九死一生、それが生きている者の実情では?

 いつにもまして取止めのない話をいくつか。ヘッダー部分に出ている写真は「チングルマ」という花です。前にもどこかで紹介しましたが、名前は「稚児車(チゴグルマ)」、橡だったかの葉で作る、玩具の風車に似ているところから、と言われていますが、その真偽は定かではありません。いずれにしても高山植物の一つです。この花を始めて見た(名と実が結びついた)のは、たしか尾瀬だったと思う。相当前になります、おそらく三十年、あるいは、もっと昔のこと。鳩待峠から入って一泊し、檜枝岐村まで行って「蕎麦」を食べたことだけを鮮明に記憶しています。いまは亡き一人の先輩女性に誘われていったものです。その人は福島出身だったと思います。若い頃から車に凝り、十八歳(もちろん戦前です)から乗り回していたし、一時期は車とオートバイでレースにも出たほどの車好きな人でした。本業は「薬剤師」だった。女性の一典型のような人、じつに懐かしく思い出されます。彼女から、ぼくは自動車入門を進められた。たしかぼくよりも二十歳くらい年上でした。その当時の尾瀬と今とは同じか変わったか、それ以降、ぼくは登っていないのでわかりません。これもいつのことでしたか、尾瀬ヶ原の大部分が東京電力の所有であることを聞いて、尾瀬に対する興味が失われました。(二度目に、この花を見たのは石川県の白山だったと思う)(「花言葉」は「華麗」だそうです)

 大学時代の同級生に群馬出身の友人がおり、その実家が、ある時期まで尾瀬で「山小屋」を営んでいたと聞かされていたので、尾瀬に対する関心は早くからありましたが、その頃は山にはあまり興味がなく、もっぱら「室内」オンリーだったのは、今から考えると惜しい気がします。尾瀬には二回しか出かけなかったが、雄大な景色の中で「チングルマ」にお目もじがかなったのは幸いでした。よく言われる「ミズバショウ」には目もくれなかったのは、すでに尾瀬沼が富栄養化で、この花が異様に成長しているのが見るに忍びなかったからでした。その同級生とは、卒業後何十年も過ぎて、偶然に、あるところで出会いました。知り合いから頼まれて、埼玉県の教師集団に向けて「雑談を」となった。その会場の一番前の席に座っていたのが彼でした。卒業後に埼玉の教員になり、小学校の教師を続けてきたということでした。彼は、昔の彼でしたね。まったく変わりがなかった、風貌などにおいて。学生時代は、ある運動体の闘士でもあった。尾瀬といえば、Uくん、そんな連想が働くような人でした。偶然の再会以降、ぼくの人付き合いの悪さで、一度もあっていません。

 尾瀬が一大観光地になったのは、やはり「夏の思い出」でしたでしょうか。(1949年、NHKで始めて歌われた。歌手は石井好子さん)ぼくはあまり好みませんが、ひところはよく歌われたものでした。観光地のバスターミナルなどで、このような歌がレコードから聞こえてくると、ぼくは逃げ出したくなります。例えば、京都の大原三千院、ここにも(ご当地ソング)、「恋に疲れた女が一人」などと、境内から聞こえてきたらどうでしょう。ぼくは京都が嫌いになった理由の一つに、あまりにも「観光で儲けるぞ」という商売っ気がありすぎることでした。食べ物は高い、駐車場もばかに高い。観光地(神社仏閣)の「入館料」「入山料」「入場料」も並外れている。「歴史(遺産)を喰いものにしている」、そんなアコギな姿勢に嫌気がさして、高卒と同時に逃げ出したのでした。尾瀬も、いまでは入場制限をしていると聞きます。年間に数百人程度にすれば、環境は保存されるし、山に入る喜びもひとしおだと思うのです。ハイヒールやサンダル履きで、ノコノコ出かけるというその根性が嫌ですね。富士山や乗鞍山なんかもそうです。まるで「繁華街」「下界」のよう。いっそのこと一合目から頂上まで「ケーブルカー」を設けるといいな。

