
花粉症に苦しめられています。苦しめられて、というのはいささか大袈裟ですが、これまでの経験からいって、とにかく重い症状という点では間違いではない。もちろん、ぼくなんかの症状の程度は語るに及ばずという悲劇的な罹患者を知っている。まず我が家の娘がそう。大変に「重症」だったのを見たことがあります。今は離れて暮らしているので詳しくはわからないが、とにかく目と鼻を狙い撃ちされていた記憶が残っている。今年はどうか。ぼくの先輩だった人も気の毒だった。この時期になると、「重武装」と言いたくなるような出で立ちで職場に現れていたのを思い出す。マスクにゴーグル、耳栓、顔を覆うばかりの帽子。それに花粉よけのための外套と言った姿が、可笑しいような気の毒なような、複雑な印象を残していた。その先輩は、早くから茂原に移住し、そこから約三時間かけて通勤していた。ぼくが越してきた当座、当てずっぽうで彼の住所(本能)近くに赴いたが、探し当てることはなかった(住所も電話も持たないで行った。アナログ人間の限界)。ぼくよりも三歳ほど年長だった。元気でおられることを祈っている。

年若い友人と、彼の勤め先の学校を数日後に卒業する高3生徒が連れ立って拙宅に来てくれました。「若い」ということは、我が身の「老残」を思い知らせてくれるということでは、実に応えますね。ぼくにも若い頃があったが、その時には、「老人」に対してどう思っていたか。悲しいかな、若さという暴力をいかんなく発揮していて、やがて来る「後の我が身」に思いが及ばなかった。いや考える能力を欠いていた。当然でもあるでしょう。自分の親の老人化過程をつぶさに見ていたなら、また違った印象があったはずです。しかし、不幸なことに、ぼくは高校卒業以来、家に帰ることもめったになく、わがままな暮らしを、別の土地で送っていたのだから、実家を離れて以来の親の「仕草」をほとんど記憶に残していない。ある意味では、まことに「親不孝」だったと悔やむ気持ちが強い。

多くの人は長命になった。あまり好まない表現で「人生百年時代」がある。そんなに長く生きていて「後輩が迷惑するじゃないか」という含みがあるように聞こえます。「いい加減にしなよ」と。しかし生きている時間が長くなるということと、「自分の視野」が広がる、新しくなるというのは同じではないのであって(その反対だね)、その時期を、「幼児期」の一種の老人版だと考えられるなら、自分で何かができなくなる時代が長くなるということでもあるでしょう。新生児・乳児・幼児という時節が名前を変えて、老齢の坂道の途次に待機しているのです。あまりにも残酷になりそうですから、その各期の「名称」は書きません。新生児・乳児・幼児という各期(「できないこと」が「できるようになる」への移行)の裏側を考えれば、徐々に「できていたこと」が「できなくなる」ということです。上り坂ではなく、下り坂を自転・加速しながら降りてゆく、落ちていくということですね。強がりも無意味だし、「切歯扼腕」も逆効果。今ではすっかり「誤解」されている「年寄りの冷や水」も、止めておいたほうがいいでしょうね。
肉体年齡と精神年齢の「均衡」は「正味期限」(「賞味」ではない)という言葉を使って言うなら、どうですか、ほぼ四十年ほどでしょうか。二十歳台から四十年、それ以上は「正味期限切れ」ですよ。もちろん、個人差はあるけれども。自分で何かができない分、乳幼児の「可愛げ」「可憐さ」が、足りない分の立派な代用になりますが、果たして「老人」には何があるでしょうか。(「言わぬが花」だな)(先に生まれたから「先生(せんせい)」ということ、後から生まれたから「後生(こうせい)」、それだけのことで、その言葉に尾ひれをつけて面倒なことになっているのではないですか。要するに「老人」と「若者」ということです。長き生きている(先に生まれた)のだから、少し覇権権を生かして(知恵」を持っていても良さそうなんだが、それが「先生」という表現に付着して行ったんですね)
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徒然日乗(133~139)

◯ 2023/03/12・日 = 午前十一時前に高野くんたちを迎えに、土気駅まで行く。連れは奥永さん(左写真は、福岡県築上郡の「おくなが屋」、奥永さんは、この家の長女)。数日後に高校を卒業し、クレヨンハウスで働くという。七年前ほどに拙宅に一家で来てくれたときは、まだ小学生。随分と身長も伸び、その成長ぶりに驚く。本日は、この奥永さんの両親(福岡県築上郡在)とラインで話そうということらしい。奥永(旧姓平山)さんとはかれこれ四十年の厚誼です。まだ彼女は二十歳前だったから、ぼくも四十前ということになる。積もる話があるわけでもないが、お昼すぎから五時前まで話していた。元気で生活できるというのは「さいわい」だと痛感する。奥永さんの連れ合い(しんちゃん)は、現地で農業に勤しんでいる。麦を栽培していると聞いて、嬉しくなった。日本の農政を守りつつ、自立できないようにさせたのは JA だという思い込みがぼくにはあるが、とにかく、この「巨大な圧力団体」が農業政策を歪め、農家の自立経営を破綻させてきたと言う話に、どうしても傾く。JA から離れて農業を営んでいる奥永さんに敬服している。ここに書ききれないほどの無駄話(雑談)があった。まるで「同窓会」のようなラインになった。(徒然日乗・139)
◯ 2023/03/11・土 = 十二年目の東日本大震災記念の日。記念になどしたくもないが、めぐり合わせです。自然災害は、この宇宙の一角に住んでいる限り避けられない。いつも思うことだが、人間の世界にこそ、「災害」が起こるのであり、どこにでも見られる自然現象によって、人間の日常生活が脅かされることを持って「災害」と言ってきた。アリや蝶々の世界には、このような「災害」は怒らないとも言える。さらに言えば、自然災害は甚大だが、そこから受けるダメージは極小にすることは可能であると思われる。逆に人為的な操作や仕組みによって自然災害の規模・範囲を大きくすることも避けられない。地震は自然現象であっても、その「被害」が人為によって拡大されるということは、いつの場合にも見られることなのだ。「災害は忘れた頃にやってくる」というのは、不確かで、「忘れたいと思っている人々の間で起こる」のだ。生きている限り、ぼくたちは人為的災害の典型である「戦争犠牲者」と、この「自然と人為の合作による被害者」への、「鎮魂の祈り」を絶やさないこと、それが残されたものの勤めであると考えている。(徒然日乗・138)

