秋草の名残の匂い身にしみて(無骨) 

 九月三日、「誕生日の花」は蔓穂(つるぼ)で、「花言葉」は「誰よりも強い味方、流星のような、不変、志操堅固、我慢強い、風情ある、寂しさ、悲しみ」などなど、なんでもありのよう。(早朝、ラジオからの「花だより」から)ものは見ようで、いろいろな見方ができますから、それを言葉で表せば、これまた「なんとでも言える」というもの。草花は大好きですが、「花言葉」などにはまったく興味はありません。それはまるで、自然に咲いている、あるいはそこに植わっている草花に、好き勝手に「洋服を着せる」ようなもので、言ってみれば「悪趣味」だという気がします。あくまでもぼく個人の感想です。その様子は犬や猫にシャツやパンツを着せたり履かせたりして、もてあそびものにする飼い主のような、ある種の「玩弄物」化の気配さえ感じてしまうのです。困るのは、そのことに「自覚」がないということ、犬や猫が望んだのでもないのに。花よりも花言葉が、表に出る(目立つ)とろくなことはありません。名よりも実、ということでしょうね。これは「人間」についても同じことではないですか。

 それはともかく、田舎に住んでいると、街中の生活では得られなかった好運や不運が、応接の遑(いとま)もなく舞い込んできます。運不運の割合は半々などではなく、圧倒的に「運」の方が多いのは言うまでもありません。「果報は寝て待て」というようですが、ぼくはそんな悠長な「果報」には恵まれなかった。いつだって、歩く、歩き回ることから得られるものばかりでした。犬も歩けば棒に当たる、そういうことだったでしょうか。その第一は「景観」というか、「風景」というもの。なんでもない、「平凡」そのものが目に入ると、ぼくはすっかり嬉しくなるのです。野山には、いのちがあふれていると言いたいですね。この「蔓穂(つるぼ)」も付近でよく見られます。つい最近までは、猛暑のために外歩きはしませんでしたが、いい時候になってきましたので、歩き回る(徘徊する)のが楽しみで、農道や畦道(あぜみち)、あるいは獣道(けものみち)(と言うのは大げさですが)にも入り込みます。いたるところに、「いのち」が横溢しているのです。

● ツルボ(つるぼ / 蔓穂)[学] Barnardia japonica (Thunb.) Schult. & Schult.f. Scilla scilloides (Lindl.) Druce=ユリ科(APG分類:キジカクシ科)の多年草。染色体はA、Bと異なるゲノムの組合せからなる同質および異質倍数体からなる複合種で、外部形態もきわめて変異に富む。鱗茎(りんけい)は卵球形または楕円(だえん)状球形で黒褐色の外皮に包まれる。葉は春先と開花期の7月以後、二度地上に展開するが、倒披針(とうひしん)状線形、上面はへこみ、軟質で厚い。花期には葉を伴わないこともある。花茎は直立し、高さ30~50センチメートル、総状花序に淡紫色花を上向きに多数つける。北海道南西部、本州から沖縄の日当りのよい原野や道端に生育し、朝鮮半島から中国に分布する。(ニッポニカ)

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 もうすぐ見られるのが、「吾亦紅(吾木香)」、ワレモコウです。これが誕生花となるのは「8月25日、10月28日、11月19」)とされています。年に数度も。花時でもあるのでしょうが、それ以上に「花屋の作戦」かもしれないと、品のない想像をしたりします。この花の、花言葉は「変化」「移ろい」「もの思い」などが代表ですが、これも各種あって、各人の好みに合わせられるような塩梅です。ぼくには「誕生花」も「花言葉」も不要で、視界に入れば、もうそれだけで至福です。ぼくの「徘徊の理由」のすべては(健康のためではなく)、花々・木々との邂逅(逢着)です。いつもの歩き慣れた道なら、この先になにが、右に曲がれば、あれがあると、ほぼわかります。しかし、歩くコースを変えれば「未知との遭遇」があり、楽しみも、さらに湧こうというものです。「物思いに耽る花」って、どんな花ですか。

・吾亦紅さし出て花のつもり哉(一茶)

 (この句には、「五木香(ごもくこう)」という語が使われているものがあります。それが「吾木香」かどうか、不明)

