沖縄無残!(こわいをしって、へいわがわかった)

 【北斗星】日中戦争から無事復員した六郷町(現美郷町)の藤原源也さんは1944年8月、妻と5人の幼い子どもを残して再び出征した。沖縄本島南部の激戦地に送られ、45年6月に戦死。享年35▼長女の籠谷ミチさん(87)は今でも時折、相撲が得意だった父の大きな手や笑顔を思い出す。47年夏、戦死の報が届いた。骨箱に入っていたのは名前の記された紙切れ1枚だけ。遺骨は沖縄の地に眠ったままだ▼一家の大黒柱を失い、ミチさんは高校進学を諦め母と家族を支えた。父が存命なら違う人生を歩んでいただろうと思ったことも数え切れない▼沖縄が戦後の米軍統治を脱し、日本に復帰して50年。全国世論調査によると、沖縄の印象について60代以上の4割が「多くの人が悲惨な体験をした戦地」と回答。20~50代は「海などの自然を楽しむ観光地」が首位だった。苛烈な地上戦の風化を痛感する▼米軍普天間飛行場の辺野古移設で、沖縄本島南部の土砂を埋め立てに使う計画がある。沖縄戦の遺骨収集を続ける那覇市の市民団体代表、具志堅隆松さん(68)は土砂に遺骨がまざる恐れがあるとして、全国の市町村議会に土砂使用断念を政府に働きかけるよう求める文書を送った。「人道上の問題として全国の人に考えてほしい」と訴える▼沖縄戦では日米双方で計20万人超が死亡。沖縄本島や周辺で亡くなった本県戦没者は藤原さんら計485人。沖縄の米軍基地問題を「わがこと」として考える出発点になるかもしれない。(秋田魁新報・2022年5月18日 )

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 昨日は「沖縄慰霊の日」、この日は、毎年のようにぼくは「常軌を逸する」めぐりあわせの時間にめぐまれたかのように生きてきました。昨日も、終日、海勢頭豊さん作曲・作詞の「月桃」を聴き、ひたすら「慰霊」の意味を考えていた。本日は、まだ「常軌」に戻り切れていないようです。ぼくは何事によらず、「儀式」に参加することはおろか、それを見るのさえも死ぬほど嫌で、その中でも、式典の中での「心ない挨拶」や「空言・虚言の羅列」を耳にするだけでも気が狂いそうになるのです。昨日も、空しく響く「ソーリ」の、心ここにあらずの「セリフ」をネットで聞きかけて反吐が出そうになりました。その時、平和祈念公園では「ソーリ、帰れ!」のコールが起こったとありました。人間ではなくポストが語る「言葉」がどんなに非情で無慈悲(人間が顔を出さない)か、それを語っている「ソーリ」が一番に知っているでしょう。(ヘッダー写真は琉球新報・2022/06/23)(下写真は沖縄タイムス・2022/06023)(ガマの奥に誰がいるのですか?)

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 数年前の「原爆記念日」に「挨拶」した(ソーリを名乗っていた)男が、「文章を読み飛ばした」ことがあったが、当のご本人が、それにはまったく気が付かなかった。何が書いてあり、何を読んでいるのか、まったく無関心で、低能ロボットが読んでいたのですね。その「恥知らぬ(無知の)所業」を隠す(尻ぬぐいする)ために、あの手この手の「捏造」つくりに躍起になっていたのが、取り巻きをはじめ、近くにいる官僚群だった。そこにはマスコミだって加担していた。また少し前のソーリなるものが、広島と長崎の「記念日」に同じような文章を読んでいたことがあった。もちろん、これさえ自分で書くのではなく、ゴーストライターなる存在が書くのだが。ことほどさように、問題になるのが「戦死」であれ、「被爆死」であれ、そんなことにはいささかの興味も眼中にない連中だから、嘘八百の「挨拶」を読み過ごす(飛ばす)ことができるのだし、それができなければ、「ポスト」には就けないのだ。政治家がどんな種類の人間か、これだけでわかろうというものです。「自分は偉い」という自己誤認だけに生きている存在かもしれぬ。

