虎は死して皮を留め、人は死して名を残す

  虎は死して皮を留め人は死して… 。今でもこの古言は通用するか。中国の古典に「蓋棺事定」とある。「棺を蓋(おお)いて事定まる」、人物の評価は死後に一定するらしい。一理あるが、真理にあらず。史上最長の首相在任期間を傲り、その間にも「違法に類する」所業が判明するも、選ばれ続けた故の錯覚・錯誤か、自己欺瞞が増大しすぎたか、余所目にも、自己撞着は繕い難かった。なお「棺を蓋いて事定まる」というか。公然たる「虚偽答弁」、(森友事案に)夫婦関与なら、「総理大臣は疎(おろ)か、国会議員も辞す」と十八番が。その段の挙措は、いかにも「虚偽さ」と表情に出た。往時の狼少年は、成人し「狼男」に成熟。ここに狼戻(ろうれい)という語を想起する。時宜を得るのは偶然でも、やがては必然となる。「時の宜しき」は「時の悪戯」となる好例だった。国家財政は破綻に至り、政治道義は地に堕ち、人心惑乱の勢い、未だ終焉をみず。それでも「国葬」か?(「言わねばならぬことをこそ、言う」第四回)(2022/08/17)

 去る者日々に疎し、そうなるのか。ますます余人を持って代え難い人物だったか。いろいろな意味でも「置き土産」は甚大な悪影響を及ぼしていると、ぼくはこの二十年、三十年の政治道義の退廃・頽落の蔓延、それは間違いなく、翼賛的政治のしからしむるところ、この社会の行き着く果でもあった、そんな感慨を持ってしまう。世界における、経済力や政治的影響力の低下はどうと言うことはない、それ以上に「人心」「風儀」の堕落のほうがこの社会にとっては致命的でもあると思うし、その漂流は留まるところを知らないようです。たった一人の人間の仕業とは思えもしません。衆を頼んで事を起こす、暴力政治のよくなすところは、一人間の尊厳を足蹴にし、強くない人間を罵倒するという「荒芸」だった。そんな「暴戻政治」を(ぼくを含めた)「衆愚」は願ったのでしょうか。「権力者の犯罪」に目をつむり、良きに計らうのが司直だったと、改めてこの社会の病巣が明かされたのですが、その始末はどうなるのか。「某統一教会」の指導よろしきを得るのか。金輪際、御免被りたいな。

***************************

 【小社会】事件・森友 歴史を再編して眺めると、違った景色が見える。記憶に残る森友疑惑。あれは疑惑?▼大阪の国有地。小学校が開校予定で、名誉校長は首相妻。予定地前で写った妻の写真は政府職員の撮影。当事者の学園理事長によると、この写真を担当者が見て急に計画が進んだとする。▼国は土地売却の値段、経緯をことごとく隠す。しかし報道でバレる。鑑定額から8億円を引き、10年分割払いを提案、ごみを大量撤去したことにする口裏合わせまでも企てた。そして首相が「私や妻が関係していればやめる」とたんかを切るや、財務省本省で始まるのが前代未聞の文書改ざん。▼「妻」の登場する文書、「特例」といった記述は廃棄、削除。本省職員は事情を知らない部下にログインさせ電子データを夜に改ざん。まるで映画の世界。この改ざん文書を国会にも提出。2017年秋の解散総選挙は、いわば隠蔽(いんぺい)工作が続く状態の中で行われ、自民・与党は圧勝した。▼バレたのは選挙明けの18年。朝日新聞のスクープによる。先は想像するほかない。1人の真摯(しんし)な公務員が、自死する以前に事実をファイルにまとめ、早い段階で検察に渡している。まして改ざんはお膝元で起きた。時の政権は本当に終始何も「知らなかった」のだろうか。▼最長政権の光は、今も長い影を延ばす。茫漠(ぼうばく)たる現在地から思う森友「事件」である。国民をだましたという結果の一点において、疑惑ではない。(高知新聞・2022/08/17)

_____________________________