不寛容の連鎖が、この劣島に犇めき蠢いている

 【水や空】投票日 選挙戦のさなかに放たれた銃弾の衝撃が、まだ消えない。安倍晋三元首相が銃で撃たれ、命を奪われた事件は、容疑者の男が犯行に至るまでの経過や背景が少しずつ明らかになり始めた。周到な準備をうかがわせる事実も伝えられる▲ただ、男の行為が「民主主義への挑戦」などと“上等な”名前で呼ばれることに、実は強烈な違和感を覚えている。思い込みと短絡と不寛容の果ての暴発-それ以上の意味を持たせてはならない、持たせるべきではないと思う▲一方で、そうした不寛容の「芽」のようなものは、社会のそこら中にあふれているように思えてならない。「多様性」が合言葉のように唱えられる今、なのに▲その芽は、ひょっとしたら、他党が政権を担当した時代を繰り返し「悪夢」と呼んだ彼の中にもあったのかもしれないし、そんな彼の発言や政治手法にしばしば強い反発を感じていた私たちの胸の奥にも見つかるのかもしれない▲改めて思う。異なる立場や意見が存在することを受け入れ、時にはため息をつきながら、それでも対話や議論の可能性を絶対に諦めない-そんな社会でありたい▲参院選投票日の朝だ。記載台で鉛筆を握る指にいつもより力を込めたい。投票の力を信じることは不寛容の連鎖を断つための何かにきっとつながっている。(智)(長崎新聞・2022/07/10)

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 三日続けて、今般の「元総理銃撃」事件にかかわる問題、それがもたらした課題を考えてみようとしています。限られた報道に接しているだけですから、いろいろな意見や批判が多く出ていることを見逃しているかもわかりません。それを断ったうえで、昨日付の「水や空」のコラム氏の所説に、ぼくは肯(うなず)くばかりです。ほとんどの新聞やテレビが、大まかに言えば「民主主義への挑戦」一辺倒という調子、その死は日本はもちろん、世界にとっても大きな損失であるとして、大々的に今回の銃撃事件を扱っているといってもいいでしょう。指摘される要素が皆無ではないとしても、果たして、それだけを言い放っておいていいのか、そんな疑問がぼくには消えないで残っているのです。そのことに関しては、昨日の駄文「民主主義は家庭・学校から始まっている」でも述べておきました。意を尽くせないきらいはあるのですが、それでも、この事件ばかりを特筆大書して、「民主主義への挑戦」とか「民主主義の破壊」といわれるのには、ぼくには少し異議・異論があるのです。

 凶弾に斃れた「元総理」の死に対しては深甚の哀悼の想いを抱いています。それを含めてもなお、日々、あらゆる段階で、あらゆる場所において「民主主義への挑戦」が試みられ、「民主主義の破壊」が遂行されているのです。いとも簡単に(と思われる)、人命が「芟除」される、そんなニュースに出会わない日はありません。一例として挙げると、一つの小さな集団、それが家庭であれ、学級であれ、構成員の心ないふるまいが、その集団内の「民主主義」を窒息させてはいないか、親が子に対して暴力的・抑圧的に、自らの意向を押し付けていないか。仮にそうだったとするなら、親と子の関係はいびつに変形され、ついには壊されます。これだって、家庭という小さな集団内の人間関係(交際)が危殆に瀕するということにほかなりません。家庭であっても「一つの社会集団」であり、その中では可能な限り「それぞれの権利が尊重される」ことが求められるのです。親と子の、願わしい関係というものは、その家族集団内で作り上げるほかないものでしょう。これこそが「理想の親子関係」だといわれるものは、どこまで行っても観念の上での話ですから。

 今日、家庭の状況はどうなのでしょうか。結婚離婚の推移でみるとどうなるのか。何でもないことのように、まるで「自然現象」を見るよう態度で、ぼくたちは、ことの「真相(離婚率の昂進)」を見逃してしまいます。(婚姻数が減少しているのに、離婚数は増大しているという傾向が続いています)仮に夫婦と子ども二人で一家が形成されていたとして、この四人もまた「互いを敬いあう人間関係」を必要とするのです。家庭は一つの「共同体」、あるいは「公共空間の部分を内在させている集団」です。この家庭内で夫婦が離婚に至るとするなら、四人で形成されていた「共同体」は壊れるのが当然です。四人で作っていた関係が破壊され、別の変形した関係に移らざるを得ないとするなら、それこそが集団内の「民主主義の危機」であり、「民主主義の破壊」に至るものだといってもいいでしょう。「家庭崩壊」などといわれるのは、家庭という社会集団における「民主主義(デモクラシー)(人間交際の方法の一種)」の崩壊を指します。構成員の権利や人権が危機にさらされるということですから。(上の図は生命保険文化センター作成)

 面倒な議論に陥ることは避けますが、この長崎新聞のコラム氏の次の指摘は、ぼくにはまことに正鵠を得たものと読めました。誤解されそうですが、あえてコラム氏は指摘(主張)する。「男の行為が『民主主義への挑戦』などと“上等な”名前で呼ばれることに、実は強烈な違和感を覚えている。思い込みと短絡と不寛容の果ての暴発-それ以上の意味を持たせてはならない、持たせるべきではないと思う」と。「一方で、そうした不寛容の『芽』のようなものは、社会のそこら中にあふれているように思えてならない。『多様性』が合言葉のように唱えられる今、なのに」と続きます。ぼく自身もまた、この小さな島社会のいたるところで「不寛容の連鎖」が蔓延していると、日々痛感しているのです。「不寛容」の内容・実態はそれぞれでしょうが、端的に言うなら、「わがまま」「傍若無人」「独りよがり」「自分勝手」「独善」あるいは、それの裏返しですが、「他者の権利の侵害」や他人への「思いやりの(決定的な)欠如」です。他者と付き合う場合、交差点の行きずりの出会いでない限りは、「袖すり合うも他生の縁」といいますように、いささかの因縁によって結ばれるものです。その結びつきに少しばかりの「思いやり」もなければ「惻隠の情」もないとすれば、まことに殺伐としたモノとモノとの連鎖(関係ともいえない)に等しいといいたくもなります。「砂を噛む」とはこういう他者蔑視の感覚を言うのでしょうか。

