貴船菊そこらに白し十三夜(山口青邨)

 すっかり記憶の彼方に沈んでしまいました。京都の貴船と鞍馬には、ほんの数回でしたが、出かけたことがある。印象は、ただ湿っぽいということと、暗い(陰鬱な)ということばかりが残っています。貴船には由緒ある貴船神社があり、鞍馬には牛若丸修行の山という言い伝えが遺されています。そんなことはほとんどど興味の外で、ぼくには、京都という盆地の底から少しでも高いところへ昇りたいという願望だけが強かったのです。まあ、すり鉢の縁に登って、すり鉢の底を眺めるような、そんなちっぽけな「冒険心」だけは旺盛でした。貴船や鞍馬には親父と行ったような気がしますが、曖昧模糊として、そこでなにをしたということも忘却の淵に沈んでいる。

● 鞍馬山(くらまやま)=京都市北東部にある山。標高 570m。左京区に属する。賀茂川上流の貴船川を挟んで貴船山に対する。山腹鞍馬寺謡曲鞍馬天狗』や牛若丸の修行地として有名。毎年6月 20日に行なわれる竹伐会式 (たけきりのえしき) ,10月 22日夜半に行なわれる鞍馬寺の氏神由岐神社の火祭は広く知られる。山麓門前町 (→鞍馬 ) がある。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 これは後年に知ったことですが、どういうわけだったか、この地に貴船菊が群生していたといいます。別称はシュウメイギクですね。その草叢も、いまではすっかり寂れているらしいのは、自然の成り行きでしょうか。ぼくは、一九六十年代の半ば頃に東京本郷に住んでいました。歩いて数分のところに湯島天神があって、何度も散歩の通り道として行き過ぎたことがあります。「湯島の白梅」と歌われるほどでしたから、さぞかし豪盛な、香り高い、一面の白梅林があると思っていたところが、いかにも都心の煤けた、貧相な「白梅」に驚愕したことでした。これでは湯島の「黒梅」ではないか、枯れ死寸前という惨憺たる状態だった。そのたびに「盛時」を思ったものでした。なんでもそうでしょうね。

 同じように、京都市右京区嵯峨にいた頃、しばしば北野というところにでかけた。嵐電の終点が「北野白梅町」で、近くには北野天満宮がありました。白梅町という程だからと期待していると、肩透かし。(ごく一時期、京都の洛中(堀川中立売)に住んでいたので、北野天神が遊び場のようになっていました)恐らく、湯島でも北野でも、白梅が盛んな勢いで咲き誇った時代もあったのでしょう。しかし世の中の変遷で、年数は経たとしても、生き物は、植物といえども衰えるのが自然の理(ことわり)です。(右上は北野天満宮)

 「貴船菊」は、今では跡形もないとは言いませんが、じつにひっそりと、かろうじて生き残っているという有様のようだといわれています。秋は菊、京都にいた頃は「菊人形」が盛んに宣伝されていました。小さいながらに、何でも不自然に拵(こしら)えるのは好きではなかったから、菊人形の展示場には足を向けたことがありませんでした。これは「盆栽」などにも通じることで、構わなければ、大きく育つのを、苦労して(植物には迷惑)、いじめ倒して大きくしないのですから、好きになりようがありませんでした。これは人間や動物の「教育」「飼育」という営みにも言えることでしょう。構わなければ育つんですね、人でも犬猫でも、植物でも。そういう点では、ぼくはあらゆるものに対して「消極的教育」、いわば放っておくというような態度を取ってきたともいえます。(左上は貴船神社)

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 シュウメイギク(別名・キブネギク)の季節です。キクと称していますが、アネモネの一種類で、見頃はこれからです。大ぶりではない、小さな萼片(がくへん)が、一見して、花と見紛うように、楚々として咲いている。春の花々とは違って、秋の草花は「楚々として」というべきか「可憐に」というべきか。季節にふさわしい姿を表しています。今は、コロナ禍ということもあり、ほとんど外出しなくなりました。せいぜいが近間を散歩する程度です。その散歩ですら、ままならなくなっているのが実情です。家の周りをウロウロするばかりで、あとは家の中で無駄に時間を過ごしている。音楽(BGM)を聞いたり、本(雑多なもの)を読んだり、あるいは植物図鑑を開いたり、それだけでも、ぼくは、十分に満足できるのです。図鑑を開いて、有らぬ事を想像すると、その空間がだんだんと広まってゆくのがいいですね。

 シュウメイギクについていうと、これまでに、どこかで目にした花の姿を、図鑑の中で再確認する、これが結構楽しい。写真だけでも満足できるのですから、とても安上がりです。ワクチンを接種していないので、「全国トク割」とかなんとか、旅行代が安くなるという恩恵にも与(あずか)れません。どうでもいいことですが。

 少しばかりの庭(まがい)があります。じつに雑然としていて、まるで「雑草の園」といった趣で、それもまた一興かと、溜め息交じりに、植物の生命力を感じさせられている。身の回りに育っている草花と言えども、何千年の昔から、生命のリレーをしているものがあることを思うと、なんとも言葉がありません。逆に、「人為」のつまらなさをつくづく思い知らされるばかりです。

