窖(はか)ちかく雪虫まふや野辺おくり (蛇笏)

 【斜面】雪虫舞う 井上靖の自伝的小説として知られる「しろばんば」は、夕暮れに子どもたちが小さな虫を追いかけながら家路に就く場面から始まる。〈綿屑(わたくず)でも舞っているよう〉と描かれるのは雪虫だ。舞台の伊豆地方では「しろばんば」と呼ばれた◆秋が深まるころ、糸状のろう物質を身にまとって飛び交う。北海道では風物詩として初雪の予報とともに報じられる。綿虫と呼ぶ地域も多く、信州では「ゆきばんば」や「まんまん」の名も残る。1週間前、長野市内の公園で浮遊しているのを見つけた◆体長数ミリで羽がある。正体はアブラムシの仲間だ。普段は羽がなく、植物に吸い付いてほとんど動かず、雌が単独で子をつくる単為生殖で増える。秋になると羽を持つ個体が現れて別の植物へ移動。卵で越冬するために雄と雌が生まれる。宙を舞う雪虫は命をつなぐ一瞬の光景だ◆この不思議な生態を、フランスの博物学者アンリ・ファーブル(1823~1915年)も注目している。アリと共生したり他の虫の餌になったりする様子とともに昆虫記に書き留めた。当時は明確でなかった生態系の物質循環にも考えを巡らせている◆本紙の過去の建設標をたどると「雪虫を捕まえたり、つぶしたりすると、家がつぶれるほどの大雪が降るから放してあげなさい」と祖父から注意された思い出をつづる投稿があった。暖かい時季は爆発的に増えて植物を枯らす嫌われ者だが、冬を前に頼りなげに漂う姿はどこかいとおしい。(信濃毎日新聞・2022/11/20)

● ユキムシ(ゆきむし / 雪虫)=晩秋から早春にかけて現れる一部の昆虫の俗称であるが、大別して二通りのものがある。その一つは、晩秋から初冬のころに北海道や東北地方でみられるもので、白い綿状の分泌物をつけて飛ぶ小さな虫をいう。これらは半翅(はんし)類のアブラムシ科の一群(リンゴワタムシ、ナシワタムシ、トドノネオオワタムシなど)で、雪の降り出す季節に無数に飛び立ち、それが粉雪の舞うようにみえるので雪虫とよばれる。人々はこれを目当てにして冬仕度をし、俳句の季題にもなっている。これらの虫では秋が深まるとはねのある雌が産まれ、綿状の蝋(ろう)物質をつけて飛ぶ。ほかの一つは、雪国で早春に雪上で活動する昆虫のことを雪虫とよび、トビムシ類のクロユキノミなど、カワゲラ類のセッケイカワゲラなど、双翅類のユキガガンボ、クモガタガガンボ、イマニシガガンボダマシ、フユガガンボ、アルプスケユキユスリカなどが含まれる。(ニッポニカ)

● あぶら‐むし【油虫】1 (「蚜虫」とも書く)半翅目アブラムシ科の昆虫の総称。体は5ミリ以下でやわらかい。のあるものとないものとがある。草木に群れて汁を吸う。春・夏は雌のみの単為生殖で雌の幼虫を胎生する。秋になると雄を生み、有性生殖で卵を産む。排泄物は甘く、他の昆虫が好み、種類によりアリと共生するのでアリマキともいう。ゴキブリの別名。《 夏》「ねぶたさがからだとらへぬ―/汀女」 人につきまとってただで遊興・飲食をするものをあざけっていう語。「―といふは、虫にありてにくまれず、人にありてきらはる」〈鶉衣・百虫譜〉 遊里で、冷やかしの客。「本名は素見あざ名は―」〈柳多留・三七〉(デジタル大辞泉)

