これは寝すぎたしくじった(兎)

【斜面】ウサギとカメ うさぎ年を迎えると笑い話を思い出す。「兎(と)に角(かく)」を「ウサギにツノ」と読み上げてしまったと、学生時代に友人が頭をかいていた。受験勉強では出合わぬ読み方か。今の筆者にしても同じ。常識を知らずに赤面する場面は数知れない◆「兎角亀毛(とかくきもう)」は実在しないことを例えた言葉。ウサギに角などないし、カメの甲羅にも毛は生えない。世界中が知っているイソップの寓話(ぐうわ)、ウサギとカメの競争だってあり得ない話だ。日本では近代化してゆく明治以降の学校で道徳の教材にされてきた◆才能はあっても他者を侮り、油断して負けたウサギ。能力で及ばないが、着実に歩んで不利な戦いに勝ったカメ。敗北も勝利も、心構えと努力次第だという「神話」を学校も家庭も教え込んできた。そういう面もあるだろうが、競争ばかり強いられ、精神論を説かれるのはつらい◆教育学者の府川源一郎さんは大学生に寓話の「書き換え」をさせたという。ウサギがカメを待って一緒にゴールしたり、協力し合って仲良くなったり、寝たふりをしたウサギにカメが感謝したり。現代の若者らは競争と勝敗に重きを置かない話を作った◆大事なのは視野の狭い勝敗観でなく、互いに関係しながら個性を発揮して生きることだと府川さんは著書に書いている。目の前の結果を性急に求め、見識を広げる機会もなく、互いを理解する余裕を失ってこなかったか。効率とスピード重視の世情を離れ、ゴロンと天井を仰ぎ見る寝正月。■あとがき帳■ 元日の斜面は干支(えと)を絡めることが少なくありません。/ 獲物を狩る爪も牙もなく、長い耳で危険を察知し、素早く逃げるウサギ。世界各地の民話では悪知恵が働く者として描かれることも多い動物で/ 生態などを調べて題材を探しましたが、お正月の話題としてはどうもしっくりきません。/ 「ウサギとカメ」を軸に教育と社会を論じた府川さんの「『ウサギとカメ』の読書文化史 イソップ寓話の受容と『競争』」(勉誠出版)が興味深く、自分の来し方も反省しながら、年初の斜面を書きました。(論説副主幹 五十嵐裕)(信濃毎日新聞デジタル・2023/01/01)

 ぼくは「童話」や「お伽噺」の類(たぐい)は好きではなかった。そのすべてとは言わないが、兎角(うさぎにつの)、教訓調であったからです。調子なら単調や長調が好みでしたね。「勧善懲悪」「信賞必罰」「優勝劣敗」など、いわゆるお説教の類がほとんどではなかったか。「こういう人間になってはいけませんよ」「最後までやり抜けば、きっと成功する」「裕福ではないが、そこそこの幸せはやってくるから、高望みしないように」とか。本当に小さい頃から、その「絡繰(からく)り」が見え透いていたのです。ウサギとカメが、どうして競争しなければならないのか、それも駆けっこで、と。人間と馬が百メートル競争するというなら、「そんなバカな」と世間はいう。「小さな嘘はつくな、つくなら大きな嘘を」とよく言われたらしい。小さな嘘は、如何にもありそうだから、でしょ。勧善懲悪も信賞必罰も、きっと「因果応報」などというものの焼き直しかも知れません。それを宗教とか仏教などからの受売りとは言いたくないけれど、こういうことをすると、地獄に落ちる、信心が足りないから、「罰(撥)が当たったのだ」などと、未だにそんな「荒唐無稽」「虚仮(こけ)威(おど)し」を売り物にし、信者だか患者だかを虜にしようという、「虜」になる人間がいるからですね。この種の「似非宗教(カルト教団)」が政治を撹乱していました。あるいは政権与党に入り込んでもいる。

 「童話」ではなく「寓話」、それが大きな流れを作って学校教育の現場に一つの世界を占めた理由はいろいろに考えられますが、如何にも学校教育の説教や教訓主義に符号していたからではなかったか。また寓話の殆どが動物を登場させているのは、それが人間(こども)であるなら、あまりにも生々しい影響を与えるので、それを避けたからでしょう。「小説」でもかまわないが、学校に持ち込まれると、どうしても教訓や道徳臭を帯びてしまう。一例として「走れメロス」はどうでしょう。この短編は教科書に採用され「友情の尊さ」の典型教材として扱われる始末です。ありそうにない話、それが寓話(Fable)の含意(元意)だったとぼくは考えますが、もっと遡れば、それは「作り話」でした。だから、まるで「落語」の世界を、現実界に置き換えて、熊公や八五郎のようになってはいけませんと教え諭す「愚」なら、誰だって冗談だと見破るのですが、「寓話」はそうではなかった。

● 寓話【ぐうわ】= 話の意のfabula(ラテン語)を語源とするfable(英語)の訳。教訓や風刺を含んだ短い話。登場人物はおもに動物で,彼らは人間の象徴であっても,動物としての特有な外観と特性を保持している。《イソップ物語》(イソップ)《狐物語》やラ・フォンテーヌのものが知られる。(マイペディア)

