無実の人への差別と迫害は何を意味するか

 大人も子供も「みんなガス室に向かった」 戦後75年、ユダヤ人女性が見た無数の死 アウシュビッツ生存者の消せない記憶(1)(2020.10.22 11:00  47NEWS)(https://www.47news.jp/5404267.html)

)アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所(第2収容所)に到着し、選別を受ける人々。制服姿で手前に立つのはナチス親衛隊員、左手前の縦じまの服の人々は収容者。1944年、親衛隊撮影(エルサレムの記念館「ヤド・バシェム」提供・共同)+++++ 第2次大戦中、ナチス・ドイツが占領下のポーランドに設置したアウシュビッツ強制収容所がソ連軍に解放されて今年で75年になった。欧州各国から約130万人が移送され、110万人以上が命を落とした。ガス室、餓死、銃殺、病死。あらゆる種類の死が待ち構え、収容所を生き永らえた人々は死の記憶とともに戦後を歩まなければならなかった。あの場所で何を見たのか、残り少なくなった生存者が体験を語った。3回続きで報告する。(共同通信=森岡隆)

(➡)アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所(第2収容所)のガス室に向かうユダヤ人の親子。1944年、ナチス親衛隊撮影(エルサレムの記念館「ヤド・バシェム」提供・共同)+++++ ▽偽りの音 貨車を降りた人々は笑い、あいさつを送ってよこした。軽やかな音楽が演奏されている。「それほどひどい場所ではないだろう」。人々の心中が伝わってくる。女性に男性、子どもに高齢者、みんなが目の前を通り過ぎる。行き先はガス室。彼らの運命を知っていたが、楽団の一員としてアコーディオンを弾き続けた。背後には銃を持ったナチス親衛隊(SS)隊員が立つ。この後間もなく、シャワーを浴びるとの説明を受け、ガス室に詰め込まれた人々。警告できるチャンスはなかった。演奏しなければ自分が撃ち殺されていただろう。自身も捕らわれの身だった。/ 大戦さなかの1943年、アウシュビッツ・ビルケナウ収容所(第2収容所)。ドイツ生まれのユダヤ人女性エスター・ベジャラーノさん(95)は当時18歳で、貨車で送られてきたユダヤ人たちの前で連日演奏していた。

 人々は到着直後、ガス室に行くか強制労働に就くか、SSの医師に選別された。7割以上はガス室。子どもや幼子を連れた母親、高齢者、病人らはガス室行きだった。人々の不安を和らげ、ガス室に送る―。SSは約40人の女性で楽団を編成し、偽りを演じさせた。人体実験を重ねて「死の天使」と恐れられたSS大尉の医師ヨーゼフ・メンゲレが時には自分たち収容者の前に立って選別をした。誰かの顔が気に入らなければ手を右に振ったメンゲレ。それはガス室行きだった。左だと死までの猶予が与えられた。

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(⇦)アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所(第2収容所)で、所内に移動するユダヤ人の女性収容者ら。背後に立つのはナチス親衛隊員。1944年、親衛隊撮影(エルサレムの記念館「ヤド・バシェム」提供・共同)

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 この連載が掲載されたのは、今から一年半前のこと。ぼくは既知の事実として、しかし改めて、目を凝らしてこの記事を読み、これはいつのことなのか、どうしてこんなことが起こったのか、「これが人間のすることか」そんなとりとめもない事々に思いを巡らせていました。ナチの「ホロコースト」に関して、ぼくはできる限り資料を集め、いろいろな観点から書かれたものを読んできました。おそらく半世紀以上、この問題に関心を抱き続けていたのです。「人、一人殺すことは、誰にも許されない」のは、人間社会で集団をなして生きていく上での「最低限度の約束」です。人が人を殺さないというのは「約束」なんであって、それを破る人間がいても、ぼくたちは「ひとごろし」を止めることはできないのです。人間社会は、実に脆(もろ)いつながり、関係で成り立たせられている。この「約束」を疑えば、実はどんな「崇高な規則=道徳・宗教」も根拠を失ってしまうばかりです。だからこそ、これは人間の人間に対する「至上命令」なのでしょう。しかし、これを踏みにじるものが出てくれば、それを防ぐ手立てはない。これもまた、「人間の無力(helpless)」の一つではないでしょうか。暴力の前に「道徳」は自らの存在を絶対否定されるのであり、しかしその「暴力」からの「人間性の回復」もまた、頼りない、壊されやすい「道徳」に縋(すが)るしかないのです。

 この問題(強制収容所)に関して、数えきれない体験談も記録されてきました。もちろん、その大半は「収容所からの帰還(生還)」を果たした人たちによるものです。収容所の側にいた人々(つまりはナチに属し、それに協力した者)の残した記録や証言は、それに比して、極めて少数で、ぼくは数点しか見ていません。そのごく少数のものでも、「命令されたからやった」「自分ではそれを断ることはできなかった」「誰だって、その状況にいれば、やっていたことだ」という自己正当化というか、自己弁護に終始している印象を受けたのです。まず、責任回避、それが自分を生かす唯一の方途なのかもしれません。「仕方がないじゃないか」と、ぼくたちはいつでも日常生活で練習しているのです。(「長いものにまかれろ」、がいきわたると、集団は秩序を得るというのでしょうか)

