災害はいつでもどこでも間を置かず、です

 【水や空】夏へのリハーサルを 昨年夏の本紙「ジュニア俳壇」に中学3年生の爽やかな一句が載った。〈梅雨晴れ間洗濯物が笑ってる〉。部屋干しが続いた洗濯物が、久しぶりの晴天の下でひらひらと、まるで笑ってるみたい。そんな一句だろう▲梅雨晴れ間の空は格別に明るいが、季節にまつわる事典によれば、梅雨の中休みには2通りある。「アンコール型」は大陸からの高気圧が列島を覆い、5月の青空が舞い戻る▲もう一つは、南からの亜熱帯高気圧がいっとき強まり、炎天となる「リハーサル型」。夏の“予行練習”のあと、また梅雨空に戻る-はずだが、今年はリハーサル抜きのまま、夏のぶっつけ本番が相次いでいる。きのう、九州南部などで梅雨明けしたとみられる▲中でも関東甲信は、少なくともここ70年のうちで最も早い。梅雨の晴れ間ならば人も洗濯物も笑顔になるが、これではしかめっ面ばかりだろう▲連日、全国で6月としては異例の暑さとなり、熱中症で搬送される人も後を絶たない。この欄の右の週間天気も、お日さまのマークが目立つ▲今時分、熱中症になりやすいのは、体が暑さに十分慣れていないからだという。軽い運動で汗をかく。水分をしっかり取る。必要なければマスクを外す…。天はリハーサル抜きでも、人の体を慣らす“リハーサル”はどうぞ抜かりなく。(徹)(長崎新聞・2022/06/28)(ヘッダー写真は「ウクライナ中部クレメンチュクの商業施設で、作業に当たる救急隊。同国非常事態庁提供」(2022年6月27日撮影、公開)。(c)AFP PHOTO / (Ukraine’s State Emergency Service / str)

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 ぼくは昔から「天候・天気」には神経を使っていました。関心を持って眺めていた。遊び場が、木浦あら屋外に限られていたという事情もあった。明日は晴れるかどうか、台風の進路はどうなってゆくのか。あるいは大雨というけれど、どの程度の雨量になるのかなどなど、それこそ、履物を遠くに飛ばしては「占い」をさかんにやっていたようでした。要するに、その日の天気に、実に素直に従っていたということでしょう。これは誰から聞いたことなのか、まったく忘れてしまったが、「天気に文句(不平)を言わないこと」という教えが、ぼくには小さいころから意識の中に残り続けていたというわけで、それだけ、先人たちの知恵として、時には自然現象に対して「謀反(むほん)」は起こせないという表現でもあったでしょう。

 初めて「台風」の強烈な洗礼を受けたのは、昭和三十四年九月の「伊勢湾台風」でした。建てたばかりの家が吹き飛ばされるのではないかと、心底から肝をつぶした。幸いに京都は、それほど大きな被害はなかったが、三重や愛知は筆舌に尽くしがたい被害を被った。「地震・雷・火事・親父」と、怖いもの「ベスト(ワーストか)フォー」が語られてきましたが、今も生き残っているのは何でしょうか。親父なんて、とっくに自然消滅というか、絶滅種になったようです。この段階、この「四傑(嫌われ者?)」がもてはやされた時期では、「台風」が入っていなかったのは、何十年とか百年単位の事象であり、現象だったからでしょうか。それにしても「伊勢湾台風」の規模はものすごいものがありました。凄さ・怖さという点では、地震の比ではなかったと、今でもぼくは考えています。(下の写真は毎日新聞から)

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 さて、「梅雨明け」ということです。ぼくは毎日のように気圧配置(天気)図を眺めているのですが(これもかなり長い習慣になりました)、群馬の伊勢崎で四十度を超えたというニュースを見る前に、もう「真夏」であると勝手に判断していました。その通りでしたね。別にどうということはないのですが、こうなると、電力使用量や飲料・農業用水のことが心配になります。数年前から、拙宅でも「太陽光パネル」を設置するかどうか、少しは考えているのですが、そこまでするほどのことか、停電なら、それも仕方がないなどと暢気に構えています。電気製品頼りの生活に「警鐘乱打」ということですが、いっかなそれを気にも留めない風潮が、福島の原発事故以降も改まっていないのは、度し難い「習慣病」「国民病」(もちろん、自分も含めて)というほかありません。

 気象庁に「宣言」などされる筋のものではないのですから、明けようが明けなかろうが何でもないといえばいえますが、不思議なもので、まるで「真夏の使者」よろしく、「梅雨が来られました」「梅雨が出て行かれました」と、言う方も聞く方も、これまた習慣病ではないでしょうか。その習慣病の見立てによれば、「梅雨明け」はしたが、やがて「戻り梅雨」が来るというのです。どうしても「梅雨」にこだわりたいのも理解はできますが、それどころか、異常高温と、海水温度の高まりによる「台風」の連発が気になるところです。「集中豪雨」と強風暴風の連続パンチで、劣島は、これまでに何度痛めつけられてきたか。それでもなお、その生活の姿勢や態度を改め(られ)ないのは、こんな「生き方」しかできないからということなのでしょう。あるいは、この生き方が「ベスト?」というのかしら。

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 庭の草刈りや植木の剪定をやる予定でいるのですが、家の外には五分と出ていられないような「猛暑」です(昨日は、隣町は36.8度だったそうです)。また、水やりも欠かせない、これは夕方、日が落ちてからということになりそうです。それにしても、今年もすごい「熱すぎる夏(酷暑)」になっていますね。昨日は都内で二百人ほどの方が「熱中症」で搬送されたとか。一方で「節電」をやかましく言いながら、他方では「適度に冷房(エアコン)を」と、理解しずらい方針を、政府は出しています。家の内外にかかわらず、「熱中症」になる時代に、ぼくたちは生活しなければならないのです。日傘はおろか、今では「小型扇風機」をかざして歩く人も多く見受けられます。やがて「エアコン」を背負っての歩行時代が、いやもう来ているのかも。 

 一方では「最高温度地域競争」なのかどうか。日本一だ、関東一だと騒いでいるのは、どこの誰でしょうか。インドでは五十度を記録し、異常な数の被害者が路上に横になっている報道がありました。アメリカでは「酷熱(死)の谷」だとか、何とも異常高温地滞が話題になっている。世界の各地では「山火事」が頻発し、ウクラナイではミサイルが飛び交う。なんとも疎ましい「2022の夏」です。こんなときに「マスクしなければだめ」とは、狂気の沙汰ですね。最近まで「コロナ」と言えば、この人だった、その方の姿が見えませんが、感染したのではないでしょうね。「熱中症にも、感染症にもかからない、そういう人にわたしはなりたい」と自らに言い聞かせつつ、命に恵まれた方々の「ご健勝を」、僻陬の山中から願っています。(下の写真は「2022年6月18日/スペイン、北西部カスティーリャ・イ・レオン州郊外」(Emilio Fraile/Europa Press)

HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH

・草むらも酷暑の夜勤もみな苛立ち (金子兜太)                               ・蓋あけし如く極暑の来りけり( 星野立子)                                  ・怖いほどおほばこ伸びぬ極暑来 (森川暁水)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。