信仰は空模様、信心・信念・崇拝と変幻自在だ

 【北斗星】「A君を帰せー」。学生時代、住宅街の一角で仲間と共に大きな声を上げたことがある。学生運動が既に下火の1980年代初め。それでもアジ演説をするヘルメット姿の学生はまだ残っており、その言い方をまねて叫んだ▼A君は同じ下宿の学生。約1カ月も学校に行かず、下宿に帰らず、統一教会の建物で合宿生活していた。息子の異変を知って駆け付けた両親に「何とか連れ戻して」と懇願され、冒頭の行動に及んだ▼当時、学生が入信の勧誘を受ける機会はそれほど珍しくはなかった。教団関連のサークルから辛うじて抜け出した体験を語る同級生もいた▼安倍晋三元首相を銃撃し、命を奪った山上徹也容疑者の犯行の背景には世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への強い恨みがあったという。霊感商法で社会問題となった旧教団名を耳にしないと思っていたら、いつの間にか名称変更していた。何事もなかったかのように存続していたことに驚く▼国会議員らが教団の「広告塔」を務めてきたことが問題視されている。政治と教団の関係を見直すのが当然だろう。ところが自民党幹部からは「何が問題か分からない」との発言が飛び出した。何とも理解に苦しむ▼40年前は教団側と押し問答した末、どうにかA君を取り戻すことができた。ただ彼の手には教団関係の本が大切そうに抱えられていた。退学して実家に帰ることになった彼がその後どうしたのかは分からない。いまだに忘れられない鮮烈な体験だ。(秋田魁新報・2022年7月31日 )

 昨日も触れました。教師まがいの仕事をしていて、授業以外でも、学生と付き合うことは多かったと思う。ぼくは教職課程の授業をずっと担当していたので、自分の所属学部以外の、全学の学生(担当授業の履修者)との交流がありました。それなりの相談や悩み事を打ち明けられたことも多かった。中でも、楽しい思い出ではないものとして、第一に、学生と新興宗教(と言っていいのか、あるいはカルト集団と断定すべきだったか)の関わりに関して、当人からも親からも相談を受けたことがあった。今問題になっている「世界平和統一家庭連合」(旧名は「統一教会」、この名称変更には卒業生で、元文部大臣を務めた政治家が関与していると報道されています)は、おそらくぼくが、この種の問題で関わりを持った初めてのことでした。詳細については、話す気もしません。大学は「人拐(さら)い場」であり「安寿と厨子王」の世界でした。

 当たり前に考えれば、「雨が降れば天気が悪いのだ」と納得しますが、「信仰」と一言で言っても、そこにはいろいろな要素が含まれます。「教祖は偉大だから、雨を止めることができる」、あるいは「金輪際、雨を降らさないのだ」ということがあるのかどうか、その昔は「雨乞(あめごい)」と称して、村びとが挙(こぞ)って、祈ったという。何度か祈れば、一回ぐらいは祈りが通じたかもしれない。それが「信仰」の根拠になったとは思えませんが、そんな素朴なものから、この壺を買えば、このネックレスを買えば、たちまち金運がついて回る、そんな商売が後をたたないのです。この世には「霊感商法」まがいが溢れています。「美人になれる」というものから「気持ちよく痩せられる」「いつまでも年を取らない」などなど、当たり前に生きていれば、騙されようがないにも関わらず、人間には「騙されたい願望」があるのです。それが信心、信仰ということになると、なかなか面倒でもあります。大学に入りたての頃、急性の病気で入院したことがありました。その病室の隣のベッドの患者のところに、今は政治も兼業しているある教団の信者がやってきて、「こんな病気になるのは信仰信心が足りないからだ)とか、悪口の限りを尽くしていのを聞いたことがあります。これが「折伏か」と、ゾッとしたことがあります。その後、まもなく、ぼくはその教団の開祖だった牧口常三郎氏のものを読む機会がありました。「創価」という主張でした。彼は教師であり、また民間伝承研究の徒でもあり、柳田國男さんの研究会の常連でした。(話が逸れました)

 「どうせわたしを騙(だま)すなら、騙し続けてほしかった」(バーブ佐竹「女心の唄」?)「結婚」を詐欺の手段にする手合が消えてなくならないのも、その証拠の一つです。「騙されやすい」から「騙されたい」に、そして「信じたい」から「信じるものは救われる」というところまで、一直線に行き着いてしまうのでしょう。人間の「心理」、あるいはそれは「弱さ」でもあります。「自分の足で歩くぞ」という人は、驚くほど少ない。「正直者に神が宿る」とばかり、正直に信心するから、「騙されている」とは微塵も思わないのです。信仰、と一口に言うのは危険でもあるでしょう。信仰を出汁やネタにして、いろいろな奸計(策略)が張り巡らされている、それが世の中です。こんな事を言うと信仰者に怒られれそうですが、依存心の現れでもあるのが信仰、それは酒や薬に頼るのとは決定的に異なるのでしょうが、でも、「頼る」「依存」という一点では、五十歩百歩か。自由であるとは、別の表現を使うと「不安」です、その不安から逃れたいために飛び込むのが「信心」で、それは自由の放棄でもあることはほとんどですね。