◯ 2023/03/10・金 =かみさん病院へ。「イエダニ」などに噛まれたかと思っていたら、どうもそうではなさそうで、午前中に病院へ行くことにした。数年前まで通っていた総合病院では間に合わず、茂原市内の開業医(内科)に行ったところ、診断名は「アレルギー」だという。何に起因するアレルギーかはわからないというのだ。要領を得ないながら、飲み薬と塗り薬を処方してもらって、一週間、様子を見るという。▼ 高野慎太郎君から連絡あり。12日の日曜日に拙宅に来て、雑談をしたいということでした。どういうことになるか、ぼくには見当もつかないが、まあ考えられる範囲で騙る(語る)ことしかできない。どの教科に限らず、どうしても子どもたちに育ててもらいたいのは「自分の言葉を身につけること」、それに尽きますね、教師の仕事は。この考えは一貫してぼくの中に座り続けています。「人間はことばからできている」のだ、と。(徒然日乗・137)
◯ 2023/03/09・木 = まるで初夏のような陽気。猫が寝室に入って寝るようになったので、そのせいばかりではないだろうが、ダニやその他の虫がベッドにも発生したようだ。寝室の中を掃除し、布団を日干しし、カヴァー類を選択した。猫に生息するダニ類は、恐怖である。マダニの感染で人が亡くなるケースも出ている。致死率は高いというデータがある。家の猫は、殆どが家の外で遊ぶというか過ごすことが多いので、必要以上に気をつける必要がある。冬場だったから、少し油断していたら、家の中に盲点があった。かみさんは左手の何処かを噛まれたか、刺されたか、相当に腫れていた。家にあった虫刺され用の薬を使ってみた、少しは痒みがなくなったと思う。腫れや痒みが引かなければ病院へ行くことにしている。▼ 裏庭の焼却炉で紙屑類を燃やす。そこにある「啓翁桜」の蕾がかなり膨らんでいた。春を一足飛びに超えるような陽気、桜の開花がかなり早くなりそうだ。家のものは、例年通りかもしれない。(徒然日乗・136)

◯ 2023/03/08・水 = 本日手術予定の♂と、まだワクチンを接種していなかった♂の二匹を医者に連れていこうと、一時間以上もかけてケージに入れようとしたが、逃げ回って捕まらない。漸くにして一つを入れたのはよかったが、病院について、手術予定の子と思うが、念のために確認してくださいと頼んだ。結果は初めてワクチン接種する猫だった。同じ毛色であり、顔も姿もそっくり。首に名前を書いて区別するようにしているのだが、捕まえるのに必死で、大丈夫と思っていたら、なんと勘違いだったのだ。仕方がないから、本日の(去勢)手術は中止(延期)し、連れてきた猫のワクチンと白血病・エイズの検査を依頼した。休診明け(火曜が休診日)だったせいもあり、珍しく込んでいた。二時間後に引き取りに行き、十六日(木)に二匹いっしょの手術日程を入れてもらった。♂が三匹残っている。これが終わらなければ安心できないのである。(徒然日乗・135)
◯ 2023/03/07・火 = 政治家の破廉恥を嫌というほど知ってきたと自分では思っていましたが、そんな程度で「政治の劣化」を悟ったつもりではいけませんな。「放送法」問題が賑やかだが、あんなことは事実そのもので、ぼくには不思議でもなんでもない。馬鹿な無能者が、あれよあれよいう間に「権力の座」に上り詰めたら、どういうことになるか、その典型例がこれまでにも腐るほど見せられてきた。無能で無知で不勉強な人間でさえも「権力の頂点」につけるのはデモクラシーの観点から悪いことではないと思う。だれだって、その気になれば総理になれる、でもなったら「どういう権力者」になるかも分からないで、時宜を得て総理になったら、迷惑するのは人民でしかない。金を持ったら使いたくなる。武器を持ったら試したくなる、そのような金や武器が、ある種の人間には「権力」です。なんとかに刃物?(徒然日乗・134)

◯2023/03/06・月 = このところ立て続けでセカンドバッグをスーパー(同じめ店)のレジで忘れることがあった。買い物を済ませて、セルフレジで精算をし、荷物を持って車に乗る。動き出して、すぐに忘れたことに気づく。一週間の間に二回です。物忘れというのでしょうが、無いことにすぐに気が付き、店に戻って、事なきを得た。いままで、財布をなくしたとか、バッグを置き忘れて、探しに行ったらなかったということはない。どういうことだろう。小さなバッグにはなけなしの金やカードやその他が入っている。とても大事なものとは思わないが、持ち物を忘れるという不注意は、ぼくの特技だという自覚が若い頃からあったが、流石に、この年になると、いよいよ「物忘れ症候群」とみなされるだろう。セルフレジの扱いが、ゾンザイになっていることは間違いない。商品を登録し、支払いをする、そのときにバッグをどこに、どのように置いているか、それが一定しないがために、バッグなどは忘れるのだと思う。つまらないことながら、不注意の元を断たないと、な。(徒然日乗・133)
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