「美しい国」って、じつは「青い鳥」だった

 【小社会】分岐の果て 安倍元首相が撃たれた現場をきのう訪ねた。花を持つ人波。献花台には「美しい国をありがとう」「安倍さんの遺志は必ず継続し」とメッセージが並ぶ。▲7月8日の安倍氏の奈良での遊説が決まったのは前日。その7日、筆者は在京の記者から一つの話を聞いていた。「舌戦最終日の岸田首相の遊説先から長野が外れるらしい」。長野の情勢が危うくなった、負け戦に首相は行かせられない、求心力に関わる―。そんな解説がついていた。▲安倍氏も8日は長野に入る予定だったのを急きょ変え、変更先の一つが容疑者宅から程近い街頭になった。容疑者が動いたように歩いてみた。安倍氏のいた方向に空間が抜ける。あの日、その背中越しには大きな空が広がっていたはずだ。▲あまたの事件史にはある種の偶然もつきまとう。1960年に社会党委員長を刺殺した少年は「10月13日共産党議長を殺す」と決めていたが、前日、一つの新聞記事を目にする。社会党委員長が登壇する12日の演説会の告知。こっちの会場の方が成功しやすいと標的を変えた―と「テロルの決算」(沢木耕太郎著)は詳述している。▲今回の容疑者の供述にはひとつかみにはできない時空も漂う。人生も社会の大河も無数の分岐の末にある。不知の分岐、自ら選んだ分岐が続き、幸せも悲惨もそこに現れる。▲この事件もまた新たな分岐を生むだろう。虚無が広がらぬよう。世情が強張(こわば)らぬよう。(高知新聞・2022/07/17)

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 「小社会」の記事を見て、一驚したのは「美しい国をありがとう」というメッセージでした。おそらくこれを書いた人は(女性か?)、心底からか、あるいは吹いてきた風に煽(あお)られてか、ともかくも、このような思い(信仰に近いか?)が沸いたからこのメッセージになったのでしょう。ぼくはこれを読んだときに、献花台に「大変な皮肉だな」と、どっきりしたのですが、続きの文を読んで、ぼくの「早とちり」だったことに気が付きました。まさか、そんなことがあるわけないのに、と思いながら、「美しい国へ」と拳を握っていた元総理でしたから、彼を信じる人々は、すでにこの現実の島国は「美しい国」(「神国日本」といったのは、彼の後見人を気取っているM元総理)であると確信し、それをもたらしてくれた故人にお礼のメッセージを伝えたかったのでしょう。決して「悪気」「洒落っ気」があったのではないと考えなおし、改めて、ぼくは「ゾッとした」のでした。真面目に元総理を高く評価(妄信)する人がいてもおかしくはありません。俗に「痘痕も靨(アバタもエクボ)」といいますから。あるいは「蓼(たで)食う虫も好き好き」とさえ言います。でも、仮に、故人が「蓼」(という比喩は穏当ではないかもしれない)であったとして、ぼくはまず好む気にはならない。それが、ぼくの偽りのない感情です。

 「国葬」に値する業績を博した元総理、と評価する向きがあってもいいけれど、あるいは国税を使って葬儀を執り行うことにも、ぼくは、徒(いたずら)に反対しない。防衛装備品や「コロナ禍」に紛れて浪費されてきた税金投入以上のムダ金であるとは思われないからです。とはいえ、本音では「国葬」なんか鬱陶しいという心持は変わりません。「国葬」とか「国民葬」といいますが、すべての国民がそれに参列する(形だけであっても)わけではない。この場合の「国」はごく一部の権力者に近い人々と、故人を支持してきた人々の範囲を出ないのではないでしょうか。それでも「国」という字を使うところに意味があるとするなら、「国」とは何ですかという疑問を持たない方がおかしいように、ぼくは考える。もともと、国は一つの機関であり組織でしかないものです。

