人のなす罪より低し雲の峰

 【滴一滴】〈おうい雲よ/ゆうゆうと/馬(ば)鹿(か)にのんきさうぢゃないか/どこまでゆくんだ/ずっと磐(いわ)城(き)平(たいら)の方までゆくんか〉▼山村暮鳥の有名な詩だ。青い空を見上げると、のんびりと空を流れていく雲。思わず親しげに声をかけたくなったのだろう▼暦の上では秋を迎えたとはいえ、暑い夏が続く。夏空を代表する風景と言えば「入道雲」だ。もくもくと立ちのぼる様子が、仏門に入ったお坊さん(入道)の丸刈り頭や、妖怪の大入道に似ていることから名付けられたとされる▼積乱雲と同じと勘違いされがちだが、厳密に言えば、入道雲は雄大積雲に分類され、積乱雲に成長する前の段階だ。雄大積雲の上部に髪の毛のような筋が見られるか、雷活動を伴うようになったら積乱雲に分類される(荒木健太郎著「すごすぎる天気の図鑑」)▼ある研究によると、非常に発達した一つの積乱雲に含まれる水の量は最大で25メートルプールの1万杯に相当するという。一般的な家庭の浴槽なら3千万杯。積乱雲が次々に発生して連なり、同じ地域に大量の雨を降らせる線状降水帯の怖さを改めて痛感する▼〈投げ出した足の先なり雲の峰〉小林一茶。ごろんと寝転んだ足の先に、山のようにそびえ立つ入道雲。その雄大さが心地よい。もっとも現代は「おうい雲よ、極端な豪雨は勘弁してくれよ」と呼びかけたくもなる。(山陽新聞・2022/08/16)

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● 雲【くも】=微小な水滴または氷晶からなる雲粒(くもつぶ)が集まって大気中に浮かんで見えるもの。水滴の場合,普通半径10μm程度のものが1cm3に50〜500個浮かんでいる。赤道地方で高度約18km,極地方で約8kmが分布の上限で,真珠雲夜光雲などの特殊な雲だけが20〜100kmの超高空に発生する。大気中の水蒸気が凝結して雲粒となるためには,空気が露点温度以下に冷却され飽和または過飽和の状態になることが必要である。この冷却は主として各種の上昇気流中で行われ,空気塊が気圧の低い高層に移動する際の断熱膨張により冷却する。地表面の空気は,気温をt℃,露点温度をτ℃とすると,h=125(t−τ)mの高度まで上昇すると飽和状態になり水蒸気が凝結して雲が発生する。この高さを凝結高度と呼び,地表面の空気が上昇して発生する雲の雲底の高さがこれで決まる。雲の成因となる上昇気流には,温暖前線,寒冷前線,低気圧に伴う大規模な暖気の上昇,台風や雷雲などでみられる垂直な熱上昇気流,山を吹き上る風,上空の気流の波に伴う小規模な上昇気流などがあり,それぞれの場合に生じる特有の雲形や雲の分布(雲系)を観測することによって大気の運動状態を逆に推測することができる。(マイペディア)

● 積乱雲(せきらんうん)(cumulonimbus)=雄大積雲の上部に鉄床雲(かなとこぐも)が生じたもの。記号Cb入道雲雷雲ともいう。大気の成層状態が不安定なときには、大気下層に発生した積雲が急速に上空に向けて発達し、雲頂が圏界面の近くまで達することがある。この状態を雄大積雲という。積雲の雲粒は水滴であるが、上空まで発達すると気温が下がり氷晶が発生する。小さな氷晶は上昇気流によって対流圏上部まで吹き上げられ、そこで水平に広がる。その部分を鉄床雲(鉄雲(かなとこぐも)とも書く)という。積乱雲の直径は10キロメートル、高さは、中緯度で8キロメートル、低緯度で16キロメートル程度である。激しい雨(夕立、スコール)または地表気温が0℃以下であれば雪を降らせる。ときとして、鳴、雷光を伴い、(ひょう)を降らせることがある。雲底は低く、暗く、乱れており、ちぎれたような雲(片乱雲(へんらんうん))を伴う。積乱雲の内部から冷たい空気が吹き下りて地表面に沿って広がることがあり、その先端にはアーチ雲とよばれるロール状の雲が発生することがある。(同上)

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 一茶の時代(1763~1828)は、もちろん、今よりも遥かに空気は汚れていなかったし、大気中の雲の輪郭もずっとくっきりとしていたに違いありません。当然ながら、そんな環境に生きていた「人心」が、今日の顚落状態にあったはずがありませんね。その一茶は、森羅万象、俳句に詠み込めないものはなかったと言ってもいいほど、ありとあらゆる事物を俳句に取り入れています。目下の話題である積乱雲(入道雲・雲の峯など)もその題材の代表例で、いくつもの作句があります。その中から、評価抜きで、いくつかを挙げておきます。

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・しづかさや湖水の底の雲の峰   ・すき腹に風の吹けり雲の峰   ・たのもしや西紅の雲の峰   ・人のなす罪より低し雲の峰   ・大の字に寝て見たりけり雲の峰   ・寝むしろや足でかぞへる雲の峰    (左の石碑の句 :涼風の淨土即我が家哉)                                                                                                                   

