今も昔も、大学は変わってなんかいないよ

<あのころ>広末涼子さん、早大初登校 ファンに囲まれ騒然 1999(平成11)年6月26日、早大入学を果たした人気タレントの広末涼子さん(18)が初登校すると、多数のファンや報道陣に取り囲まれ大騒動に。自己推薦入試で教育学部国語国文学科に合格したものの仕事が多忙で学校に姿を見せなかった。学業との両立は難しいと、4年後に退学届を出した。(共同通信・2022/06/26)

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 特別にこの記事や写真に関心があってのことではなく、世間では有名タレントの大学受験が、まだまだ興味の的になる時代に、都内のある私立大学で生じた「騒動」の一幕を図らずも、無関心派でありながらも、ぼくは思い出したようです、つまるところは、岡目八目ですね。タレントであれ、誰であれ、大学入学を希望し、入学を果たすことは、一部マスコミの好餌にはなるでしょうが、今や時代はとくと過ぎているのです。この「学生」の入学や登校が、ばかばかしいような「社会問題」になったのはなぜか。ぼくには、理由や背景がよくわかりせん。ぼく自身ははるか以前に大学に入ったのではありますが、入学した途端に、何よりも大学教師の水準というものの「低さ」に驚愕したことを覚えています。あまり偉そうには言えませんが、大学が教育機関であるというのは、何かの誤りか、宣伝のためのだけの「看板」だったというのでしょうか。それ以来、ぼくは大学というものの存在価値や教育機能をまったく認めなくなったのは事実です。組織や集団に何を求めるのか、それはほとんどが錯覚や過誤に基づいているといえます。つまりは「看板倒れ」ですな。

 ある特定の学校が素晴らしいというのは、好き嫌いの問題ですから、大いにありうるでしょうし、その素晴らしいという、同じ学校が、別の人からすれば「なんとも最低の空間」だったということもありうるのです。企業であれ学校であれ、何人にも「全体そのもの」が素晴らしいということは断じてないと、経験から知りました。ある人にとって素晴らしいのは、その人が素晴らしい「人間」に出会えたからであり、その反対もあるのです。「素晴らしさ」や「つまらなさ」は、極めて個人の感覚によって生み出されもするのです。また、同じ学校が百年続いたというのは、死なないで生きてきただけであって、百年の間、何時だって新鮮な空気が流れていたはずはないのです。戦時中はどうだったか、そんなことを持ち出すまでもなく、何時だって問題は存在しているのに、それに蓋(ふた)をするか、それを見ないことにしている人が多くいるから、影の部分が世間に知られないだけです。

 繰り返し述べてきたことですが、「学校の餌食」にだけはなりなさんなということを、ぼくは自らの肝に銘じて生徒や学生をやっていたし、勤め人になってからも同じことを、教師の側にいながら感じ続けていました。「学校に気を許す」、あるいは「近づきすぎる」とロクなことはないのです。ともすれば、「学校」に信を置くという、本来ありえないことに気が付かずに、この学校はダメだ、教師はひどいと言ったところで、変わるはずもないし、変わることがあるとすれば「朝令暮改」がせいぜいです。大事なのは、どんな「吹き溜まり」のような場所にも、付き合うだけの値打ちがしみじみと感じられる人間(友人)がいるということだし、それがたった一人であっても、出会いというものがかなうなら、その学校に行った理由は立派にあったんだといいたいね。(世に「名門」とか「一流」という、偽かどうか知らんが、看板を外せないところが、実に多いですね。看板に偽りがあろうがなかろうが、外せないというの死ぬほどにつらいことではないですか)看板で判断するな、着ている服で判断するな、誰もが言うが、いずれも正鵠を得ている。

 あるタレントさんの入学・登校騒動についてです。その一面で「学部当局」が張り出したとされる掲示文が、世間でも少々話題になりました。話題になったのは、文字通りの興味本位で、その内容によって、学部のお里も知られることになったかもしれません。この騒動記事の関連で、こんな記録(記述)に出会いました。かかる現象を「言葉の問題」として考察(?)されている方がおられることに感心もするのです。(以下を参照:https://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k990630.htm)

 出来事は今から二十年余の昔になりますが、今よりはまだまだ、時代は華やいでいたのか、活気があったのか、いや、いつだって「社会の一部」ではなにがしかの問題が起こっているだけのことなのかもしれません。それを話題にしたり、批判の的にするのも仕事(商売)だという人々がいる限り、この手の「騒動」や「騒擾」はくりかえされるのでしょう。大学の教師の真似事をしていた時代も、遥かの昔という感覚に襲われてしまいます。大学にとって、ぼくは「去る者、日々に疎し」の典型であるのは事実ですが、ぼくにとっては、大学こそ「去る者、日々に疎し」という存在になっているのです。勤め人時代、よくお話を伺ったことのあった数学のM教授はいつも、大学や教育に対して軽妙でもあり、図星でもあった「苦言」を呈しておられたが、「大学に入って、もっとも意味があるとすれば、大学のくだらなさを知ったことだよ」「入って初めてわかるんだ」と盛んに言われていた。お説の通りと、賛同の首肯は強かったが、その時も、どうしてその「くだらなさ」を、大学に入らない段階(入る前に)で知らなかったのかと悔いたことがしばしばでした。あるいは、これは「人生」についても言えることかもしれません。

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(ぼくの見立てでは、今年の梅雨はすでに終わりました。もう「盛夏」「凶夏」です。だから、ちょっと気が早いのですが「オトギリソウ」。あちこちの山々に、静かに咲いて花びらを揺らしている姿が忘れられません)(ヘッダー写真はオトギリソウ:● おとぎり‐そう〔‐サウ〕【弟切草】オトギリソウ科の多年草。山野に生え、高さ30~60センチ。葉は披針ひしん形で対生し、基部は茎を抱く。夏から秋、黄色い5弁花をつける。花は1日の寿命で、日中だけ咲く。茎や葉を痛み止めや切り傷の薬にする。小連翹しょうれんぎょう。《 秋》(デジタル大辞泉)

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