ランドセルとさんぽセルと

 【筆洗】石垣りんさんの詩『ランドセル』。新一年生に語りかけるように<あなたはちいさい肩に/はじめて/何か、を背負う>と始める▼<机に向かってひらく教科書/それは級友全部と同じ持ちもの/なかには/同じことが書かれているけれど/読み上げる声の千差万別/入学のその翌日から/ほんの少しずつ/あなたたちのランドセルの重みは/違ってくるのだ>。重みが違ってくるのは、子どもも年相応に何かを背負いながら生きていくためだろうか▼比喩的な「背負うもの」でなく、現実のランドセルも重いようだ。キャスター付きフレームに取り付け、キャリーケースのように運ぶ新商品「さんぽセル」が人気という。小学生が発案した▼教科書が厚くなって荷物が重くなり、文部科学省は四年前、一部を学校に置くなど工夫し、負担を減らすよう各教育委員会に通知したが、改善したのだろうか。最近はタブレットを持つ子もいる。体育用品を扱う企業「フットマーク」が昨秋に発表した小学一〜三年生千二百人対象の調査では、約九割が重いと感じ、ランドセルの重さは平均約四キロ。肩や腰などが痛くなった子もいた▼先の詩はこう続く。<手を貸すことの出来ない/その重み/かわいい一年生よ。>▼独り立ちを願う言葉だろうが、現実の重さ軽減には手を打たねばなるまい。子どもに限らぬ話だが、何でも背負うとつらい。(東京新聞・2022/06/17)

IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII

 ランドセルの記憶はまったくありません。通学時、教科書などはどうしていたのか、ほとんど覚えていないのですから、どうかしています。肩掛け鞄は、もちろん中学校に入ってからでしたから、きっと「風呂敷」だったのではないかと想定します。時には「紙袋」などを利用していたかもしれない。ぼくは割合に風呂敷はよく使った方で、いまではまったく利用しませんが、戦後すぐの時期は何かと便利にしていますた。風呂敷大好き人間だったと言ってもいいほどですが、「大風呂敷」だけは嫌いでした。学校では必ず「ランドセル」と決まっていたわけではないでしょう。小学校を卒業するまで、ぼくは三つの学校に通いましたが、いずれにもランドセルを背負った記憶はくっついてはいないのです。ようするに、通学には「ランドセル」というのは「みんながランドセル」という全国を席巻した迷信が「習慣化」「伝統化」されただけであって、よほどの事情がない限り、何を使用しても構わないということです。その慣習化になじまなかった人間もいたのです。でも、ぼくの小学校時代でも風呂敷派はほとんどいませんでしたね。その理由はよく変わりません。こんな便利は堤物、隠しものはないと思っている。落語には「風呂敷」そのもののネタがって、夫婦の喧嘩のタネまでも隠してしまう。

 「みんなランドセル」という背景には何が考えられるのか。「制服」「制帽」「制鞄」(制靴)、この三点セットなら、まずは陸軍でしょう。もちろん、これは自己負担ではなく、天皇からの賜わり物です。すべてが規格化され、均一化されていました。軍靴を配られたが靴が小さかったので、「履けません」と申告したら、「踵(かかと)を削れ」と言われたなどという話がかなり残されています。学校は軍隊と双子というか、弟分に当たりますから、きっと(自己負担して)、背嚢(軍隊用ランドセル)が全員にたいして使用が義務付けられた(のではありませんが、使わねばという、忖度や意向を受けたのでしょうか)。いわば「同調圧力」の証明のような決められ方、これは今でもまったく同じではないでしょうか。ランドセルでなければだめというところはなさそうですが、みんなの気持ちがランドセルに向いてしまっているのです。「一億一心」で、まるで教育委員会と鞄業者の共同作業のようでもあります。これは、学校教育においても、あらゆる場面に垣間見えてきますね。癒着というか、結託というか。

 石垣さんの「ランドセル」の内容も、「詩」として吟味したものですが、ぼくの自分の経験からなるほどという合点はありませんでした。詩の内容には、本当に納得させられるというか、「その通り!」と手を打ちたい気がします。「教科書」はみんなに同じものですが、「同じことが書かれているけれど 読み上げる声の千差万別」は、入学以来、日が経つにつれて大きくなる。そうであってほしいし、そうであるのが学校における教育の「いい方向」なんだと願いながら、さて、石垣さんの考えらる・感じられるような道を学校は取ろうとしてきたか。それぞれが鞄の中身を自分流に図っていくのが学校であり、それを重くも軽くもするのが「生自分らしくきる」ということ(左写真は自衛隊の「背嚢(はいのう)」)

 「手を貸すことのできない その重み」と詩人は語られています。誰も介入できない貴重な仕事に「手を貸すものが、後を絶たず」で、「重み」も「経験」もあったものではなくなってしまいました。学校教育のかすかながらの「よりどころ」、「貴重な経験」の「その重み」は、今では一編の詩の中にしか、痕跡を残していないとすれば、何とも悲しいことではないでしょうか。ああ、ランドセルよ!、おまえもまた、商いの餌食にされてしまったのだなあと、古典的風呂敷派は悲嘆することいくばくか。

  ランドセル  石垣りん


 あなたは 小さい背中に

 はじめて 
 何か、を背負う

 机に向かってひらく教科書
 それは級友と全部同じ持ちもの
 なかには
 同じことが書かれているけれど
 読み上げる声の千差万別 
  
 入学のその翌日から
 ほんの少しずつ
 あなた達のランドセルの重みは
 違ってくるのだ

 手を貸すことの出来ない
 その重み

 かわいい一年生よ

OOOOOOOOOOOOOOO

「さんぽセル」開発の小学生 大人の批判に“新たな反撃”…総理や校長らにプレゼントhttps://news.yahoo.co.jp/articles/020a01f6481ced11362cd72405a54213df3d259)

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 ぼくはランドセル無用派です。そんなものはいらない。だからそれに代わる「さんぽセル」こそ、今の子どもに必要なんだとも思いません。毎日重い荷物を背負わされるという苦行、それはまるで学校教育の現実をいやおうなく示していると思われます。「人生」そのものを表していると、高村光太郎なら見ていたでしょうね。中学校に入ってから、ぼくは「手ぶら」で通学することにしました。教科書は別の組の友だちに借りる。それで「何不自由あろう」ということでした。「宿題など、どこ吹く風」の時期でしたから、この「てぶら登校」「手ぶら下校」は快適でしたが、やがて教師の癇に障ったと見えて、ぼくはきつく仕返しをされました。それでも「手ぶら通学」の精神は衰えず、高校でも大学でも続けていましたね。(重たい荷物は個人ロッカーを用意して、そこに保管しておけばいいんじゃないですか)

 みんな同じ教科書だったら、一冊(大きなモニター)あれば、それで十分ではないでしょうか。教育のIT化とか、ICT化とかいう割には、旧態依然というか、古色蒼然としている、この学校教育の「だれも手を貸すことの出来ない  内容のないその重み  かわいくない教育界の兵(つわもの)どもよ」と、学ぶことの大事さをこそ、君たちは問いたださなければならないのだ。長田流に「世界は一冊の本」ならば、「教科書は一冊(世界)の漫画(本の本)(硬軟両様あり)」(であってほしい)であるのが本来の姿なんでしょうな。

