鰯雲人に告ぐべきことならず(楸邨)

 【談話室】▼▽「逆波の稲にもありて最上川」。俳壇の第一人者鷹羽狩行(たかは・しゅぎょう)さんの句である。斎藤茂吉の名歌「最上川逆白波(さかしらなみ)のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも」を下敷きに、飄風(ひょうふう)が川面だけでなく稲をも揺らすさまを捉えた。▼▽茂吉へのあいさつ句といった趣向だろう。ただしそれにとどまらず、新庄市出身の鷹羽さんにとって本県の景観は創作意欲を刺激するものだった。「稲穂波よりもしづかに最上川」とちょうど今頃を詠んだ句もある。豊穣(ほうじょう)の季節感は多くの県民の共感するところに違いない。▼▽そんな折、東北地方を横断しそうなのが台風14号である。当初、気象庁は大きな爪痕を残した「伊勢湾台風に匹敵する」と警戒を促した。九州を縦断し、西日本を暴風域に巻き込みながら北東に進む。犠牲になった方が出たほか、水に漬かった農地のニュース映像も流れた。▼▽県内でも農家が対策に追われた。リンゴ産地の朝日町では収穫を前倒ししたり、酒田市では特産の刈屋梨の畑で棚を補強したり。どうか秋の実りへの影響が少なくなりますように。そして、豊かな大地を最上川が穏やかに流れ下りますように。そのことを祈るばかりである。(山形新聞・2022/09/20)

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 上掲コラム中の「飄風(飆風)」とは「急に激しく吹く風。つむじかぜ。はやて」(デジタル大辞泉)という。「飄」は「ただよう」(動詞)とも、「つむじかぜ」(名詞)とも読ませる。さらには「はやい」「ひるがえる」などとも読ませます。今回の台風十四号は、さしずめ「逆波の稲」とばかりに揺り動かされたところが多かったのではないでしょうか。刈り入れ直前の稲穂が大風と大雨でなぎ倒され、水に浸されたさまを思い浮かべます。今年は台風の数は少ないというが、しかし少ないながらも大きな被害をもたらすのが、この先も襲撃してくるのではないかと安心できないでいます。

 鷹羽狩行さんの俳句に関して、ぼくは一ファンでしかありませんが、軽さと知的な雰囲気がとても好ましいと思ってきました。山形県は新庄市の出身だと言われますから、ぼくの勝手な思い込みで言うと、まるで、作家の藤沢周平さんのような存在感(佇まい)がある俳人です。藤沢さんは鶴岡の出だったかと思う。この他に、何人か山形出身の人を知っていますが、個々の違いを越えた類似性が認められるようにも思われて、はっきりとした根拠があるわけではないのですが、ぼくには懐かしさを感じさせられてしまうほどです。その鷹羽さん、もう三十年ほどにもなりますか、ラジオでしばらく俳句入門のような指導をされていたのを聴いたことがあります。番組担当者(女性)が、与えられた「季語」を仕立てて一句を作る、それを師匠格の鷹羽さんが添削するというもので、その的確な指摘と表現に、ぼくはほとほと感心したのをよく覚えています。

 素人が作る作品に手を加えるというのではなく、この言葉が、なぜここに来るのかという問題提示を、ものの見事に適正な言葉と適切な位置を与えるという、ただそれだけのことでしたが、十七文字の姿形が、驚くほどの精彩を得て蘇ってくるのをまざまざと、ぼく自身が体験したように思われたのでした。今から考えれば、その添削指導ぶりの痕跡を記録に残しておかなかったことを残念に思う次第です。俳句はリズムだと言うし、写生だともいう。何であれ、一瞬の景観(景色・気色)を切り取る、そのふるまいに作者の個性が出るものでしょう。ひるがえって、このぼくは、まるで「駄句」の集積のような、なさけないジレッタント流儀をどれくらい続けてきたことか。