・投げ出した足の先なり雲の峰   ・早稲の香や夜さりも見ゆる雲の峰  ・涼しさよ手まり程なる雲の峰   ・湖へずり出しけり雲の峯   ・湖水から出現したり雲の峯   ・順々にうごき出しけり雲の峰                                                      

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 八月も半ばを過ぎました。ひたすら「豪雨」をもたらした台風8号、その被害たるや、秋田・青森をはじめ、静岡地方にも甚大な傷跡を残しながら、さらに次なる「積乱雲」の群生と襲来が危惧されています。このところやたらに耳目に届く「線状降水帯」なるものは、今に始まった現象ではありませんが、環境悪化の激化に伴って、その被害は尋常ではない災禍を示しています。政治の世界は「(旧統一教会という)線状降水帯」によって、ずぶ濡れ(水浸し)になっており、政治家も政党も「命の危険」にさらされているほどの悪状況であるにも関わらず、「この国を更に前進させる」という。口からでまかせをいう至芸は、僧侶と政治家の「十八番(おはこ)」だという世評があり、口当たりのいいことばかりを垂れ流して「功徳」の値打ち下堕落腐敗させているのです。それにしても、どうしてこうも無軌道に「嘘を付き」「虚言を弁ずる」輩ばかりが(といいたくなる)、政治屋になっているのだろうかと、不思議にも思わなくなっている自分の驚嘆しています。「嘘つきは泥棒の始まり」という俚諺を残して、元総理は逝った。その元総理に肖(あやか)りたい面々ばかりが、国政を食い物にし、そんな連中を性懲りもなく国政に送り込む、ぼくらもまた、罪深い過ちに懲りる気遣いがなさそうです。まさしく「(罪悪においては)一蓮托生」ですね。

 政治家も坊さんも、いわば「雲をつかむような話(a vague story)」の名人でもあります。雲にもいろいろありますが、このところ、つかんだ雲は「積乱雲」だったという埓のないことばかりではないでしょうか。つまりは「放埒」そのものであります。少しは、歴史に学び、あるいは歴史に恥じない、そんな当たり前の行動を取ってはどうか、取っても悪くはないんだが。いろいろな「先祖祭り・祀り」の続いたこのところ、ぼくは雲でも、積乱雲とは別種の雲に、やがては「瑞雲」に恵まれることを希っているのです。暗雲・風雲・雷雲はお断りするばかりだし、戦雲などはもってのほか。雲霞のごとくに議事堂に人は集まってはいますが、本当に助けを必要としている人には、まったくの音沙汰ない、それが現実政治の実態です。衆寡敵せず、これは実際のところでしょうか。

 歴史に学ぶということは、出過ぎたことをしない、出来もしないことを言い募らない、ようするに「謙虚」になりきること、それが政治家に限らずに、ぼくたちに求められているのでしょう。「不戦の誓い」は国家や政治家だけがなすものではなく、個々人が、いろいろな意味において、「不戦」「非戦」を肺腑に刻むことだと、ぼくは考えているのです。

 人のなす罪より低し雲の峰 (一茶)

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● 線状降水帯(せんじょうこうすいたい)=次々と発生する発達した複数の積乱雲が並ぶことで形成される、線状の積乱雲の集合体。厳密な定義はないが、気象庁では「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することでつくりだされる、線状に延びる長さ50~300キロメートル程度、幅20~50キロメートル程度の強い降水をともなう雨域」と説明している。日本で起きた集中豪雨のうち、台風によるものを除いて、約3分の2が線状降水帯によるものであるとの調査もある。気象庁では、警報や注意報、天気予報等で用いる予報用語に指定していないが、報道発表資料や予報解説資料で用いる解説用語としている。/ 線状降水帯は、暖候期に発生し、大きな災害や集中豪雨が発生する要因となる。1990年代から日本の集中豪雨発生時に線状の降水域がしばしばみられることが指摘されていたが、この用語が頻繁に用いられるようになったのは、2014年(平成26)8月の豪雨による広島市の土砂災害以降である。/ 線状降水帯は、日本全国で発生しているが、なかでも九州と四国に多い。発生メカニズムは解明しきれていないものの、次のように考えられている。(1)多量の暖かく湿った空気が、およそ高度1キロメートル以下の大気下層に継続的に流入する。(2)前線や地形などの影響により、大気下層の暖かく湿った空気が上空に持ち上げられ、水蒸気が凝結し積乱雲が発生する。(3)大気の成層状態が不安定ななかで、発生した積乱雲が発達する。(4)上空の強い風により、個々の積乱雲が風下側へ移動して帯状に並ぶ。このメカニズムが持続すると、線状降水帯は長時間にわたってほぼ同じ場所に停滞することとなり、一つの積乱雲では50ミリメートル程度の雨しか降らせないのに対し、結果として数百ミリメートルの雨をもたらす。(ニッポニカ)

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 競馬でも「男女混合」レースが当たり前

 <あのころ>女子マネ、初のベンチ入り 夏の甲子園 1996(平成8)年8月8日、甲子園の全国高校野球選手権大会に記録を担当する女子マネジャーのベンチ入りが初めて認められた。福岡県立東筑高校の三井由佳子さんが第1号で、盛岡大付(岩手)戦に2―0で勝利すると「私が一番緊張していたかも」と感想をもらした。(共同通信・2022/08/08)(ヘッダー写真は「優勝を決めて校歌を歌い、あいさつする神戸弘陵の選手=2021年8月23日、兵庫県西宮市で(丹波市提供)丹波新聞・2021.08.27)