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 映画で映し出された「凡庸な女性」                                  

 この映画の監督は4人、ドイツ出身の監督とかつてナチスに統治されたオーストリア出身の監督による混合チームだった。彼らは作品の中でポムゼルの言葉に対して、直接の評価をくだしてはいない。/ カメラはおよそ103歳とは思えない明晰な口調、時折クローズアップされる顔に刻まれた深い皺、眼鏡の奥にある鋭い瞳を捉える。作品制作に4年、「過去を語りたくない」と拒否していた本人を説得するのに1年かかっている。/ 制作チームはゲッベルスを悪の権化としてではなく、一人の人間として位置付けようとした。彼のそばにいたポムゼルもまた同様である。彼女はそれまで放送局に勤めていた働く普通の女性だった。与えられた仕事をこなし、メディアの世界で友人ーその中にはユダヤ人もいたーより多くの給与を稼ぎ「優秀」と称される。/ 30代を迎えた彼女にある転職話が持ちかけられる。得意の速記を見込まれての打診だった。ナチスの宣伝省に入らないか?ーー。給与明細をみると放送局の給与に加えて、いくつもの手当がついている。「これは運命だ」と彼女は思う。やがて、彼女はゲッベルスの秘書として重用されていく。/ あの時代を生きたどこにでもいた「凡庸」な個人としての証言が、逆に時代を超えた「タイムレス」な言葉になる。それが制作チームの狙いだった。(以下略)「特集 ナチス宣伝相の秘書が残した最後の証言「私に罪はない」の怖さ」(https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/15/a-german-life-20180615_a_23459673/)

(映画『ゲッベルスと私』予告編:https://www.youtube.com/watch?v=Zqd_krnWdy0))

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 ブルンヒルデ・ポムゼルに関しては、彼女が書いた同名の著書に触れて、すでにぼくは駄文を書いています。「私には罪はない」といい、「どうすることもできなかった」という発言は彼女のすべてを表しているとも読めますが、決してそうではなかったでしょう。ヒットラーの盟友の秘書であったという事実と、そのヒットラーが率いるナチが犯した史上最悪ともいえる「ホロコースト」に、もしポムゼルに責任があるとして、いかなる「罪の意識」を彼女は感じたのか、それがどこにも見当たらないということに、ぼくは深く傷つけられたのでした。「だれだって、同じような立場にいれば、そうしたでしょう。いったい、それが罪なんですか?}と。「私は人を殺しもしなければ、傷つけさえしなかったのだ」という彼女の発言は事実だし、それ以上に何かを問うことは、あるいは問い詰めることは誰にもできないことなのかもしれない。「あの時は、仕方がなかったのだ」ー オスカー・シンドラーの「ユダヤ人救済」は天啓ででもあったのでしょうか。

 昨日は「シンドラーのリスト」に触れ、本日もまた同じような事柄について、触れてしまうのは、なぜなのか。今の今、ウクライナで行われている「惨劇」は、ある人々に言わせれば、「ナチ以上に凄惨」ということになります。ぼくはナチの所業を現場で見たことがありませんから、確かにそうだ、とは言えません。しかし、ロシアが「人道回廊」と称して、多数(おそらく、今現在でも万に達するウクライナ市民)が、ロシアの地域内に誘引されていったと報道されています。この先は「希望に満ちた天国」と誘い出し、着いてみれば「逃げ場のない地獄」だったというのは、強制収容所だけではないと、ぼくは、ロシアの地にのみ開かれていた「人道回廊」のニュースを聞いて、卒倒しそうになりました。ナチ以上に残酷・残忍だという意味は、どこにあるのでしょうか。同じように、「シベリア抑留」も、ぼくの脳裏を離れないのです。アウシュビッツが、現代によみがえったのか、あるいはそれはドイツからロシアに、地続きでつながっていたのか。昔から、そう大学生の時から、ぼくたは「我々が生きているのは、一面においては、強制収容所ではないのか」という憂鬱な、しかし否定しようのない事実でもあるような意識に襲われてきました。地獄への人道回廊、それはナチが「甘言」を囁き、微笑みを浮かべて、多くのユダヤ人を引きずり込んだ「奈落の底」への帰還不能の道行きでした。それがいま、この時代に恥じることなく行われていることに、ぼくたちは「慚愧の念」を抱かないのでしょうか。そんなものを抱いたところで、仕方がなかろうではないか、というのでしょうか。

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「なおも模索しつづけるのです、わたしがこれほどまでにかくありたいと願っている、そういう人間にはどうしたらなれるのかを。きっとそうなれるはずなんです」(アンネ・フランク)(1944年8月1日 :最後の日記)

 「私たちはもう起こったことを変えることはできません。私たちにできる唯一のことは、過去から学び、罪のない人々の差別と迫害が何を意味するのかを理解することです」(アンネの父、オットー・フランク)

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 男と女が試合をする時代は遠くないようだ 

 <あのころ>長嶋が4三振デビュー 金田投手にキリキリ舞い 1958(昭和33)年4月5日、巨人・長嶋茂雄三塁手がプロ野球デビュー戦で金田正一投手(国鉄)の剛速球に4打席4三振のキリキリ舞い。東京6大学野球で8本の通算本塁打記録を打ち立て、立大から鳴り物入りでプロ入りした。オープン戦では好成績を残し3番での起用だった。(共同通信・2022/4/5 08:00)