 コラム氏が触れている二句。この「逆波の稲にもありて最上川」という句は「稲穂波よりもしづかに最上川」に並び重なって、鷹羽俳句の醍醐味があるのでしょう。最初の句が先にできたのかどうか詳細は調べていませんが、最上川という「最上の句題」に、鷹羽さんは「地の利」を如何なく発揮されたことだけは確かでしょう。その鷹羽さんのものを二、三句。いずれの句も、大きな自然にあって、人間は一個の点景になっているという風情が漂っています。森羅万象、渾然一体という「整然」を思わせてくれないでしょうか。この端正な落ち着きもまた、鷹羽さんの本領だったでしょうか。山口誓子と秋元不死男に師事。飯田蛇笏に深く傾倒しているとも言われます。

・ひぐらしやどこからとなく星にじみ   ・道あるがごとくにしぐれ去りにけり   ・いわし雲旅は一人の時に満ち   ・露の夜や星を結べば鳥けもの

● 鷹羽狩行 (たかは-しゅぎょう)1930- =昭和後期-平成時代の俳人。昭和5年10月5日生まれ。山口誓子師事。「天狼」「氷海同人をへて,昭和53年「」を創刊,主宰。この間の40年「誕生」で俳人協会賞,50年「平遠」で芸術選奨新人賞。平成14年俳人協会会長。20年「十五峯」で詩歌文学館賞,蛇笏(だこつ)賞。現代感覚と知的な構成に特徴がある。27年長年にわたる俳人としての業績で芸術院賞。山形県出身。中央大卒。本名は高橋行雄。(デジタル版日本人名大辞典+Plus)

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 ついでに、と言っては言葉が足りません。しかし時節柄、「鰯(いわし)雲」(「鱗(うろこ)雲」「鯖(さば)雲」などとも)を詠み込んだ句をいくつか。詠み人の存在が消えてしまうというのがいいですね。

・いわし雲大いなる瀬をさかのぼる (飯田蛇笏)  ・なにゆゑのなみだか知らず鰯雲 (久保田万太郎)  ・天覆ふ鰯雲あり放心す (山口誓子)  ・鰯雲こころの波の末消えて (水原秋櫻子 )  ・残る生のおほよそ見ゆる鰯雲 (斎藤玄)

● いわし雲(いわしぐも)=上層雲の一種で氷晶からなる。一般には巻積雲の俗称であるが,の類の名称と厳密に対応するわけではなく,高積雲をさす場合もある(→雲形)。秋によく見られ,そのときイワシ漁があることからこの名がある。まだらの形がサバの皮膚の模様に似ているため,さば雲またはうろこ雲とも呼ぶ。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 秋分の日も間近です。昨日が、秋の彼岸の入り。「中日」は 23日 ですね。どうでもいいこと、本日が馬齢重ねて七十八歳です。誰かに言われて、そうだったか、と驚いたのです。先日、京都の姉に用事があって電話したら、「あんた、いくつになるんや?」と尋ねられた。姉さんとは三つ違いだからというと、「そうやったなあ」と。ぼくは五人(兄姉姉僕弟)組で、今のところ、ひとりも欠けていないのも、どういうことでしょうか。兄貴は、ぼくより七歳上です。弟は三、四歳下。それぞれが歳をとったという感慨が深い。両親はもういない。兄弟姉妹、仲良くとはいかなかったのは、いろいろな理由もあったが、結局は兄弟姉妹もまた、親子同様に「他人の始まり」ということだったからかもしれません。ぼくは、ぼく以外の四人の誕生日を知らないし、知りたくもないままで、ここまで付き合ってきました。(誕生年は覚えています)

 烟雲過眼(えんうんかがん)、このような境地には、青息吐息をついている限りは達し得ないことはわかりきっています。しかし、雲も煙(烟)も掴むことができない以上は、ただ黙って、眼前を通り過ぎるのをやり過ごすばかりですね。何事も、そのように頓着・執着しないで、生きていけるなら、気楽になるのですかね、あるいは物狂おしくなるのでしょうか。生きている限り、ぼくたちは何事かに「拘(こだわ)り」「固執し」、どこまで言っても「狂気の部分」を捨てられないんでしょうね。台風、彼岸、鰯雲、親子兄弟姉妹についてなど、常日頃、まともに考えてみようともしない、考えても埓の開かない事事に取り憑かれるのも、台風一過がもたらした、秋冷の気がなせる仕打ちか、ほんの一瞬の間の愚考でした。

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