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 「もらった楽しみ」と「獲得した楽しみ」と

  若いころに読んだ本で、生涯の導きになるとは思いもしなかったものが何冊(何人)かあります。ある人からは大きな影響を受けたのですが、一番最初に何を読んだかはすっかり忘れてしまいました。その理由は、これまでに何回、何十回となく読み返してきたからだと思うのです。アラン(エミール・オーギュスト・シャルティエ)というフランスの思想家・高校教師だった人です。ぼくが本の上で出会った「たった一人の教師」といってもいいほどに、彼はいろいろなことを考えさせてくれました。大学院に入ってから、彼の無数の「語録(プロポ・propos)」を、必死で読んだ、しかも、フランス語で。まったく歯が立たなかった。あまりにも、彼の文章が飛躍していたからだったか。いや、数語で書かれていても、考え抜かれていたから、それを把握するのに、容易には理解できなかったのです。そのために、どれくらい時間をかけたか。「スズメは焼き鳥になって落ちてはこない」、こんな文章を前にして、思案投げ首の連続でした。十分に理解できなかったのは当然でしたが、その「思案投げ首」が、言われている(書かれている)ことを、深く受け止める(理解する)ための貴重な経験(じゅうぶんに時間をかけることが大事であるという)になったのです。ぼくみたいにいい加減な人間にも、明日のことも、昨日のことも悩みもしないで、読むことに集中していた時代があったんですね。

 そのアランさんの「幸福論」です。ぼくはこれまでに何度読んだことでしょうか。五回や十回では足りないといっておきます。それでよく分かったかというと、本当に泣きたくなります。そんなぼくでもいえそうなことは、どんなにむずかしい問題でも、「1+1」に還元すると、なんとかわかる方向に考えが向かうことになる、それだけでしたが、いろいろな機会に、大きなヒントになり、励みになりました。その時、ぼくたちの持っている大きな欠点は、何とかして「早く分かりたい」というものだということがいやになるくらいにあきらかになりました。「早分かり」が、どんなにものをていねいに考えるための邪魔になるか、それを痛感しました。その典型は「教えてもらう」ことです。「解答を貰う」と、考える手間は省けますから、とても楽だし、時間がかからない。でも、分かるのに苦労しない(時間をかけない)ということが、その人間をどんなにわがままなものにしてしまうか、それをいやになるほど知らされた。ものを学ぶ、あるいは理解(納得・了解)するというのは「道徳の問題」、つまりは「自ら意欲する」ことだという意味です。その積み重ねによって、「わがまま」「不注意」「短気」「短絡」などなどを、きっと直してくれるからです。

EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE

 どんな職業でも、自分が支配しているかぎりは愉快であり、自分が服従しているかぎりは不愉快だ。電車の運転手は、バスの運転手にくらべると幸福ではない。自由にひとりでする狩猟ははなはだ楽しい。狩猟家は自分でプランを立て、それに従うなり変更するなりして、報告したり弁解したりする必要がないからだ。これにくらべれば、獲物を狩り出してくれる勢子(せこ)のまえでしとめる楽しみなどは、まるでとるに足らない。しかしまた、射撃の名人が、感動や驚きを犠牲にしてこの権限を楽しむこともある。こういうわけで、人間は楽しみを求め、苦しみを避けるものだなどと言う人たちの説明はまちがっている。(アラン「ディオゲネス」『幸福論』所収)

 (ディオゲネス【Diogenes】(~ ho Sinopeus)[(前四〇四ころ~前三二三ころ)]古代ギリシアの哲学者。キニク派、アンティステネスの弟子。世俗の権威を否定し、自然で簡易な生活の実践に努め、「樽の中のディオゲネス」と呼ばれた。アレクサンドロス大王との問答は有名(大辞泉)

 (せ‐こ【▽勢子・列=卒】《「せご」とも》狩猟の場で、鳥獣を追い出したり、他へ逃げるのを防いだりする役目の人。狩子(かりこ)(同上)

 《こういうわけで、人間は、もらった楽しみにたいくつし、自力で獲得した楽しみの方をはるかに好むものなのだ。しかも、なによりも行動し、獲得することを好む。人から苦しめられたり、耐えしのんだりすることを好まない。だから、行動を伴わない楽しみよりも、むしろ行動を伴う苦しみの方をえらぶのだ。逆説家のディオゲネスは、苦しみはいいものだ、ということを好んで言っていた。その意味は、みずから選び、みずから求めた苦しみということだ。ひとからうけた苦しみを、だれも好みはしない》

 勉強(学習)についても同じことがいえるでしょうか。やらされる「勉強」は避けたいし、自分から進んでおこなう活動は、その人をいくらかは聡明にしてくれるはずです。いやいややらされていながら、「優れた成果=成績」を示すというのはどういうことでしょうか。立派な教師がどんな人物か、ぼくにはよくわからないけれど、命令したり服従させたりしない人間であるのはたしからしい。アランは次のようにつづけます。

 《行動というものは、どんなに単調であっても、いつでも少しは支配したり、考え出したりすべきものが残っているからだ》

 授業(仕事といってもいい)というものが教師にとっても生徒にとっても「自分で求める楽しみ・苦しみ」(まるで山登りみたいな)であったらいいなあと思いつづけています。あまりにもしばしば「生徒の興味をひく」とか「生徒に興味をもたせる」という口ぶりを聞かされてきました。おやおや、というばかりでしたね。与えられた興味はたちまちのうちに水泡のごとくに消えてしまうにちがいない。それに対して「行動し、獲得した楽しみ」にまで深められた学習は、きっと、子どもをかしこい人間にしてくれるでしょう。

 ボイルされた蟹(かに)の肉を、だれかにきれいにとってもらって食べてもあんまりうまくないね。(若いころ、新宿の料理屋で、仲居さんにそれをしてもらって、「山盛りのカニ肉」を前に置かれて、まったく食べようという気が起こりませんでした)赤ん坊は、できるだけ自分で飲んだり食べたりしたくなるんじゃないですか。もっと言うなら、テレビは見ていて面白いけれど、やがてつまらなくなるのがお定まりです。見る側に工夫の余地がない(つまりは受け身です)からでしょう。喜ばせられ、ちやほやされて育つ・育てられると、手に負えない「わがまま」人間になるのは目に見えています。「自分でする」(「考えたり工夫したりする」「自分で求める楽しみ・苦しみ」)というのは、ぼくらの想像以上に大きな働きを成長のさなかに果たしているのです。これは学歴や偏差値とは、およそ関係のない事柄ですね。(いくつもの後悔すべきことがぼくには残されましたが、子どもたちといっしょに「山に登る」ということをしなかったのは、返す返すも残念なことでした。登るべき山、その山こそが人間を育ててくれるんですね。いつでも山はそこにあって動かないから、自分の足で登るしかないのです)(ヘッダーは「WINZONE」:https://sp.yamap.com/winzone/03.html

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 体罰は悪だという虚妄にとりつかれている現状

 今から十六年前の、連休初日の4月29日(土)に戸塚宏さんが刑期満了で静岡刑務所から出てこられました。出所時の彼の姿が今でもはっきりと脳裏に浮かんできます。「戸塚ヨットスクール事件」をご存知でしょうか。おおよその経緯は以下の資料を参照してください。「体罰は教育だ」と、出所段階の記者会見でも戸塚さんは述べておられました。(実に古い事件とその記録ですが、彼の主張はみじんも変わっていませんので、古さを古さそのままに、以下に紹介しておきます。スクールや事件の経過などに関しては辞書の説明を参照してください)