 どんな分野にしろ、ある時期に達成された記録(いいものも、悪いものも含めて)は、かならず後世において破られ・塗り替えられます。「前人未踏」というのは、そのために使われる常套句でしょう。二枚の写真(上と下)を出しました。特別の関心があってのことではなく、また野球の世界がどんな状況になっているのか、まったくわかりません。しかし、「長嶋茂雄」「金田正一」という稀有の野球人の初対決は、今もなお「語り草」になっています。どうした拍子か、ぼくはまだ小学生だったと思いますが、長島さんが東京六大学野球の最後のシーズンで「本塁打新記録八号(当時)」となる打球を神宮球場のスタンドに入れた瞬間を、京都の田舎にあって、友だちと遊びながら、ラジオの実況で聴いていました。「長島」という人がだれで、「東京六大学野球」がどんなものか、そんなことはまったく知らないで、「新記録達成!」と叫んでいたアナウンサーの声を、今なお耳の底から聴きだすことができるのです。後年、一度だけでしたが、後楽園球場で「金田 vs 長島」を観覧したことがあります。デヴュー戦以来、十年は過ぎていたでしょうか。その時もまるで赤子の手を捻(ひね)るように、金田さんは「(後の)ミスタープロ野球」を料理していました。(上の写真の観客席最前列、左から二人目、帽子をかぶっているのは元K総理と、その右隣りは売新聞社社主S力氏、商務省官僚と警察官僚の関係やいかに。その他の面々もまた、野球愛好者だったか)(ヘッダー写真は読売新聞・2022/04/10)

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佐々木朗が完全試合 ガッツポーズの佐々木(下の写真) オリックス戦で史上16人目の完全試合を達成したプロ野球ロッテの佐々木朗希投手。13者連続奪三振の新記録も樹立した=10日、ZOZOマリンスタジアム(共同通信・2022.4.10 17:35 )

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 それから六十五年後、若干二十歳の「若武者」が途轍もない記録を達成したというニュースに、暗い気持ちの日々が続いていただけに狂喜(それは嘘で)、いや少しは「すごい投手だな」と驚きました。とっさに浮かんだのは、彼を指導した「コーチ」は誰だったかということでした。ぼくの記憶が間違っていなければ、Tという「元投手」だと思う。現役時代に、抜群の記録を残した選手ではなくとも、選手を育てる、いわゆる「教育者・指導者」として優れている人はいるものです。「千里の馬はあれども一人の伯楽は無し」という古言が大好きでした。千里を走る馬はもちろん名馬というのでしょう。そして、そんな名馬も世にはいくらもいるでしょうが、その才能を見抜き、育てられる「伯楽」はまずいないものだ、と。「名馬」は「伯楽」によって見いだされ、育てられるのです。「伯楽」とは伝説の人で、馬に関する比類なき目利きであったとされる。育てるより、壊す方が得意な「迷伯楽」は、世に腐るほどいるんですがね。

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〇 はく‐らく【伯楽】[1][一] 古く中国の星の名。天馬を守る神という。※俳諧・類船集(1676)波「(ハクラク)〈略〉伯楽は天の星の名也と古文の注には出たり」 〔星経〕[二] 「荘子‐馬蹄」などに見える、中国春秋時代にいた馬を見分ける名人。姓は孫、名は陽で、秦の穆公に仕えたという。※蕉堅藁(1403)題画「千里雄姿、未覊。伯楽、識者為誰」 〔愈‐雑説〕[2] 〘名〙① よく馬の良否を見分ける者。また、馬や牛の病気をなおす者。博労(ばくろう)。〔伊京集(室町)〕② 転じて、人物を見ぬく眼力のある人。(精選版日本国語大辞典)

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 どんな記録も、かならず破られます。佐々木選手の(驚嘆すべき)「完全試合」も、内容においてもそれを凌ぐ「記録」は、この先、誰かによって作られるのでしょう。それまでは、彼の偉業は「空前絶後」と称賛されるのです。破られるための記録は、それまではいつでも「空前絶後」「前人未踏」なんですね。別の視点からむれば、それはまだまだ人間は「未熟」段階にある証拠だと、ぼくは見ています。もう一つ、ぼくは奇妙な確信を持っています。マラソン(に限らないでしょうが)の新記録は、きっと女性が打ち立てるであろうという「異説・非常識」です。男女が同じレースを走り、女性が男性を余裕をもって記録面で破ることは、今だっていくらもあるのです。今日、多くの分野で、女性は男性を凌ぐ活動をされています。それが可能となったのは、男性優位社会において、女性は、相当長期間にわたり「未解放状態」に留められていた時代が破綻をきたしてきたからです。もちろん、マラソン(一例)で男性に先んじる記録が作られるのは、この先数年ということはあり得ませんが(何世紀もかかるかもしれない)、やがて「アマゾネス到来」となるのでしょうか。楽しみかどうか、それはよくわかりません。その時代には、ぼくは存在していません。