 ここで、それを簡単に分類するのは誤解を生みやすいのですが、辞書を借りて言っておきます。信仰とは①〔神信心〕faith;②〔一般に信念,信心〕belief;③〔崇拝〕a cult などを表していると見られます。問題の「家庭連合」は、はっきりと言うなら③の「カルト」に該当するのでしょう。

  カルトとは、以下のように概説できるでしょう。カルトかカルトでないか、その区別は明確ではありません。キリスト教とみられるものでも、ときには武器を持って「反社会的行為」に及ぶ場合があるからです。少し視点が変わりますが、同じキリスト教徒でも、「中絶」は死んでも反対という強烈な過激派もいる。信仰自体は変幻自在・融通無碍でもあるでしょう。何でもあり、それが実態です。「イワシの頭も信心から」という習慣がこの社会では、隅々まで生きていました。ある人は宗教は麻薬だといった。目がさめるときもあるし、そのまま無自覚で頼り切る、依存状態に落ち込む人もいる。したがって、信仰の一種である「カルト」はどこまで言っても「カルト」であるのではなく、人により、ときにより、それは「依存と自立」の葛藤であるとも言えるでしょう。「統一教会」(現「家庭連合」)などは、外部から見れば、どうしようもない「反社会的な疑似宗教」です。しかしそれに取り憑かれると「至福」の状態をもたらす「絶対宗教・絶対信仰」となる。両者の距離は親子兄弟でも埋まらないほどに深く決定的でもあるのです。

  1. 1Cカルト(◇反社会的な擬似宗教),狂信的教団;狂信的カルトの信者たち
  2. 1aC異教,にせ宗教;〔集合的に〕異教徒
  3. 1bCU((形式))(ある特定の)祭儀,礼拝形式
  4. 2C(…の)礼賛,極端な崇拝;(一時的)熱中,流行,…熱≪of≫;崇拝[礼賛,熱中]の対象(デジタル大辞泉)

 ぼくは、何人もの学生が、この「カルト」に率先して入信してゆくのを傍観していたわけではありません。しかし、結果的には「為すすべがなかった」というほかありません。暴力に訴えてでも、「入信」を止めるべきであったともいえますが、ぼくが止めることができたとして、その「カルト」が存在する限り、同じ轍(てつ)を何百回も踏ふまなければならないのですから、最後は、当事者の判断する力に頼ることしかできないのです。公称(というのか)、現在の信者数は三十万人とも言われています。日本におけるカトリック信者の数十倍、いや数百倍です。誰が見てもとはいえませんが、ごく普通の感覚を持っていれば「怪しい」「危ない」というような「集団」から、多くの政治家が献金や選挙応援やその他の供与を受けていたと言われています。それを、堂々と公表し、「そのどこが問題かわからない」と嘯く政治家も一人や二人ではない。ここまで、腐りきった政治社会になっているともいえます。家庭不和、一家離散、自殺などなど、多くの悲劇が生じているにも関わらず、この有様です。挙げ句に「銃撃」事件の勃発です。

 並べるのは悪い(どちらにか)ようですが、この集団と暴力団、名前を変えれば、ただの社会集団だと言い募ることもできるのです。それをいいことにして、さまざまな供与を受けていたかもしれない、その見返りは何か、それを(関係する人たちの)誰も知らない、誰も考えないはずはありません。この教団の発端に深く関わっていたのが、銃弾に倒れた元総理の祖父であり、元右翼の「大物」とされた「日本船舶振興会」代表だった人物です。その関係が断ち切られないまま、戦後も続いていて、はしなくも今回の「銃撃事件」発生という不幸を招いて、初めて多くの民衆が知ったというのも、ぼくには驚きです。じつは、政治家などの殆どは事情を知っていて、権力とタッグを組んでいるから、やばい橋も平気で渡れるのだ、その程度の認識で付き合っていたのでしょう。「ネズミ講」などの悪徳商法で、被害者が続出しているにも関わらず、その「悪徳団体」から有形無形の援助を受けて、恬として恥じないのが、多くの政治家です。

 信仰の自由は、当然認められるべきです。しかし、その「信仰」にはいくつものグラデーション(gradation)があり、それを明確に分離することはできないと、ぼくには思えるのです。辞書的には既述したように、「①〔神信心〕faith;②〔一般に信念,信心〕belief;③〔崇拝〕a cult )となりますが、自らの信念が神の信仰に重なる場合が当然あるし、絶対的な崇拝の対象が「(啓示宗教や仏教の)神や仏」、あるいは教団を創設し教派を開いた人物などということも当たり前に見られることです。ぼく個人で言うなら、道元や親鸞は大好きです。しかし、彼らが開いた教団(曹洞宗や浄土真宗)の信徒ではありません。信徒になる必要性を感じないでも、彼らの教えから学ぶことができるのです。 