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  戸塚校長:刑期終え出所 「体罰は教育」と今後も活動 厳しい体罰で訓練生4人が死亡した「戸塚ヨットスクール」事件で、傷害致死罪などに問われて実刑が確定、服役していた同スクールの戸塚宏校長(65)が29日、刑期を満了して静岡市葵区の静岡刑務所を出所した。戸塚校長は「体罰は教育」などと改めて独自の教育論を展開。スクールをはじめとする活動に今後もかかわっていくという。 / 29日午前、刑務所正門からスーツ姿で出所した戸塚校長は、少しやつれた様子。支援者が拍手で出迎えると「ありがとう」と笑顔で迎えの車に乗り込んだ。戸塚校長はこの後、静岡市内で開かれた記者会見で「(傷害致死を認定した)裁判所は私のやってきた教育活動を否定している。業務上の過失を問われるなら納得していたが、故意犯とされたので今後争っていく」と、今後、再審請求を検討すると述べた。

 一方、死亡した4人への心境を問われると、「体罰は教育です」と強調したうえで「4人を悼む気持ちは裁判でさんざん言ってきた。何度言っても反省がないと言われるが冗談じゃない」と語気を強めた。【井崎憲】(毎日新聞・06/4/29)(*戸塚ヨットスクールHP=https://totsukayachtschool.com/index.shtml)(ヘッダーの写真も、右のHPから)

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● 戸塚ヨットスクール=愛知県知多郡美浜町にあるウインドサーフィン訓練をする全寮制の施設。定員10名で、入所期間は1年。費用は税込みで入校金315万円、毎月の生活費11万円。登校拒否、無気力、非行、家庭内暴力などの問題を抱える生徒を今までに700人以上受け入れ、約600人を更生させてきたということで有名だが、学校教育法上の学校ではない。スクールは1976年に戸塚宏によって開校された。戸塚宏は1940年生まれ、名古屋大学工学部在学中はヨット部の主将として活躍した。75年に沖縄海洋博記念「太平洋-沖縄・単独横断レース」で堀江謙一らを破って優勝し注目される。翌年子どもたちにヨットを教える日曜・休日スクールとして、現在地に戸塚ヨットスクールを開いたが、偶然参加した登校拒否児がその後登校するようになったことが報道されると、同じような問題を抱えた子どもに悩む全国の親からの依頼が殺到し、現在の位置が決定した。81年に東京新聞に連載されたドキュメント(後に『スパルタの海』として単行本刊行)をもとにした映画『スパルタの海』(監督・西河克巳、主演・伊東四朗)も83年には制作されたが、公開直前に戸塚宏が後述する事件により逮捕され、お蔵入りとなった。


 スクールの訓練の厳しさから79年には13歳の少年が病死、80年には21歳の青年が死亡。82年11月には奄美大島の合宿からの帰途のフェリー船から15歳の少年2名が逃亡のため海に飛び込み行方不明。同年12月には13歳の少年が死亡した。このため83年愛知県警は戸塚宏とコーチのほぼ全員を逮捕し、名古屋地検は最初の病死事件以外を傷害致死罪、監禁致死罪で関係者15名を起訴した。このためスクールは一時閉鎖に追い込まれたが、86年戸塚宏が3年ぶりに保釈されて再開。87年には「戸塚ヨットスクールを支援する会」が石原慎太郎を会長として発足した。92年名古屋地裁は、戸塚宏に懲役3年執行猶予3年などの「寛大判決」(『読売新聞』見出し)を下すが、検察側、弁護側が共に控訴。97年名古屋高裁は戸塚宏に懲役6年、コーチ3人にも実刑判決を下し、弁護側が上告した。2002年最高裁は上告を棄却し、戸塚宏とコーチ3人が収監され、ヨットスクールは残ったコーチで活動を続けた。06年4月、戸塚宏は満期出所し校長の活動に復帰している。同06年10月にはうつ病で通院中の男性の訓練生が行方不明となり海で水死体として発見され、09年10月には女性の訓練生が寮の3階から飛び降りて死亡するという事件も起きたが、警察は後件は自殺と断定し、前件も犯罪性がない自殺もしくは事故として処理した。
 戸塚宏は、青少年の問題行動は脳幹の機能低下により引き起こされるのだから、海上の訓練で生死の恐怖を与えることで、本能的な脳幹機能を回復することが必要であり、体罰も教育として必要という独特な教育論を持説としているが、判決後の現在は、ヨットスクールでは体罰は行われていないという。(知恵蔵)

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 「体罰は教育だ」すでに体罰はタブーではありません。私はそう考えています。体罰を否定したために、むしろ人間のあるべき基本から外れて全体が崩壊しかかっている。タブー視するほどの価値は、体罰にはありません。にもかかわらず、体罰はいけないことだという虚妄にとりつかれているのが現状です。そして、その虚妄にがんじがらめにされていることに気づかず、言葉、論理だけで砂上の楼閣を築いているのです。/ そのインチキ性に目ざめるときがきています。/ 誤解をおそれずにあえていいましょう。〝愛〟で問題児たちは救えません。なぜなら、愛は、どこまでいってもまやかし以外のなにものでもないからです。あいまいな、ふわふわしたもので救えるほど、現状はやわではないのです。(中略)

 ヨットマンの世界には〝シーマンシップ〟という言葉が あります。/ この言葉は日本では〝船乗り魂〟と訳されてます。海の男の魂なんだと。なんとなくわかるようで、じつはよくわからない。オレは海の男なんだと、心のなかにみちあふれてくる内なる叫びがあれば、それが海の男の魂のような気がしますが、果たして、それがシーマンシップか。/ 私はそういう考え方につねに疑問を抱くタイプの人間です。/ あらためて英英辞典で調べたことがあります。シーマンシップの〝シップ〟とはこの場合、何を指しているか。〝テクニック〟であると、出てくるのです。舟をA地点からB地点まで安全に航行させるためのテクニック、それがシーマンシップであるというのです。/ 目からうろこが落ちる思いでした。(註:sea・man・ship=n. 操船術. )(EXCEED)

 シーマンシップを身につけるためには、それゆえ気象を知らなければいけない。無線もできなければならない。当然、操船のテクニックをおぼえ、エンジンの整備を学び、ロープの使い方を体におぼえこませなければいけない…それらのテクニックを自分のものにして初めてシーマンシップが身につくわけです。じつにわかりやすい、科学的な説明です。船乗り魂という和訳をそのまま受け入れていたら、いつまでたってもある種の虚妄にとりつかれつづけていたでしょう。(中略)/ 精神=Shipとは、じつは生きるためのテクニックであることを、私は知っています。非科学的な根性論をふりかざして子供たちに体罰を加えているわけではないのです。/ 私は、文明に対する責任感を負っています。この仕事をつづける限り、負いつづけていこうと考えています。/ なぜなら、次の時代を担う子供たちが、まやかしの論理のなかで腐敗していくのを見るのにしのびないからです。それゆえ私は、自分の方法で問題児と対峙しようとしたのです。このままでは、日本は内側から腐っていってしまう。それを本来の、あるべき姿に戻すことが、今の時代に生きている大人の責任なのではないか。私はそう考えています。(戸塚宏『私が直す!』飛鳥新社、1983年刊)

