Talk in your sleep after fallen asleep

⁂「週のはじめに愚考する」(壱百 伍)~ 昨日(7日)の昼前から、当地で降り出した雪は、間断なく続き、8日の朝を迎えた。午前3時に起床したが、家の前庭は真っ白で、周囲の木々が綿帽子をかぶっているような景色が一面に広がっています。県道からは少し離れていますが、普段は走行車の音が聞こえますが、本朝は全く聞こえてこない。当地ではおそらく十年ぶりくらいの降雪ではなかったか。この分ではしばらく(2~3日)車を動かすことができないようです。標高百メートルほどの高台に拙宅はあるため、四囲すべてが緩やかな坂道です。これまでの経験からして、おそらく車を動かすのは無理。

 そして、本日は「衆議院議員選挙」の投開票日です。だんだんと選挙(投票)が意味を失っていくような事態になっています。理由はいくつかあります。まず第一に、普段は書くべきことを書かない、伝えるべきニュースを伝えないことに一貫した姿勢を見せる新聞(テレビも)は、なぜだか「選挙中に狂う」のです。だれも頼みもしないのに(だろうと思う)、「獲得議席」予測を繰り返し報道する。競馬の予想を「レース」一か月前からしているようなもので、どこにその意味があるのか、教えてほしい。今回も、著しい「予想合戦」で、やがては、示し合わせたように、ほぼ同じ予想に落ちつくのです。何のための事前予測なのか、ぼくはいまだにその意味が理解できない。要するに「有権者が投票する参考」というかもしれませんが、それ以上に「誘導尋問」になっていると思う。書くべきこと、報じなければいけないニュースを断念してまで、「大々的予想」に狂奔するメディアの「選挙つぶし」、「お祭り騒ぎ」、つまりは、粗朶り切っていないこの社会の「民主主義つぶし」に怒りを覚えます。

 報じなければいけないニュースのいくつかの典型は現総理の「軽率発言」「偽情報の垂れ流し」でした。余りにもありすぎて、すべてに触れられない。たった一つだけを出すなら「(外為特会の)円安ホクホク」でしたろう。放言や湿原をして「弁解する」のが常のことですが、その弁解がなっていない。間違った発言であれば取り消して謝罪すべきだけれど、「(発言内容に)一部報道機関で誤解があるようです」と実にいやな弁解をしています。そもそも「誤解を許す発言」はあってはならないし、まして、「誤解があるようです」と、受け取る側の問題であってと、のうのうと二枚舌を使う醜態は止めてもらいたい。ぼくは早い段階から、この首相は、経済も外交も含めて、基礎知識は皆無であり、そもそも根本の「政治思想」がないことを口を極めて指摘してきました。そこ(首相、いや国会議員)にいてはいけない人、とまで書きました。

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「夕歩道」週末の夕方の話題としてはやや硬いと思うが、どうかお許しを。みずほ銀行のエコノミストが今月2日発表したリポートが、大きな話題になっている。高市早苗首相を「公開説教」した、として。
 リポートは「高市演説を受けて~危うい現状認識~」と題して、首相が選挙の応援で行った演説を分析。円安で「ホクホク状態」と述べた首相の発想を「前時代的」などと厳しく指摘する内容だ。
 メガバンクの肩書を背負う人が衆院選の最中にそんな意見を表明したのは、よほど問題だと感じたためか。その賛否はさておいて、権力者にもはっきりと直言できるこの国の自由、末永く守ろう。(中日新聞・2026/02/07)
(Talk in your sleep after fallen asleep.by Satosi)

