この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の… 

【滴一滴】鱸は多いが,、鈴木は少ない 昨年末に購入した卓上カレンダーの1月分に、こんなフレーズが載っている。<巫女(みこ)の友達が多い>。そういえば、元日に初詣に出かけた神社の境内で見た5、6人の巫女たちも学生アルバイトだったのだろう。懸命に参拝客に対応する姿が初々しかった。 カレンダーは、島根県とゆかりの深いアニメ『秘密結社 鷹(たか)の爪』のキャラクターが県の「自虐ネタ」を披露する人気商品で2011年にスタート。「日本で47番目に有名な県」を皮切りに、よくぞここまで自虐ネタが続くものだと感心していたが、さすがに尽きたようだ。 25年版は松江南高校の生徒がアイデア出しに協力。26年版は20歳前後の島根大生と一緒に制作したという。なるほど、<巫女の友達が多い>のも等身大の感想なのだろう。 続く2月は<鱸(スズキ)は多いが、鈴木さんは少ない>。日本海に面した島根は釣り好きにとって天国だ。一方、島根で多い名字は(1)田中(2)山本(3)佐々木-の順で、日本で「佐藤」に次いで多い「鈴木」は20位以下。「確かに身近に鈴木さんはいないな」と思う人も多いのでは。 ふと読み返すと、巫女にせよ、鈴木さんの少なさにせよ、もはや自虐ではなく島根の特色になっているのに気付く。「自虐探し=魅力探し」とも言える。ちなみに12月は<日本の未来を先取り中(高齢化)>。お年寄りと一緒に若者も笑顔で暮らせるアイデアを、学生に聞いてみたい。(健)(山陰中央新報・2026/01/31)

⁂「週のはじめに愚考する」(壱百肆)~ あれよあれよという間に、睦月(むつき)は過ぎ、如月(きさらぎ)が始まりました。劣島の日本海側一帯は、北は北海道から南は福岡あたりまで、まれにみる大寒波に見舞われ、豪雪に家並みも埋もれんばかりの荒天が続きます。くわえて、この厳寒の砌(みぎり)、不要・普及の「衆議院選挙」が降ってわき、いたずらに人心を惑乱させているようです。

 とりたてて旅行好きな人間ではありませんが、通過した・足を踏み入れただけを含めて、かなりの道府県を歩いた気がしています。そのほとんどは「日帰り」か「一泊」で終わる雑事によるものでしたが。中国地方ではなぜだか岡山が好きで、しばしば足を運びました。「備前」「備中」「美作」と、旧国名も「美称」といっていいでしょう。そこへ行くと「山陰地方」という通称も、なぜだか明るくは響かないのが不思議ですね。2月の「暦」を改めていたところ、この「島根県自虐カレンダー」に遭遇しました。自虐とは言いますけれど、それはひそかな「自慢」「自負」の表れでもあるでしょう。何年前でしたか、知事自身が「スタバはないけど、砂場はある」などと、実に誇らしげに語っておられた。

 出雲と聞けば「黄泉の国(冥界・冥府)」を連想します。「ヨミノクニ」とは「死者の赴くところ」を意味します。「黄泉国 (よみのくに)死者の住むとされる地下の国。〈ヨモツクニ〉とも呼ぶ。〈ヨミ〉は〈ヤミ(闇)〉や〈ヤマ(山)〉と類義の語。また〈黄泉〉は漢語で〈黄〉は土の色を表し〈地下にある泉〉の意で死者の国をいう。《古事記》によると,伊邪那岐(いざなき)命は死んだ伊邪那美(いざなみ)命を呼びもどそうとして黄泉国へと赴くが,〈視るな〉の禁を犯してイザナミを視ると肉体は腐乱し蛆(うじ)がたかっている。驚いたイザナキはイザナミの追行をかわして黄泉比良坂(よもつひらさか)まで逃げもどり,そこを〈千引石(ちびきのいわ)〉でふさいでやっと地上に生還する。かくてイザナミを黄泉津大神(よもつおおかみ)といい,その黄泉比良坂は出雲国の伊賦夜坂(いふやざか)だという。また《出雲国風土記》には〈黄泉の穴〉〈黄泉の坂〉と伝える場所が記されている。(後略)(改訂新版世界大百科事典)宣長さんでよく読んだことを思い出しています。「黄泉の国から帰還する」は「蘇(よみがえ)る・甦(よみがえ)る」ですね。