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 「戸塚事件」「戸塚裁判」に関しては、さまざまな批判や非難が投げつけられてきた事件・裁判でした。このような「体罰容認論」「体罰教育論」を、ぼくたちはどのように受け止めたらいいのか。どのように考えられるのでしょうか。「脳幹」がうまく鍛えられていないからという理論(?)はともかく、そこで行われていたのは、まぎれもない「体罰」「暴力」、そして「教育」でした。さらにいえば、教育と暴力の境目はどこにあるか、それこそが問われたのではなかったか。このスクールで複数の人間の命が奪われた、しかしそれと比べて言うことはできませんけれど、その何十倍もの「魂」「精神」が救われたことも事実です。さらに加えれば、彼の「教育・体罰」実践に大きな力を得た人々がいたことも否定できません。あやふやな言い方をしていますが、戸塚さんの実践を「君はどう見ているのか」、それがぼくに突き付けられてきたのです。もちろん、ぼくは「暴力」は絶対に認められないし、その意味では「体罰」も受け入れられない。戸塚さんに代表される人々の「教育・体罰」論には、少なくとも「諸刃の刃」の効用と危険性があることは否定できないところです。

 戸塚さんたちの「教育」を非難する人たち(ぼくも、その中に入る)は「学校教育」をどのようにみているのでしょうか。ここで、一つ問題を出してみます。実際に戸塚さんのところでも実践された方法(やりかた)でした。世の中には、人参(にんじん)の嫌いな人はたくさんいるでしょう。その「嫌いな人参」を食べさせたいし、食べる必要があるとした時、そうするには、どのような方法があるかという問題です。これが即教育の方法だとは言いませんが、教育を考えるときの、何がしかのヒントにはなるでしょう。「体罰はいけないことだという虚妄にとりつかれているのが現状です。そして、その虚妄にがんじがらめにされていることに気づかず、言葉、論理だけで砂上の楼閣を築いているのです」という戸塚さんの「現代教育論」のも、賛否があることを承知のうえで、暴力や強制から解放sだれた教育の仕事を生む出すためには、何ができるか、何をしなければならないか、「人参教育」もそのヒントになるのではないですか。暴力あり、生との理解・意見を過剰に尊重することもあり、子どもに取り入るような、抱き着き教育ありで、なkなか一筋縄ではいかないのが教育、つまりは人と人の関係になるので社内ですか。「教育は関係」の問題ですね。

①人参が、栄養源としてどんなに有用なものであるか、またそれを食べるのが、いかに本人のためになるかを説明して、納得させる(納得するまで説明する)。
②おどかして、(あるいはだまして)強制的に食べさせる。
③料理法を変え、子どもの気に入る調理法で食べさせる。
④2~3日、絶食させ、そののちに塩ゆでのにんじんを食べさせる。(同上)

 このとき、いかように料理して食べさせようとするか。そこに「教育」を考えるヒントがありそうです。くりかえしいいましたように、戸塚さんの教育実践は素晴らしいと評価するつもりはないのです。「体罰は教育だ」とはもってのほか、という気がするからです。でも、そんな理屈をこえたところで「何事かをなす」必要があること(事態)もじゅうぶんに認めなければならないようです。子どもを育てる、子どもが成長する、そのとき、親や教師はどういう立場で子どもの前に立てばいいのでしょうか。(戸塚さんたち採用した方法は④でした)

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 今も、各地で「体罰」か「教育」か、その線引きが論争の種になったり、受け入れ方(見解)の問題として裁判になっている事案もあります。繰り返しますが、ぼくは「戸塚実践」擁護派ではない。むしろ、暴力からは最も離れた地点で「教育」を考え、実行しようとしてきたものです。言うまでもなく、それに成功したなどとは言えた義理ではありません。これが「体罰・暴力」だ、と衆目の一致するもの以外は、「体罰を加えるもの」と「体罰を加えられるもの」との関係如何に、判断は大きく左右されるということだけは言っておきたいのです。「中学校の頃、教師の体罰で、ぼくは目が覚めた。教師に感謝している」という人は相当にいると思います。それを善悪で判断するのではなく、それとは異なった状況下で、「体罰を受けないでも、ぼくは目が覚めた。先生にお礼が言いたい」という元生徒もいるに違いありません。

 「しつけ」でも「教育」でも、物理的力をふるわないままで、子どもの中に何かを覚醒させることができるだろうし、ぼくたちは、暴力に隣接しているような方法ではなく、一層困難な道を選ぶべきでしょう。しかし、戸塚さんたちの「体罰教育論」でしか、現下の苦境を超えられないと判断する人がおり、その方法を採用することに異議を唱えないなら、その結果、「救われた」ということであるとしたら、それでも、戸塚式「体罰教育」論を否定できるのでしょうか。その時こそ、体罰と教育の境目や垣根をどのように決めたらいいのか、という難問が存在しているのであり、その課題はいまもなお残されているように、ぼくには思われます。(裁判の判決に従うべきというのも一理ですけれど、このような個々の事例であって一般化できない問題には、それに応じた対応しか考えられないでしょう)(この問題(裁判)には、法律の上では決着はつきましたが、教育問題としてはいつまでも「未決定状態」が続くだろうし、ぼくたちは、その一つ一つの具体例について、問題の所在を探る手間暇を欠かせないのではないか)(最高裁判決定後の戸塚ヨットスクールでは「体罰」は採用されていないという。「体罰」を否定しているからではありますが、「教育は体罰だ」という戸塚さんの確信・核心はどうなったのか。その「実際」「実態」を調べてみたいですね)

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 いつも「学校って何だろう」と疑っている

<あの不思議な場所>。詩人の茨木のり子さんは、「学校」をこう表現した。<校門をくぐりながら蛇蝎(だかつ)のごとく嫌ったところ/飛びたつと/森のようになつかしいところ>。共感する人も多いのではないか。▼福岡市でこの春、新たな「森づくり」が始まった。九州初となる公立夜間中学「福岡きぼう中学校」だ。週5日夕方から4時限、美術や保健体育も含めた9教科の授業を行う。▼市教育センターを改装した学びやに、15~82歳の30人を迎えた。入学式を伝えるニュースは校名通り希望に満ちていた。「やっと中学校をやり直せる」。いじめに遭い、小学5年から不登校になったという30代男性の言葉が胸に残る。▼公立の夜間中学は現在、15都道府県に40校ある。国は2026年までに全都道府県と政令市に1校以上の設置を目指す。不登校や外国籍の子どもが増える中、学びの選択肢が広がる意義は大きい。▼鹿児島県教育委員会はパンフレットを作成し、ニーズを把握する調査を近く始める。本年度中に検討委員会を立ち上げ方向性を示す考えだ。離島を抱える地域特性も踏まえた構想を望みたい。▼茨木さんの詩は続く。<今日もあまたの小さな森で/水仙のような友情が生れ匂ったりしているだろう/新しい葡萄(ぶどう)酒のように/なにかがごちゃまぜに醗酵(はっこう)したりしているだろう>。にぎやかで薫り高い、多様な森が増えるよう願う。(南日本新聞・2022/05/01)

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 本日から皐月です。「爽(さわ)やかな」「薫風(くんぷう・かぜかおる)」という形容句がつく「五月」ですが、今年は、重苦しいというのか、鬱陶(うっとう)しいというのか、あまり爽やかでも、風薫るという風情でもなさそうな、そんな雰囲気の中の五月入りではあります。コラム氏の記事にあるように「福岡きぼう中学校」という「夜間中学校」が、さまざまな思いを持った人々の願いが集まって出発します。一時期、いくつかの「夜間中学校」に赴き、そのありようを学ぼうとした時期もありました。各地の行政のほとんどは、「夜間中学校」を必要悪視して、いわば「弱い者いじめ」のような扱いをしてきました。それがどういう風の吹き回しだったか、「夜間中学校」待望論が台頭し、今ではそれなりの「市民権」を得ている状況であるといっても、まだまだ、その多くの願いは、じゅうぶんに聞き届けられていないのです。この「夜間中学校」に関してはどこかで触れていますので、繰り返しません。そこは、それまでの人生で教育に恵まれなかった人たちにとっては、なんとも形容しがたい「避難所」であり「安息場」でもあるということもできます。

 二年前の五月某日、ぼくは、茨木のり子さんの「学校 あの不思議な場所」などを巡って、極め付きの駄文を書いています(https://http836.home.blog/2020/05/27/)。ぼくも人並みに、茨木のり子という詩人を読んできました。早い段階から亡くなられるまで、ほとんどすべてといっていいほどに、彼女の書くものを目にしてきました。そこから学んだものは何か。ぼくには詩心(しごころ)などはみじんもありません。誰よりもよく知っている、そんな人間が、茨木さんをはじめ、あまたの「詩人」に引き付けられるのはなぜか。一編の詩は、作者の「自叙伝」だと考えているからです。無駄を省き、虚飾を捨象して綴られた、数百字の「自伝」だと思うのです。一言でいえば、詩とは詩人の「経験の純化(言語化・抽象化)」であり、「生活体験の骨肉化」だといえるでしょう。その意味は?