 「美しい国へ」という場合の「国」という言葉に何が入っているのか、あるいは入っていないのか。いつでもぼくは、そこに大きな疑念を抱きます。大小数千の島々からなる領土を指して「日本国」といい、そこに帰属するのが「日本人」なら、この「美しい国へ」の中にも、それら生きとし生けるものを含めて森羅万象がすべて含まれているのでしょうか。あるいはぼくのように、元総理の「政治行動」「政治姿勢」「政治言動」のどれ一つとして「評価」したくてもできない人間は「入っている」「入っていない」、どちらでしょう。もし四捨五入されて入って(入れられて)いるなら、断固、ぼくはそこから脱出していたい。若いころから、それなりに「政治家活動」をしていた段階から、どう見ても、彼には「誠実」「誠意」が欠けているという思いが付いて回っていました。だから「時宜を得る」ということは、当人(時宜を得た人)にとってはさいわいであったかもしれないが、「時宜を得られたもの」(たとえば小生のような)にとっては、何たることかという感情が奔出するのを否定できないのです。しかし、「時宜を得る」というのも、考えてみれば恐ろしいことこの上もないと、ぼくなどは心底、「美しい国へ」と彼流の美学とやらで、この島社会を持っていこうとした、「独善」そのものの政治手法に「暗澹」としていたところです。まさか、本気で「美しい国」が作れると思っていたのだろうか。まるで「戯画」のようです。 

 「美しい国へ」という本が出た時、どこかの本屋で表紙を見ただけでしたが、「ぼくは政治家ではないな、なれないな」と痛感したことを覚えています。「美しい」という「個々人の感覚、センスの問題」を臆面もなく「持論」「自論」として出す厚顔と無知ぶりには太刀打ちできないと思った。上にも述べましたが「国」というものの実態を問わないで不用意に、あるいは安易に使うという無神経さ、ぼくも無神経ではありますが、この手の神経は持っているつもりで、無暗矢鱈(むやみやたら)に「みなさん」とか「国民の皆さん」とか、「日本」「日本人」という国とかいう「集合名詞」(一面では)「観念語」、一筋縄でも三筋縄でも行かない性質の言葉を、やたらに振り回す、それは政治家の「至芸」「十八番(おはこ)」というか、無神経の為せる所業で、ぼくには真似ができないのです。恐る恐る「中身」を見たのですが、中身がないんですね。困りました、何が美しいのか、何をどうしたら、美しい国、日本ができるのか。「私は美しい国造りをします」といわれるが、まるで「神武」や「仁徳」という「天皇」もどきのような振る舞いに仰天し、それは、ぼくにはとても「真似できないな」と直感した。

 やがて、彼の言う「美しい国」の全貌が明らかにされてきました。それは、数を恃んだ「傍若無人」の振る舞いでした。「集団的自衛権」という憲法違反、安保法制という憲法破壊行為、あるいは検察庁法改正、その他諸々、目に余る言動の数々で、挙句には「防衛力増強」「核爆弾のシェア」「ミサイル配備も」などと、いつでもどことだって「戦争できる国」を目指していましたね。もちろん、こんな出鱈目な「国家行政運営」を彼一人ができるはずもなかったわけで、だから「時宜を得る」(たくさんの担ぎ手がいて「担がれる」ことが成り立つのだから)というのは怖いということになります。ぼくはいつだったかの国会の議論の場面で、「この人は憲法をまともに、まじめに、一度だって読んだことがない」と確信したことがあります。憲法何条はどういう条文ですかという趣旨の質問をされて、時の「総理」は色を成して怒った。この人の特徴です。図星を指されたのだ。「知らない」と言えなかったのです。自分を偽るために「無礼じゃないですか」と質問者を詰(なじ)っただけでした。かわいそうだなと、ぼくはその時に強く感じたことを、今でもよく覚えています。「(知りませんと)正直に言うと」潰されると恐怖心が沸いたのです。自分の能力・無能を知っているがゆえに、まずは攻撃に出るのが得策と、これは強面(こわもての)無能者がとる常套手段です。「さらに時宜を得て」が続いて、まれにみる長期政権になると、誠意や真摯な態度などからは程遠い、虚偽答弁の羅列、他者(議員や国民)を誤魔化し愚弄することのオンパレードで、それでも攻めてこない敵を前にして、一人芝居(裸の王様)に快感を覚えだしたのでしょう。議員本人にかかわる、有り余る「不祥事とされる問題」が噴出した時の応答が、その典型でした。しかし、「自分は大政治家だ」という自画像=虚像に、実はつぶされたのでした。