 この出来事(女子マネ)は今から二十五年ほど前です。ほぼ同時期に、「全国高校女子硬式野球選手権大会」が開催されています。おそらく、男子ばかりに偏向していた「野球」の景色に、女性が参入を試みようとしていた時代であったと思われます。ぼくは、高校野球を(に)観戦(感染)しなくなってから、もう四半世紀ですから、ちょうど「女子マネ」や「野球女子」が話題になりかけていた頃でしょう。しかし、それよりもずっと前に、すでに男性と伍して、先駆的女性が競い合った時代は長かったのです。あらゆる場面で男女の差や格差が解消されようとして来た時代に、頑として「男女差」「男女差別」を譲らなかったのがスポーツ(運動)の世界ではなかったでしょうか。高校野球は「男子」に限るというのが歴史の評価で、それを最も熱心に肯定してきたのが(甲子園は「聖地」だという)「高校野球大会の主催者」だった。(夏は「朝日」、春は「毎日」という新聞社です。もうそろそろ「主催者」を降りたらどうか。所期の目的が曖昧になってきたでしょ)(これといい勝負なのが「大相撲」です。「土俵は神聖」なところだという。ホントか。その神聖な場で「エルボー」を多発し、好き放題をしていた横綱がいました。「勝ちゃいいだろ」って。今では部屋持ちの親方になったそうです。「神聖」が聞いて呆れますな。

 下に何枚かの写真を出しておきましたが、甲子園の「飾り物」として「女子高生」を使って(利用して)いることに、何の違和感も感じないくらいに、この主催者連はボケているのだと思う。なんで「プラカード持ち」なんですか(五輪なんかもそうですね)。もうそろそろ、これも止めたら、「女子高生」諸君。ノーテンキの主催者じゃ埒が明かないから、あなた方から拒否すべきだとぼくは思っています。この「プラカード一件」が終わるだけでも、ずいぶんとその後の「甲子園風景」は変わるでしょうね。チアガールというのも止めたらいいな。「チア」と言うのは女子に限るというのも、どうだか。甲子園の高校野球は「感動もの」という人々がたくさんいますから、なかなか一挙には変わらないが、この「甲子園の高校野球」も考えものだと、ぼくは以前から愚考してます。ぼくだって、高校野球をやっていた人間です。だから、余計にわかるんですね、野球(スポーツ)の意味(醍醐味)が。そのこころは「プレイ(play)」に尽きるんじゃないですか。ところが、大学入試と同様、ある種の(プロへの進路の)「偏差値」のレベルを決めるのが「甲子園」で、その、高校野球の役割は、プロ野球の下請けに甘んじている(いうまでもなく、全部ではない)、そんな気がしてきます。もちろん、純真・素朴に「野球大好き」を求めている高校生もいるでしょうが、甲子園では、そんな「時代遅れの(天然記念物級)高校生」は見られないでしょうね。

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 どうして「プラカード」なんですか。ぼくには理解できなかった。かなり前から、おかしいねというか、「違和感」が消えませんでした。甲子園のよくないところは「子ども(高校生)」を弄んでいる、一端(いっぱし)の「大人」、という構図です。よってたかった「平成の怪物」だとか、「ハンカチ王子」などと囃し立てては、商売の種にしている、「運動と商売(商業主義)」という二足の草鞋(わらじ)のそぐわないところが目に付きますね。もちろん、高校野球「オンリー」、甲子園「オタク」がいることをぼくは忘れているわけではない。しかし、あまりこの手の野球やスポーツに関心がなくなっている年寄には、プロ野球の「予備役(予備軍)」になった感のある高校野球には関心がわかないし、メジャリーグの三軍程度の役割を果たしている日本プロ野球にもなかなか耳目が向かいないんだ。野球は好きですよ。とはいっても、「演出過多」の、「女子」を下っ端として使うことに理不尽さを感じない「非常識野球界」には、もう少し「時代の現在地」を自覚してほしいですね。

 旗を掲げて行進するのは、「あなたには名誉?」かもしれませんが、女性全体の前進のためには、小さな壁になってるんじゃないですか。旗を持たせている「おっさんたち」に一言あってもいいじゃん。「どんなことをさせるんや」ってね。今度からは「あんたらが、持ちなはれ」と。

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 もう数年もすれば、男女混合(ミックス)の「甲子園」が実現されるのでしょうか。それとも、それは実現不可能な事柄なんでしょうか。いまだって「男女混合」と銘打った競技はありますが、まずそれは「(男女)ペア」をさして言うことであって、男対女という構図にはなっていません。(これも、どこかで触れたことですが、再言しておきます。どうして「全国高校女子野球選手権」なんですか。男子の場合は「全国高等学校野球選手権」ですな。バレーなどの球技にしても、水泳や陸上競技にしても「男子」「女子」です。それでもかまわないが、二十歳や三十歳の成人を「子」というのは、奇怪至極です。こんなことに拘(こだわ)るのが可笑しいのか、放置している方の筋が通っていないのか)

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【女子高校野球】横浜隼人が延長10回タイブレークの末に初優勝、聖地・甲子園球場に歓喜の声響いた 

