弔辞まで「演技」だと。これ阿爺下頷なり

 弔いのTV中継考 ― いつからか、芸能人などの葬儀中継が流行りだした。心ない業というべし。故人を弔い悼む「私情」を世間に見せびらかすのに意味があるのか。俗悪な趣味だし、時には破廉恥ですらあるといいたい。故意に歪曲・捏造された「弔辞」「悼辞」も唾棄すべきだ。故人との親縁を披瀝したいのだろうが、「弔い」を誤用していると言うべき。「国」の葬儀なら、尚更だ。山縣有朋が伊藤博文との死別に際し、捧げた歌が諸方で濫用されている。師と仰いだ JR 東海会長 K氏 を追悼する際、この山縣の歌を引き、故元総理が公開した(この歌の在り処を教えたのが K 氏だ)。国葬儀で、 S 元総理は二番煎じを臆面もなく「創作」として披露した。拍手で応じたのが前全国市長会長 M 氏。弔辞を読んだ元総理とは昵懇の仲だった。その拍手に続いたのが、FTV 局の解説者某氏。同じ穴の貉だった。故人の無念を踏み台に、悪辣な自己喧伝劇が中継される嫌な時代にいる。(「There is nothing new in his remarks.」2022/10/02)

 先ごろ行われた「国葬儀」なるもの。実況中継されたようでした。でも、ぼくは見ていない。終了後、ネットのニュースなどで、チラホラとその筋書き・雰囲気が流されています。見るともなく見ていると、山縣有朋がどうだとか、キラリと光る「弔辞」だったとか。そうでしたか。ぼくには興味はないが、大枚の税金を使ってまで、自己顕示の好機と捉える政治寸劇には、許すまじ「死者への冒涜」とだけは言っておきたいね。「二番煎じ」を、さも「一番煎じ」「独創」のごとく、平然と仕立て上げるとは、政治家風情にしておくのはもったいない。これを芝居と見れば、「セリフ(台詞・科白)」を聞いて涙するのは、客席からは、まことに役者然としているとして、また、お見事と手を叩きたくもなるか。だから葬儀の場で「拍手」が起こった。まず一番手は「前全国市長会会長」 M さん。弔辞の役者とは知遇の間柄だったし、ご丁寧に「弔辞」役に対する演出を担当していたと、ご本人が宣う。この裏事情を暴露したのが某 TV 局の H 解説委員。してやったりと、「国葬儀」後、M & H 氏たちは「祝杯」(献杯だったか)を挙げたそうです。(裏ネタを、ネットで「得意然」と書いているテレビ局解説委員。「末世」は闌(たけなわ)を過ぎたようです)

 (これもすでにどこかで触れていますが、山縣が死去した時、若干三十五歳だったか、石橋湛山は「死もまた社会奉仕」と「東洋経済」誌に書いたが、同じ文脈で「死は新陳代謝だ」と書いているのです。ずいぶん思い切ったことを書いたものと、多くの人は感心はしますが、山縣の「政治家としての評価」を吟味すれば当然のことでした。今回の「国葬儀」における「故人の評価」は、まったく真っ当なものではなかったと、ぼくは考えるものだ。否定すべくもないことで、時代錯誤も甚だしい政治感覚(いや、無感覚)だったし、国民にしてみれば「有害無益」と言いたくなるような行状だったと言わねばなりません。なにによらず「新陳代謝」は、速やかに行われてほしいと、わが「社会の健康」回復のためにも切に願うものです)

 * 蛇足 伊藤と山縣に関しても、綴りたいことがありますが、別の機会に。松下村塾の先輩・後輩だった(山縣が三歳年上)。身分の差は歴然たるものがあり、山縣は藩士で、伊藤は足軽以下だった。見識では伊藤が突出していた。山縣はそれに含むところがあったよう。両者は政治の世界でも、仲が良くなかった。(山縣は「君主政治」、伊藤は「政党政治」を求めていた)、まして、刎頸の友などでは、尚更なかった。伊藤暗殺に至る山縣の行動は怪奇でしたね。だから、「献呈の歌」も、「政敵」への恩讐を超えたほどの、衷情が込められていたかどうか。「犬猿」が時には「狐狸」になるのかも。(注 タイトル中の「阿爺下頷(あやあがん・あやかがん)」とは「間違い」のこと、物事の見境のつかない愚か者や愚かさをいう)

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 十月(神無月)に入りました。秋色さらに濃く、天はますます高く、束の間の「秋晴れ」が天啓のごとくに、ありがたく思われてきます。嫌なこと、悪いことばかりではない「時間」を送りたいと念じつつ。かつ、怒りを、誰彼にぶっつけないような、そんな穏和な時間も合わせて送りたいですな。

俗塵を身いっぱいに秋の空 (無骨)

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