
今ではほとんど目にすることがなくなりましたが、「匹夫」、あるいは「匹婦」、いずれも「ひっぷ」と読み、身分の卑しい男、あるいは女のことを言う。「身分」が卑しいとされるのであって、その「心持(人間性)」が卑しいのではないことを銘記すべき。どんな人間でも「匹夫下郎」「匹夫匹婦」として生まれることはない。集団(社会)のなかでの「制約」(「身分制」などの仕組み)によって、その「尊卑」「聖賤」が生じる(作られる)のだ。「春秋沙伝」に、次も言がある。 「匹夫罪なし璧(たま)を懐(いだ)いて罪あり」も、ほぼ同じことを言おうとしているでしょう。(《「春秋左伝」桓公一〇年から》「凡人は、本来のままならば、罪を犯すことはないのに、身分不相応な財宝を手にしたために罪悪を犯し、災いを招くようになる」)人は動物として生まれるし、凡人として生まれる。そこにはいささかのさいはない。しかし、何者として生まれ、どこで生まれるかのよって、生来の「属性」が決められるのが人間社会の仕来りなんですね。
(ヘッダー写真は高知新聞・2026/02/08)(https://www.kochinews.co.jp/article/detail/959396)
「匹(疋)(ひき)」は、生き物を数える単位として使われます。男一匹、一匹狼などというように。あるいは「匹敵」「匹儔(ちゅう)」などというように。もともとは生き物を数える単位だったのが、やがて人間もその仲間に入れられ、しかも身分の卑しいものをさして用いられだした。「匹夫」「匹婦」はその典型でしょう。この表現を知ったのはいつ頃だったか。「論語」の中に出てきた「匹夫不可奪志也」(匹夫もその志を奪うべからず)が言葉遣いの最初だったと記憶している。「どんなに身分の卑しいものでも、その志は奪えない」のだと読んでいた。後に、この「匹夫」は一人の男という意味に理解されていたことを知ります。「論語」では「子罕第九」にでる、その前には「子曰、三軍可奪帥也」という言葉がある。「先生が言われた。三軍(という大軍)の総帥(大将)を奪い取ることはできても、たった一人の男の志を奪うことはできない」、と。もちろん、この言葉がどんな場面で出てきたかはよくわかりませんが、戦いの中での話として語られたでしょう。

国家間に戦争が生じ、多くの軍隊が投入される。やがて軍が滅ぼされることはあっても、その軍隊の一人一人(兵士)の「志」を奪うことはできないのだ、奪ってはいけないのだと孔子は言ったはずです。捕虜には何をしてもかまわないということはない、いまでいうなら「人権」を剝奪・蹂躙することは許されないということであるかもしれません。「匹夫不可奪志也」は、いわば政治の要諦であるといいたいのです。民衆の一人に対して施してやるとかやらないとか、民衆の一人として「恵んでください」と卑屈になる必要は毛頭ないのであって、それこそ「一寸の虫にも五分の魂」です。しばしば、政治家は「だれ一人取り残しません」と叫びます。選挙に勝つための方便、それが本当のところでしょうが、よく考えるまでもなく「だれからも、その志を奪うことはしません」ということではないでしょうか。(憲法にあるから)「人権を大事に」、あるいは「平和を希求する」のではなく、当たり前の「匹夫(一人の人間)」として、相見互いではないかという姿勢や態度をこそ、無理を承知で、ぼくは政治家に求め続けてきました。
それにしても「須(すべか)らく、政治家は性根が汚いものになっている」と、ぼくは考えてきました。もちろん、何よりも観念的にそう考えるのですが、数少ない政治家との付き合いに照らしてもそう考え根拠はあると思っています。まず、平気で嘘をつく。前言を簡単に翻す。どうあっても政治家を信用できないのは、その多くはここから来る。「そんなことは言っていません」「それは誤解です」などと、自らの発言を翻したり、ごまかしたりするのは巧みだけれど、決して潔く「謝罪する」ことができない、それが政治家の資格だと錯覚しているのではないですかね。「嘘」が政治の手法となるというのはどういうことですか。まさしく「詐欺師」ではないでしょうか。
【卓上四季】勝ったばくち 予想をはるかに超える自民党の勝ちぶりだった。衆院選で得た議席は単独でも3分の2を上回る。地滑り的な勝利、歴史的な大勝といった表現がぴったりなのだろう▼高市早苗首相が放ったイチかバチかの一手は恐ろしいほどに大当たりした。<まつりごと迷路の前で打つばくち>。本紙「どうしん川柳」欄には解散からこのかた、ピリリと辛い五七五が載り続けた▼人気が旋風を巻き起こした。ご本人は最高の気分かもしれない。けれど賭けに付き合わされた側、しかも北国の住人としては後味の悪さが拭えない。<厳冬期庶民の痛み知らぬ人>。雪や氷に阻まれて、投票を諦めた方がいたかもしれない▼<値上がりで納豆もやし並ぶ膳><物価高存立危機のわが財布>。悲鳴にも似た庶民の切実な思いである。大胆、決断、挑戦。高市氏はきのうの会見で歯切れの良いフレーズを繰り返した。でも苦しさを増す家計への目配りは十分だったか▼「国論を二分する政策」の中身も気がかりでならない。<嵐呼ぶ女が鳴らす陣太鼓>。強さを前面に出すタカ派の姿勢はどんな未来をもたらすのか。対立をあおることなく、対話を重んじる姿勢こそが必要だ。それは内政、外交を問わない▼民意は「白紙委任」したわけではない。どんな課題であっても、数の力を頼みに突き進むのは遠慮願いたい。(北海道新聞・2026/02/10)

