サイトの調子がよくないようで、緊急避難です

 不具合の原因はわかった。しかしそれを回復するには、少し手間取っています。そのために、いかにも変則的ですが、暫くの間、ここに「徒然日乗」を出すことにします。「ウィジェット」の使い方を間違えたと言っていいでしょう。少し油断していたのです。(2022/12/12)

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 「徒然日乗」の横滑り、です。なかなかログインができず、ようやく入れたら、今度はサイドバーの登録がうまくいかないようです。まあ、これだけ駄文を綴られたうえに、それを掲載するのですから、この「サイト」もいい加減に嫌になってきたのだと思う、ぼくも。うまく回復するかどうか、本日はゆっくりと向き合ってみますわ。(この時、時刻は、午前十一時頃)▼ 少し猫の缶詰などを買い出しに行き、帰ってから、いろいろとああでもないこうでもないといじってみているのですが、「サイドバー」のへの掲載がうまくいきません。このWPのどこかに不具合がありそう。別の「外観」を使ってみても、基本のところがうまくいかないので、同じような不具合が続きます。(2022/12/10)

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 徒然日乗(LI ~ LV)

▼ この国は、どこと「戦争」するために軍事費の倍増を図っているのか。それ以前に、どことであれ、戦う理由は見当たらないではないか。「国防」というよりは、例の「集団的自衛権」の行使(強制)という「柵(しがらみ)」で「米軍」の一部となって、「応分の負担」を果たすための「軍事費倍増」であるというべきでしょう。▼ 今となれば、この「集団的自衛権」も、この国の発想というよりは、宗主国による指示命令であったということがはっきりする。五年間で四十三兆円という、途方もない軍事費も、結局は米国から無理矢理に「時代遅れ」の武器などを買わされることになるのだ。▼ ともかく、国家運営という観点で、現政府・与党にはいささかの政治感覚・方向性も認められないのはどうしてか。まさに「亡国」の道を潰走しているとしか思われない。(「徒然日乗」・LV)(2022/12/10)

▼ 石蕗(つわぶき)の花が咲いている。とても寒さに強い植物で、この時期にも凛として背を伸ばしているのを観ると、なんだか励まされているように感じてしまう。引っ越し前の家にあったものを何株か移植した。日当たりのよくない場所に植えても、きっと咲いてくれる。もともとは、おふくろが四十年ほど前に京都から持ってきて、佐倉の家の庭に植えたものだ。この石蕗には、半世紀に渡る、ぼくの思い出がいっしょに咲いたり枯れたりしている。(「徒然日乗」・LV)(2022/12/10)

▼ ドイツで「国家転覆」「帝国復興」を図っていたとして、極右勢力(総計で約2万人)の主要人物が二十五人逮捕されたという。イタリアでは右翼主義者の首相が生まれたし、フランスを始めとする欧州では右翼主義者が勃興している。時代はどの方向に流れているのでしょうか。もちろん、単なる「クーデーター」ごっこじゃないかという見方もある。しかし、欧州各国における「議会」に占める勢力勃興は看過できないでしょう。▼ なぜ、右翼勢力の伸張がよくないか、ぼくが言うまでもないことです。人間の諸権利、とりわけ「(表現の)自由」が抹殺される危険性があるなら、それを受容することは断じて拒絶すべきです右だ左だという方向感覚の好みではなく、人権の抑圧が「自然状態」だという政治状況の出現に、ぼくは与することができないのです。(「徒然日乗」・LIV)(2022/12/09)

▼ まったく関心がありませんから、どうでもいいような事柄です。N✖✖の会長に元日銀理事が決まったそうです。現会長は銀行マンで、彼は後任に意中の人(商事会社の元会長)を押したが、ある政治家に反対された。この政治家は「説明できるとことと、説明できないことがある」といって、HNKのアナウンサーを飛ばした「ケチな」輩だ。いつまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ。「みなさまのN✖✖」には無関心だが、(かみさんの楽しみを奪われないために)視聴料を払っているので、一言すべき権利はある。公共放送というよりは、権力党広報部と看板を変えた方がいい。言うべきことも言えず、腐敗権力の言いなりになる「公共放送」とは、なんとも間尺の合わない、矛盾も甚だしい話です。(本日は、八十一年目の「真珠湾奇襲の日」でした)(「徒然日乗」・LIII)(2022/12/08)