◆第26回全国高校女子硬式野球選手権大会▽決勝 開志学園3―4横浜隼人=延長10回タイブレーク=(2日・甲子園) 女子高校野球選手権の決勝戦が昨年に続き甲子園球場で行われ、横浜隼人(神奈川)が7回制での延長10回タイブレーク戦の末に開志学園(新潟)に勝ち、初優勝した。聖地・甲子園での試合に、両チームの選手たちは笑顔でプレーし、ユニホームは黒土でまみれとなった。(以下略)(スポーツ報知・2022/08/02)(優勝の瞬間の写真は神奈川新聞 | 2022年8月2日 )

HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH

 この場に「競馬」を持ってくるとは何事かと、「炎上」しますか、まさか。ほんの一例です。「男女混合」の真意を説明するために、持ち出すだけ。もちろん、時代は「男・女」では片付けられない、片付けてはいけない方向に向かっていることを失念しているわけではありません。ことの順番として、「男子」「女子」別々から「男女混合(ミックス・ペア)」へ。さらに、そこから「男女混」競技、つまりは「男対女(男性対女性)」へと、進んでいくことを願っているし、そこから、男女の「融和(ノーサイド)」が生まれる可能性を期待しますね。そのつもりで、一歩も二歩も先んじている「競馬界」の「牝馬(ひんば)(アマゾネス)」を紹介したくなったのです。(それに対して、男馬を「牡馬(ぼば)」(もちろん、それぞれにいくつかの読み方があります)この、史上最強とも言われた「牝馬」は今は引退してしまいましたが、その強さたるや、じつに凄かった。男対女などというのではなく、「馬」として速さを競って、「クロノジェネシス」が文句(ハンデ)なしに勝ったのでした。

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 クロノジェネシス、有馬記念を“力でねじ伏せて”勝利  強い牝馬たちが、これほど力を見せつけた時代がかつてあっただろうか。コロナ禍のなかつづけられた2020年の中央競馬を締めくくったのは、芦毛の女傑だった。/ 第65回有馬記念(12月27日、中山芝2500m、3歳以上GI)で、北村友一が騎乗する1番人気のクロノジェネシス(牝4歳、父バゴ、栗東・斉藤崇史厩舎)が優勝。昨年のリスグラシューに次ぐ、牝馬として史上2頭目の春秋グランプリ制覇をなし遂げた。首差の2着となったのも牝馬のサラキア。今年の牝牡混合GIで牝馬が勝ったのはこれが9度目、うち牝馬によるワンツーフィニッシュは4度目となった。(以下略)(Number:2020/12/28)

*「女傑=しっかりした気性とすぐれた知恵をもち、実行力に富んだ女性。女丈夫 (じょじょうふ)」(デジタル大辞泉)この辞書の説明でも、「女性」というものは「しっかりしない気性で、すぐれない知恵の持ち主。実行力に乏しいのが一般」というニュアンスがありありだね。

(「2020・有馬記念」:https://www.youtube.com/watch?v=5YMIYW-JFWg
(おまけ「2021・宝塚記念」:https://www.youtube.com/watch?v=kL8kU7UOYUg

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 ラストランのクロノジェネシスは3着 グランプリ4連勝はならず 第66回有馬記念(G1・中山・芝2500メートル)  引退レースとなったクロノジェネシスは3着。昨年の宝塚記念から続いていたグランプリの連勝は3で終わった。/ 道中は中団につけ、エフフォーリアのすぐ前を走る形。レースが動き出してからは外のエフフォーリアをマークする形になり、直線は伸びたが、相手の末脚の方が上で、ディープボンドにも先着を許した。/ 騎乗したルメールは「エフフォーリアをマークしていきました。直線でもエフフォーリアの後ろを走って頑張ってくれましたが、相手が強かったです」と勝ち馬の力を褒めた。ラストランは勝てなかったが、G1・4勝馬として力は出したレースだった。(中日スポーツ・2021年12月26日)

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 鹿とではなく、馬と競争した野球選手がいました。「世界の盗塁王」と言われた福本豊さん。馬には負けたか、わかりません。馬の方も、訳の分からない「サラブレッド(韋駄天)・福本」という人間がちょこまか走ってきたのに、驚いてか、恐れをなしてだったか、コースを外れてしまったと、記事はいう。(写真はスポニチ・ 2018年1月4日)この他に、百メートルの世界記録保持者(ボブ・ヘイズだったと覚えているが、勘違いかも)だった選手が、馬と百メートルを走って負けたという、そのレースをぼくは記憶しています。これなどは「異種混合」ですが、男女がいっしょになって「走る」「投げる」「飛ぶ」という、身体能力の競争がもっとあっていいと思う。その昔、儒教などという七面倒臭い「道徳・倫理」を説いた一節に「男女七歳にして、席を同じうせず」というものがあったとか、なかったとか。これも、実際には怪しいものだというのが、漢文学の泰斗だった吉川幸次郎氏の解説にありました。「人間」「人」を、まず第一にしたいね、性差ではなく。