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 よしなしごとが続きます。二週間ほど前に、ある人から「暑中見舞」をいただきました。年下の友人で、女性です。彼女は学生時代もいまも(多分続けておられると思う)、バスケットの名選手で、なかなかの活躍ぶりだったといいます。ぼくにはそんな根性がないので、外から見て羨望するばかりです。いつだったか、なにかの折に「猫が好きですか」と聞かれたように思います。「好きではなく、誰もしないから、面倒を見ている」と答えたら、彼女も「私もです」と言われた。今夏の暑中見舞いのハガキには「ただいま、11匹です。そちらは?」と書かれていました。知らされるたびに数が増えています。前回は「7つ」だったと記憶しています。早速に電話をして、事情を聞きました。市の斡旋で、「保護猫」を引き取っているのですということでした。もちろん避妊や去勢の手術に要する費用は自己負担です。なかなかできないこと、ぼくはそれを聞きながら、負けてはいられないと(思ったわけではありません)言うことではなく、かんたんにできないことを、黙って(だと思う)当たり前にされている、めずらしい(有り難い)と感心するばかりでした。ひょっとして「猫歳」の生まれだろうか。

 拙宅には「ただいま十一人」の野生児たちが出入りしています。縛られる(束縛される)のが大嫌いなんですな。ぼくのよう、でもある。数の上では、暑中見舞いの彼女と同数。でも、ぼくやかみさんは後期高齢者、この先どうするということも大いに気になります。「(たくさんの)猫という遺産」を欲しがる(相続する)人はいないでしょう。この件で、娘の家では夫婦喧嘩をしたそうだ。「面倒見る、見ない」で。他人に迷惑はかけたくないし。今いる猫たちだけでもなんとか、面倒を見て、彼や彼女に励まされて健康で暮らしたいと、そればかりを願っているのです。「猫が好きですか」とか「猫を飼っているのですか」「よくやりますね」と訊かれたり、言われたりすると、ぼくは腹が立つ。好きでやっているのではない。誰も面倒を見ないから、当方で、それだけです。これまでにどれくらいの猫たちと付き合ってきたことか。おそらく数十という単位です。「捨てる」者がいるから、「拾う」人間が必要なんでしょうか。「動物の処分を止めさせて」という署名がよく回ってきます。署名はするようにはしていますが、目前の猫たちに気を取られてしまうのも、当然でしょうね。

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 つい先程(午前十時頃)に電話がかかってきました。もちろん拙宅は「固定電話」です。長野県の駒ヶ根市の公立病院に入院中の人からでした。この電話の主も女性の後輩で、「私、会社にいけなくなった」と二ヶ月ほど前に連絡があった御仁です。その間いろいろとありましたが、早い話が先々週の木曜日(十四日)に、駒ヶ根の病院に入院したのです。「(本人は)鬱(うつ)病」だと思い、医者もそれを補強(診断と治療)していましたが、ぼくの素人判断では、実は「アルコール中毒」(「アルコール依存症」)だと断言して、このままではこの先も面倒になるから、ここらあたりで「酒と縁切りを」(ついでにタバコとも)と、入院を勧めたのでした。歳は三十六だといっていました。幸いに入院がかなったのです。この人とも、もう二十年の付き合いです。彼女のことについても、どこかで触れました。「自尊感情が低い」人間だから云々と言っていたが、ぼくのミタテはその反対。高い高い自尊心が痛く、かつ深く傷つけられたから、思い切り落ち込んでいったのでした。その自尊心のはけ口(仕事、あるいは職業)が見つからないままで、「酒と煙草」に溺れたといえばいいか。いや溺れかけていたというべきでしょう。そういうぼくだって、酒もタバコも長年続けていた人間ですから、それへの「依存」の状況がよくわかりますね。止めたいと思うけれども止められない人がほとんどです。

 頭の片隅で「止めよう」「止めたい」と思っても、脳細胞や感覚器官が「それ」を欲求するのです。もちろん「判断力(理性ですか)」は、そのような身体からの圧力には無力です。Oさんは、ときどき電話をかけては、状況を報告してくれる。彼女とも因縁のようなものがありますけれども、とにかく、まだまだこれからの「人生」、途中で挫折しては困るし、挫折されてはたまらないものがあります。とにかく、ゆっくりと心身の回復に励んでくれるといいね。もちろん、楽観的な気になるのではない、けっして「予断は許さない」と思っています。どんな人にも「格闘」とか「葛藤」というべきもの(対象)があります、きっと。戦う相手は、人それぞれですが、相手との戦い(闘い)は、実は自分自身との戦い(闘い)であることがほとんどです。