 これとは裏腹に、今次のウクライナ侵略で、ロシア軍があらゆる「悪逆」「非道」を日に新たに展開しています。こんな惨(むご)いことは、この先、どんな「悪鬼」も思いつかないだろうと、ぼくたちに教えたと思われたのは「ナチのホロコースト」でしたが、そこから何年もたたずして、悪逆の新手法が展開されています。(ロ軍が「化学兵器」を使ったという情報が出て来ました)それを前にして、ぼくたちは「前代未聞」という語を使ってきました。新奇な事態が生み出されるまでは、なんだって「前代未聞」だと言われているのです。この後、さらに明らかになるロ軍の「残虐性」もまた、それは、まだまだ、人類史の「悪(破壊)における未熟状態」を明らかにした(そんなことはいささかも望まなかったのに)ことになるのでしょう。空前にして絶後、前代未聞などという言葉を、「あざ笑う」ような、忌まわしい「殺戮史の新段階」をロシアは歩んでいます。悲しみと怒りを交えて、激しく抗議したく、同時に、「停戦」の一刻も早からんことをも祈るのです。

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 欧米に「幽霊」徘徊中、陰謀論の渦を巻き

 【余録】「4人の警察官」は第二次大戦中にルーズベルト米大統領が唱えた戦後構想である。米英中ソの協調による平和維持体制を指す。のちにフランスが加えられ、国連安全保障理事会の5常任理事国につながった。大戦を止められなかった国際連盟の反省に立った構想だったという▲曲折もあった。問題はソ連が強く求めた拒否権の範囲だった。自らが加わる紛争への拒否権まで認めるか。米英両国は当初、反対の姿勢だったが、1945年2月のヤルタ会談でチャーチル英首相が容認に転じ、ソ連の主張がほぼ通った▲その判断が後々に禍根を残したということか。ロシアのウクライナ侵攻で安保理が「警察官自身の犯罪」にいかに無力かがあらわになった。ウクライナのゼレンスキー大統領が「国連改革が今すぐ必要だ」と訴えたのも当然である▲冷戦時代はソ連が頻繁に拒否権を行使して国際社会の一致した行動を妨げた。米国もイスラエルが絡めば行使をためらわず、近年は国際的影響力を高める中国の行使も増えて安保理の機能不全が指摘されてきた▲日本を含め、安保理の構成や拒否権の見直しを求める国は少なくない。だが、改革の声が高まると、普段は対立している5大国が足並みをそろえて特権を守ろうとしてきたのが現実である▲拒否権は英語で「VETO(ベトー)」。古代ローマで市民を守る護民官に与えられた特権が語源という。身を切る覚悟で安保理改革を主導し、ウクライナの市民を守る決意を示す大国の姿が見たい。(毎日新聞・2022/04/07)
国連憲章(序)「国際連合憲章は、国際機構に関する連合国会議の最終日の、1945年6月26日にサン・フランシスコ市において調印され、1945年10月24日に発効した。国際司法裁判所規程は国連憲章と不可分の一体をなす。」
第1条
国際連合の目的は、次のとおりである。

1.国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。
2.人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係を発展させること並びに世界平和を強化するために他の適当な措置をとること。
3.経済的、社会的、文化的又は人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること。
4.これらの共通の目的の達成に当って諸国の行動を調和するための中心となること。(以下を参照:https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/)

 「 国際連合へようこそ! 国連のガイドツアーたちがニューヨークにある国連本部の内部、安全保障理事会議場、経済社会理事会議場、信託統治理事会議場、総会議場、そして国連で展示されている展示物について説明します。(2021/09/27)(https://www.youtube.com/watch?v=2YRlOiCtYAc

 ベトナム戦争、アフガニスタン侵略、イラク(湾岸)戦争などの、近年における各地の戦争は、いわば国連の常任理事国である「米英仏中露」の覇権争いの趣を明確にしてきました。それ以外の各地の「紛争」(内乱)なども、構図は変わらなかったのは、当然で、ぼくたちは国連に過大な期待や役割を求めてきたのです。現在の国連がどのような経緯を持って創設されたか、言うまでもなくアメリカのルーズベルトの提唱にソ連のスターリンが乗った形で軌道が敷かれたのでした。ヤルタ会談島でスターリンの「拒否権」提示を、どういうわけですか、ルーズベルトは応諾しました。当時のソ連は与しやすいと踏んでいた形跡があります。その後の朝鮮戦争の経過などを見れば、それは明らかに間違っていたことが判然とします。

 今日に至るまでの国連の政治的役割を評価することは簡単ではありません。どんな重要な問題であって、「四(後に五)人の警察官」(ルーズベルトの言)の誰かが拒否すれば、どんな意見でも、それは通らないのです。その視点から言うならば、国連とは大国(何を持って大国というのか、どこよりも戦争で殺戮を重ねてきた「ワーストファイブ」というべきでしょう)の間の利害調整機関であり、世界地図の「現状維持」を図るための御用機関であると言いたくなるのです。国連軍ということがしばしばいわれてきましたが、実際に作ってみれば、それがA国の指揮下に入るか、それ以外のBCFSなどの意向が強く働くような性格を拭い去れなかったのです。ぼくはこの関連でも、誤解されることを恐れないで、「国連は弱くていい」ということを主張しています。これは、従前からのぼくの愚論です。間違って「武力」など持ってしまうと、それを錦の御旗にして、戦争を有利に導くこと利用することにしかならないからです。その悪例は一・二にとどまらない。