 日本昔話などとして劇画(アニメ)にもされた、その大半は「民話」「伝承」の類(たぐい)でした。「昔々、どこそこにおじいさんとおばあさんがあったとさ」と耳で聞き流す程度のものだったと思う。それが学校に入ると、道徳倫理の教科書に載せられるんですね。「木口小平は死んでもラッパを放さなかった」というやうです。戦時英雄として、教室では「語り草」になったのではなかったか。学校(教育)にはいくつかの「美しくない面」がありますが、その一つが「教訓」「説教」「道徳」などの独占がありますね。「価値観」の押し売りです。専売特許、それは学校の命綱でもあった。「教諭」と書いて、教師を指すのはその証明でもあります。何でもかんでも「教え諭す」のが商売で、学校で習うのは「正」であり、自己流は「邪」だという俗説が今でも罷(まか)り通っているようです。

●木口小平(きぐちこへい)(1872―1894)= 日清(にっしん)戦争で戦士した陸軍兵卒。明治5年8月8日、岡山県川上郡成羽(なりわ)村(現、高梁(たかはし)市)に農家のひとり息子として誕生。小学校を中退、鉱山で働き、1892年(明治25)広島の歩兵第二一連隊第三大隊第一二中隊に二等卒として入営。ラッパ手となり日清戦争に従軍、1894年7月29日緒戦の成歓の戦闘で戦死した。22歳。国定修身教科書で「シンデモラッパヲクチカラハナシマセンデシタ」と「義勇忠義」が紹介され著名となる。しかし「美談」のラッパ手は当初、同県出身の白神源次郎(しらがげんじろう)と報道されており、事実は不明である。(ニッポニカ)

 「才能はあっても他者を侮り、油断して負けたウサギ。能力で及ばないが、着実に歩んで不利な戦いに勝ったカメ。敗北も勝利も、心構えと努力次第だという『神話』を学校も家庭も教え込んできた」というのはコラム氏です。「油断大敵」という教訓の教えですかな。「一心不乱」に物事に挑めば、大岩も動かせると言わぬばかり。もし「教育」や「人生」が競争(勝ち負けの争い)なら、そういうこともいえようかが、でもね、残念ながら、教育は点取競争ではなく、「自分が賢くなるための練習」なんだな。他人とは無関係とは言わないが、要は、一人が自分の足で立ち、自分の頭で考え、「おかしいことはおかしい」「間違いは間違い」と自他にはっきりと指摘できる力(思考力とか判断力)を育てる機会ですよ。その育てられた力を「人権」という。意見を発する権利です。そこに「教育の真意」とでもいうものが宿っているんですね。「成績抜群で、能天気」、「偏差値一番で、意地悪の権化」、あるいは「学歴は高いが、人間性は低劣」といった、そんな箸にも棒にもかからない者を作り出してきたのが学校じゃなかったか。

 学校なんか行かなくたって、自分の「頭と足」で生きている、立派に(というのは、人間的に優れているという意味です)生きている人がいると、ぼくは涙がでるほど嬉しくなります。そういう人になれなかった自分を甚(いた)く可愛そうに思ったりする。「目の前の結果を性急に求め、見識を広げる機会もなく、互いを理解する余裕を失ってこなかったか。効率とスピード重視の世情を離れ、ゴロンと天井を仰ぎ見る寝正月」という指摘には首肯(合点)します。だから、ぼくは「毎日が寝正月」の気分です。一人の人間なら、とても賢く生きられます。しかし、この賢い人が集団になると「付和雷同」「付和随行」という状態になる。自分を失うんですね。誰だって、失いたくない自分を求めているにもかかわらず、集まると「烏合の衆」(カラスさん、ごめんよ)になるのも理由がある。自分を突き出して生きるのはしんどいからですね。自分を隠し、自分を偽って生きていたいという「願望」が常にあるのかもしれない。マスクをかぶるというやつです。マスクを掛けるのではなく、「被(かぶ)る」、そうすると、もう一つの自分になれた気がするんでしょうね。それがいけないというつもりはないが。覆面を被って生きるのも辛いよ。何と言っても「すっぴん」です、どうです、「素のママ」で生き、暮らしたくないですか。

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 江戸期の、「田舎俳人」が「老いの身」をさらして生きている、その姿に、ぼくは満腔(まんこう)の敬意を表するものです。ここでいう「値ぶみ」とは「値段を見積もってつけること。評価。値積もり」(デジタル大辞泉)です。(いまだって、世間は「老人」「高齢者」にはきわめて冷淡ですね)

老が身の値ぶみをさるるけさの春 (一茶)

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投稿者:

dogen3

 語るに足る「自分」があるとは思わない。この駄文集積を読んでくだされば、「その程度の人間」なのだと了解されるでしょう。ないものをあるとは言わない、あるものはないとは言わない(つもり)。「正味」「正体」は偽れないという確信は、自分に対しても他人に対しても持ってきたと思う。「あんな人」「こんな人」と思って、外れたことがあまりないと言っておきます。その根拠は、人間というのは賢くもあり愚かでもあるという「度合い」の存在ですから。愚かだけ、賢明だけ、そんな「人品」、これまでどこにもいなかったし、今だっていないと経験から学んできた。どなたにしても、その差は「大同小異」「五十歩百歩」だという直観がありますね、ぼくには。立派な人というのは「困っている人を見過ごしにできない」、そんな惻隠の情に動かされる人ではないですか。この歳になっても、そんな人間に、なりたくて仕方がないのです。本当に憧れますね。(2023/02/03)