 おそらく「詩」というものは、その人の「感性」「感受性」が生み出すものだと思われています。それも、あながち間違いではないでしょうが、それ以上に、誰もがする「経験」が元手になっているという意味です。その「経験」をがっちり把握し、見事な言葉選びによって、強固な文章による、「経験の砦」を築くのです。逆に、詩を読んで、作者の「経験」が読み取れなければ、それは、ぼくには、積極的に受け入れられないものとなる。この「経験(体験)」ということを強調すると誤解されるのですが、どこまで行っても、詩は作者の「自己経験の表現」だという、極めて当たり前なことに思い至る。よく使われる陳腐な表現を用いるならば、極め付きの「私小説」あるいは「日記」なのだと、ぼくは見ています(それだけが「詩」であるはずがないのは当然です)。こういって、詩を平板化もしないし、平凡化もしているのではありません。また、それだから読めばよく分かるというものではありません。難解この上ない「詩」というものがありますから。「学校 あの不思議な場所」はどうでしょうか。時々、ぼくは茨木さんの詩、ことに「自分の感受性くらい」を、「反省文」なんだといってきました。作品の値打ちを落とすためにそういうのではない。戦時中、模範的な皇国少女だった茨木さん、だから「今となれば、自分の感受性くらい、自分で守れ」となるのです。「皇国少女」「小国民」であったからこそというのが、彼女の、戦後の詩人としての「出発点」であったといいたいからです。彼女の足場は「戦時中」にあったのです。この時、彼女の「感受性」は、彼女のかけがえのない「経験」でもあったのです。その「感受性」によって間違いを犯したという「反省」、あるいは「覚悟」から、彼女の詩は生まれたのです。

学校 あの不思議な場所
校門をくぐりながら蛇蝎(だかつ)のごとく嫌ったところ
飛び立つと
森のようになつかしいところ
今日もあまたの小さな森で
水仙のような友情が生まれ匂ったりしているだろう
新しい葡萄酒のように
なにかがごちゃまぜに醗酵したりしているだろう
飛びたつもの達
自由の小鳥になれ
自由の猛禽になれ 

 作者は「学校」を受け入れているのでしょうか。あるいは学校にいながら、それを拒絶しているとも読み取れます。学校は「二律背反」ともいうべき機能や性質を持っているのだといえばどうでしょうか。一人ひとりには必要悪だと、ぼくが言うのも、それと同じような意味合いで、「矛盾」を学校は抱えているからです。「長短」併せ持つ、不思議な場所。物を学ぶのは、学校の専売ではないし、それ以外の場所で、もっと効果的に学ぶことは可能です。その証拠に、みんなが学校に行くようになる時代の前には、学校不在の期間は悠久の昔から続いていたのでした。この島に人が住み着いてから、そのほとんどは「学校不在」でした。しかし、それでも「教育」という働きはいつでも行われていた。だから、ぼくは常に、学校のなかった時代の「教育」という視点を忘れたくないと思い続けてきたのです。では、どうして学校は作られたのか、これに関しては、このブログで繰り返し、卑見を曝(さら)け出してきました。個々人が求めて作られたものではないというところに、ぼくたちは問題の所在を認める必要があるのではないですか。だから、人によっては「あってもなくても困らない場所」なんだと思う。そういう観点からみても、学校というのは実に不思議な場所です。

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 弱い者の一人として 「わたしたちは仲間です」。筆箱の中で小さく折りたたまれた紙に〈うすい筆跡で魚の小骨みたいな字で〉書かれていた。川上未映子さんの小説「ヘヴン」の冒頭だ▼学校でいじめに遭う〈僕〉と〈コジマ〉が友達になる物語だ。ひどい暴力の中で育まれる友情が踏みにじられることのないよう願いながら読んだ▼川上さんは、人生の本質は「失われる」ことだと取材に答えている。理不尽に壊され、失われる弱い者を丁寧に描く作品が多くの人を引きつける。「ヘヴン」は英国の文学賞「ブッカー賞」の国際賞で最終候補になった▼北海道旭川市でいじめを受け、凍死した中学生の母親をネット上で中傷したとして3月に愛知県の女性が侮辱罪で略式起訴された。1月にも男性が略式起訴されている。国会で侮辱罪の厳罰化を巡り審議が続いている▼事実を解明するために闘う母親を冷笑し、傷つける風潮があるのは不条理だ。弱い者の一人として支え合うことが私たちの役目ではないか。誰も理不尽な被害に遭うことのない社会をつくるために。(琉球新報・2022年4月30日 )

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 旭川の「いじめ自殺事件」に関しても、どこかで触れました。「学校におけるいじめ」という点ではまれにみる悪質なものであり、その「中学生の死」を巡って、教育関係者の対応は、まともな人間なら思いも及ばないような「破廉恥」なものでした。人間の死に対する「ぶじょく」だと、怒りを込めて言いたい。さらに悲惨極まりないのがネット上の、「誹謗中傷」「名誉棄損」などというのもかわいく思われるような、これまた悪質極まる、はなはだしい「人権侵害」です。「やりきれない」というのは「被害者や、その関係者」の「陳述」「弁明」であって、「やりきれない」という語は、ぼくたちのような傍観者が口にすべき言葉ではないでしょう。ここまでくると、学校というのは不思議でも何でもない「残酷・無残な場所」そのものです。今なお、この事件は多くの問題を抱えながら、問題のありかを求めるところにまで至っていないようで、逆に「被害者」がさらに「いじめ」「恥辱」を受けるような事態が引き起こされているともいえます。

 先日も、事件や事故が発生した段階での教育・学校関係者の対応が、言葉に窮するほどに「頽廃の極み」に至っていることを述べました。「人命軽視」ではなく「人命無視」だといわなければならないほど、子どもの命を守る姿勢に欠けているものがあるのです。すべての関係者がそうであるとはもちろん言えないが、「偉い人」ほど「人間の屑だ」などという、はしたない言葉を使いたくなります。事態は深刻の度を深めているというほかありません。ネットの暗闇から「人を撃つ」というのが、まるで一種の流行文化(ポップ・カルチャー)のように、「悪の華」が開いています。実際に、このような問題に腐心しながら、教室で生徒たちと打開策を求めようとする教師たちもいる。機会あるごとに、このような課題に関して議論を重ねることが大事です。答えは見えてはこないが、問題の深さが分かるだけでも、貴重な機会・経験になるからです。もちろん、法律で規制するのは第一歩ですが、それで終わりにしてしまえば、さらに「中傷」は悪質になって、深刻の度合いも深くなるばかりです。この時代、この社会には「犯罪行為」に対して確信犯が、いくらでもいるからです。(参照:https://www.jiyu.ac.jp/blog/info/74783)