 いかなる紛争や戦争も「平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること」、これを貫くのはいうまでもありません。また、さまざまな問題の拮抗対立が国際間で生じる際には、「これらの共通の目的の達成に当って諸国の行動を調和するための中心となること」と謳っています。権利と義務の関連で、このことを考えてみます。日本の憲法で「教育を受ける権利」が明示されています。これは「児童の権利」ですが、子ども自身が権利を主張し擁護することは至難という以上にあり得ないことです。だからこそ「義務教育」という原則を設けて、子どもの権利を支える(支持する)のは「親権者」や「行政機関」の「義務」としたのです。

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 「弱いから折れないのさ」と、今は亡き岡部伊都子さん(随筆家)からしばしば聞きました。岡部さんは「学歴はあらへんけれど、病歴は大変なもんや」とも、自身でいわれていた。弱いから折れない、人生で折れないのは、生来が「弱いから」です。大半は、弱ければ折れるだろうと即断していますが、例えば「柳に腰折れなし」、あるいは「柳に雪折れなし」ともいうでしょう。柔軟ということは、貴重な態度であり、姿勢なんですね。この手の表現は無数にあるということは、それが人生の「真実」に近いからでしょう。これは、個人でも組織でも、大きな団体でも同じではないかとぼくは見てきました。落語の一門に「柳家」があります。よく知られた噺家では小さん、あるいは小三治、あるいは途中で破門の栄誉に遭遇した談志などの各師匠。一門の心は「柳で暮らせ」「柳に受ける」ということだったでしょう。確かに風は吹いているさ、でも止まない風はないし、それを受け流しておけば、必ず治まるのだというものだったと、ぼくは彼らの一席を伺って実感したことでした。

 国連もまた「柳で暮らせ」「柳に受ける」といえば、「お前さん、正気かい」と不審がられそうですが、問題を起こす側自体が「狂気」なんですから、それに対峙する方法というものはきっとあると言いたいのです。「馬の耳に念仏」といい、「釈迦に説法」というのは、わざわざ念仏や説法に及ばないという意味で、恐らく馬だって「念仏」の権威かもしれないのです。「ありがたい念仏であっても、馬なんかに聞かせたって無駄」と勝手に決め込んではいけないんですよ。目には目を、歯には歯を、凶器には凶器を、核には核をといっていたら、生命も地球もいくつあっても足りません。ぼくに特段の名案があるのではありません。あるはずもない。しかし、「武器よさらば」といって、「無手勝流」で極悪非道の「邪鬼」に対峙することは不可能で、まったく勝負になりません。

 今回の「ウクライナにおけるジェノサイド」をもたらしたのは、間違いなしに「ロシアの旗印を掲げた軍隊」でした。戦争犯罪を画に描いたような「殺戮」を、さも誇らしげに全世界に暴露し、しかもそれは「西側の偽装」だとしか言わない彼らの「情念の塊り」に、言葉も失っています。Pから始まり、その手下どもには無言の抗議、無抵抗の抵抗で立ち向かうことしかぼくたちに取るべき方法はなさそうに思うのです。地球上の仲間として、互いに狭い世界でともに共存することを自ら拒否したのが今次の「ジェノサイド」でした。「ペンは剣よりも強し」といい、「力なき者の力」、それはことば以外の何物でないのです。それを胸に収めて、静かに対峙し、反抗し、抵抗することです。

 国連をどうするか。今回の地獄絵図を放置してきたのは、国連というよりは国連加盟国の責任(仕業)です。この劣島の政府は、サハリンの天然ガス開発からは抜け出さないと言っています。「北方領土問題(交渉)は、単なる外交儀礼だ」と言ってのけた現ロシア首相。この何十年、手を変え品を変え、この劣島全体を愚弄してきたのです。それでもまだ、そのやくざな権力に縋り付いていくのか。「武士は食わねど高楊枝」というのは、やせ我慢であり、見栄っ張りであり、根性なしの証拠でもあるでしょう。いいではないか、人でなしの国家政府と,いったいどんな「外交」「交渉」がありえますか。ぼくも、早くから「外交官の引き上げ」を言っていましたが、それも見送るという。こんな姿勢が相手を、必要以上に増長させるのです。

 すでにどこかで、二度三度と名前を出したヴァーツラフ・ハヴェルという劇作家で、チェコの大統領でもあった人の逸話を書いて、駄文を終わります。前年(19891年)末、大統領に就任していた彼は、年明け元日に「新年のあいさつ」を国民に送りました。

 親愛なる市民の皆様、
 みなさんは四十年というもの、この日に私の前任者の口からいろいろ違った形で同じことをきかされてきました。いかに我が国が発展しているか、われわれが何百万トンの鋼鉄を増産したか、われわれがいかに幸福であり、いかに自分の政府を信じ、どのような素晴らしい前途がわれわれの前に拓けているかを聞かされてきました。
 みなさんが私にこの職務につくように提案されたのは、私もまた嘘をつくようにというためではないと信じます。
 わが国は繁栄していません。「新年のあいさつ」(阿部賢一「ヴァーツラフ・ハヴェル 力なき者たちの力」(NHKテキスト2020年2月)

