胸に愛國手に國債 求めよ国債銃後の力 

<あのころ>「支那事変国債」売り出し 戦時下の行列  1941(昭和16)年10月24日、第24回「支那事変国債」が売り出された。日本政府が戦争と呼ばず「北支事変」「支那事変」と呼んだ日中戦争は全面戦争に発展、4年が過ぎ泥沼化していた。資金調達の国債に東京の下町、深川郵便局には長蛇の列。1カ月余後にハワイ真珠湾攻撃が始まる。(共同通信・2022/10/24)

 「支那事変国債」と銘打って、国民の懐から大枚を収奪し、敗戦によって、手持ちの国債は「紙切れ」「紙くず」になった。「宣戦布告」なしで侵略を開始し、あらゆる姦計を弄して、「名分」のなさを糊塗し、かつ鼓舞した。「事変」といって「戦争」とは明言しわなかったのは、「後ろめたさ」というか、正義に反するとという、心なしの後ろめたさがあったからだ。この卑怯な手法は時代が変わっても腐った権力者が取る常套手段でした。ロシアの腐敗した権力独裁が「特別軍事作戦」と詐称・偽称して、ウクライナの「非ナチ化」を実現すると言って始めた「侵略戦争」の現状はどうか。今や、「総力戦」を言い出す始末です。「腐敗した権力者は、ただちに屠れ!」といいたい。いつだって、権力者は、人民を「兵隊」とみなし、自らの手足とのごとく自在に動かす、あげくは、弊履のごとくに放棄するのです。「国威」とはなんでしょうか。「国権」とは何の謂(いい)ですか。「民権」、あるいは「人権」はどこにあるのですか。

● 日中戦争(にっちゅうせんそう=1937年の盧溝橋事件を機に本格化した日本軍の中国侵略 1931年の満州事変以後,中国の抗日の気運は強く日本の軍部は武力をもって華北分離工作を進めた。’37年7月盧溝橋 (ろこうきよう) 事件がおこると,近衛文麿内閣は,北支事変と呼称し,現地解決・不拡大方針を表明したが,宣戦布告のないまま日本軍は北京から上海・南京・広東へと戦線を拡大して全面戦争に突入。これに伴い呼称は支那事変へと変化した。中国側は,第二次国共合作を成立させ,国民政府も南京陥落後は重慶に拠点を移し,抗日戦を展開。’38年1月の近衛声明で「国民政府を対手とせず」と,和平交渉をみずから断ち切り,同年後半,主要都市はほとんど日本軍の手におちた。’41年まで小規模な侵攻作戦が続き,長期持久戦の様相を呈したので,日本軍は ’40年和平工作として汪兆銘 (おうちようめい) 傀儡 (かいらい) 政権を樹立させた。この間,日本国内の人員・兵器・軍需品消耗による国民生活の犠牲の中で,政府は新体制運動を展開した。’41年12月太平洋戦争開戦ののちも30個師団を中国本土に投入し,重慶侵攻作戦などを計画したが,共産党を中心とする八路軍・新四軍の抗戦が強く,各地に解放地区が成立。日本軍は制空権を失い,補給は続かず侵攻地域の確保ができず,点と線を守るにとどまった。’45年8月ポツダム宣言受諾に伴い,日本軍は国民政府に降伏した。(旺文社日本史事典三訂版)

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 ぼくは経済学者ではないから、難しい話はしませんし、できません。国の借金である「国債」が一千兆円を超えたというが、それがどのような問題なのか、無駄と知りながら、素人ながらに考えてみたいと想っているのです。昨年度の税収実績は六十五兆円、予算は百七兆円。差し引き四十兆円ほどが、何らかの借金によって賄(まかな)われています。円安が急激に進み、つい先日は百五十円を超えた。恐らく、この先も円安は進むでしょう。打つ手がないというのが正直なところ。本予算を制定し、同時に補正予算(予備費という隠れ蓑も含まれる)を組むという、理屈の通らない財政運営をしているのが政府であり、くわえて、コロナ対策、防衛予算に、未曾有の税金投入を計ろうとしているし、その大半は借金、つまりは赤字国債・防衛国債・コロナ国債となって、なおも際限なく嵩(かさ)んで行くのです。

 なにかと理屈はこねますが、要するに無為無策を糊塗し。隠蔽するための「ばらまき」を称して財政出動と言う。腰を据えて、この社会の来し方行く末を見る興味もないし、もちろん能力もない者共が、政治(とは似て非なるもの)をしているのです。あらゆる既存の組織や制度が毀損されてきましたが、特に政治の劣化、世辞家の頽廃には目を覆いたくなります。あまりその点を指摘する人はいませんが、ぼくは政治も経済も含めて、あらゆる社会のインフラを支える任にある「人材」がおどろくほど払底している、やることなすことが、「己の利権」「己の名誉」にしか結びつかないという、その「歪んだ自己尊重」の守護神が大量に出回っている最大の理由は、まず学校教育にあると言いたい。拙い教師家業の経験をネタに、大きなこと言いません(大言壮語はしない)が、学校教育の根本が間違っているのではありませんか、と今更のように言おうとすると、息が詰まるほど虚しくなります。「ズルして、得する」方法を授けてきたのが学校だったと、偏差値や成績に席を譲り渡した学校という「旧体制」の温存こそが、諸悪の始まりでした。名門とか一流と、世間で評価される学校が、じつは「自分本位」「自分勝手」「利己専一」な人間を生産する工場でした。

