It was a symbol of Ukraine’s defense of independence (extra)

ウクライナ廃虚にバンクシー壁画 「不屈の象徴」と住民歓迎

 AFP BBNews 2022年11月13日 13:20 発信地:ボロジャンカ/ウクライナ (https://www.afpbb.com/articles/-/3433525?pid=25075309) (ウクライナ首都キーウ近郊のボロジャンカで、廃虚と化した建物の壁に英国の覆面アーティスト、バンクシーが描いたグラフィティ(2022年11月12日撮影)。(c)Genya SAVILOV / AFP)

【11月13日 AFP】英国の覆面ストリートアーティスト、バンクシー(Bansky)が、ウクライナの首都近郊の廃虚と化した建物の壁にグラフィティを描いた。住民は「不屈の象徴」になると歓迎している。/ バンクシーは11日、廃虚の壁に描かれた、倒立する体操選手の絵の写真3枚をインスタグラム(Instagram)に投稿。キャプションには「ボロジャンカ(Borodyanka)、ウクライナ」と記されていた。/ 首都キーウ北西に位置するボロジャンカは、ブチャ(Bucha)やイルピン(Irpin)と同じく、2月のロシア軍の侵攻開始直後に激しい攻撃にさらされ、4月まで占領されていた町。ロシア軍による徹底的な破壊の爪痕を残す場所として知られている。(以下略)(AFPの同上記事より)

(ウクライナ首都キーウ近郊のボロジャンカで、廃虚と化した建物の壁に残された英国の覆面アーティスト、バンクシーの作品とみられるグラフィティを見つめる住民(2022年11月12日撮影)。(c)Genya SAVILOV / AFP)(下写真)

(動画:AFP BBNews・2022年11月13日 15:55)(https://www.afpbb.com/articles/-/3433540

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 バンクシーの「絵画」はたくさん見てきましたが、ウクライナの戦況(状況)をそれなりに知らされていただけに、ある種の感慨が起こってきます。昨日に続いての「倒立するバレリーナ」です。これをよく見ていると、腕を支えている「コンクリートの破片」は、この絵を書くために積み重ねたものと思われてきます。ある記事には「五人組」だった、と言う目撃情報が報道されていましたから、「ティーム・バンクシー」と称される人たちが「風の如く来て、風の如くに去る」という「一迅の秋風」の「一掃」にも似た爽快な早業だったと思えてきます。まるで「風神」の仕業でもありましたね。(右は俵屋宗達筆「風神雷神図屏風」・京都建仁寺)

 (ぼくの直感をいうと、「バンクシー」はイギリスにいるのはもちろんですが、世界の至る所に(だから、日本にも)存在し、空きあらばと「画題」を狙っているに違いありません)

 大人を投げ捨てている少年柔道家の絵を見ていた住民の一人は「私たちが不屈であることを示す象徴となる」と語った。「そうとも、わが国は負けない」と。(同記事より)

 今回の「侵略」の象徴でもあった「ヘルソン市」がウクライナ軍により奪還されたという。ロシア軍は撤退したのでしょうが、これまでの行状から見れば、もっとも悪質な「戦争犯罪」を重ねるという不安が現実のものとなると思ってしまう。中国もインドも、プーチンやロシアに見切りをつけたそうです。応援するのは北朝鮮とイランのみ。一体誰が、ロシアの独裁者に「引導を渡す」のでしょうか。世界はいつでも火種を抱えてきたし、時にはその火種の脇に、火薬などの爆発物が置いてあったりするという、危険極まりない時間を送っているのです。それが世界の現代史なのでしょう。この先、独裁者が「核のボタンを押す」という予測を煽っている向きがロシアの内外にいます。それは断じてありえないことを知らないで、どうして「独裁者」が務まりますか。ぼくは断言します。核を使うかどうか、それ以前に「名分なき侵略」に走ったこと自体が、核の使用と遜色ないほどの蛮行であった、と。

 ウクライナ地方にも、もう雪が降り出す頃です。「冬来たりなば、春遠からず(When winter comes, spring is already near)」、「ウクライナに春」が来れば、ロシアにおいても、あるいは欧米やアジア、アフリカなど世界各地に春は到来します。一日も早い「春の到来」を鶴首するばかりです。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。