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■ 秋を感じさせる優雅な花 シュウメイギクは9月から11月にかけて咲く秋を代表する花です。原産は中国で、古くに日本へ伝わり、野生化したといわれています。漢字にすると「秋明菊」。花の形から菊と名付けられたようですが、アネモネの仲間の宿根草です。英語ではジャパニーズ・アネモネと呼ばれ、イギリスでも可憐な秋の花として人気が高まっています。シュウメイギクは地下茎を伸ばして増えていきます。途中で芽を出し、地上に伸びた茎の先端で花を咲かせます。草丈は50~100cmほどです。冬になると地上の茎や葉は枯れますが、地下茎は休眠し、春になると芽を出します。花びらに見えるのは萼片で、花びらは退化しています。花色は濃桃色や白、紅紫色などがあります。品種により一重咲きや八重咲きがあり、萼片の数は多いもので20~30枚ほどです。和名は「キブネギク」で、京都の貴船地方に渡った原種が全国に広まったことに由来しています」(以下略)(*business flower:https://www.biz-hana.com/blog/cat05/file_005560.html)(ヘッダーの写真も)

● 萼【がく】=の最も外側にあって,保護的な働きをする器官で,葉が変化したもの。1枚1枚を萼片といい,完全に癒着して筒状になったり(シソ科),基部の方だけ癒着したり(マメ科),おのおのがばらばらであったり(アブラナ科)する。多くは緑色だが,ラン科,アヤメ科ユリ科などでは花弁に似る。また,ヤナギ蜜腺は萼が変化したもの。(マイペディア)

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 「秋と言えば菊の花。10月の中旬、旧暦9月9日の重陽の節句の頃、七十二候では『菊花開(きくのはなひらく)』の季節に入り、いよいよ見頃を迎えようとしています。ところで、キクの仲間ではありませんが、姿がよく似ていて、秋の儚い風情を漂わせるシュウメイギク(秋明菊)も、花を開こうとしています。京都の貴船地方にはこの花が古くから野生化し、『貴船菊』(キブネギク)という名で呼ばれています。(以下略)(上の数枚の写真も「暦生活」から。「暦生活」:https://www.543life.com/shun/post20221006.html)

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 下の写真は「菊人形」です。グロテスクというほかありません。大阪の枚方は「菊人形」のディズニーランドのようでした、というか、そうだったかと思うばかりで、何度か誘われたが、一度も行かなかった。こんな「グロ」なるものを見たいですか?(⬇)

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 この「菊人形」なるものを観ていると、あるものを連想しませんか。「棺(ひつぎ)」。そして、その中で立っている人型を。花を身の回りいっぱいに飾るという趣味は、どこから来ているのか。本願寺からか、あるいは空海さんあたりからか。そんなことはないでしょうが。「菊人形」の起こりは江戸時代の植木屋さんの「細工」からだといわれています。植木職の見世物、余技がだんだんに広まり、江戸中に流行するまでになったといわれています。今日では「遊園地」の人集めの材料として、京都にいた頃には枚方や亀岡、さらには宝ヶ池などがよく知られていました。この手の「見世物」は、ぼくには鬼門で、つねに敬遠してきました。

 シュウメイギクも、飾らないのがいいですね。「人」でも同じです。「素」が一番だといいたいのです。でも「素っぴん」では嫌だという人もいるでしょうから、あえて飾るんですね。これを「懸想(けそう)(けしょう)」、いや「化装(けそう)」かな、さらには「仮相(けそう)=仮の姿」ともいう。それが時を経て、「化粧・仮粧」になったのかどうか、ぼくにはわかりません。しかし「美しく飾る」という、儚いかつ果てない「目的」はあったと思います。なかには、結果として「美しくなく飾る」人も出てくる始末。そうなると「化装(けしょう)」でしょうね。化けるというか、素の姿を仮のものにする。それができる、したがるのは人間だけですね。

 いずれにしても、花は、そこに咲いているだけでよろしい。人もまた、そこにいるだけで「よろし」とならないものでしょうか。秋の草花を鑑賞しながら、つらつら考えるのです。

 今月の十日は「満月」でした。最近は、夜空を見上げる時間が多くなっていたこともあり、まんまるの月を、本当に久方ぶりに眺めていました。九月十九日は「中秋の名月」と騒がれていましたが、何の飾りもお供えもなく、ただじっと夜空を見上げていましたね。明るいものでした。加えて、「見上げる」というのは肩こりをほぐすにはいい体操だといわぬばかりに、「空を見ろ!」と。反対に「見下(お)ろす」は「見下(くだ)す)に通じていますから、あまり肩こりを癒やす運動(体操)にはふさわしくないですね。

 夜毎の「月」に「名前」をつけるというのも、誰が始めだしたことか、趣き、風趣があるとは言えるでしょう。(いずれ、どこかで「月の名」愚考の跡を綴りたいですね)

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