 話が脇道にそれました、また。「美しい国へ」についてでした。本屋で立ち見の際、ぼくは即座に「青い鳥」を想起しました。メーテルリンク(下左写真)の「チルチルとミチル」です。「青い鳥」を探してほしいと「妖精」に要請されて、二人はいろいろなところに出かける、そんな夢を見ます。朝、目覚めると「青い鳥」は部屋の鳥かごの中にいた。この童話劇と同時に、それをモチーフにしたらしい、三好達治さんの「雪」という詩を思っていました。この詩について、井伏鱒二さんは「眠っている二人の寝室には『青い鳥がいました』とさ」、と書かれているのを読んで、ぼくは大いに合点したことがありました。(太郎と次郎、二人は兄弟か。あるいは兄弟もどきだったか。二人は同じ家(部屋)で寝ていたのか、それとも別の家で寝ていたのか。こんなことを考えるだけでも、この「二行詩」のいろいろな性格が考えられますね)

 「青い鳥」はどこにもいないんだ、自分の心の中にしか。多くの人は「鵜の目鷹の目」で「青い鳥」を探すから、それは姿を隠してしまうのです。「美しい国」も同じようなことじゃないですか。どこかに公園を作った、立派な橋を架けた、「世界一の東京」にするといった知事や知事候補がいました。バカも休み休みに、といっても無駄でしょうね。「青い鳥」ならぬ「美しい国」は、自らの心のふるさとなんだが、それを汚したり、そんなものを必要としない人が、いくら「美しい国づくり」といっても眉にどっさり唾をつけ、ですよ。数多の小島を含むこの劣島を、どのようにして「美しい国」にできるのか。チルチルとミチルの「夢」ではない、本物の「悪夢」を見せられていたんだね、国民は。ほんの足元、心のうちにこそ、青い鳥は存在しているんだ、それを忘れたくない。

 雪

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

● 青い鳥(あおいとり)(L’Oiseau bleu)=ベルギー劇作家メーテルリンク童話劇。6幕12場。1908年、モスクワ芸術座初演。貧しい木こりの子チルチル、ミチル兄妹がクリスマスの夜にみた夢のなかで妖精(ようせい)に病気の娘のために探すようにいわれ、「思い出」「夜」「未来」などの国々を旅しても、みいだすことができなかった青い鳥が、目覚めると部屋の鳥籠(とりかご)の中にいた、というもの。作者象徴主義脱却後の作品であるが、人間の幸福は日常生活のなかの精神的な高み、たとえば愛のなかに隠れているという主題は、初期神秘思想から一貫している。「青」はノバーリスの『青い花』(1802)に想を得て非在の理想を表す。フランス語圏より英語圏で評価が高く、続編に『婚約』(1918初演)がある。なお、日本では1920年(大正9)新劇協会によって初演された。(ニッポニカ)

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 「美しい国」というものは「十人十色」のように、個々人の感じ方で異なるものではないでしょうか。相手の言う、それは「美しくない」と、自らの「美しい」観を盾に強弁するものではないと思うのですが。いや違う、これこそが「これが美しい国だ」と、元総理が提示した「戦争ができる国」、それを美しい国と考える人々が、この社会に驚くほどたくさんいたということでしょう。「こころざし半ばで倒れた」元総理を、ある意味では圧倒的多数の国民が支持したと、「神仏の如く、崇める」のが当然である、そのように錯覚させるような、挙国一致の「痴遇礼讃報道」が誤導・誘導した嫌いがあると、ぼくは思っている。ジャーナリズムも「毒を食らわば、皿まで」の決死の覚悟なのでしょうか。いやそれは、国民性だという判断もあろうが、付和雷同、あるいは「(子曰く、君子は和して同ぜず、)小人は同じて和せず」(『論語・子路』)にあるような、この「美しいとかいう国」は、「隣がするから私も(同じて和さず)」という手合いの(まとまらない)集合体かもしれません。まるで「擬似全体主義」前夜の風景のようです。誰もが好みそうな「絆」はどうしたのかしら。 