 「女傑」とか「男勝り」と、当たり前に言っていた時代がありました。今もその残滓は、どこかに残っているかもしれない。あるいは「紅一点」「掃き溜めの鶴」などとも。褒め言葉のつもりだったのでしょう。口にするのは、いずれも男だった。細かいことは省きますが、人間には得手不得手があり、出来不出来があり、それには男も女も変わりがないのです。どちらも、自分ひとりで生きてはいけないのは言うまでもありません。馬と競争して、どうだったと聞かれた人が「美味(うま)かった」といったとか、さ。「甲子園開幕」「夏の高校野球」という文字が目に飛び込んできたおかげで、とんでもない方向にキーボードが叩かれてしまいました。これぞ「駄文」という証明です。今日も暑い、その昔、誰が作ったのか「言うまいと思えど今日の暑さかな」(I try not to say it, but it’s really hot today)と言う駄句に、ぼくは、数えきれないほど、ここぞというというときに、救われてきましたね。

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 高知の棚田は天空(高地)にあり

今年のえとのトラを浮き上がらせた棚田アート(本山町吉延)

 トラやパンダも!「棚田アート」見頃 高知県本山町 今年のえとのトラを浮き上がらせた棚田アート(本山町吉延) 田んぼをキャンバスに稲で絵を描く棚田アートが長岡郡本山町吉延地区で見頃を迎えている。同地区を含む町南部の田は農林水産省の棚田遺産に選ばれており、生産者は「アートと一緒に棚田の美しさも感じてほしい」と呼び掛けている。/ ブランド米「土佐天空の郷(さと)」を生産する吉延営農組合が毎年実施。生産者ら約30人が5月下旬、赤や黄などに色づく苗を4カ所に植えた。/ 標高350~400メートルにある棚田には、今年のえとのトラのほかパンダやトンボなどが鮮やかに浮かび上がっている。近年は、交流サイト(SNS)で知った県外観光客の姿も目立つようになったという。/ 棚田アート目当てのリピーターも増えているといい、高井豊歳組合長(74)は「遠くから来てくれた人とのやりとりが楽しくて、励みになる。アートをきっかけに棚田のことをもっと知ってもらいたい」と話している。(谷沢丈流)(高知新聞・2022/07/12)(ヘッダーはベトナム・サパの棚田風景:https://www.pitt.jp/report/vn-sapa.php)

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 かなり前になりますが、取材を兼ねて、この本山地区の隣町まで出かけました。大豊町です。とても苦心してたどり着いた記憶があります。その際には、本山の棚田には残念ながら足を延ばせませんでしたが、高知の農業がまさに「天空」の田畑でなされるのを目の当たりにして、吃驚したことが何度もあります。それにしても標高八百五十メートルもの高地から、どれだけの苦心の蓄積、あるいは技術の積み重ねで「棚田」が作られ維持されてきたのか。これは、それだけでじゅうぶんに驚嘆に値しますし、この島の誇るべ灌漑・治水・石垣積み技術の結晶といえますし、それを大切に保ち続けた継続のちからではないでしょうか。

 房総半島にも、鴨川の大山千枚田があります。耕地面積の狭い国土ですから、上へ上へと田畑にするための土地を求めて、ついには「天空農業」に至ったのでしょう。詳しくは述べませんが、稲作づくりの歴史は、それこそ島の歴史そのものを語りつくす趣があるものです。こんなとことを書いていながら、この半月ほどはまったく「コメの飯」を口にしていないのですから、罰当たりだと自覚してます。減反政策はなお継続中で、年々、収穫量は減少しています。この先に、新しい展望が稲作に見えるのかどうか、大いに不安のあるところでしょう。

 この「田んぼアート」、どこで、何時頃始まったのか、よくは知りませんが、以前に住んでいた近所でも、かなり知られた「田んぼアート」の主が、毎年精巧な「作品」づくりをしては、見物客を楽しませてくれていました。棚田だけでも一見の値打ちがあるのに加え、そこに「アート」を創造するという農家の心意気に動かされ、それじゃあ、「一日三合」のコメの飯を食べてみようと、いえないところがぼくのいけない部分ですね。どこかで触れましたが、このところ、毎日のように「ざるそば」を食しています。蕎麦を茹(ゆ)でて、薬味をふんだんに使い、ワサビもたっぷりと、それに天ぷらの付け合わせです。新型コロナ禍以降、ほとんど外食しなくなりましたので、もっぱら「家蕎麦」専門というところです。

 蕎麦好きの理由は「食が進むから」という点もあります。蕎麦と同様に「コメの飯」がどうしたら口に入りやすくなりますか。ひと工夫すべきところですね。この駄文を書いたことをきっかけに、早速に「天空の郷」というお米(「ヒノヒカリ」)を注文してみよう。5kgで、なんと四千円ほど。常食しているコメ(千葉産米・フサオトメ?)の二倍はします。耕作地が「高い」から、値段も「高い」、生産地も「高い地(高知)」やからね。まるで「三高」ですね。もちろん、生産者の苦心や、その丹精込めたコメつくりを思い、標高八百メートルを超えたところで取れるコメ、そんな意味では「希少価値」があるということでしょうか。そんな貴重なコメ、どうして口に入れることができましょうと、思いかねない自分がいますな。