 政治家は、すべからく嘘をつくと言われています。でも、ぼくは違う考えをしてきました「嘘をつくのが政治家だ」と。普段はほんとのことを言うけれど、たまには嘘も言う、それは、誰だってそうです。しかし政治家という職業人は「嘘をつくことが商売」なんです。嘘ではありません。なぜなら、ぼくは政治家ではないからです。フランスの元大統領が、プーチン大統領は「うそが習慣」と昔日を偲んで白状しています。   

 【パリ共同】フランスのオランド前大統領は、在任中にロシアのプーチン大統領と協議した経験を踏まえ「彼はうそをつくのが習慣だ」と明言した。フランス紙ルモンドが5日、インタビューを報じた。プーチン氏と対話するということは「口に出すことは実行せず、したいことは口に出さないと知りながら何時間も話を聞くことだ」と説明した。オランド氏は14年に勃発したウクライナ東部の親ロシア派武装勢力とウクライナ軍の戦闘を巡り、ドイツのメルケル前首相と調停役を務め、ミンスク合意をまとめた。当時、プーチン氏がオランド氏に対し、親ロ派勢力の指導者について知らないふりをしたと明かした。(上の写真は2014年12月、モスクワ郊外の空港で会談するロシアのプーチン大統領(右)とフランスのオランド大統領(ロイター=共同)(2022年4月6日 05時33分) (共同通信)

 政治家の言葉から嘘を引いたら、ゼロだというのは、わかりきったことです。ハヴェルは、当たり前に「嘘をつかない」大統領になったのです。政治は「権謀術数」だと言われるが、それも嘘です。そんな我儘な政治をして、権力を振り回したいというチャラい、卑しい「野心」の発露です。ぼくがことさらに国連を持ちだそうとしているのも、国連の会議には嘘がまかり通っているし、それを参加者は承知したうえで、「美辞麗句」を並べて、盛会を装ってきたのです。ある国連事務総長の「一日」をを追っかけたビデをを見ましたが、秒単位の多忙ぶりです。なぜ忙しいか、各国の政府代表と面会(記念写真)するからで、その数は数日間で百五十組に及んでいた。事務総長は、とても忙しそうでしたし、それ以上に楽しそうでした。これで難問山積の時代の中で、「世界平和」が築けるか、虚飾や虚偽が、国連の会議場や廊下を闊歩しているのです。

 しかし嘘をつかない政治家、まして大統領には、やがて民心(支持者)は倦(う)んでくるのも事実です。もっと派手な、格好いい、容姿のみすぼらしくない、国を誇りあるものにしてくれる大統領を!となります。しかし、国民のレベルに合わせて政治家が生息するとも言いますから、民度とか、賢さがはかばかしくなければ、ちょうど今の、この社会の政治家や総理大臣レベルでしか政治を語れないというのが実際のところです。それもこれも、「選挙民」が選んだのですから、ブーメランは自らに戻ってくるのです。

 「私は力をもたない」という自覚があるか。「本当に自分は弱い」という覚醒があるでしょうか。徹底した弱さ、至らなさの自覚から、何かが生み出されるのです。「力比べではない」交渉。「ことばあそび」や「多数決」を弄ぶのがデモクラシーではない。暴力しか頼るものをもたぬ「殺戮者」に向きあって、なお彼らをして膝を屈するほか方法がないことを教えるのもまた、「言葉の力」なんです。

 (「殺戮」はウクライナの所業だ、同一民族が殺し合っていると、いろいろな角度から情報が混乱して出て来ます。だれがどうだということの「犯人探し」は大事中の大事ですが、何よりも「無辜の民の殺戮」ばかりは、だれもが即中止を求めるに異論はないでしょう。だからこそ、一刻も早い「停戦」をと、願うばかりです。「戦争」は陰謀論の檜舞台です。この島にかかわらせて言うなら、「大本営発表」に始まり、「欲しがりません勝つまでは」に至るまで、情報の錯綜著しく、人心の錯乱は、語るも悲しい「フェイク」博物館であり、博覧会でもあったことを忘れたくありません)(このテーマについては、もう少し、愚考と駄文続けたいですね)

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 Those who set up the war must end it.

空襲後の東京をとらえた空撮画像/Mondadori Portfolio/Getty Images(BBCNEWS:/2020.03.09 Mon posted at 18:20)
 ロシア軍に包囲された状態が続くウクライナ南部の都市マリウポリ。同市を捉えた空撮映像には、市内各地が破壊された様子が映っている。(CNN.co.jp・2022/03/24)
There are no "winners" or "losers" in war, only the "loss" of various things that cannot be restored. No matter how many times we experience it, if we do not learn it as history, we will repeat the same cruel destruction. 
Only hatred and sadness are imprinted in memory without disappearing. Those who set up the war must end the war. Much of human history has been filled with sorrow.
I'm staring at two photos. It is a "city" that has been completely destroyed by air strikes. What was the "passion of the attacking side / bombing side" that had been destroyed and burned down to this point? Of course, there is no doubt that the intentions of the individual soldiers and the commanders of the field did not work, but the judgments and orders of the parties (top) who are waging the war. How many people were working at the usual "dawn" in a city that was burned down as if it were cursed. I have lost the word about human stupidity.(yamano satoshi)

