「教える」、その核心は教えないことだ

 【北斗星】「あのさ、頑張れって言わないだろ、あの人。気合だとかさ。そういうあいまいなこと言わずに、その場その場の細かい対処を教えてくれた」。若手社員がある先輩社員を指してこう語る▼作家津村記久子さんの短編「オノウエさんの不在」の一場面。頼りにしていた先輩が会社で干されるとのうわさを聞きつけ、その理由を探るとともに、あの人は指示が具体的で丁寧な点が良かったなどと職場の仲間と語り合う▼日本能率協会が新入社員を対象に実施した意識調査の結果が目を引いた。理想とする上司や先輩の資質を三つ選ぶ設問で最も多かった回答は「丁寧な指導」で7割台と断トツ。次に多かったのは「言動が一致している」で3割台だ。この話題が冒頭の小説を思い起こさせた▼同じ設問で「叱ってくれる」「情熱を持っている」は1割前後と低かった。厳しく叱る一方、良い仕事をしたら手放しで褒めて成長を促す。こんな熱い指導はもう求められていないということか。意外な結果に力が抜けたという管理職の方もいるだろう▼自分では熱心に教えているつもりでも、相手に伝わらなければ意味がない。昭和や平成の時代には特段珍しくもなかった気合重視の指導が、転換を迫られていることは確かなようだ▼自身の記憶をたどれば、上司の指導はおおむね大ざっぱだったが、うまくできるかどうか、そっと見守ってくれていた気もする。指導の意義やありがたみは、しばらくたってから分かることもある。(秋田魁新報・2022/10/25)

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 他人(ひと)に何ごとかを教えるというが、それは簡単なことではないように思う。例えば、5+8=▢という問題に子どもがつまずいているとして、「教える人(教師)」はどうするでしょう。学校の教師は「教える」プロだし、それで飯を食っている。あるいは、シェークスピアに関して、教える人は何をどのように「教える」ことができるのでしょうか。これは、教師まがいを何十年やっていても、ぼくには単純な方法ではなかった。多くの場合は「答え」とされているものを与える、それを称して教えるというのでしょう。じつに安楽・呑気なものです。さらにいうと、「モーツアルトの音楽」について子どもに教えるという時、なにをどう教えるのでしょう。時と場合によって「教え方」はそれぞれで一概には言えぬと、多くの人は考えているでしょう。そうであるともいえるし、そうでないとも、ぼくは考える。

 「あのさ、頑張れって言わないだろ、あの人。気合だとかさ。そういうあいまいなこと言わずに、その場その場の細かい対処を教えてくれた」という、そんな先輩が評価されるらしい。また、「丁寧な指導」、「言動が一致している」が受け入れられているらしい。(小説を読んでいないから)その内容が定かではない。だからはっきりしたことは言えません。ぼくはしばしば、野球の監督やコーチと選手の関係に置き換えることがあります。打撃について言えば、それをどうすれば教えられるのか。選手の力に見合った教え方があるのだろうかと、いつも疑問が残る。いろいろな投手の、いろいろな球種を「こうすれば打てる」という極意があるなら、MVPものですね。ぼくに言わせれば、それは自得する、体得するというほかない。自らが経験するという、当たり前の道しかないようです。

 落合博満という野球人を、ぼくは、もっとも優れた選手であり、監督だったと評価している。彼に付けられた「渾名・綽名(あだな)」が「オレ(俺)流」でした。この渾名は言い得て妙だとぼくは感心していたのですが、世間の受け止め方はそうではなかった。「自分勝手」「我が儘」「我流」というように、あまり感心しない評価として定着していたと思う。つまり世間は、落合という選手(監督)を勘違い・誤解して受け止めていたんですね。彼ほど「自立」した選手はいなかったし、その点で、ぼくは彼を大いに評価するのです。たくさんのことを「教えられた」と、いまでも考えています。

 これは有名な逸話で、多くの人は知っているでしょう。彼がルーキーとして入団した球団は「ロッテ」、そのチームに名選手だった山内一人というコーチがいた。この人は、とにかく徹底した「教え魔」だった。落合に対しても徹底して教えようとした。ある時、落合選手は「もう教えないでください」とかいって、コーチの「指導」を拒絶した。こんなところも「オレ流」だとされたのでしょう。でもぼくに言わせるなら、「オレ流」でなければ駄目なんですよ。ところが、あらゆる分野で「オレ流」が絶滅したんじゃないかと言いたくなるほど、逆に「教えられたがり」が増殖した。その元兇は「学校教育」であり「学校教師」でした。今でも、その体質(悪癖)の大元は変わっていないでしょう。

