信州信濃の蕎麦よりもわたしゃあんたの側がいい

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 長野市戸隠といえば…ソバ 一面に白い花満開 「今年はいいよ」と太鼓判

 長野市戸隠地区で特産のソバの花が見頃を迎えている。戸隠連峰を望む同市戸隠豊岡の農業木村輝松(てるまつ)さん(87)の畑では28日、白い小さな花が満開に。戸隠観光協会によると、地区全体で例年より少し早く見頃を迎えており、あと1週間ほどは楽しめそうだという。/ 木村さんは約1・4ヘクタールの畑で30年以上前からソバを栽培。5月上旬に種をまき、10日ほど前に花が咲き始めた。霜が降りず、生育は順調といい、「例年より大きく育っていて、おいしいそばができると思う。今年はいいよ」と表情をほころばせた。/ 7月下旬ごろに収穫する予定。8月にもう一度、ソバの種をまく計画という。(上の写真は戸隠連峰を望む畑でソバの様子を確かめる木村さん=28日)(信濃毎日新聞・2022/06/29)

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 近所にも蕎麦畑があり、季節ごとに「白い花」を咲かせています。近年では、同じ町内の、よく繁盛する店の蕎麦畑もつくられ、何とも爽快な眺めであります。どうでもいいことです、どいうわけだか、ぼくは蕎麦が大好きで、若いころから盛んに食べてきました。そのほとんどは「ざる蕎麦」か「盛り蕎麦」で、もちろん「小半(こなから)」(半分の半分。1升の4分の1。2合5勺)が付いていました。今ではこんな言葉は使いませんが、「こなから」(「小半」)とは、さらに、少量のお酒という意味もありますから、ぼくはたいてい一合の酒を「蕎麦の友」としていた。店によっては「菊正」だったり、「白雪」だったりしましたが、そのお酒は美味しいものでしたね。蕎麦が主なのか、酒が主なのかわからない「昼飯」でした。やがて、どの店も昼食時はこみだしたので、その後はあっさり「昼飯(昼蕎麦)」はすっかりやめてしまいました。もう半世紀も前のことになりました。

 昼の「小半つき蕎麦」に代わって(以来、ぼくは昼食を食べない人間になった)、夕方五時ころからの「飲み屋」通い。およそ三十年ほど、ほとんど同じ店でした。飲みだしたら時間を気にしないという出鱈目ぶりで、最終電車はしょっちゅうだったし、時には乗り遅れて困ったこともしばしばでした。それはともかく、蕎麦は、その素朴な味(なかなか一筋縄ではいかない)がよろしいいですね。近年、日本産蕎麦粉は希少価値があり、なかなか手に入りません。蕎麦店でも、大半は外国産だとされています。美味しければ、どこだっていいのですが、ぼくはやはり信州の「更科もの」をよく食していました。今はもうなくなったかもしれませんが、銀座の交差点わきの「更科(さらしな)本店」にもよく行きました。当然のように「小半」付きでしたね。当時は、あちこちの店でも、少量の梅酒が付いていたように記憶しています。

 信濃産の一茶の「蕎麦句」をいくつか。

・そば所とひとはいふ也赤蜻蛉                                                                                                       ・瘦山にぱっと咲けりそばの花                                                                                                      ・更しなの蕎麦の主や小夜砧                                                                                                       ・そば花は山に隠れて後の月                                                                                                       ・そばの花咲くや仏と二人前(いずれも一茶作)

 コロナ禍騒動以来、ぼくはほとんど外でものを食べることをしなくなりました。マスクや消毒もうるさいことでしたが、テーブルにアクリル板を立てて、無言で食べるという「苦行」には耐えられなかったからです。今でも、同じことをしているのかどうか。かみさんと行っても、「衝立」を隔て、黙って食べるという、そんな馬鹿なことがもう長い間続いているのです。家でも衝立(アクリル板)を立てて食事をしている人がいるのかどうか。当たり前の日常・風景、それが失われることに、ぼくはいたく抵抗を覚えるのです。

 外食をやめたので、蕎麦はもっぱら市販品(出来合いで、茹でるのみの)です。何国産と言われるのも嫌ですから、あまり気にしないで、国産と書かれた品物を「そうだよ」とみなして買うのです。家で「ざる」や「盛り」にして、「アクリル板」もなく、ゆっくりとかみさんと食べています。「これは旨い!」というものには、まだ行き当たりませんが、そのうちにきっと、と思いながら、今を盛りの蕎麦の花を見ている。

 若いころ、学生さんの中には家ではだれも、一滴も酒を飲まないという話を聞いて驚いたことがあります。酒もなくて、どうして飯が食えるのかなどと、不埒なことを言ったりしたことでしたが、さて、自分が酒を止めてしまうと、やはり美味しいい「蕎麦」を探しますね、酒の有無には無関係でした。

 (つい二時間ほど前)十時半ころ、長野の飯田に住んでいる後輩(女性)から電話がありました。「会社に行けなくなった」という。ご当人は「うつ病」だと自認しているし、それを補強する心療内科の医者もいる。一か月ほど前にあった電話で、久しぶりで「うつの声」を聴いた。ぼくは専門家ではありませんから、何も言いませんが、ちょっと気になったのは「自分は自己肯定感が低い人間だから」とかなんとかいったのです。「えっ、それホント」という気がしました。プライドというか自尊心というか、世にいう「自己肯定感」(あるいは「自己正当化」かも)が、必要以上に強すぎるから、何かあると「落ち込むんじゃないですか」と、ぼくは答えました。ほとんどはそうであって、そのうえで、「この自分をどうして認めてくれないの?」という「世間」の冷たさ・低評価に、孤独感や孤立感が、ご当人の中に住みかを見つけてしまったんですね。(いのちあるものは、人間を含めて、まず「自己肯定感」は強いと、ぼくは考えている。自分を守り、自分を突き出すことは、いのちを賭けてのことではないでしょうか。もう少し書きたいのですが、猛暑のせいで、本日は中止。植木に水をやり、と殊勝なことを考えている)

 「会社に行く、行かない」は個人の問題であっても、会社には仕事をする同僚がいますから、少しでもその「仲間」への配慮があれば、少しは違った反応があるのかもしれぬと、結論にならない物言いをして電話を切りました。電話なら何時でもどうぞ、ぼくは暇だから「出られるときは出る」と、今後の電話の受け取り了解の信号を出しながら、この瞬間・状況を乗り越えてくれるといいなあ、とつくづく思っている次第です。安っぽい化学アルコールやタバコなどにひっかかっていないで、本場の「蕎麦」を粉から作って、ゆっくりと食べるといいのに。

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