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 本日も(四日続けて)「デモクラシーの所在」ということを書いてみようと用意をしていたのですが、ネットを漁っていて、「棚田アート」に遭遇したのを幸いに、一瞬で切り替えました。「デモクラシー」は、また後日に。さらに、いま少し足を延ばすと方々で「矢車草」が咲きだしていますので、それを材料にしたいとも考えていました。なんと本日(7月12日)は、ある説によると、「誕生日の花」がそれだそうでした。矢車草、「花言葉は優雅・幸福」だといいます。戻り梅雨のような曇天が続き、凶弾テロで「元総理」が倒されるという、けっして「優雅・幸福」といえるような日々ではなく、いかにも重苦しい、明るくない日が続いているので、思い切り「矢車草」に親しんでみたいとしみじみ思ったところでした。実に清楚で、しっとりとした木の姿、花の形がいいですね。ぼくは「浪人の身」として、すでに十年を生きていますから、毎日の「誕生日の花」とその「花言葉」に精通するようになりました。諸説が入り混じっているところがいかにも花好きな人間の多さを語っているのも好感が持てます。ささやかな人生を、ひたすら地に足つけて、つまりは地道に生きていきたいという積年の切願です。はたして「ささやかに」をまっとうできるかどうか、こればかりは自信をもって言い切ることはできませんが、こともなく、そんな「平々凡々」の日が過ごせることを願うばかりです。

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 災害はいつでもどこでも間を置かず、です

 【水や空】夏へのリハーサルを 昨年夏の本紙「ジュニア俳壇」に中学3年生の爽やかな一句が載った。〈梅雨晴れ間洗濯物が笑ってる〉。部屋干しが続いた洗濯物が、久しぶりの晴天の下でひらひらと、まるで笑ってるみたい。そんな一句だろう▲梅雨晴れ間の空は格別に明るいが、季節にまつわる事典によれば、梅雨の中休みには2通りある。「アンコール型」は大陸からの高気圧が列島を覆い、5月の青空が舞い戻る▲もう一つは、南からの亜熱帯高気圧がいっとき強まり、炎天となる「リハーサル型」。夏の“予行練習”のあと、また梅雨空に戻る-はずだが、今年はリハーサル抜きのまま、夏のぶっつけ本番が相次いでいる。きのう、九州南部などで梅雨明けしたとみられる▲中でも関東甲信は、少なくともここ70年のうちで最も早い。梅雨の晴れ間ならば人も洗濯物も笑顔になるが、これではしかめっ面ばかりだろう▲連日、全国で6月としては異例の暑さとなり、熱中症で搬送される人も後を絶たない。この欄の右の週間天気も、お日さまのマークが目立つ▲今時分、熱中症になりやすいのは、体が暑さに十分慣れていないからだという。軽い運動で汗をかく。水分をしっかり取る。必要なければマスクを外す…。天はリハーサル抜きでも、人の体を慣らす“リハーサル”はどうぞ抜かりなく。(徹)(長崎新聞・2022/06/28)(ヘッダー写真は「ウクライナ中部クレメンチュクの商業施設で、作業に当たる救急隊。同国非常事態庁提供」(2022年6月27日撮影、公開)。(c)AFP PHOTO / (Ukraine’s State Emergency Service / str)

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 ぼくは昔から「天候・天気」には神経を使っていました。関心を持って眺めていた。遊び場が、木浦あら屋外に限られていたという事情もあった。明日は晴れるかどうか、台風の進路はどうなってゆくのか。あるいは大雨というけれど、どの程度の雨量になるのかなどなど、それこそ、履物を遠くに飛ばしては「占い」をさかんにやっていたようでした。要するに、その日の天気に、実に素直に従っていたということでしょう。これは誰から聞いたことなのか、まったく忘れてしまったが、「天気に文句(不平)を言わないこと」という教えが、ぼくには小さいころから意識の中に残り続けていたというわけで、それだけ、先人たちの知恵として、時には自然現象に対して「謀反(むほん)」は起こせないという表現でもあったでしょう。

 初めて「台風」の強烈な洗礼を受けたのは、昭和三十四年九月の「伊勢湾台風」でした。建てたばかりの家が吹き飛ばされるのではないかと、心底から肝をつぶした。幸いに京都は、それほど大きな被害はなかったが、三重や愛知は筆舌に尽くしがたい被害を被った。「地震・雷・火事・親父」と、怖いもの「ベスト(ワーストか)フォー」が語られてきましたが、今も生き残っているのは何でしょうか。親父なんて、とっくに自然消滅というか、絶滅種になったようです。この段階、この「四傑(嫌われ者?)」がもてはやされた時期では、「台風」が入っていなかったのは、何十年とか百年単位の事象であり、現象だったからでしょうか。それにしても「伊勢湾台風」の規模はものすごいものがありました。凄さ・怖さという点では、地震の比ではなかったと、今でもぼくは考えています。(下の写真は毎日新聞から)

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 さて、「梅雨明け」ということです。ぼくは毎日のように気圧配置(天気)図を眺めているのですが(これもかなり長い習慣になりました)、群馬の伊勢崎で四十度を超えたというニュースを見る前に、もう「真夏」であると勝手に判断していました。その通りでしたね。別にどうということはないのですが、こうなると、電力使用量や飲料・農業用水のことが心配になります。数年前から、拙宅でも「太陽光パネル」を設置するかどうか、少しは考えているのですが、そこまでするほどのことか、停電なら、それも仕方がないなどと暢気に構えています。電気製品頼りの生活に「警鐘乱打」ということですが、いっかなそれを気にも留めない風潮が、福島の原発事故以降も改まっていないのは、度し難い「習慣病」「国民病」(もちろん、自分も含めて)というほかありません。