▼ 昼ころ、少しばかりの食料を購入するために、近所(十キロ先)のスーパーに生きました。品物を勝って料金を支払い、帰り道で灯油を買うためにスタンドに寄った。ポリタンクを車に乗せてエンジンを掛けたときに、気になって確かめたら、財布や通帳、カードなどの入ったポーチがない。スーパーのレジのそばの支払い機に置き忘れたと直感したので、急いで引き返し、店員さんが、「待ってました」とばかりに声をかけてくれた。「かばんですね?」 と。名前を確認され、しばらくしてカバンが戻ってきた。久しぶりに「失敗」でした。三年ぶりか。その時は、公園で、かみさんと話し込んでいた脇のベンチに置き忘れた。気がついてあちこち探し、その公園に行ったら、沢山の人がいたにもかかわらず、端の方のベンチの上にあった。そのまた数年前、前に住んでいた地域のスーパーで、買い物をした後、カートをもとに戻した際に、その中に置き忘れたことに気づいた。取って返して、カートを起きた場所に行くと、警備員さんがポートを入れたカート押していた。同じポーチで「三度目」でした。「三度目の正直(Third time lucky.)」といいます。三度目にはうまくいくという諺ですから、ぼくの「三連続の失敗」とは意味が違う。四度目はどうなるのでしょうか。まるで、どこかのチームの「PKキック失敗」のようになりそうです。用心、用心、また用心。(「徒然日乗」・LII)(2022/12/07)

▼ 昨夜も十一時前に、NHK ラジオ深夜便を聞くつもりで、イヤホンを耳にして布団に入り、瞬く間に寝入ってしまった。目が覚めたのが二時過ぎだったか、イヤホンからは「対クロアチア戦」、〈SUMURAI Blue(というそうだ)〉が一点リードだという。嫌な予感がしたが、知らぬ間に、本格的に眠っていました。次に目覚めたのが三時過ぎ。イヤホンからは「舟木一夫」が流れていた。愛知県出身だと教えられ、最後は「高校三年生」、まるでぼくらの主題歌のように謳ったり聞いたりしてきた。(*註 あるいは、それは前夜のことだったか、定かではない)▼ サッカーのことはすっかり忘れていました。四時前に起きて猫に食事を。一段落して五時のNHKラジオ第一「マイあさ!」で、クロアチアが、PK戦の末に勝ったと知った。「皆さん、ご苦労さま」と言いたい気がしました。単に「スポーツ」だけど、「国威」という魔物が一瞬とはいえ、姿を表すようだ。また四年後(の瞬間的な国威発揚)ですね。(五輪よりも、遥かにファンが多いのがFIFA W.C.だとか)(「徒然日乗」・LI)(2022/12/06)

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投稿者:

dogen3

 毎朝の洗顔や朝食を欠かさないように、飽きもせず「駄文」を書き殴っている。「惰性で書く文」だから「惰文」でもあります。人並みに「定見」や「持説」があるわけでもない。思いつく儘に、ある種の感情を言葉に置き換えているだけ。だから、これは文章でも表現でもなく、手近の「食材」を、生(なま)ではないにしても、あまり変わりばえしないままで「提供」するような乱雑文である。生臭かったり、生煮えであったり。つまりは、不躾(ぶしつけ)なことに「調理(推敲)」されてはいないのだ。言い換えるなら、「不調法」ですね。▲ ある時期までは、当たり前に「後生(後から生まれた)」だったのに、いつの間にか「先生(先に生まれた)」のような年格好になって、当方に見えてきたのは、「やんぬるかな(「已矣哉」)、(どなたにも、ぼくは)及びがたし」という「落第生」の特権とでもいうべき、一つの、ささやかな覚悟である。どこまでも、躓き通しのままに生きている。(2023/05/24)