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 「痴愚神礼讃」をぼくは、渡辺一夫さんの邦訳で何度か読みました。世は「痴愚」に満ち満ちているし、それを支配しているのが「痴遇神」という女神でした。変に悧巧になるのではなく、愚かであればあるほど、人は幸福に生きていけるという時代相をいかんなく賛美・翼賛した本人が、その「愚かさ」の支配者である「モリアス(モリア・モラエ)」だと自画自賛するのです。「愚かさの度合いに応じて」幸不幸が決まるなら、誰もが幸せになるためには「愚かに徹する」(本人たちは賢明に生きていると考えているのです)、その結果は、エラスムスいうところの「痴遇神礼讃」となる。これは皮肉なのか、諧謔なのか、はたまた世の真実を穿ったものなのか。この書の刊行に、時の「教会」は怒ったね。

 この女神は、実は「世相」の実際・現実を持ち上げてはいるものの、その底には「世間知」「通念」「現世利益」などの追求にあくせくしている社会の現実に、激しい批判や非難を浴びせかけているのです。世に蔓延る「常識」というドグマこそ、この社会の通俗悪徳の根底にあるものであって、いわゆる「世間のセンス」を根底から覆し、それらの価値を「ノンセンス」と、唾棄し、切って捨てているのです。当然、世をわが物顔で振る舞っている「権力者」をはじめとする既存の王侯貴族や、いわゆる権威筋をも一刀両断に切って捨てるという禁忌行為を敢然と実行しようとしたのでしょう。今でも岩波文庫版で読むことができます。翻訳は渡辺一夫さん。「愚者の楽園」などというと、その昔、今の権力政党が「教師集団(教員組合)」を面罵するために使った侮蔑語でした。その「愚者の楽園」視された日教組は、その後の長い歴史の中でほとんど「壊滅状態」にまで追い込まれました。ごく一時期、ぼくは「日教組」という教員組合集団に呼ばれて、一年ほどいっしょに学習会を持ったことがありました。そのぼくですら、「愚者の楽園」とまではいわないにしても、それに近い「観念論者の遊園地」のような感想を、当時でも、持ったのでした。

 この集団もまた、ある「痴遇神」を礼拝し礼讃していたように思えます。いたるところに「痴遇神」は遍在しているようで、身も心もその「神」に捧げることで、この世のしあわせを得ようというのでしょう。まさにこの世は「愚者の天国」だが、「愚者」は、自らにはその自覚はないのです。自分は「愚か」だと微塵も考えない人は強いし、他者を、反対に、救いがたい「愚者」と位置付けることで、自らの位置を引き上げているのでしょう。岩波文庫本の「内容紹介」を引用しておきます。「16世紀はじめエラスムス(1466頃‐1536)は本書を著し,人間を『痴愚者』の集団として眺め『痴愚女神』に雄弁を振わせるという構想で,中世以来の腐敗したカトリック教会の世界を容赦なく批判し,歪められてきた人間性の救済を要求した.それはまさしくトマス・モアが『ユートピア』寓話に託した主張であり,現代西欧人のユマニスムの基盤であった.挿絵=ハンス・ホルバインほか」

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● ちぐしんらいさん【痴愚神礼讃 Moriae encomium】=エラスムスのラテン語風刺文学(1509執筆,1511刊)。《愚神礼讃》とも訳される。親友T.モアのラテン名モルスからモリア(痴愚女神)なる存在を着想,人間のあらゆる営為の根源にその働きがあることを聴衆を前にした女神の自画自讃の長広舌という形式で証明しようとした戯文ルキアノステレンティウスを愛した著者は,古代ギリシア・ローマに関する深い素養を縦横に駆使し,軽妙滑稽また寸鉄人を刺す警句を用いて硬直した公式文化の価値体系を逆転させ,王侯貴族や教皇から神学者や哲学者・文法家など,いわゆる権威者の痴愚への隷従ぶりを描き,逆にこの世における愚者こそ神の前には英知の人であることを暗示している。(世界大百科事典第2版)