 気象庁に「宣言」などされる筋のものではないのですから、明けようが明けなかろうが何でもないといえばいえますが、不思議なもので、まるで「真夏の使者」よろしく、「梅雨が来られました」「梅雨が出て行かれました」と、言う方も聞く方も、これまた習慣病ではないでしょうか。その習慣病の見立てによれば、「梅雨明け」はしたが、やがて「戻り梅雨」が来るというのです。どうしても「梅雨」にこだわりたいのも理解はできますが、それどころか、異常高温と、海水温度の高まりによる「台風」の連発が気になるところです。「集中豪雨」と強風暴風の連続パンチで、劣島は、これまでに何度痛めつけられてきたか。それでもなお、その生活の姿勢や態度を改め(られ)ないのは、こんな「生き方」しかできないからということなのでしょう。あるいは、この生き方が「ベスト?」というのかしら。

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 庭の草刈りや植木の剪定をやる予定でいるのですが、家の外には五分と出ていられないような「猛暑」です(昨日は、隣町は36.8度だったそうです)。また、水やりも欠かせない、これは夕方、日が落ちてからということになりそうです。それにしても、今年もすごい「熱すぎる夏(酷暑)」になっていますね。昨日は都内で二百人ほどの方が「熱中症」で搬送されたとか。一方で「節電」をやかましく言いながら、他方では「適度に冷房(エアコン)を」と、理解しずらい方針を、政府は出しています。家の内外にかかわらず、「熱中症」になる時代に、ぼくたちは生活しなければならないのです。日傘はおろか、今では「小型扇風機」をかざして歩く人も多く見受けられます。やがて「エアコン」を背負っての歩行時代が、いやもう来ているのかも。 

 一方では「最高温度地域競争」なのかどうか。日本一だ、関東一だと騒いでいるのは、どこの誰でしょうか。インドでは五十度を記録し、異常な数の被害者が路上に横になっている報道がありました。アメリカでは「酷熱(死)の谷」だとか、何とも異常高温地滞が話題になっている。世界の各地では「山火事」が頻発し、ウクラナイではミサイルが飛び交う。なんとも疎ましい「2022の夏」です。こんなときに「マスクしなければだめ」とは、狂気の沙汰ですね。最近まで「コロナ」と言えば、この人だった、その方の姿が見えませんが、感染したのではないでしょうね。「熱中症にも、感染症にもかからない、そういう人にわたしはなりたい」と自らに言い聞かせつつ、命に恵まれた方々の「ご健勝を」、僻陬の山中から願っています。(下の写真は「2022年6月18日/スペイン、北西部カスティーリャ・イ・レオン州郊外」(Emilio Fraile/Europa Press)

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・草むらも酷暑の夜勤もみな苛立ち (金子兜太)                               ・蓋あけし如く極暑の来りけり( 星野立子)                                  ・怖いほどおほばこ伸びぬ極暑来 (森川暁水)

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 あぢさゐの いろ濃きうすき 宿世かな

 「町彩るアジサイ1300鉢 長崎・中島川沿いなど 長崎市の花であるアジサイ22品種1300鉢が市中心部の眼鏡橋周辺の中島川沿いとシーボルト記念館(鳴滝2丁目)近くにお目見えした。今月中旬ごろまで町並みに彩りを添える。
 市花の魅力を知ってもらおうと市が展示している。中島川沿いでは、青やピンク、白、紫など色とりどりのアジサイが並ぶ。市民や観光客、修学旅行生らは写真を撮ったり、「めっちゃきれい」と眺めたりしている。千葉市の大学4年生、久保寺さやかさん(22)は「色も種類もいっぱいあって、きれい。川沿いの穏やかな雰囲気にマッチして、ずっと見ていたい」と満足そうに話した。」(長崎新聞・2022/6/5)

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 【南風録】アジサイには「七変化」の別称がある。同じ品種でも根を張った土の成分次第で青色にも赤色にもなる。雨に煙る紫色の花が、日が差すと水色に見えることもある。▲詩人萩原朔太郎は初期の作品「こころ」で、<こころをばなににたとへん/こころはあぢさゐの花>と詠んだ。つかみどころのない移ろいやすさに、人の心と相通じるものを感じたのだろう。▲大きく丸々と膨らんだアジサイの花が目を引く季節になった。鹿屋市天神町にも、なかなかの名所がある。山あいの斜面50アールにびっしり植えられ、濃淡のある花々が周辺を彩る。近くに住む川村忠光さんが植栽した。▲石材業を営んでいた1998年、作業場の一角のやぶを払って植えた数株が始まりだという。足を止めて眺める人の姿がうれしくて、本業を引退した後も妻の百合子さんと一緒に毎年こつこつと増やし続け、4000株になった。▲82歳になった今も朝8時にははさみを手にアジサイ園に入り、草取りや剪定(せんてい)に余念がない。うわさを聞いて見に来る人は年々増え、入場料はいらないのか尋ねられることもある。「我流で育てているだけだから」と、そんな気はないようだ。▲誰かの喜ぶ顔を見たいという動機のみで、人はここまで労力をつぎ込める。移ろいやすいのは人の心の常だとしても、見返りを求めず花を植え続けてきた年月に、いちずな信念を思わずにはいられない。(南日本新聞・2022/06/04)(右下の写真は川村さん夫妻)

