差別感情は「偏見」に基づくという発見を

 【日報録】「アウティング」という言葉がある。本人が打ち明ける前にプライバシーを暴き立てる行為を指す。性的少数者の性自認などを暴露したり、被差別部落の住所をインターネット上で公開したりといった行為が問題視されてい▼最近知られるようになった言葉だが、こうした行為は以前からあった。1世紀以上前に、この問題に真正面から向き合った小説が島崎藤村の「破戒」である。小説を原作にした映画が県内でも公開中▼被差別部落出身であることを伏せ、教師として働いている主人公は、その出自を打ち明けようか悩む。ところが決心を固める前に主人公が被差別部落出身だといううわさが流れる。同僚教員の間で心ない言葉が飛び交う場面では、映画だとは分かりながらも胸が痛む▼差別は今もなくならない。プロデューサーの中鉢裕幸さんは本紙に載ったインタビューで、映画が描いた差別の問題は今のネット空間にも存在すると指摘していた。「人は誰かを下に下げることで自分の心の安定を保とうとすることがある」▼差別はなくなるどころか、匿名性の高いネットによって深刻化した面もある。ネット上でのアウティングは無限に広がる恐れがある。その情報を消そうとしても難しい▼プライベートな事項をいつ誰に語るかは、当人が決めるべきなのは言うまでもない。しかし、そんな当然のことが、ないがしろにされている現実がある。100年かけてもなかなか変わらない問題だが、今を生きる私たちが向き合わねば。(新潟日報・2022/07/27)

 「カミングアウト」は自らが「公表すること。人に知られたくないことを告白すること」(デジタル大辞泉)と理解されています。それに対して、〈outing〉(アウティング)は「秘密を暴露すること。特に、その人が性的マイノリティーであることを、本人の了解を得ずに言い広めること」(同上)とされ、使われ方や、その表す対象(内容)には差があることがわかります。ぼくは英語を使う人間ではないので、その微妙な差異はわかりかねます。どちらにしても、自分で隠していたいものを、自分から「晒(さら)」す、あるいは他人によって「晒される」のですから、そこには言いしれぬ「不安」や「恐怖」が伴うものなのでしょう。秘密を明かした時、あるいは明かされた時、周りはどんな反応を示すか、当人にとっては気の休まらない思いが続き、まるで針の筵(むしろ)に座らされるような状態におかれるといってもいいでしょう。「差別」はなくならないといえば、身も蓋もなくなります。実際には、人間集団には、古今東西、いつでも「差別」は存在していたし、その前提になる「偏見」も根強く残存してきたのです。偏見とは「差別感情(さべつかんじょう)」でもありますし、これを我が身から追放・排除することは、ぼく個人にとってはインポッシブルです。その感情が、ぼくの中に根を張っているということを忘れないで、この問題を捉え続けてきたし、これからも、そう強く願っているのです。

 「偏見と差別」は人間集団の「必要悪」とは断じて言わないが、それを梃子にして政治や集団管理がなされてきたのも事実でしょう。本日のコラムの「部落差別」はどうでしょう。いろいろな見解がある中で、少なくとも近世の権力側の人民統治(支配)の手法としてとりいれられた「身分制」がその淵源になっており、それを固定強化してきたことは否定できない。その歴史的「残滓」というと語弊がありますが、それが遺物・遺産となり、人間のもつ差別感情が自己抑制されないまま、野放図に、その「残り物」に寄りかかってきたのであり、日常的な「差別主義」を強固に示す(具体化する)大きな理由になっているのです。

 「差別」問題は、いつの時代にも、どこの社会(集団)にもあるといえますが、単純化すれば、ある特定の人間や集団を、特定の理由などで「仲間はずれ」「社会(集団)から追放」(アムネストス)する事象であるといえます。しかし、藤村の書いた「破戒」の主題は「部落差別」であり、それはむしろ政治的・歴史的背景(根拠)をもった「差別文化」の柵(しがらみ)を問題視したということでもあるでしょう。「差別文化」という表現は穏当ではありませんが、歴史的経緯の中で生み出され、固定化されてきた「厳然とした差別」を容認する社会の日常性を言いたいのです。それを「身分制社会の桎梏」といってもいいように、ぼくには思えます。「破戒」については小説を読むほかありませんが、藤村はこれを、人から聞いた話(伝聞)として書いたとされています。当時からいくつかの問題を指摘されながら、【部落差別」の小説化という「作家としての態度」が評価されてきたきらいがあります。「破戒」について述べたいこともありますが、ここでは省きます。