 

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 【明窓】世界遺産支える「住民憲章」 根本的な決まり、おきてを意味する「憲」を聞いてまず思い浮かぶのは、日本国憲法。もう一つ、全国各地の自治体などが定めている「憲章」がある▼明治維新に際して新政府が国の方向性を示した「五箇条の御誓文」が源流とされる日本の市民憲章は、その土地の人が大切に守るものや、生き方を表現する。ただ、「自然、環境を大切にします」「いきいきとしたまちにします」など、どの自治体でも当てはまる内容が多いせいか、話題になることはめったにない▼その大切さを改めて感じる機会があった。今月3日、大田市の石見銀山遺跡が世界文化遺産に登録されてから15年になるのを記念したシンポジウム。江戸時代から残る「陣屋町」の景観を守る地元の大森町民が登録を機に2007年8月に作った3項目の「住民憲章」が紹介された。特に「おだやかさと賑(にぎ)わいを両立させます」の最後の項目は、約400人の地元住民が日々の暮らしのペースを守りながら、価値を外に発信する全員の静かなる決意と受け止められる▼登壇した発言者から「川で子どもが遊んでいる」「路地で住民が立ち話をしている」「家の軒先に花が飾られている」といった何げない所作をいとおしむ声が相次いだのは、長年にわたる住民の実践のたまものだろう▼市町村でも自治会でも家族でも、自らの言葉で行く道を語り、表現できるのは大きな強みだと言える。(万)(左上写真:伝統的な街並みが残る大田市大森町)(山陰中央新報・2022/07/17)

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 私が目指すこの国のかたちは、活力とチャンスと優しさに満ちあふれ、自律の精神を大事にする、世界に開かれた、「美しい国、日本」であります。この「美しい国」の姿を、私は次のように考えます。
 一つ目は、文化、伝統、自然、歴史を大切にする国であります。
 二つ目は、自由な社会を基本とし、規律を知る、凛とした国であります。
 三つ目は、未来へ向かって成長するエネルギーを持ち続ける国であります。
 四つ目は、世界に信頼され、尊敬され、愛される、リーダーシップのある国であります。 (第165国会・首相所信表明演説)(平成十八年九月)

(この「構想」の「有識者会議」の「錚々たるたるメンバー」にぼくは言葉を失います。いい年齢をした自称・他称の「有識者」の面々が、時間をかけて、この程度の「作文」しか作れないところに(作文とはそういうもの)、ぼくは言い知れぬ痴愚と恐怖を感じてしまう。前後左右に「分裂」や「又裂き」を起こしかねないのが「美しい国」の所以だからです。「これぞ、美しい国」と誰が言えるんですか。「そう思え、でないと処罰するぞ」と言われても、ぼくは背中を向けるね。「文化、伝統、自然、歴史を大切にする国」を否定し、改竄したのは誰でしたかな)

 凶弾に倒れる段階では「美しい国」は元総理の頭から消えていたのか。とにかく「防衛費はGDP比で2パーセント」(約十兆円余、世界三位の軍事費大国となる)を叫ばれていました。だから、ぼくは言うのです、「美しい国とは、他国と戦争(無辜の民を殺戮)ができる国」のことだったのだ、と。故人の政治家としての評価は、いつか機会があればていねいにしたいと考えています。この事件後の、見え透いた翼賛・誘導報道には驚くべき頽廃を感じるし、既存の国家権力がこの「事件」をどのようにつくりあげようとしているのか、ぼくには手に取るようにというといいすぎですが、故人の「神格化」へ靡(なび)きやすい人民をさらに煽(あお)っているような気がするのです。故人の不幸とは別個の、この島社会が抱え込んでしまった「エニグマ」に寒心に堪えない。何事であろうと、長く続くというのは、決していいとばかりは言えないんだと、いろいろな感想を持ちながら、嘆息に似た吐息(sigh)が出てきます。平安時代の「実語教」に「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す。人肥えたるが故に貴からず、智有るを以て貴しと為す」と見通されている。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。