 次々に登場してくる、この島の「総理大臣」が、ことごとく人間性において「貧相」で「能天気」なのも、学校教育の賜物でした。そして、政治家は駄目だけれども、官僚がまともだから、この国は大丈夫と言われた、その官僚の堕落・頽廃の元兇も「自己中心主義者」を育成して、名門の看板を誇ってきた学校の責任をなしとはしません。ぼくが「能天気」「貧相」だというのは、多くの政治家や官僚には、当たり前の「人間性」が備えているだろう資質に大きく欠けたところがあるという意味です。まず、平気で「虚言」「誤魔化し」「抗弁」「弁解」を繰り出すことです。相手(大半の国民)を人間と見ていない証拠でしょう。政治家や官僚に「倫理道徳」を求めるのは、八百屋で「宝石」を所望するようなもの。開いた口が塞がりません。経済政策というと、「金をばらまく」だけ、その大半が「借金(国債)」です。それは政治とは言わないでしょう。金がなければ「国債」を出せばいい、いくらでも限界なしに印刷できるのだと、刷りに刷って「一千兆円超」です。円安が止まらないのは、そこに金融政策がないからです。つまり日銀は、無能者集団に乗っ取られているということです。名門での「秀才」が、寄ってたかって中央銀行を食い物にしたのです。この連中は、政治家と同罪で「国を売っている」、それが本職の盗人集団です。「売国奴」というほかありません。企業の内部留保も五百兆円を超えています。給料をあげないで、しこたま貯めるばかりの仕業を、経済運営、企業経営とは言わないでしょう。

 上掲の「戦時下の行列」の写真をよく見る。この人たちは、いかにも戦時中の「出で立ち」をしていますが、今日でもあらゆるところで並んでいる人たちと意識においては寸分も変わらないでしょう。お上に言われたから、事の真実を確かめもしないでひたすら行列です。言うことを聞いたら、お小遣いをやる、もらえるなら、何だってかまわないと、気がついたら取り返しがつかない事態になっているのです。「宣戦布告」をしないで「事変」で押し通し、挙げ句には国を破滅させてしまった。今日、国債を買うという「奇特な国民」はいないでしょう。市中銀行に買わせるという「アリバイ」を施して、結局は日銀がすべてを買い取っているのです。日銀は、印刷した債権やお札を、何のことはない、自分のところで溜め込まされているだけなんですね。ゼロ金利だとか、マイナス金利だといって、いかにも「金融政策」を取り繕っていますが、どんなにわずかでも「利上げ」を始めるそぶりを見せただけで、即刻、国債の値打ちは暴落します。つまり一千兆円超の国債は紙切れになる、その先駆けを知らせる「狼煙」が上がるようなものです。国債の乱発は、見通しの立たない「平時の戦争」に突入しているという合図です。平時の戦争とは、もちろん、言葉を換えて言えば、「国権対民権」「特権対人権」の戦いにほかありません。

 円安も株安も、起こるべくして起こっている現象で、政策などとは断じて言えない。「三本の矢」とか「アホノミックス」などと、経済や財政の原理を無視した出鱈目な政策を、己の「名誉・地位・権力」維持のために導入した「無責任」の連鎖が破綻したということにほかならないでしょう。ただいま、この国は「戦争」も「事変」も起こしてはいません。しかし「平時の戦争」とでも言うべき、生き残り戦争が劣島のあらゆるところで戦われているのではないでしょうか。武器は使われない代わりに、真綿で人民は首を締められている。無駄な防衛費増額を「国債」で、外国産品によるコロナ対策費を「国債」で、インフレ放置の無策に寄る物価高対策に「国債」を、格差社会を招来しておきながらの弱者救済に「国債」を、何でもかんでも「国債」に下駄を預ける。その結果は火を見るよりも明らかです。

 「平時の戦争」は、身に感じられない「空襲」や「爆撃」を受けていても、一向に痛痒が感じられない。しかし、確実に、人民の「生きるエネルギー」を殺(そ)いでいるのです。国会は機能せず、政府は方向舵を失って、荒海に漂流しています。その船に乗りあわせた不幸を、互いに慰めあっているうちに、「日本沈没」となるのでしょう。思い起こせよ菊の花、「国権」は「民権」の領土内に土足で踏み込んでいるのです。踏み潰されるままに、我が身を任せていいのでしょうか。シロアリやクロアリ、さらにはハゲアリまでが国家の屋台骨を食いかじっているのを、ぼくたちは我慢できますか。(註 「我慢」とは、仏教では「我に執着し、我をよりどころとする心から、自分を偉いと思っておごり、他を侮ること。高慢」(デジタル大辞泉)という。一刻も早く、我慢から「脱出」するときですね。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。