 法治国家だからといって、何事も「法律で規制」するとどういうことが起こるか。おそらく、人間は今以上に「判断力」を失うでしょう。判断しなくていいことばかりが生活の場面で増えてくるからです。法律の禁止事項の増大が人間を「賢くする」とはとても考えられないのです。刑法において「人を殺してはいけない」という条項はありません。だから「殺してもいいのだ」となるのでしょうか。「(刑法)第199条  人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」とあります。この条文は何を意味しているのか。それを知ってか知らずしてか、殺人事件は日常的に発生しています。規制(歯止め)があるから、殺人行為はしないというように、人間はできて(つくられて)いないのです。規制(法律)の有無に関係なく、犯罪は犯されるし、被害者は生み出されるのです。被害にあう、加害者になるなどという、できれば避けられる「事件」「事故」がどうして断ち切られないのか、そこにこそ、人間の「未熟」「未完成」がうかがえるのです。

 川上未映子さんが言われる「人間の本質は失われること」というのは、こういうことも際しているのでしょうか。「失われる」というのですから、持っているし、持っていたのです。それが「奪われる・奪われた」のはどうしてなのか。羞恥心も思いやりの心も、あるいは同情心や敬愛の情(尊敬する心持)も、いつかきっと奪われ(失われ)るのでしょう。法律で規制する、あるいは教育で「歯止めをかける」、それは大切ですが、それでも中傷や名誉棄損などの人権侵害、まぎれもない「犯罪行為」が続発するのはどうしてなのか。「戦争」が悪であり「犯罪」であると、誰もが言ったり聞いたりしているし、それが起こらないことを願っているにも関わらず、起こるのです。

 問題の根っこは、自制心や自己抑制を無にするような働きが、人間の内部に大きく育っているのです。他者を傷つけたい、支配し征服したいという本能に似た「情動(emotions)」「情念(passions)」のもとに、人間は存在しているということを、忘れないことです。これもまた一つの、実に素朴な感覚・感受性でもあるのです。だからこそ、「自分の情念くらい」「自分の情動くらい」というべきなのでしょう。人間も、一面では、一個の器械(道具)です。したがって、道具固有の「諸刃」があることになります。「スマホ」も同じですね。自分を傷つけるかもしれぬが、他者も傷つける、そのことを失念しないこと、自分が傷ついていることに自覚がないというのが、もっとも深刻なところですね。他者を傷つけると同時に、自分自身も、それによって傷ついているのです。自傷行為、自己虐待というか自己殺傷なんですね。だからこそ、言いたくなる。「自分の諸刃くらい、自分で守れバカ者よ」どんな人間も間違いを犯す、失敗をする。肝心なのは、間違いや、失敗に気づくこと、気づいたら、それを改めること。人間のできる最大の善行は、これに尽きるのです。これが「人間の賢さ」です。

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 時移り、人変わる。教師も人だ

 【ニュース その一】自殺の小6女児が遺書でいじめ訴え。滝川市教委が隠す 北海道滝川市内の小学校で昨年9月、教室で首をつって自殺した6年生の女児(当時12歳)が残した学校や友人あての遺書で「いじめ」を訴えていたにもかかわらず、市教委がいじめに関する記述を隠して発表していたことが30日、明らかになった。遺族が読売新聞に寄せた遺書では、女児は「いじめ」以外の動機には触れていなかった。市教委は、「言葉だけが一人歩きすることに慎重になった」と釈明しているが、専門家からは「事実を伏せたのはおかしい。責任逃れではないか」との声が上がっている。/ 女児は昨年9月9日の朝、教室で首をつっているのを登校してきた級友に発見された。当時は意識不明の状態だったが、今年1月6日に死亡した。/ 女児は、教室の教卓上に、学校や6年生、母親あてなど7通の遺書を残していた。一部の遺書の中身は昨年10月12日、同小の校長室で遺族が読み上げ、職員が内容をメモした。/ 安西輝恭・市教委長は同年11月22日、報道関係者に対し、「手紙の中には、友だちが少なかったこと、迷惑をかけてごめんなさいという趣旨のことが書かれていた」とだけ説明し、「自殺の原因に直接結びつくようなことは書かれていなかった」と言明していた。(ヘッダーは 下村観山「(重文) 弱法師」大正4年(1915):東京国立博物館蔵)                 

 ところが、遺族が本紙に提供した学校あての遺書には、「5年生になってから、『キモイ』と言われてとてもつらくなりました」「6年生になって私がチクリだったのか、差べつされるようになりました」などと書かれていた。また、6年生全般にあてた遺書でも、言葉のいじめを訴え「それはとても悲しくて、苦しくて、たえられませんでした。なので私は自殺を考えました」とあった。ほかの動機は一切書かれていない。/ 市教委は当時の発表について、「言葉を選んで話していたのは事実。(手紙の)具体的なことについては触れないと決めていた」と、内容を把握していながら発表しなかったことを認め、「(いじめを訴えていたという)言葉だけが先行することに慎重になった」と釈明している。

 市教委は、同級生から聞き取り調査を行うなどして、原因を探ったが、現在も「死の直接的な原因は特定できない」としている。/ しかし、自殺した女児の同級生たちは、遺族の聞き取りに、「仲間はずれにされていた」ことや「集団的な陰口」があったことなどを認めている。/ 女児の遺族は事実関係を調査した上で、女児が自殺を図って1年になる今年9月、本紙に遺書を託した。母親(37)は「学校や市教委の説明ではとても納得できない。なぜ娘が死ななければならなかったのか、教えてほしい」と訴えている。(日付?)

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 あまり楽しくない、いや、ごちらかといえば、相当に深刻な病理を伝えるニュースであると、ぼくには考えられるのです。いかにも、日常のありふれた「事件」や「事故」として、新聞は紹介していますが、知れば知るほど、根が深い、人間性を根底から疑わせる記事になっているのではないでしょうか。この記事を読むまでもなく、現実に、学校は「人権」というものに対する深刻な脅威になっているのではないか。ひとりの人間が深く学ぶという行為に対しても学校が最大の障害となっていることを実感しなかった方はおられないのではないか。どこにでも起こりうる「事件」を今さらにように出してみたのは、「いじめはよくない」ということを事あらためていうためではなく、学校にはいじめを起こす条件がそろっているから、それを改善せねば、などということを言いたいためでもありません。それは、ぼくが言うまでもないこと。「戦争は最大の罪だ」と、国連の代表が言いましたが、そういったから「戦争」がなくなるものでもない。誰が、何を言おうと、戦争を起こす奴は起こすのです。だから「戦争反対」を叫ぶのは無意味だともいうのではない。そういったからなくなるものでもないというところに、足場を据える必要があるのだと、ぼくは考えているのです。

 いったん事件が起こったら、原因(理由)を解明し、その責任をはっきりとさせるのは当然です。学校のいじめで、何時でも問題になるのは、「遺書」を残して亡くなったことが明らかになった段階で、学校や教育委員会が見せる姿勢には、基本的にいずこでも同じようなパターンがあるという点です。あるいは「事故・対応マニュアル」が一律に定められているのではないかとさえ思われます。