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 このような問題を考える時、ぼくはいつでも「イエスの方舟」に呼び戻されます。詳細は以下の記事を参照。「『イエスの方舟』の娘たちは今 中洲のクラブ、38年の苦楽乗り越え幕」西日本新聞・2019/12/25)(*https://www.youtube.com/watch?v=UfdH2HhoUE8

この「イエスの方舟」報道も、実に下品なものでした。詳しくは書きませんが、宗教や信仰が絡むと、人間(すべてとは言いませんが)は平気でいられなくなるのかもしれません。おもしろおかしく報じ、しかし当の本人たちは「真剣そのもの」だということは痛いほどわかるのです。だから、この種の問題は、人間存在のエアーポケットのようで、なかなか超えがたい課題でもあるのです、信仰と狂信の誤差は。当人にとっては「紙一重」であるのでしょう。「尊敬」と「崇拝」も同様で、興味がない者には分かり難いのです。しかし、ことは「反社会的な行動」を取る集団(教団)だったらどうか。「イエスの方舟」事件当時も、問題の発生から社会問題の様相を呈してくると、社会全体が「勧善懲悪」の権化のようにバッシングに走るのでした。ぼくにはよくわからないところです。おそらく、この島の往時、「キリシタン禁制」に際して取られた政策・制度にも、今に変わらない「邪宗」「邪教」「異宗」「異門」叩きがあったのです。あるいは鎌倉時代の「新興宗教・仏教」弾圧もそうです。これを「正統と異端」といいます。「正統」を巡る争いでもあります。負ければ「異端」です。でも「正統」は、いつでも「正当」であるとは限らないのです。まるで「勝てば官軍、負ければ賊軍」のような扱いでもあります。

 もう二十年以上の昔、ある要件で福岡に出向いた時、当地の校長たちに誘われて、その当時、中洲にあった「シオンの娘」という店に誘われた。なんだかとても懐かしい気がしたことを覚えています。店の従業員は、すべてが「イエスの方舟』の信者でした。店の経営者は千石イエス氏の奥方。(この中州の店は2019年に閉店。現在は別の場所で開業中とのこと)ぼくの知り合いの校長たちは、夜な夜な、この店に通っていたんですね。「イエスの方舟」の元信者さんたち「シオンの娘」たちの狂信的な信者だったか。ぼくは、このお店で、ゆったりと「シオンの娘」さんたちのご商売を堪能していました。

 この他、「オウム事件」に関しても、ぼくなりのささやかな実体験があります。学生で、麻原教祖の側近だったものから、一度彼と面会してほしいと頼まれたことがありました。おそらく学内で講演会をしたい(選挙活動)ので、力を貸してほしいということだった。ぼくはその話は断ったが、学生の何人かが、千葉の拙宅まできて、信仰などについて話していったこともありました。ぼくは、信仰心が薄い人間であり、自分の頭でしか考えたくない人間ですから、「何教に入信する」ということはまずありえないとずっと思っていました。実際、その通りの生き方・行き方を、まずいながらも通しました。コラム氏が書かれているような「取り戻し」に加わったこともありました。「そっちの水は甘いぞ」という声あり、「こっちの水は、もっと甘いぞ」と叫ぶ声あり、現下、劣島でも「ほーたる来い」とばかりに、甘言を弄して呼びかけや囁きが耐えない。そんな折から、まるでゾンビのごとくに「金や票」になるならと、目もくれずに陣地獲得に狂奔しているのが、現下の政治家の無様です。

 「権力と宗教」問題は、奈良時代以来、連綿と続いてきたのです。その歴史は凄まじい、権力を有する側の「弾圧の歴史」でもあったでしょう。明治以降でも大本教や天理教に代表される「大弾圧」は、身の毛もよだつと言わぬばかりの凄惨さがありました。逆に、権力との距離を縮めておくと、弾圧どころか、便宜供与は天からの貰い物のごとくにあるのです。弓削道鏡はその典型。要するに「取引」「物々交換」、これが成り立ってきたところに「統一協会」(現「世界平和統一家庭連合」)の得意・特異な戦略があったし、その戦略の一角に、この島の権力中枢が食い込んでいた(利用されていた)のです。亡くなった政治家は「国葬」に値する政治家だったか。ぼくは「国葬」を云々するのではありせん。「葬儀」の序列・順位をとやかくいうのではなく、生きているときに何をし、何をしなかったか、これが大事であり、もちろん、人それぞれの評価がありますから、「毀誉褒貶」は雨の降るよう、風の吹くように、それを阻止することはできません。アコギ(*「しつこく、ずうずうしいこと。義理人情に欠けあくどいこと。特に、無慈悲に金品をむさぼること。また、そのさま」デジタル大辞泉)でなければ、アコギなことをするなら、ぼくの判断は、この一点にあります。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。