 まるで、「錦の御旗」のように「戦争による唯一の被爆国」を繰り返し売り物にしているにもかかわらず、「核兵器禁止条約」には見向きもしない国なんです。理屈はいろいろというけれど、要するに「核」は、その中でもアメリカの核は、世界の現状を維持するには必要不可欠であるとみなしているからこそ、屁理屈をつけて、「条約」に参加しないことにしているだけ。「核保有」国と「核非保有」国の間を取り持つのだと、笑わせるじゃないですか。こんな嘘っぱち一つだって、これが自己の判断や決断かどうか、決してそうではないところに「属国」の賤しさと悲しさが共存している。ぼくはその「属国」の一人の国民であることを隠さない。のうのうと「原爆被爆」の非人間性を、「被爆唯一の国のソーリ」として訴えることができるという、これは政治家の珍芸当ではないですか。そんな「国」をどこのだれが信頼し、尊重するのでしょうか。いつだって「核の傘」に身を寄せ・しがみつきながらながら、「核」の不当性を訴えるなんて、「天に唾する」類でしょ。「攻撃能力」「核の共有」と(言辞を弄び)時代を無視し、隣国に石を投げるような「挑戦的言葉」を言い募っている輩が蝟集しては気勢を上げている、何とも笑えない構図です。こんな徒党を、選挙のたびに選ぶというのは、何の因果なんですか、と我ながら、己もその一人の、劣島住民に「問いたい」な。

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(以下は昨日の新聞記事より)
 沖縄は23日、「慰霊の日」を迎えた。「沖縄全戦没者追悼式」が糸満市の平和祈念公園で営まれ、沖縄市立山内小2年の徳元穂菜さん(7)が「平和の詩」を朗読した。(以下略)(毎日新聞・毎日新聞 2022/6/23 11:00)(下写真は同記事より:沖縄全戦没者追悼式で「平和の詩」を朗読する沖縄市立山内小2年の徳元穂菜さん=沖縄県糸満市の平和祈念公園で2022年6月23日午後0時33分、喜屋武真之介撮影)

平和の詩「こわいをしって、へいわがわかった」
 沖縄市立山内小学校2年
 徳元 穂菜(ほのな)

びじゅつかんへお出かけ
おじいちゃんや
おばあちゃんも
いっしょに
みんなでお出かけ
うれしいな
こわくてかなしい絵だった
たくさんの人がしんでいた
小さな赤ちゃんや、おかあさん
風ぐるまや
チョウチョの絵もあったけど
とてもかなしい絵だった
おかあさんが、
七十七年前のおきなわの絵だと言った
ほんとうにあったことなのだ
たくさんの人たちがしんでいて
ガイコツもあった
わたしとおなじ年の子どもが
かなしそうに見ている
こわいよ
かなしいよ
かわいそうだよ
せんそうのはんたいはなに?
へいわ?
へいわってなに?
きゅうにこわくなって
おかあさんにくっついた
あたたかくてほっとした
これがへいわなのかな
おねえちゃんとけんかした
おかあさんは、二人の話を聞いてくれた
そして仲なおり
これがへいわなのかな
せんそうがこわいから
へいわをつかみたい
ずっとポケットにいれてもっておく
ぜったいおとさないように
なくさないように
わすれないように
こわいをしって、へいわがわかった

(下左写真は毎日新聞・2022/06/23)(その右写真:FNNプライムオンライン)(その右写真は核兵器禁止条約の第1回締約国会議=ウィーンで2022年6月21日、隅俊之撮影:毎日新聞)(その右写真:NHKニュースより)など

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 「こわいをしって、へいわがわかった」と語る穂菜さん。はたして「怖いを知って」いる大人たちはどれだけいるのか、また「怖いを知って、平和がわかった」大人たち(人間たち)がどれだけいるのか。「慰霊の日」、家族や親戚、あるいは友人知人と、さらには、たった一人で「ガマ」で悼む心を解くほぐしている人たちがいます。カメラや記事には乗る気遣いのハイ無数の人々の側に「慰霊の心」が込められているのでしょう。ここにこそ「慰霊の日」の真実があるような思いが深くなるばかりです。二日続けて「常軌を逸し」でいる人間がここにいる。

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