 「事件・事故発生」⇒「(関係者は)軽々な発言は禁止」⇒「原因はいじめらしい」⇒「個々の発言は控える」⇒「いじめだとは思われない」という、公式見解(「自殺の原因に直接結びつくようなことは書かれていなかった」)これで逃げ切れれば、ラッキーと考える関係者。⇒遺族らの追求に対して、「いじめがあったとは思われないと対応」⇒さらに追及され、いじめを渋々認めるふり(知らないふりを装う)。「(手紙の)具体的なことについては触れないと決めていた」)⇒「責任追及」から逃げ切れないと判断した際、「(いじめを訴えていたという)言葉だけが先行することに慎重になった」と極めて消極的に認めたように、そして幹部連中が「お騒がせした」と報道陣の前で「平身低頭(の演技)」で、事態を終わらせる。これが上首尾に運んだなら、その幹部連中は「評価」される。しかし、これは問題の始まりであって、ここから「教育の問題」として深く深く追及されるべき事柄だと、ぼくは言ってきた。

 十年一日、いや百年一日、組織の無責任体制は「歴史と伝統」を誇ってきたのです。学校のいじめ事件で、何らかの形で「責任をとって辞職」という関係者を、ぼくはこの何十年間、ただの一人も見ていません。見落としがあるかもしれないと断ったうえで、教育関係(だけではない)をめぐって、まず「責任とは無責任」のことであり、「人命を重視するとは、はなはだしい人命軽視と同義で使う方便である」とぼくは、疑っていない。(ここで書くべきではないのですが、勢い余って、書いてしまいます。以下、つまらぬことです)

 教師の真似事を始めた際、ちあきなおみさんじゃないけれど、「三つの(お願いならぬ)誓い」を自分に立てました。①授業はさぼらない・休まない、②試験(テスト)はしない、③宿題は出さない。この三つは、何とか「誓い」通りだったとは言えませんが、自分流に筋を通したようにも感じます。そのうえで、ぼくが担任をしたクラス(ゼミクラスなど)の学生が「法に触れる行為」をしたことが明らかになったら、その内容にもよりますが、ぼくは「辞職する」ことを決めていました。これはごく少数の人間(かみさんなど)にしか伝えていませんでしたが、これも、奇跡的に「辞職する羽目」にはならなかった。幸運だったかどうか。格好いい表現をすれば、何時だって教師の末端にいる人間でしたが、いったんことが明らかになったら、見苦しいこと、醜いふるまいはしないという「啖呵」を自分に切っていました。

 日ごろから「事件を起こすな」とか「世間に恥じるようなことはしないように」ということはまったく学生諸君には言わなかった、個々の学生の判断力が育ってくれるように、ぼく流の言い方をすれば「注意深い人間になろう(Pay Attention!)」と、個々人が自らに意識を向けてくれることを願っていたからです。「職を辞する」というのは、「責任を取ること」とは無関係ではないでしょうが、まず「責任」を明らかにすることとは別の問題です。ぼくが、このところ、もっともいけ好かないと思うのは、「責任」を取ると称して「俸給の何割カット」とか「減給何分の一を何か月」とかいう、あれです。「君たちは、はした金で地位を買っているのか」というばかりです。

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 二例目も、場所と人は異なりますが、似たような経過をたどっています。「歴史は繰り返さない」が、「人が繰り返す」といった政治(思想)家がいましたし、「歴史は二度と繰り返さないが、多くの『韻』を踏んでいる」といった作家がいました。そうかもしれませんね。「戦争」だってそうです、繰り返しではないんですが、「似たようなこと」「同じような殺戮」が繰り返し生じるのは、人間という「ホモ・サピエンス」といわれる「愚者」「邪鬼」がすることは、同じような内容や残虐さを持っているのです。人間の条件(Human Condition)が変わらないからですね。

 「いじめられて、もういきていけない」「いじめが原因です」「うざい奴等はとりつきます」と遺書にあっても、「いじめは把握していなかった。(自殺した日、男子生徒は)朝から目前に迫っていた中間テストに向けてプリント学習に励んでいた。給食も元気そうに食べていた」と担任は言う(言える・言わされる)のです。子どもを見ていないのか、見ていても、見ていないふりをしているのか。どちらにしても、失格ですな。教育長の談、「遺書にはっきり『いじめられた』と書かれている以上、いじめがあったと認識している。その前提で今後の調査を進めたい」と。こういう「鉄面皮」でなければ「✘✘長」にはならないんだ✘(句読点の代わりに、句✘点です)「自分の命は大事。他人の命には無関心」なんですかねえ。恐ろしいばかりの頽廃であり、堕落です。 

 「偉くなる」(ぼく流の言い方をすると、「人間の大事な要素をなくす」ということと同義)、それは、自分以外が「評価する」ことで、自己評価とは異なるのですが、たいていはそんなこと(自己評価)はまったく考慮の外、「評価されたい」、「褒められたい」という情けない一心が、きっと働いているのです。そのために、失ってはいけないものまで、平気で捨ててしまう(育てない)のでしょう。理不尽にも「子どもが命を落とす」「身をもって不正を訴える」ことに、当事者として、どんな琴線も振るえないとしたら、すでに終わっているし、終わった人間ばかりが幅を利かせているのが、世間だということになります。そんな世間から「褒められる」「認められる」なら、ぼくは生きていたくないね。

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 【ニュース その二】中2いじめ苦に自殺 教委も認識 「生きていけない」 福岡県筑前町の三輪中学校(合谷智校長、425人)の2年の男子生徒(13)が自宅の倉庫で首つり自殺をしていたことが13日、分かった。遺書とみられるメモ紙が計4通見つかり、「いじめられて、もういきていけない」と学校でのいじめを苦に自殺したことを示唆する記述があった。同町教委は「いじめがあった認識がある」として、男子生徒が自殺にいたった経緯を調査している。/ 同町教委などによると、11日午後8時すぎ、隣家に住む祖父(67)が自宅倉庫のかもいにビニールひもをかけて首をつっている学生服姿の男子生徒を発見。救急車で近くの病院に運ばれたが、死亡が確認された。死亡推定時刻は午後5時すぎとみられる。夕食に姿を見せなかったことから辺りを捜していた。

 残された遺書とみられるメモ紙には「いじめられて、もういきていけない」「いじめが原因です」「うざい奴等はとりつきます」などといじめを苦に自殺したことをうかがわせる記述があった。/ 同中は、男子生徒が自殺した翌12日朝に緊急の全校集会を開催。合谷校長が事実関係を説明した。その後、全校生徒にいじめの有無などを確認するアンケート用紙を配布し、同日中に回収。11日の放課後の直前に男子生徒を学校のトイレで取り囲んでいた同級生計7人から個別に事情を聴いたという。/ 学校側の聴取に対し担任の男性教諭(45)は「いじめは把握していなかった。(自殺した日、男子生徒は)朝から目前に迫っていた中間テストに向けてプリント学習に励んでいた。給食も元気そうに食べていた」と答えたという。/ 中原敏隆・筑前町教育長の話 男子生徒が自殺するまで学校内でいじめがあったことは把握していなかった。しかし、遺書にはっきり「いじめられた」と書かれている以上、いじめがあったと認識している。その前提で今後の調査を進めたい。(日付?)