(*「五木香 (ゴモクコウ)植物。キク科の多年草,薬用植物。モッコウの別称:動植物名読み方辞典)(*もっこう【木香】=漢方薬に用いる生薬(しょうやく)の一つ。キク科モッコウのを乾燥したもの。健胃鎮痛利尿抗菌などの作用がある。高血圧、動脈硬化肩こりに効く九味檳榔湯(くみびんろうとう)、更年期障害月経不順に効く女神散(にょしんさん)などに含まれる。:漢方薬・生薬・栄養成分がわかる辞典)

● ワレモコウ(吾木香) ワレモコウ Sanguisorba officinalis; burnet=吾亦紅とも書く。バラ科の多年草。高さ約 1.5mになり,茎は直立して上部はまばらに分枝し,長楕円形で,円頭,粗鋸歯の小葉から成る奇数羽状の複葉をつける。晩夏,穂状の花序を茎頂につけるが,花序は短球形で暗紅色,マツの球果 (松かさ) 状で,この形からボンボコの地方名がある。花序は黒紅色のと黒い葯 (やく) を有する小花の集りで,花弁はない。塊状の根には一種のサポニンを含み,吐血の止血薬として用いられる。漢方ではこの根を地楡 (ちゆ) という。(ブリタニカ国際大百科事典)

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 面倒なことは言いません。ぼくが野山に咲く草花などに大いに惹かれるのは、幼児からのことであり、その多くは田舎住まい(現、石川県七尾市)のおかげでもあります。おふくろの影響が大きかったといえますが、この野山の草花の殆どが「生薬」として、実際に利用されていたからでした。ゲンノショウコやドクダミなどは代表例ですが、多くは煎じ薬として常用されていました。ぼくも服用した経験がある。いまでは、まったく薬用という意識はないものの、どこかしらでその香りや味覚が、ぼくの感覚に訴えてくるのかもしれません。そういえば、ぼくは独り歩きができるようになって以来、いつだって野山を歩き回っていた。兎や狐や狸などは友だちだったとは言いませんが、親しい生き物でした。数多くの昆虫も鳥も知り合いでありました。七十年以上も昔の経験と記憶が、あるいは「人間の感覚の源になる」といっても間違いはなさそうに思う。

 (これらの山野草は、一体どれほどの時間を生きているのか、ぼくには見当も付きません。その大半が「生薬」「漢方薬」として重宝されてきたことは「医心方」に詳しい。「医心方」については、どこかで述べておきました。翻訳された槙佐知子さんについて触れたときに)

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● 医心方(いしんほう)=現存する日本最古医書。平安中期の医家丹波康頼(たんばのやすより)が984年(永観2)に円融(えんゆう)天皇に奉進した。全30巻。内容は医学全般を包括して養生、房中に及ぶ。すべて中国の六朝(りくちょう)・隋(ずい)・および朝鮮の医薬関係書からの引用で構成され、多くは隋の『諸病源候論』によって項目を分けている。引用書は100余種に及ぶが、そのなかの多くが亡失して伝わらないため、中国医学史研究上、きわめて貴重な文献となっている。また古態(こたい)を残していることから現伝の古医書を考訂するうえでも重要な資料となっている。(⤵)

 秘蔵されたため幕末まで人目に触れることがなかった。伝本に主として半井(なからい)本系と仁和寺(にんなじ)本系の2系統がある。半井本は、正親町(おおぎまち)天皇が典薬頭(てんやくのかみ)の半井瑞策(ずいさく)に賜ったもので、同家は代々これを秘蔵したが、安政(あんせい)年間(1854~60)幕命によって供出させられ、江戸医学館で校刻された(安政版)。原本は半井家に返却され今日まで伝わり、1982年文化庁の所轄となり、84年国宝に指定された。ただし巻22は早くに流出してお茶の水図書館にあり、これも国の重要文化財。仁和寺本は、幕末まで全30巻中20巻が残存していたが、今日、仁和寺には5巻分しか現存しない(国宝)。しかし流出部の内容は国立公文書館所蔵ほかの幕末の模写本によってうかがうことができる。半井本系と仁和寺本系では記載にしばしば異同がある。(ニッポニカ)

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