 この小説をもとにした映画化も繰り返しなされており、今回で三度目です。以前のものは、ぼくは何度か鑑賞してきました。小説が土台になっていますが、映画はそれとは別物であると、明確に捉えることが重要だと、ぼくは考えてきました。この「破戒」と同じテーマで書かれた小説に「橋のない川」(住井すゑ著)があります。大変な長編(文庫分で全7巻)ですが、時間をかけて読む必要があると思います。大学に入った年の夏休みに、内外の長編小説ばかりを読もうとしたことがあり、そのうちの一点が「橋のない川」でした。この小説もこれまでに二回でしたか、映画化されました。いずれもぼくは観ていますが、小説と映画は異なるジャンルであり、小説の映画化だと言っても、そこにまったく違う世界が現れてくる(描かれている)、そのことをいつでも肝に銘じて観ることにしていました。何よりも「原作」が第一ですね。住井さんの小説を読めばよく理解されますが、「部落差別」は「天皇制」政治と密接不離の関係があるのだということ。このことはまた、明治の中江兆民が、夙に主張したことでも知られています。「貴」あれば「賤」あり、と。

*映画「破戒」(予告編):https://hakai-movie.com/

【解説】「1948年に木下恵介監督、1962年に市川崑監督も映画化した島崎藤村の名作「破戒」を、「東京リベンジャーズ」の間宮祥太朗主演で60年ぶりに映画化。亡くなった父から自身が被差別部落出身である出自を隠し通すよう強い戒めを受けていた瀬川丑松は、地元を離れてある小学校の教員として奉職する。教師としては生徒に慕われる丑松だったが、出自を隠していることに悩みを抱いている。下宿先の士族出身の女性・志保との恋に心を焦がす丑松だったが、やがて出自について周囲に疑念を抱かれるようになり、学校内での丑松の立場は危ういものになっていく。苦しみの中、丑松は被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎に傾倒していくが……。間宮が主人公の丑松役を演じるほか、志保役を石井杏奈、友人で同僚教師の銀之助役を矢本悠馬、猪子蓮太郎役を眞島秀和がそれぞれ演じる。監督は「発熱天使」の前田和男。2022年製作/119分/G/日 配給:東映ビデオ「映画.com」:https://eiga.com/movie/96647/)

● 破戒(島崎藤村の小説)(はかい)=島崎藤村長編小説。1906年(明治39)『緑蔭叢書第壱篇(りょくいんそうしょだいいっぺん)』として自費出版。被差別部落出身で信州の小学校教師、瀬川丑松(せがわうしまつ)が、「社会(よのなか)」で生きるためには身分を明かしてはならぬという父の戒めと、「社会」の不当な差別と闘う先輩猪子蓮太郎(いのこれんたろう)が示す正義との間で悩み、父の死、下宿先の蓮華寺(れんげじ)の養女、お志保に対する恋などによって動揺しつつ、蓮太郎の死を契機についに教室で素性を告白し、新生活を求めて町を去って行くまでの物語。差別問題に関して誤解や不徹底な点はあるが、丑松をじわじわと告白に追い込む過程や蓮華寺住職の破戒の処置を通じて「社会」の陰湿な体質が描き出されており、家族制度の抑圧からの解放を願う藤村の内的欲求と、差別に対する抗議という社会正義の問題とが結び付いたリアリズム小説として、大きな反響をよび、藤村の作家的地位を確立するとともに、わが国の自然主義文学の出発点となった。(ニッポニカ)