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 三例目はいかがでしょう。「男尊女卑」の時代が遠ざかっていくということですか。あるいは、いよいよ「男女平等(ジェンダーフリーなんだか)」の社会が、ここから始まっているという印(兆候)でしょうか。「飲酒していたため怖くなって逃げた」というのは、男ばかりだと、ぼくは勘違いしていました。女性が「男と異なるのは、嘘をつかない、やったことは認める」という点にあるというのが、ぼくの考え(期待)でしたが、違いましたね。この「事故」で、ぼくが痛感したのは「性」で判断してはいけないという分かり切ったことでした。事故を起こした女性「大丈夫ですか」と訊くんですね、被害者「大丈夫なわけないでしょう」と反応しました。この「やり取り」はなかなかのもの。訊く方も訊く方ですが、応えた方は「正常」でしたね。どうでしょう。車で轢いて(撥ねて)おいて、「大丈夫」という人が「教師」であるという、このなんとも言えない「可笑しさ」「黒い冗談」じゃない、無神経さ。まるで「中川家」か「サンド」の漫才コンビの、「落ちない話」のような。

 不謹慎なことを言っていますが、こんな人間が「人を轢いたら逃げたりしないで、すぐに警察に届けよう」「轢かれた人のけがの具合を確かめ、かならず救急車を呼ぶのよ。いのちは地球よりも重いのですから(これは「人権教育」なのか)」と、子どもたちにきっと言っているはずです。これを「二枚舌」というのですか。あるいは「嘘も方便」といわれるのでしょうか。もし、この教師に「お兄ちゃん」がいなかったら、どうしていたんでしょうか。また身代わりにならなかったということでも「お兄ちゃん、偉い(はずもないけど)」この時代は、まだ携帯やスマホによる事案は「普及」しておりませんでしたろう。

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 【ニュース その三】女性中学教諭がひき逃げ 「飲酒」の発覚恐れ 岐阜県警大垣署は15日、乗用車で女性をはねて逃走したとして、業務上過失傷害と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで、同県大垣市の市立中教諭小川ナナ容疑者(30)=岐阜市藪田=を逮捕した。/ 女性は軽傷で、小川容疑者は「飲酒していたため怖くなって逃げた」と供述しているという。/ 調べでは、小川容疑者は14日午前零時20分ごろ、大垣市の県道交差点で右折した際、自転車で横断歩道を渡っていた飲食店経営の女性(52)=同市=と接触事故を起こし、そのまま逃げた疑い。/ 女性は転倒し両手にかすり傷を負った。小川容疑者は「大丈夫ですか」などと声を掛けたが、女性から「大丈夫なわけないでしょう」と言われ、そのまま立ち去ったという。その後、いったん自宅に戻り、同日午後10時半ごろ(兄に連れられて)大垣署に自首した。(日付?)

HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH

 先に、北の大地で「いじめ・自殺」が発覚したばかりなのに、こんどは南の福岡で起こりました。いじめ列島というにはあまりにも凄絶な事件ばかりで、気が萎えてしまいそうです。子どもが死ぬまで「いじめがあったことは把握していなかった」といい抜ける大人たち。「遺書」にはっきりと「いじめられた」と書かれているから「いじめがあったと認識している」というえげつない無責任精神。(偉くなる)というのは、人間であることを放棄することにつながるのかもしれません。(もちろん、そうでない人がほとんどであるのは当然というか、そうでなければ)「いじめによる自殺」と人は言いますが、実は、これは「学校集団による殺人(他殺)」ではないでしょうか。

 ぼくには悪い趣味がいくつもあります。そのうちの一つは、新聞記事を「切り抜いて」保存している・いたということ。膨大な量になります。今ではパソコンで、保存も楽になりましたが、この三つの「事件」や「事故」の発生時期は右のカッコ内の通りです。ある年の十月の一時期、今から十五年以上前のこと。「枚挙に遑なし」とは、このことですな。「歴史は繰り返さない。人間が繰り返す」ということになるのでしょうか。〈①(2006年10月3日 ・読売新聞)②(06/10/14・ 西日本新聞)③(共同通信・06/10/15)〉

(上の「謝罪風景」は、すべて千葉日報の記事によるもの。「学校は破廉恥の花盛り」での謝罪方式です)

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 「おとこもすなる飲酒運転というものを、女もしてみんとてするなり」ですか。教師は「見本」でもなければ、「師範」でもありません。ごく当たり前に生きている人間です。酒も飲めば、車も運転する。いじめに遭遇する子がいれば、その子の側に立つというのは「正義」なんかではない、本能なんだ。弱い者の助けになるという、まともな「本能」ですよ。それを曲げてまで「自己保身=組織保存(防衛)」を図るのは、利害と打算なんだな。犬や猫のような「動物」には「利害と打算」への配慮はまずないと、ぼくは言いたいね。さすれば、ある種の人間は「犬猫以下」か。犬や猫が怒るでしょうね、「そんな人間なんかと比べるな」と。人間は、思っている以上に「弱い」のですよ。「自分は強い」と錯覚している人ほど「弱い」な。強さの象徴が「メダル」「所持金」などという、「物・もの・モノ・」ばかりです。「メダル」(象徴)を見せびらかす時代は、人間が劣化しきった時代です。「殺戮」「ホロコースト」を命じる国家から、任務を忠実に果たした廉で「顕彰・授賞される」というのは、どういうことなんですか。(「プーチン大統領は4月18日、この旅団(第64独立自動車化狙撃旅団)の『大勢が英雄的行為と武勇、忍耐力と勇気を示した』とたたえ、「親衛隊」の名誉称号を付与した。BBCニュース:https://www.bbc.com/japanese/61281410)

 ぼくは学生のころには「能狂言」にハマっていました。それについて小さな原稿を書いたこともあります。住まいや学校の近くには「能舞台」(能楽会館)がいくつもありましたから、かなり通ったりしました。「なんとか流」の会員だったこともあります。その記憶の中から、やおら「舞い出てきた」のが「弱法師(俊徳丸)」です。どういう因果かはさておき、教師になる(である)というのは「弱法師」の道を歩くようなものではないでしょうか(いささか、意味不明、説明不足の気味ですね)。まるで、茨の道を行くようなもの、そんな風景を思い描いているからです。

・弱法師ほゝげた濡す清水かな (青畝)

・卯の花や弱法師の袖に蝨(しらみ)ちる (子規)

・弱法師我門ゆるせ餅の札 (其角)

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● 弱法師(よろぼし)=能の曲目。「よろぼうし」ともいう。四番目物。五流現行曲。金春(こんぱる)流は明治初期の復曲。他流も元禄(げんろく)(1688~1704)ころに再興したものとされる。世阿弥(ぜあみ)の長男、観世元雅(かんぜもとまさ)作。ただしクセの部分は世阿弥の作。河内(かわち)国(大阪府)高安の里の高安通俊(みちとし)(ワキ)は、人の讒言(ざんげん)を信じわが子を追放したことを悔い、天王寺で7日間の施しをしている。彼岸会(え)のにぎわいのなかに、盲目となり、乞食(こじき)の身となった俊徳丸(しゅんとくまる)(シテ)が現れ、梅の香にひかれつつ施行(せぎょう)を受け、天王寺の縁起を語る。彼岸中日の落日に極楽を念ずる日想観(じっそうかん)に続き、心眼に映る難波(なにわ)の景色に興奮した俊徳丸は、人々に突き当たり、盲目の境涯を思い知る。わが子と気づいていた父に伴われ、彼は故郷へと帰ってゆく。逆境にありながら、梅の香りのような詩心と、澄んだ諦観(ていかん)を失わぬ少年(青年の風貌(ふうぼう)の能面もある)として演出されるが、創作当時は妻を伴って出る脚本であった。影響を受けた後世の浄瑠璃(じょうるり)に『弱法師』『摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)』などがある。(ニッポニカ)

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