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 「ウクライナから愛をこめて」

 【小社会】 日本でまさか 日本に留学経験もあるウクライナの作家オリガ・ホメンコさんは2011年、祖国で流れるテレビニュースに衝撃を受けた。東日本大震災があり、福島で原発事故が起きていたからだ。▲「きちんとしている日本でまさか」。被災地を心配する一方で、自身のつらい記憶も呼び覚まされていった。1986年、旧ソ連時代のウクライナで起きたチェルノブイリ原発事故。▲中学生だったオリガさんは当時約130キロ離れた現首都キエフで暮らしていた。市民は当初何も知らされず、オリガさんが避難したのもずいぶん後。それもあってか避難先では「被ばく者が来た」と反応されたという。▲エッセー集「ウクライナから愛をこめて」にある。多感な中学生は深く傷ついたに違いない。130キロ離れていても影響があった。原発の地元となれば、計り知れないほどのものを失ったろう。福島第1原発事故もそうだった。▲「日本でまさか」と思ったのは外国人だけではなかった。日本人自身が、国も電力会社も安全への認識が甘かったのを思い知った。原子力は手に負えないと痛感した人も多いが、日本ではいまも原子力を手放す流れにはない。▲震災と原発事故からきょうで11年。折しも、ロシアがウクライナに侵攻し、原発や核兵器の脅威が取り沙汰される中で迎えた。戦争被爆国にもかかわらず、国内では非核三原則の見直し論も浮上。原子力を巡る「日本でまさか」は続いている。(高知新聞・2022/03/11)

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◉ ウクライナ(うくらいな)Ukraine 英語 Ukraina ウクライナ語=ヨーロッパ東部、黒海に面する共和制国家。かつてはソビエト連邦の構成共和国の一つ、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国Украинская ССР/Ukrainskaya SSRであったが、1990年7月共和国主権宣言、1991年8月独立宣言し、国名を「ウクライナ」とした。西はポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、モルドバに、北はベラルーシ、東はロシアに接する。面積60万3500平方キロメートル、人口4845万7102人(2001センサス)、4474万人(2014年世界銀行)。首都はキエフ。国内にクリミア自治共和国と24州、2特別行政区がある。(ニッポニカ)

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 毎日のように「ウクライナ侵略」問題に触れています。それでどうなるというものではないのですが、気持ちがどうしてもそこに行くから、触れるしかないような、そんな状態でかれこれ一か月近くを過ごしています。これまでにはなかった明け暮れですね。実際に侵略される側の人々の恐怖や悔しさ、おそらく言いようのない怒りや底なしの悲しみが彼・彼女らを襲っているでしょう。言語道断の殺戮を積み重ねている「ロシアの悪徳政治」に対して、国連をはじめ多くの国々が作り上げている「平和維持」機能がまったく役に立たないばかりか、そのロシアが国連安保理事会の常任理事国であり、気に入らない決議案に反対を投じれば、他国は指をくわえてみているほかないというのですから、国連もまた「侵略」に加担しているということでしょう。欺瞞に彩られた「世界」というべきか。惨!

 入ってくるニュースや映像は、日に日に、侵略する側の残虐さの拡大と深刻の極限値を示しています。無差別爆撃はいかなる正当性も持たないだけに、一層残虐の度を加えているのでしょう。ソ連崩壊までのウクライナは、「ソヴィエト連邦」を構成している一つの強力共和国でした。それ以前、帝政ロシア時代まではさまざまな事変や戦争で、自らの領土を他国によって踏みにじられてきたのです。近年になってから「世界の穀倉地帯」とも「石炭や鉄鋼の宝庫」とも言われ、ソ連時代は連邦の中でも大きな役割を果たしていました。地理的には、西側に多くの「EU加盟国」と国境を接しています。EU何するものぞというロシア(プーチンピ)には、ウクライナのEUか加盟方針は放置できない、由々しき状況という、格好の「侵略の口実」になりました。ロシアの武力行使の一因でした。

 今のウクライナ共和国(独立宣言した)になったのは、わずか三十年前のことです。なぜ「侵略」したのか、それは極めて単純に言えば、本来がロシアのものだったという言い分があるからです。それだけでは理由が弱いというのか、EUに加盟すると、ロシアの安全が脅かされるということもあったでしょう。だから、何年もかけて実に周到に、親ロシア勢力を潜り込ませ、多数派を形成して、ウクライナの「内部崩壊」をもくろんでいたのは事実です。プーチンという「孤独な独裁者」(独裁者は、誰だった孤立しています。気軽に仲間を増やすことに異常な警戒心が働くのは、みずからの心情を知悉していればこそです)、彼の性格はどんなものか、ぼくは話したことももちろん付き合いもありませんから、その実際は知りませんが、猜疑心のカタマリであろうことは想像できます。だれも信用できない、おそろしく閉鎖した心の持ち主ですが、そもそも、彼に「心」があるのだろうかという見方もできます。