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● 被差別部落【ひさべつぶらく】=1871年8月の〈太政官布告(解放令)〉によって平民に編入されたにもかかわらず,その後も賤視され,職業,婚姻などに関わる様々な社会的差別を受け続けてきた地域。 歴史的には古代身分制の解体過程,中世的な被差別民の成立の中に被差別部落の源流があるとする考えが有力である。中世には,河原者えた非人,清目など,様々な職能や芸能によって賤視される被差別民とその集団が存在したが,中世の社会体制はなお流動的で被差別民が身分的に固定されていたと断定することはできない。こうした被差別民は,織豊政権から幕体制成立期の近世領主制の中で,被差別的身分として再編され,以後幕府や藩は,近世期を通じて様々な差別政策によって賤視と身分差別を強化し,身分内には弾左衛門などによる頭(かしら)支配を設置し身分統制を固定した。現代につながる被差別部落民と部落は近世身分制のなかで成立したのである。近世中期から幕末にかけて,藩の差別法令に被差別部落民からは反対の訴願が多く出され,渋染一揆(しぶぞめいっき)のように法令を無力化することに成功した事例もあったが,厳しい法的・制度的身分差別は明治政府の〈太政官布告(解放令)〉まで存続した。 部落差別からの解放を目指す部落解放運動は1922年の全国水平社の創立を画期に,差別に反対する,近代日本最大の社会運動,基本的人権擁護運動となり,法的整備や差別・人権・不平等についての日本社会の意識を徐々にではあるが変革するための大きな役割を果たした。しかし,差別の完全撤廃は依然として課題である。(マイペディア)

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 まだ現役の「教師まがい」時代、担当していた「人権問題」の授業で、作家の塩見鮮一郎さんに来ていただいたことがありました。これまでに塩見さんは、数々の「差別にかかわる問題」作を出版され、当代随一の「問題作家」だと、ぼくは遠くから敬意を持って、書かれる作品を読んでいたのでした。いま、思いつくままに書かれたもののいくつかを写真で出しましたが、実に丁寧に史実に即して問題を深く探るという手法を続けられています。もう何年になりますか、「これからはもう、長いものは書けませんよ」と言っておられたのが印象的でした。にもかかわらず、いまも精力的に作品を書き続けておられます。どこかで触れました赤松啓介さんとは趣が違うのは当たり前ですが、お二人とも、関西圏の出身であり、果敢に「部落差別問題」に取り組んでこられたし、ぼくはいつも大いなる尊敬心を持って、大先輩の書かれた作品を読んできました。(塩見さんは、岡山県出身、昭和十三年生まれ)

 「人は誰かを下に下げることで自分の心の安定を保とうとすることがある」という。たしかにその要素は強いものがあります。しかし、この島社会に続けられてきた(いまもなお、それは厳として、ありつづけている)「部落差別」は「身分制」という政治的制度のしからしむるところが強く作用してきたのです。個人の側の問題であるという以上に、政治制度の仕業であった。差別は日常生活に、ふんだんに認められる現象(それは決して容認できません)です。しかし政治的に、あるいは人為的に作られたものが、いつしか歴史の幾星霜を経て、あたかも先天的に「被差別者」が存在するかの如き、誤ち以外の何ものでもない、大いなる「差別意識」を培ってきたのです。いろいろな機会に、問題の所在を探り、差別の諸相をえぐり出す作業が求められているのではないでしょうか。小説の映画化と、その鑑賞は第一歩かもしれません。

 (昨日に続いて、連日の熱波襲来の中で「政治と差別」の問題を取り上げました。小学生の頃の京都時代、あるいは大学に入って初めての夏休み、それぞれに、ぼくは「部落差別」問題の洗礼を受け、その問題の真相を探るための第一歩を記したことが、昨日のように思い出されます。時間が過ぎれば「偏見と差別」はなくなるのではなく、いつでも新たな装いで「旧態・旧悪」「歴史の遺物(かもしれない)」が出現し続けるんですね。「差別」はなくならないと、愉快ではない気持ちで、ぼくは言います、それは人間の「差別感情」という感覚・感受性に深く結びつけられているからです。しかし、それでもなお、その「差別」に立ち向かう心組は持ち続けたいですね。平等を激しく求めるのもまた、ぼくの感情です、いうならば「水平への憧れ」だな。(左上の書籍表紙は、出版に際して、ほんの少しばかり手伝いをしたものです。岡部さんは亡くなられたが、彼女が希求した「水平への憧れ」は、多くの人の胸中に燃え滾(たぎ)っていると確信しています。おそらく、書名も、ぼくが提案したような、かすかな記憶があります)

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。