 島根には何人か、卒業生(後輩)が住んでおられる。一人は、もう60歳を超えただろという御仁で、生物学の研究者でした。近年ははがきの交換も途絶えていますが、ことあるごとに見聞きする「八頭」という地区の住人です。テレビは見ませんが、朝ドラ「ばけばけ」が放映中のようで、主人公の小泉八雲もまた、この「自虐カレンダー」以上に島根の盛り立て役に大忙しです。その八雲さんは島根には二年と居られなかったのですね。そんな短期滞在者をとても大事に受け入れているのも「人情」というか「風儀(気風)」を感じます。森鴎外は津和野の人でした。

 「自虐」は「マゾ(マゾヒズム)」といわれます。「自分で自分をいじめ苦しめること」という傾向は誰彼にも多少はあるでしょうが、この「自虐」を逆手に取るのは、生半可な姿勢や覚悟ではできないと思う。ぼくが尊敬する大学者だった仏文学者は、桁外れの「謙遜家」でした。その謙遜ぶりを見ていて、彼は、端倪すべからざる「自尊」の人であったと、ぼくは教えられました。謙遜とは嗜(たしな)みでもあるでしょう。その心は「慎(つつし)み(modesty)」「節度(moderation)」です。いま売り出し中の「中道」に当たるかもしれません。それはともかく、「自虐」傾向の強さ弱さは「自負」「自恃(じじ)」の強弱に重なります。たぶん、島根に底なしの誇りを持っておられる方々は「自恃精神」の旺盛・横溢する方でもあると見受けます。「自分を頼みとする」精神からは、他者に寄りかかろうとする依存の気分が僅少か皆無ということです。

 右の写真にある自虐一面「広島の 人でも 島根と鳥取 間違える」はいかにも「悲しいことや」といいたそうでいて、その実「広島」に戦いを挑んでいるとも読めます。「そんな区別もつかんのか」と、ね。「住めば都」という語感がこれほど様になっている地域はないのではないですか。もともと、「島根は都だった」という歴史(神話)的実証(表現)に根拠を有するんですから。かなり前から、ぼくは「少子化の第一原因」は無計画な「都市化」だと思ってきました。文明が起こり盛んになり、そして費(ついえ)るのは「都市化」の加速度的肥大化によるのです。「世界の四大文明」の消滅は、すべてがこの現象に起因しているとされます。「ふと読み返すと、巫女にせよ、鈴木さんの少なさにせよ、もはや自虐ではなく島根の特色になっているのに気付く。『自虐探し=魅力探し』とも言える」(コラム「滴一滴」)とあるように、まさにその通りと膝を打ちます。

 「自分を自分でいじめる」という、ある種の「達観」がなければ、きっと人間は行き詰るはずです。これは人間に限らず、「今こそ、わが世の春」と浮かれている「大都会」は、その「自虐精神の欠如」のゆえに崩壊するでしょう。「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば」と、無限大の自己肥大を詠った道長(966~1028)の運命はどうだったでしょう。我が世の春の実態は「権力闘争」に明け暮れる日々に忙殺される「寧日いとまなし」の慌ただしさ。「スタバに行くのは異世界旅行」と自らを虐げ(るふりを装い)、「夢の国より黄泉の国が身近」と誇ることができるのは、この劣島では「島根」だけではないかという、湧き出るような矜持(きょうじ)を感じないでしょうか。

(この「自虐カレンダー」政策は東京の企業が請け負っているようです。「鷹の爪」という集団ご一行です。【https://xn--u9j429qiq1a.jp/】)

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