 一例です、酒が止められない、だから「酒と戦(闘)っている」と言いたいでしょうが、酒とどうして戦えるんですか?酒は武器かなんかを持って飲みたがっている人(止めたがっている人)を襲うのでしょうか。じっさいは、自分との戦い(闘い)、「飲みたい自分」 vs「止めたい自分」なんですね。これが、「意識」「自己意識」と言われるものの正体です。その反対を考えるといい。「無意識」とは「習慣化された行為」を引き受けるものです。飲酒や喫煙、これが習慣化されると、意識に関わりなく、飲酒や喫煙をする。努力なんか微塵も要らない。しかし、一旦、これを止めようとすると、自己との戦い(闘い)、つまり「意識(もう一人の自分)」が生じるのです。これが「葛藤」であり「格闘」です。酒や煙草に限らず、人は何かしらを意識して、「格闘」し、「葛藤」しているし、それこそが「意識がある」ということの実相です。生きている証拠になるものですよ。彼女の「格闘」「葛藤」はこれから始まります。薬物療法が終わった段階で、素手で、スッピンで、そして肝心なことですが、素面(シラフ)で、本当に生き始めるための「格闘」が生じるのでしょう。行けるところまで、ゆっくりと伴走・伴奏していきたいな。 

LLL

 今日も暑い。朝方、日が照らないうちに雑草を少しでも刈り取ろうと思っていましたが、とてもそんな悠長なことが言っておれないほどの高温状態です。新型コロナ感染が爆発的に猛威を振るっています。全国で二十万を超える陽性(感染)者だといいます。ぼくはその何倍もの感染者が、じつは発生していると見ています。「断末魔」という不吉な言葉が出てきます。すべてが政治の責任とはいえません。しかし「身を守る」「命を守る」ための用意や準備に事欠くというのは、人為的なミスの要素でもありそうです。発症しても医者や病院にかかれないし、その医療従事者が感染の波に洗われている、嘘偽りようのない緊急事態です。酷暑と感染と物みな値上げの「秋」を迎える寸前、豪雨や台風も列をなして待ち構えています。(「雑草」といえば、最近、ぼくは次の動画に引かれています。ところはアメリカ、人物は AL Bladez。こんな人がアメリカ(に限らず)に、何人も存在するんですね。まるで「保護猫」担当スタッフのようだし、介護施設の職員のよう)(https://www.youtube.com/channel/UCVfcVnPae2JerM0iRT82aVQ

 「九死一生」「十死一生」「万死一生」という。どんなに元気で暮らしていても、命あるものの置かれた状況は「九死一生」であり「十死一生」「万死一生」という「天恵」を蒙(こうむ)るということかもしれません。生きながらえるのは「幸運」であり「天命」でもあるし、まったくの偶然でもあるという気もしています。無理をせず、十分な睡眠を確保して、「一日一事」に気を配りたいですね。何もすることがないというなかれ、息をするという仕事があるではないか。

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投稿者:

dogen3

 毎朝の洗顔や朝食を欠かさないように、飽きもせず「駄文」を書き殴っている。「惰性で書く文」だから「惰文」でもあります。人並みに「定見」や「持説」があるわけでもない。思いつく儘に、ある種の感情を言葉に置き換えているだけ。だから、これは文章でも表現でもなく、手近の「食材」を、生(なま)ではないにしても、あまり変わりばえしないままで「提供」するような乱雑文である。生臭かったり、生煮えであったり。つまりは、不躾(ぶしつけ)なことに「調理(推敲)」されてはいないのだ。言い換えるなら、「不調法」ですね。▲ ある時期までは、当たり前に「後生(後から生まれた)」だったのに、いつの間にか「先生(先に生まれた)」のような年格好になって、当方に見えてきたのは、「やんぬるかな(「已矣哉」)、(どなたにも、ぼくは)及びがたし」という「落第生」の特権とでもいうべき、一つの、ささやかな覚悟である。どこまでも、躓き通しのままに生きている。(2023/05/24)