 関東でも有名なお寺には、この時期に限らず、たくさんの人々が花を愛でに出かけられます。小生が住んでいる田舎にも近所には「茂原牡丹園」や「あじさい屋敷」(下の写真:千葉県茂原市三ヶ谷719)など、季節にはたくさんの観光客が訪れます。ぼくも一度は出かけてみましたが、いずれも民営で、実に丹精を込めて花を育て花を咲かせておられます。一見、あじさいなどは平凡ともいえそうな花ではありますが、それを長い間見ていると、まるで陶酔状態に陥りそうです。もちろん「牡丹園」もその通りです。「百花繚乱」とは、少し趣は異なりますけれど。

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 近年は、休耕田や遊休地などを再開発し、コスモスを植えたり、ひまわりやあじさい、あるいはぼたんなど、まさしく「素人はだし」の見事な経営ぶりで、ひたすら感心するばかりです。拙宅にも何本ものあじさいが、これから勢いよく咲き出そうと準備をしているのがありありと伺えます。この島には、こんなにたくさんの花好きが存在しているということが知れるだけでも、心は晴れがましくもなるのですが、それと同時に、花より団子という以上に、花や植物に興味や関心を示さない人々もたくさんいるのは事実です。その証拠に、植栽を伐採し、山を削って、道路や住宅地にするなどという乱開発は、この島のお家芸でもあると思われるからです。それを政治が率先してやってきたのです。もう何十年も前になりますが、まことに笑えない話が実際ありました。場所は「古都鎌倉」でした。早くに山肌を削って造成された宅地に居住していた住民が、そのさらに山の上部を開発して住宅地にする業者を相手取って「開発阻止」に打って出たという事件でした。もちろん行政も絡んでいます。先住民は、それ以前の先住民(獣)たちに断りもなく、土地を造成し危険を承知で住宅地にしたのに、それと同じような行為をするのを「乱開発」だとか「危険な開発」などと裁判に訴えたのでした。笑っていいのか、真面目に怒るべき事態だったか。最近では昨年の熱海の土砂崩れはひどいものでした。

 つい先ごろまでは相当な賑わいを見せていたのが「牡丹園」でした(右は茂原市山崎:茂原牡丹園)。拙宅から車で十分ほど、機会を見つけては見物に出かけたりしています。自宅でもボタンをと、一時期はまじめに考えたのですが、見所が近間にあるじゃないか、狭い庭に無理することはないよという声もあり、やがて沙汰闇になりました。あじさい屋敷も、膨大な敷地(山林)にのびのびとあじさいが育っているのは、まことに気持ちのいいもので、この時期、特に小雨の降る中を濡れながら揺れている花芯を見るのが乙にも思えてきます。

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● アジサイ(あじさい / 紫陽花)[学] Hydrangea macrophylla (Thunb.) Ser. f. macrophylla=ユキノシタ科(APG分類:アジサイ科)の落葉低木。高さ1~1.5メートルの株立ちになり、若枝は緑色で太い。葉は対生し、広楕円(こうだえん)形または倒卵形で長さ8~15センチメートル、先はとがり、縁(へり)に三角状の鋭い鋸歯(きょし)がある。葉質はやや厚く、滑らかでつやがある。6~7月ごろ枝先に球状で大形の集散花序に淡青紫色の中性花(装飾花)からなる花を多数つける。4~5個ある萼片(がくへん)が大形の花弁状にみえ、縁に鋸歯が出ることもあり、花弁は小さい。雄しべと雌しべは退化して小さく、果実ができない。ガクアジサイを母種として日本で生まれた園芸品種で奈良時代からあったといわれる。名は青い花がかたまって咲くようすから名づけられた。広く公園や庭園に植えられ、名所が各地にある。  ○文化史『万葉集』に大伴家持(おおとものやかもち)と橘諸兄(たちばなのもろえ)が詠んでいるが、平安文学に名はみえない。色が変わることが心の変節と結び付けられ、道徳的でないとみなされて、近世までは目だたない花であった。逆に西洋では色変わりが珍しがられて改良が進んだ。シーボルトが愛人のお滝さん(楠本滝)の名からオタクサH. otaksaを種小名に与えたが、現在は先取権上ツンベルクが命名したマクロフィラが使われている。『和名抄(わみょうしょう)』以来の漢名である紫陽花は、中国ではライラックとする説が有力である。                ○栽培 肥沃(ひよく)な湿気に富む半日陰地を好み、成長は早い。病虫害は比較的少なく、移植は容易で、剪定(せんてい)は花期後に軽くする程度がよい。繁殖は株分け、取木のほか、挿木も容易である。アジサイの花色は土壌の酸性度によって変わり、酸性土壌では青みが強く、アルカリ性土壌では紅色が強くなる。これにはアルミニウムが深く関係しており、そのほかに土壌に含まれる肥料要素の差異も影響があるといわれている。(ニッポニカ)

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 あじさいを読み込んだ好きな句をいくつか

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・紫陽花に八月の山高からず (飯田蛇笏)

・紫陽花に秋冷いたる信濃かな (杉田久女)

・紫陽花の花青がちや百日紅 (尾崎放哉) 

・あぢさゐやこの高みまで来れば山(久保田万太郎) 

・あぢさゐのいろ濃きうすき宿世かな(万太郎)

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