプ)は前後の見境がないのですから、各党、準備もなかなか大変だと思われます。「日本国憲法」は死滅する寸前です。それもまた国運ですから、死ぬならどうぞ、という気分です。第9条の改正(改変)、自衛隊は「立派な軍隊」、国家危急存亡の暁には「国軍」として敵退治に乗り出す、その準備(憲法に自衛隊の存在を明記)だけはしておこうというのですから、「反対する輩」がいるはずもなかろうという気構えでしょうか。それについて、防衛費は今のままではとても駄目、GDPの5%とアメリカの「言い値」になるのは目に見えています。「名目GDPは630兆円(24年度)」ですから、優に30兆円を超える防衛費で、いったいどこと一線を交えるつもりでしょうか。まさか、中国が相手にするとでも考えているんですかと、ぼくは野暮な質問をしたいね。そして「核保有」の国策導入。核実験はどこでするんですか。原発立地の地域は腐るほどあるとでもいうのか。その昔「日本劣島不沈空母」と言ってのけた総理がいましたが、奈良の宰相は「核兵器」で劣島を覆いつくすとでもいうのかしら。
それに加えて、「狂乱物価の嵐の後」の予兆が強まっています。つまりは「インフレ増税」という、何もしない(不作為)で税収が増える旨味を逃すものかという、醜悪な暴政による「暴風」です。円安・国債暴落・長期金利上昇という三悪(日本売り)。その他、永田町を震源とする暴風雨、あるいは地震(地殻変動)は、未曽有の国難をもたらす虞(おそれ)なしとはしないのです。(ここで、疑問を一つ。『春一番』の写真は、なぜか女性ばかりです。どうして? 男の髪が「乱れに乱れる」ことが、まずないからでしょうか。)
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「春一番(仲春)【解説】壱岐で春に入り最初に吹く南風をいう。この風の吹き通らぬ間は、漁夫たちは海上を恐れる。(宮本常一)」
「季節が冬から春へと変わる時期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風のことを言います。具体的には、2月4日ごろの立春(りっしゅん)から3月21日ごろの春分(しゅんぶん)までの間に、日本海で低気圧が発達し、初めて南よりの毎秒8メートル以上の風が吹き、気温が上がる現象のことです。この強い南風は、竜巻などの突風(とっぷう)を伴うこともあり、注意が必要です」(気象庁「」はれるんライブラリー)

◎ 春一番(はるいちばん)= その年の立春から春分までの間に最初に吹く強い南寄りの風のこと。通常は日本海で低気圧が発達することによって生じる風であるため,海難事故,融雪洪水,なだれ,日本海側の地方ではフェーン現象で大火などを引き起こすことがある。気象庁の定義は,(1) 立春から春分までの間であること,(2) 日本海に低気圧があること,(3) 強い南寄りの風(風向は東南東から西南西まで,風速 8m/s以上)が吹くこと,(4) 気温が上昇すること,である。石川県能登地方や三重県志摩地方から西の各地で昔から使われている。長崎県郷ノ浦町では安政6(1859)年2月13日(新暦 3月17日)に長崎県五島沖に出漁した漁師 53人全員が,春の強い突風で遭難した。これ以後,郷ノ浦の元居地区では,春の初めの強い南風を「春一」または「春一番」と呼ぶようになったといわれている。一般に広く普及したのは 1960年代前半で,1963年からは一般新聞紙面の天気図欄に掲載されるようになった。(ブリタニカ国際大百科事典)(左上と右下の写真は、いずれも長崎郷ノ浦町にある「海難記念」のものです)

今日の季語となっている「春一番」には、大きな悲劇が発端となっていたのは上に引いた事典の通りです。今から二百年近く前に起こった壱岐の漁師たちの海難事故でした。海での時化(しけ)による事件・事故には枚挙にいとまなしですが、この海難事故は規模といい、季節といい、未曽有の出来事として、長く記憶に留められてきたのでした。ヘッダー写真に掲げた所以(ゆえん)です。それから見れば、1963年以降に新聞で使われ出した「春一番」はおとなしいもの、そうはいっても油断大敵で、時には、山火事や住宅火災による大きな被害をもたらすことはありますが、それは『春一番』の季節に限らないこと。今日の「気候変動」の影響によって、従来通りに「春一番」がそれなりの範囲で発生するかどうか、発生しておとなしく終わるかどうか、ぼくにはわかりません。場合によっては「春二番」「春三番」と続くことがある。

ぼくの実感では、千代田区永田町では、著しい「気候変動」の災厄が生じている気がします。嘘八百の首相が、圧倒的に有権者の支持を得、世界大で「名宰相」と持ち上げられている、この奇怪な現象は、禍々(まがまが)しい災難の予兆と、ぼくは見ています。政界では、しばしば「与野党」などと称して、いかにも対峙・対立しているかの幻想を抱かせますけれど、何のことはない、皆さん、きわめて近しい「友人・知人。いやひょとすると、兄弟姉妹かもしれないというほどに近しいのですよ。だから、ごく少数の政治家を除いて、その気心は知れています。それぞれの政治家の政治的・正統的軌跡を一目すれば、やっぱり、ということに頷かれるでしょう。「昨日の友は、今日の敵」であって、その逆またしかり。要するに「みんな仲間」なんだ。
・春一番過ぎし凪なり壱岐対馬(龍頭美紀子)
・月丸し春一番のあとに出て(阿波野青畝)
・雨雲を掃き朝翔けの春二番(佐藤鬼房)
・春二番一番よりも激しかり(牧野寥々)
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