 この小説をいつ頃読んだのか、すっかり忘れています。はるかな昔ではなかったのに、その後、でたらめに無駄ごとを脳細胞に詰め込みすぎた、その祟(たたり)であろうと、臍(ほぞ)を噛んでいる。ぼくが毎日、各地各紙の「コラム」に触れるという日課は、忘却の彼方に追いやられている種々雑多な記憶を、普段ほとんど開けてみることもなくなった「記憶の物入れ」の扉を開けることで、その下手物知識(記憶)のいくつかが、ありありと蘇ってくる、そんな楽しみが忘れられないからです。ぼくは井上靖さんはかなり読んだし、その生き方がぼくには好感が持てる作家でしたから、なおさら「しろばんば」の「洪ちゃん(主人公)」に、突如再会したような懐かしさを覚えます。恐らく学生時代に読んだはずですが、ぼくには難しい小説(自叙伝)だった。今から思えば、大人社会の確執や闘争、あるいは柵(しがらみ)に翻弄される小学生(井上靖)が主人公だったから、なおさらに背伸びをしてまでも見たくなるような、「大人社会」ではなかったからでした。井上さんは、大学を八年かけて卒業した時には結婚していて、子どももいたといいます。文字通り、柔道一直線だったからか。伊豆は、若い頃に幾らか歩いたことがあります。それだけでもなんだか懐かしい。まったくの無防備で雨中の天城高原にも登りました。物を知らないというのは、恐ろしいことでした。(左は伊豆湯ヶ島「浄蓮の滝」)

 小説の内容はともかく。いったい「しろばんば(雪虫)」を見なくなってからどれくらいの時間が過ぎたのでしょうか。この昆虫の軍団を毎夕のように見たのは、石川県在住の頃でしたから、すでの七十年余が過ぎました。その時、これを「雪虫」と呼んでいたか、あるいは別の名前で読んでいたか、その記憶はありません。暮れかかること、かすかに一群の虫だかなんだかが降り注いでくるような、そんな光景を懐かしく思い出している。じつに物悲しい場面が浮かんでくる。雪虫にはさまざまな異称があります。「綿虫」「大綿」「しろばんば」その他。それに引き換え、今でもたまに遭遇する「蚊柱」、こちらはとにかく騒々しい。だからこそ、物言わず、静かに降ってくる雪虫の「怖さ」もまた独特のものだったと記憶を呼び覚ましているのです。

 打ち明けてしまえば、「雪虫」は「アブラムシ科」の一群だという。アブラムシを「ゴキブリ」というところがあるし、ぼくもそう読んでいました。ゴキブリは、これまた世界中に生息する昆虫で、何でもかんでも「ゴキブリ」と呼ぶような雰囲気があります。「あの野郎は、ゴキブリみたいなやつだ」などと、誰彼なしに罵ったりします。ご当人に悪いのか、ゴキブリに申し訳ないのか、どちらにしても目の敵、嫌われ者の最上位に位置するらしい。ぼくは決してこれらが好きではありませんし、いつだったか、南米のある地方ではこれを「食料」にすると聞いて、魂消(たまげ)たことがありました。ところが、これを食用にしているのは、日本を始め、各地にあるのですから、人間は驚くべき「雑食」動物なんですな。この島では「ゴキブリの唐揚げ」「佃煮」などが有名だそうです。

● ゴキブリ=ゴキブリ目に属する昆虫の総称。俗称アブラムシ。体は著しく扁平で,黒色ないし淡褐色。全世界に3700余種,熱帯に多い。陰湿な場所を好み,夜間活動して摂食する。チャバネゴキブリは体長10mm内外で日本全土に最も多く,ほかにクロゴキブリ,ヤマトゴキブリなど人家内に定住して病菌の媒介をし衛生害虫となる種類が少数いる。駆除法はトラップの使用,殺虫剤の塗布など。(マイペディア)

 「雪虫」から、があらぬ方向に無駄話が流れていきました。実際に「雪虫」を目にしなくなって数十年が経ったことを、あらためて知り、驚いています。この世界から消えるはずもないので、暮れなずむ刻限に外に出なくなっただけなのかも知れません。いや、これもまた「温暖化」の影響で、どこかに隠れてしまったのかも知れません。しかし北の地方からは「雪虫」の報告がいまなおなされていますから、きわめて限られた地方にのみ見られなくなったのでしょう。その昔、体についた「雪虫」を指で触ると、ネバネバした感触が残り、とても気分が悪かった。正しく「アブラムシ」の一種でしたね。家庭菜園で、トマトやきゅうりなどを植えていたりすると、必ずやってくるのが「アブラムシ」でした。それを指で摘みとったときの感触に、そういえば「雪虫」のときとよく似ていましたね。

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 気のせいですか、雪虫を詠み込んだ俳句も、なんだか物悲しい雰囲気のものが多いように感じます。そのうちのいくつかを。

・憂き日なり綿虫あまた飛ぶ日なり (相馬遷子) 

・漂ひて綿虫は死の淵に沿ひ (飯田龍太) 

・雪虫や俄かに君が他界せし (瀧井孝作) 

・雪虫を見てよりこころさだまらず (石川陽子)

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