 ところが、です。昨日付の中日新聞のコラム「夕歩道」では、新聞コラムとしては最低レベル、といいたい「駄文」を書いています。みずほ銀行のレポートは、新聞が書くべきことを書かないから、首相箕限り宣言文を発表したまでで、新聞がそれについ、何か抗弁の揶揄もする場面ではないはずです。にもかかわらず、コラム氏は「(「公開説教」の)その賛否はさておいて、権力者にもはっきりと直言できるこの国の自由、末永く守ろう」と、いう必要のない「御託」を添えているのです。「《「御託宣」の略》自分勝手なことを、もったいぶってくどくど言うこと。偉そうに言いたてること。また、その言葉」(デジタル大辞泉)新聞自身が首相発言の「虚偽」であることを指摘しないで、他人の言葉に身を隠して「いうべきことが言える自由」を評価している。どうして新聞は書かないのか。書けないのか。首相発言の「ふざけすぎ」を受け取れないばかりか、それを出しに「コラム」でごまかす、その根性は曲がっていますな。

 次いで、ぼくはこの何十年も見ていませんが、「開票特番」とかいうテレビ番組。これも狂っているとしか言いようがない(と思う。何十年も前の記憶で言うのですから、現在はなくなっている風景かもしれない。そうであるなら以下の駄文は取り消し)。開票が始まった直後に、各地で「当確」が出る(打たれる)。ということはかなり早い段階から「当落判明」をつかんでいるのでしょうから、それを報じればいいではないですか。公示後三日目にして「全議席の当落判明」という号外でも、さ。あるいは有権者全員に参加を求めるのではなく、有権者の抽出で、投票をすればいいのではありませんか。この方法は新聞テレビはお得意でしょ。選挙を食い物にし、笑いものにし、揚げ句には「民主主義」を踏みつけているという自覚も反省もないのが大半のメディアです。

 きりがないので、ここらで終わり。その前にコラム「海潮音」を引用しておきます。元伊藤忠の社長・会長だった丹羽宇一郎さん(1939~2025)。つまらぬ解説は無用でしょう。ある国と「戦火を交えたい」という首相が画策する国の、今の状況です。奈良の女を支持するのもいいけれど、核保有や徴兵制を、この女宰相は目論んでいるのだと、多くの支持者はなぜ考えないんですか。「自分だけは戦場に行かない」「今は兵隊が戦争する時代ではない」と、まるで虚しい希望的感想を勝手に抱いている。再び、「日米戦争」が起こるだろうと邪推している。今でも「植民地化」にされ、今も「被占領国」扱いをされている、そんな国情・国勢にいささかも変更を加えないで「(鬼畜と嫌っていた)米」に甘んじておれるんですか、右側の面々は。(元大統領夫妻を「サル」に見立てて喜んでいる現米国大統領。それが批判・避難されると「職員が誤って投稿した」弁解する。やることなすこと、「そっくりさん(clone)」ばかりです。フェイクが世界を滅ぼすでしょう。他者を尊敬できない人間に擦り寄って頭をなでてもらいたいらしい。「ジャップ(Jap)」という囁きが聞こえないのかしら

【海潮音】昨年12月に死去した元中国大使の丹羽宇一郎氏は近著『Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない』で次のように書いた。〈平和とはバラ色の世界ではなく、緊張と忍耐、妥協と譲歩、望まぬ話し合いの連続を強いられる、そういううんざりする不愉快な努力を休まず続けていく世界です〉◆世界を見渡すと、戦火の種火はそこら中にくすぶる。米軍によるベネズエラ大統領拘束に見るように、国際協調よりも自国最優先が是とされる風潮が幅を利かせる◆日本の防衛費は年々増え続けている。日本被団協のノーベル平和賞受賞で日本が果たすべき役割を改めて自覚し、戦後80年に当たって不戦の誓いを新たにしたというのに◆かつて故田中角栄元首相が憂慮した「戦争を知らない世代が政治の中心」の時代。強気な外交発言がもてはやされるのも「日本が戦争に巻き込まれるわけがない」という楽観が根底にあるように思う◆「平和ぼけ」批判も結構だが、戦争が起きないよう立ち回る“不愉快な努力”をやめてはならない。丹羽氏は〈未来の日本を導く人の精神の強さとは、夜郎自大でもない、自己欺瞞(ぎまん)に満ちた精神力でもない、平和な未来を築くための忍耐力〉とも説いた。具眼の士の遺言であろう。選択の日の朝が来た。(井)(日本海新聞・2026/02/08)

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