 いろいろな専門家たちが、この「戦争」の展望(行く末・帰趨)を語っていますが、なんとでもいえることですから、お気楽と言えばその通りでしょう。ぼくは専門家でも評論家でもありませんから、何とも言えない、怒りや悲しみが募るばかりですから、精神の健康上からすれば、甚だよろしくありません。後輩にロシア研究の歴史家がいます。都内の大学の教員をしてますが、その人たちに聞いても、明日の天気を予想するよりも曖昧なことしか言えないはずです。第一、侵略を犯した「独裁者」そのものが、どのように終わるのか、終わらせるのかわからないのですから、他人がわかろうはずもありません。若し、ぼくに一縷の望があると言えるなら、経済封鎖という「ロシア囲い込み」、あるいは「兵糧攻め」が一定の効果を、恐らく本日(十二日)から具体的な封鎖措置が始まるとされていますから、発揮し出すと、きっと状況の変化が生まれるでしょう。というか、風が変わるに違いありません。「風待ち」「風邪頼み」とは、いかにも情けないですね。(以下の写真はFNNニュースオンライン・2022/03/11 )(https://news.goo.ne.jp/article/fnn/nation/fnn-329784.html)

 無条件降伏だけが「停戦交渉の成否を握る鍵」と、最初から強面で、一歩も譲る気配を見せないのは、いかにも、このKGB育ちの常套手段、口癖でしょう。交渉する気がないということ、世間を欺く「交渉のテーブルにつくだけ」ですから。しかし、強がりばかりが通用するというものでありません。この「侵略」が始まった時、ぼくは「義勇兵」として出かけるつもりがあるんだと、友人に話したら、「足手まといになるから、止めなさい」と窘(たしな)めれました。今でも気持ちは変わらない。後期高齢者は資格がないと言われるか。これまでにも、いろいろな戦争や戦闘を、この耳目で経験してきましたが、幸か不幸は、具体的な戦争・戦闘の「酷薄」「非道」が見えてきませんでした。一例でいえば、ベトナム戦争時、多くの人たちが現地に入り、たくさんのレポートを書いています。すべてではないにしても、かなりの部分を読んでいました。それでも、十分に「実態」が伝わってこなかったと、ぼくには思われたのです。悲惨極まる事態が判明したのは、戦後のことでした。

 たしかに、戦争を仕掛ける側と仕掛けられる側の戦いには、最初から「動機」や「大義」が違っていました。どんな理屈を並べ立てようが、武力や軍事力で物事を決めるというのは、まったく理があるものではないからです。そのような意味から、ぼくはいつだって、知っているかぎりの「戦争」「戦闘」では、仕掛けた側よりも仕掛けられた側に立ちたいという姿勢を自らに課していたように思う。今回の「侵略」に関していえば、当然<I resolutely stand on the side of Ukrainian citizens.>ということです。そして、今回ほど理不尽であるという怒り、許しがたい蛮行だという感情がふつふつと湧いているのは、そんなにあることではなかった。(いずれの戦争だって、恐らくその当時は、同じような強い感情にぼくは動かされていたに違いはありません)でも、ぼく一人がいきり立っても、無意味だと自分でも思います。その「無意味(nonsense)」を百も承知で貫きたいという念慮、それがぼくの生きる態度の根っこにあります。無意味は「意味」をくじく力を持っているというのが、ぼくのささやかな信念(belief)です。(わけのわからない言い方ですな。物事は「計算では答えが出ない」ときの方が多いということ)

 ホメンコさんの本を読んで、ウクライナは「フクシマ」だと、つくづく考えました。チェルノブイリ原発はウクライナが作ったものではありません。福島も、県民が原発を作ったのではないことは誰もが知っています。その地に原発立地を進めたのは「権力の側」(戦争を仕掛ける側)です。チェルノブイリの場合は、旧ソ連でした。しかし、事故が起った後は、住む環境ではなくなり、いまなお被爆・被害を受け続けている人が多くいるのも、両者に共通しています。「後始末は所在地の責任で」というものでしょう、実質は。首都圏の電力を賄うのに、どうして福島が…という感情はいつまでたっても消えなかったし、チェルノブイリでも同じでした。(上の写真はBBCニュース「33年後のチェルノブイリ訪問」より:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-47248881)

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 普段の気軽な駄文とは調子が異なって、自分でも奇妙な感情に支配されているような、そんな錯覚を起こしています。この理不尽な「侵略」が終焉を見るまで、ぼくの怒りと悲しみは消えないようです。これからもいろいろな側面から、このような「蛮行」がなぜ生じるのか、その蛮行を熱烈に支持する勢力がいつだって存在するのはなぜなのか、そんなよしなしごとを、ぼそぼそ口ごもることになりそうです。

 「駄文・雑文の山」を築いてきた報いでもあるのでしょう、パソコンの調子がすこぶるよくありませんし、メモリー(120GB)もほぼ尽きそうになりました。新規に、今の十倍余の容量のハードに代えるべく準備をしているところです。うまくデータの乗り換え(移動)ができることを願っていますが、あるいは暫時、休息日が入るかもしれません。その間に、ウクライナの蛮行・凶行が終息の方向に進んでいることを待望しています。雑文の程度がさらに低くなっているのも、実はパソコンの不良のせいにしてみたい気も。我ながら、困ったもの、自らの無能をパソコンのせいにして。自動車事故を起こしておいて、車が悪いというくらいに、捨てておけない言い草ですから。調子の悪い車でもなんとか乗りこなすのが、そして無事に修理を終わらせるのが、運転する者の責任ですからね)(猫たちと付き合うのも、それなりに時間も手間も金もかかります。あるいは人間以上かも。とくに、医療費がバカにならないほどに高いですね)

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