 これまでさんざん駄弁ってきたことです。教師のもっともいけないところは「出された問題には、正解は一つ」という神話を繰り返し子どもに信じ込ませたことです。どんな問題にも答えは一つというのは、ある種の規則でしかない。それも学校にしか通用しない。バッターは、打ったら一塁に走るというのも一つのルールです。「三塁に走ってもいいではないか」といえば、それでは、今存在している「野球」にはならない。ぼくの経験では、どんなに単純な問題にも、いくつもの答えがあり得る。いくつもある答えから、この場合はこれが、よさそうだと、選択する力を育てること、それが「教える」の真意です。なにがいいか、それを自分で見出す力を、子どもが育てる、それを指して「教える」というのではないですか。いや違うという人もいるでしょう。それは試験で◯をもらう答えを「与える」だけのことでしかないのです。教師の仕事は「正しい答えを与えること」だとすると、まるでつまらない仕事です。器械で十分に代替可能だからです。コンピュータがお得意のゲームですからね。

 自分で考える力を、自分ひとりで育てるのは困難です。だからその手伝いをする人間が求められるのです。教師の仕事は「◯✖」をつける、子どもを評価することではないと言いたいね。こどもたちが「オレ流」を自得し、それによって「自立」してゆくときの伴走者でしょうね。だから教師の仕事には限りもなければ、終わりもないと言えるのです。コラム氏は言います、「自分では熱心に教えているつもりでも、相手に伝わらなければ意味がない。昭和や平成の時代には特段珍しくもなかった気合重視の指導が、転換を迫られていることは確かなようだ」と。「教える」は「与える」ではないと肝に銘じてほしいですね。試験に合格するような「答え」を与え、それを暗記することだけが子どもの仕事になっているとするなら、「教育」というものは、じつに低いところでしか認められないんですよ。「教える」の極意は、「教えない」ことです、これが核心部だと自得されることを、ぼくは多くの人に望みますね。

 落合さんは「オレ流」で徹したというのは、「自分」を育てたから、明らかに「自分」があったし、その「自分」を、容易には譲れなかったからでしょう。自分の足で立つ、この流儀をさまざまな工夫を重ねながら、遂に会得した人だった。反対に「自分不在」だとなれば、自分の足で立てなければ、介添や補助などという助手を必要とします。ぃ加えて、工夫ができなから、どんどん外から異物が入り込んで「なんとか流」に作り上げられてしまう。それは自立とは無縁の、逆方向の精神じゃないでしょうか。「自身の記憶をたどれば、上司の指導はおおむね大ざっぱだったが、うまくできるかどうか、そっと見守ってくれていた気もする。指導の意義やありがたみは、しばらくたってから分かることもある」とコラム氏は述懐する。確かにそうでしょう。でも、もっといいたいのは「指導」という言葉を使わないで、別の表現を工夫すると、もっと「教育の可能性」が見えますよ、ということです。

 「生徒指導・生活指導・学習指導・道徳指導」などど、「指導」が学校で氾濫しています。ぼくはこの言葉も、徹底して避けてきました。「指導できる生活」とはどんな生活なんですか。たったひとつのお手本に合わせた「生活」なんて、御免被りたいね。指導できる「道徳」とは? 信号を守ろうということでしょうか。「汚れたら、手を洗いなさい」、とでも指導するのですか。放っておけば、子どもたちは自分から判断します。大事なのは子どもたちから「考える」時間を奪わないことです。ある問題に引っかかっていると、教師は瞬間に「正しい答え」を与えることができます。結構でした。でも、その代償で、子どもが考えるという「貴重な機会」を奪ったことになる。それに慣れると、与えられることが教えられることと錯覚する「弱い人間」が生まれるんだな。自立している人間は不要なんですか、世間では。教師が教える(与える)から、生徒は学ぶ、つまりは「自得する」ことをしないんですよ。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。