 この世界で生きるとは、他者とともに生きることなのだといえるなら、この「不寛容」は、自ら進んで、他者との共存を忌避し、拒絶しているようにも映ります。このような不寛容の連鎖に束縛されている社会(集団)が健全であるはずはありません。少しばかり他者への尊敬心、それは血中のごく少量の塩分と同様、それなしでは十分に交流が成し遂げられないのです。こんな貴重な、潤滑油のような「他人への思いやり」「他者を思い図る気持ち」を育てるのはまず家庭からでしたが、この民主主義の「揺り籠」が「揺り籠」になりえないのだとするなら、困難ではあっても学校や学級がその役割を果たすほかないでしょう。「学校は民主主義の実験場」だといったのは、アメリカのジョン・デューイでした。もちろん彼ばかりではなく、誰だって、異論を認め、自らの意見表明の重要性を学ぶのも学校だったはずです。そして、振り返って、果たして学校は、「民主主義の実験場」でありえているかどうか、それを思うと慄然とするのです。優劣競争、点数信仰、弱肉強食、こんな言い方は好みませんが、多くの段階の学校では、残念ながらこのような競争原理が働いているのではないでしょうか。そのような競争・闘争の場から「他人を思いやる」という感情が育つとはとても思われません。 

 コラム氏はさらに続けます。「その(不寛容の)芽は、ひょっとしたら、他党が政権を担当した時代を繰り返し『悪夢』と呼んだ彼の中にもあったのかもしれないし、そんな彼の発言や政治手法にしばしば強い反発を感じていた私たちの胸の奥にも見つかるのかもしれない」おそらく、ここまで言い切る記者や記事は、ぼくが読んだ限りでは他に見られませんでした。「死屍に鞭打つ」という表現があり、この島では、それは極めて忌み嫌われてきました。誰だって死ぬと「仏」になり「釈迦」になる(する)というお国柄でしたから、一面では当然でしょう。しかしこのコラム氏の「不寛容は彼の中にもあったかも」というのは決して「鞭打つ」ような所作ではないでしょう。元総理の評価に関しては、いずれゆっくりと考察するとして、誰かれの中にも、「唯我独尊」と、その裏返しの「他者への不寛容」が芽生えていることを否定できないようにも思うのです。

 「改めて思う。異なる立場や意見が存在することを受け入れ、時にはため息をつきながら、それでも対話や議論の可能性を絶対に諦めない-そんな社会でありたい」こんなことは当たり前、そんな社会にまでぼくたちは進めなければならないでしょう。まず家庭から、「異なる立場や意見が存在することを受け入れ、…、それでも対話や議論の可能性を絶対に諦めない-そんな家庭でありたい」という願いは、今では、今でも、ほぼ絶望的です。では学校はどうか。優劣を競う、競馬場のような「闘技場」で、はたして「異なる立場や意見が存在することを受け入れ、…、それでも対話や議論の可能性を絶対に諦めない-そんな学校でありたい」というのは、まるで夢物語でしょう。親も教師も、一つの集団にあっては「水平と平等」に参加している構成員ですから、決して子どもや児童・生徒以上の立場にあるものではないのですが。

 繰り返して言いたい。不寛容の連鎖が、この劣島に犇(ひし)めき蠢(うごめ)いている、それが実相でしょう。政治は独善に走り、異論を寄せ付けない。「数は力だ」という短兵急な政治家の心情が変わることは期待できません。経済は「金権至上主義」「何よりも儲け第一」という原理によってのみ動いているようにも見えます。教育の実態は、言わなくとも、それぞれの方が経験されてきたこと、経験されていることです。そんなところから「不寛容の芽」が育つ、育ちすぎることはあっても、断ち切られることはまずありそうもない、それをじゅうぶんに認めたうえで、そこからぼくたちは歩き始める、歩き始める必要があるのです。

 「民主主義の実現は、地平線に向かって進むようなものだ」といった(作家だった)大統領がいました。一歩進めば、目標は一歩退く、あるいは遠のく。とするなら、地平線を目指して、という、その行為こそがデモクラシーへの道だとも受け取られます。どこかの地(集団)に民主主義は根づくことはない。いつだって壊され、潰える運命にあるのです。それを支えるも支えないも、その集団(社会)を構成しているメンバーの精進(デモクラシーを育てるという集団の営みに参加しているという自覚)によるのです。「ひとりとみんな」というのは「ひとりとひとり」のつみかさねです。そのつながりを大切にするところから、「寛容の精神」が芽生えるのではないか。まるで「薄氷を踏む」想いですね。あるいは「白刃の下を潜る」ような厳しさがありませんか。「日暮れて、道遠し」というのが実際のようにも思われます。

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投稿者:

dogen3

 「名もなく貧しく美しく」、ぼくにとって、それは生きる姿勢(流儀)の理想型ではありますが、現実には「名もなく貧しく醜悪に」、せいぜいがそんなところでしたね。「美しく」どころではなかったけれど、「名もなく貧しく」は断固として一貫してきたと思う。とても自慢できませんがね。