なぜ今解散なんですかと、ぼくには理解できないような、「変な選挙」は終わりました。結果は見ての通り。さっそく勝者からは「勝てば官軍、負ければ賊軍」といわんばかりの姿勢が芬々(ふんぷん)としてくる。「どうだ、みたか」とね。匹夫下郎の一人として、「不可奪志」という気分はぼくの中に彷彿しています。一人一人の人間が消えて、国だの国家だのがあまりにも目立ちすぎますよ。一人の人間を踏み潰しておいて、国を守るとはどういうことか。「勝てば官軍、負ければ賊軍」とは「力は正義なり」(「Might is right.」ととらえられる。実際にそういう事例は歴史の中に腐るほど見出されます。「勝たねばならぬ、何事も」ということでしょうか。選挙に勝つというのは、勝手放題にふるまう権利を得たと錯覚するものがほとんどでしょうが、勘違いもはなはだしい。いう必要もないことが、最も粗末にされてきました。

ここで、もう一度「三軍可奪帥也、匹夫不可奪志也」を出しておきます。仮に選挙戦を制したものを「三軍の帥(すい)」になぞらえるなら、そんなものはいつだって取り換えることはできます。しかし、その権力者だって「一寸の虫」を踏み潰して「五分の魂」を葬ることはできるでしょうが、してはいけないということです。たったそれだけが「政治哲学の核心」だと、ぼくは言いたいのです。政治道義の本質というべきものを失ったままで、どれだけ権勢をふるおうが、それは「邪悪」「邪道」であり「人倫に悖(もと)る(contrary to human morality)」ということ。今回の無意味かつ不要不急な選挙は「大掛かりな芝居」のようでもありました。ネット時代にふさわしい鳴り物入りで、作・演出は「D通」だったか。主演は「奈良の女」こと「S.T.」、助演は「中道」その他。もちろん、有権者も重要な役割を演じさせられました。「枯れ木も山の賑わい」とは言わないし、言えませんが。もちろん、ぼくも、ほんの一瞬でしたが、端役の端役で舞台の袖(そで)を通りました。「戦い済んで、日は暮れず」、むしろ、これからが本番ではないでしょうか。その時、やはりぼくは「善政」の夢物語(神話)である「鼓腹撃壌」の一老百姓であることを自覚・自認しているのです。これはまた「デモクラシー」でしょうね。見果てぬ夢、という意味では。
【天風録】圧勝がもたらすもの 選挙報道では大げさな表現を慎む。本紙もこの半世紀、衆院選で「歴史的な圧勝」としたのは小泉政権の2005年郵政選挙とその4年後。当時の民主党が308議席で政権も奪った選挙である▲政権交代の後、川柳が本紙に載る。〈圧勝が自民の二の舞いつい想(おも)う〉。熱狂的な小泉旋風が吹いたのに利益誘導の政治から自民党は脱せず、再び野党に転落する。数は、権力もおごりも生む。句の直感通り、政権に就いた民主も転げ落ちていった▲さて今回、どんな句が詠まれるのだろう。高市早苗首相の巻き起こした旋風で、自民が戦後最多の316議席を得た。ただ、「歴史的」の評価は急ぐまい。「国論を二分する政策」とやらも、選挙戦では具体像が判然としなかった▲口幅ったいようだが、野党第1党の中道改革連合にぴったりかもしれない。公示前の議席の3割以下にとどまる「歴史的な惨敗」だろう。政界の勢力図は思いも寄らぬ姿に塗り変わった▲「高市丸」は順風満帆で再び動き出す。よもや非核三原則の見直しなど、右に進む「面舵(おもかじ)、いっぱい」の号令をかけるつもりだろうか。熟議なくして応諾の「ようそろ」もなし。そろりそろりが、よろしかろう。(中國新聞・2026.02/10)

◎ 鼓腹撃壌(こふくげきじょう)= 堯の御世も数十年、平和に治まっていた。堯はあまりの平和さに、天下が本当に治まっているか、自分が天子で民は満足しているか、かえって不安になった。そこで、目立たぬように変装して家を出て自分の耳目で確かめようとした。ふと気がつくと子供たちが、堯を賛美する歌を歌っていた。これを聴いた堯は、子供たちは大人に歌わされているのではないかと疑って真に受けず、立ち去った。ふと傍らに目をやると、老百姓が腹を叩き、地を踏み鳴らしながら(鼓腹撃壌)楽しげに歌っている。 原文書き下し文現代語訳日出而作日入而息鑿井而飲耕田而食帝力何有於我哉 日出でて作(な)し、日入りて息(いこ)ふ。井を鑿ちて飲み、田を耕して食らふ。帝力何ぞ我に有らんや。 日の出と共に働きに出て、日の入と共に休みに帰る。水を飲みたければ井戸を掘って飲み、飯を食いたければ田畑を耕して食う。帝の力がどうして私に関わりがあるというのだろうか。 この歌を聴いて堯は世の中が平和に治まっていることを悟った、とされる(『十八史略』)。(Wikipedia)
◎ 堯(ぎょう)= 古代中国の伝説上の聖王。五帝の一。暦を作り、無為の治をなした。後を継いだ舜(しゅん)とともに後世理想の天子とされ、その政治は「尭舜の治」と称される。陶唐氏。(同前)
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