【春秋】それはあんまりではないか それはあんまりではないか。急転直下の衆院選のさなか、選挙情勢を伝える記事の隣に載った小さなニュースに、目を疑った▼核なき世界を訴え続けて、ノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は昨年11月、衆院、参院の国会議員計713人にアンケートを送った。発効から5年を迎え、いまだ日本が署名・批准をしていない核兵器禁止条約について問う内容だった▼条約参加の是非など八つの設問は、選択肢に○を付ける形式。回答が届いたのは全体のわずか2割で、回答ゼロ人の政党もあった。参政党、日本保守党、そして自民党である▼解散も総選挙もまだ決まっていない時期に、衆参300人の自民議員は誰一人として答えなかった。5年前のアンケートには45人が回答していた。今回、党本部は「議員個人の判断」と説明している。回答不要とのお触れもなしにゼロだったならば、被爆者の切実な願いを無視するような冷淡さが際立つ▼米科学誌は先日、人類滅亡までの残り時間を示す「終末時計」の針が、過去最短の残り85秒になったと発表した。ロシア、中国、米国の権威主義的な振る舞いが核使用のリスクを高め、針は4秒進んだ▼非核三原則の見直しを否定しないこの国のリーダー。大転換を図る安全保障政策の先行きが気にかかる。唯一の戦争被爆国が、まさか針を進める勢力に加わることなど、ないと信じたいが。(西日本新聞・2026/02/11)

「回答不要とのお触れもなしにゼロだったならば、被爆者の切実な願いを無視するような冷淡さが際立つ」と、【春秋】氏は怒りを表します。まさしくその通りだと、小生も同感するものです。しかし、です。今どきの政治家(だけではありません)は「まだそんなことにこだわっているのか」「未来を見なければ」と、一丁前の口を開きます。右に出してある「折々のことば」、詩人の金時鐘(キムシジョン)さんの言。彼は「在日問題」をまさに体現するかのように、戦後日本社会で生きてこられた。ぼくは多くを彼から学ぶことに必死でした。「どうか関わることなく変わってしまう日本の国になりませんように」という「在日」の根底からの希望というか切願を述べておられます。「戦争、もう済んだことじゃないか」と、一言のもとに歴史を踏みにじることがまるで時代の要請(流行)であるかのように、捨てられもしないのに、いとも簡単に過去をかなぐり捨てたつもりになる。過去を無視することは「自分の半身」を殺すことになるのに、それにさえも気が付かないのです。犬猫の類だって、過去の「失敗」「恐怖」は忘れはしないのに、です。

◎金時鐘【きんじしょう(キム・シジョン)】(1929 ~ )=在日朝鮮人の詩人。元山生れ。師範学校卒業。1948年の済州島四・三蜂起に関わった。1949年渡日,在日朝鮮人の政治・文化活動に参加した。兵庫県立湊川高校教員となり,日本の公立学校で初めて正規科目として朝鮮語を教え,大阪文学学校理事長なども務めた。主著に詩集《地平線》(1955年),《日本風土記》(1957年),《新潟》(1970年),《猪飼野詩集》(1978年),《光州詩片》(1983年),《原野の詩》(1991年),《化石の夏》(1998年),エッセー《さらされるものとさらすものと》(1975年),《クレメンタインの歌》(1980年),《〈在日〉のはざまで》(1986年。毎日出版文化賞受賞),《草むらの時》(1997年),《わが生と詩》(2004年),金石範との共著《なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか》(2001年)などがある。(百科事典マイペディア)

過去は過去と、いいことも悪いこともすべて忘却の淵に叩き込んで、「善隣友好」ということがあり得ますか。知らなければならない、自分の半身の痛み(記憶)を、惨めな思いになるからと、あえて削除しているのが、今風の「国民性」でしょうか。曰く「自虐史観」という。嫌韓とか媚中などという怪しげな単語を生み出しては「自分は歴史に興味がない」「歴史に無知」ということを強調しているに過ぎないと思う。ぼくは在職中「在日韓国・朝鮮人(在日コリアン)」問題に関して集中的に若い人と、およそ二十年近く学んできました。たくさんの在日コリアンの友人もいました。もちろん、この近くて遠い両国の歴をを学ぼうとする在日日本人の学生もたくさんいましたよ。その当時から、「韓国」「朝鮮」「中国」にことさらの嫌悪感を抱く若者も少なからずいた事実は、ぼくの意識を強く刺激した。「自分は歴史に対して無知です」という、自己評価をなぜしないのかとよく考えたものです。結論は出ていませんが、要するに「朝鮮半島」「中国大陸」に対して、あるいはDNAの中に刻まれている「贖罪」の染色体が、直感的に(逆噴射というべきか)彼や彼女をしてそうさせているのではないかと考えるようになりました。

「朝鮮半島を植民地化」し、「中国大陸を侵略」したという歴史事実は消せません。消せないから、忘却するのです。忘れようとしても忘れられない、だから忘却した「ふり」をする、自らの無知をいいことに開き直る、これがこの国のとってきた「近隣外交」の一貫した姿勢だったと思われます。なぜそうなのか、それは対米従属を選択した際の、避けられない運命でもあったでしょう。つまりはアメリカのアジア政治の連鎖(反共)にこの島国が繰り込まれ、いたずらに仲良くするのではないぞという、それは、ある種の「日米安保」主従体制の核心でもあったでしょう。でもその「前提」は今や破綻しているのです。対中国敵視観に染められた、国の選択に唯々諾々と従うことを「国民の大多数」は選択した、選択させられた。それが今次の衆議院選挙の結果に表れています。叫ばれている「強い国」という幻想ですな。つまるところ、「新たなファシズム」の第一歩を記したということ。左に「折々のことば」として、ある僧侶の発言を引用しました。
曰く「人生は、手遅れのくり返しです」と。上に引用した詩人の発言に重なるようにぼくには思われた。「あのときはわからなかったけど今だったらわかるということ」、そんなことは人生にはしばしばだと気がつくのは、若い時ではないというところに、ある意味では人生の残酷さがあります。「みんながそうだと思っている」から、自分もそれに従ったまで(付和雷同・過同調)というのは、何に対しても責任を引き受けないという覚悟のような言葉であり姿勢です。これは誰にだってあることでしょう。あってはいけない人にもある。たとえば政治家、教師などなど。しかし、「手遅れは取り返しがつかない」と、ぼくは思いません。「気がつく」ということが、取り返しがつく端緒となるからです。

それにしても残酷な仕打ちをするもんですね、政治家たちは。「非核三原則の見直しを否定しないこの国のリーダー。大転換を図る安全保障政策の先行きが気にかかる。唯一の戦争被爆国が、まさか(終末時計の)針を進める勢力に加わることなど、ないと信じたいが」とコラム氏は疑念を隠しません。今回の選挙報道を見ていて、ぼくが痛感したのは、選挙の結果が確定するまでの間こそ、メディアは大騒ぎをするが、その後はいつも通りに「すべて(歴史)を忘れたふり」をするのでしょう。核保有発言も統一教会とのかかわりも、政治と金の汚れた政治姿勢も、一切合切問われないまま、そして、何よりも衆議院解散は憲法違反の疑いありなのにもかかわらず、誰も何も異議を唱えないまま「解散権は私的乱用」された、この政治信義に悖る政治偽装をいささかも問わないままに、問われないままに、この国では、静かに深くファシズムは潜行していきます。
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