変わらぬ命 変わらぬ心 故郷の夏

 本日は「沖縄慰霊の日」です。毎年のように、この日は終日「月桃」という曲(歌)を聴き続けてきました。一年の内で、ぼくには何日か「常軌を逸する」日があります(「何日などというものではないよ」という声が聞こえてきます)。今年も例年の如く、狂ったように、朝から聴いています(時には声を出してもいます)。作詞・作曲は海勢頭豊さん。知る人ぞ知る「沖縄の詩人」(ボブ・ディランとも称されています)。彼とは、少しばかりのお付き合いもあったし、ぼくの担当する授業に来ていただいたことがあった。「月桃」は彼の制作した映画「GAMA-月桃の花」の主題歌としてつくられたものです。

 「子どもたちに沖縄戦を理解してもらうにはどうしたらいいか、清らな心で強く生きてほしいと伝えるにはどうしたらいいか、と考えながら作りました」。豊さんは、糸満を訪ねた時石垣に生えていた月桃を見てテーマにしようと決めた、と話す。その場ですぐ歌詞とメロディーが浮かび、書き留めたという。復帰10年目の慰霊の日報道番組の主題歌作りを頼まれていた時だったそうだ。/「戦争で散っても再び芽を出し、花を咲かせる月桃の生命力に感動しました。実は物悲しい歌詞と曲を期待していた人には、がっかりされましたよ。でも絶対に子どもたちが歌ってくれる曲になるから、と訴えました」とほほ笑む豊さん。/思い描いた通りに学校で歌われ、「校歌は覚えないのに、『月桃』の歌詞は全部暗記する生徒が多い」という笑い話が、教師から届けられたそうだ。また歌を知って喜屋武岬や摩文仁の丘を訪ねると、涙ぐむ子どもたちがいることも耳にしたという。映画やテレビの影響も加わり、「月桃」は、沖縄発の平和祈念歌として全国に広がることになった。(「週刊レキオ」No.1626:http://www.lequio.co.jp/pc/show2.php?c1=01cov&c2=2016&vol=1626) 

 同記事より:プロフィール うみせどゆたか=1943年生まれ、現うるま市平安座島出身。琉球大学にて生物学を学ぶが、独学でギター演奏や曲作りを習得し大学内にギターアンサンブルを創立。シンガーソングライターとして沖縄の心を歌い、作曲家として映画音楽・オペラ・バレエの楽曲制作も手がける。またジュゴン保護キャンペーンセンターの代表として、IUCN(国際自然保護連合)の世界大会に出席するなどの活動も続けている。代表曲は「月桃」「喜瀬武原」「さとうきびの花」他  うみせどあい=1976年生まれ、西原町出身。4歳からバイオリンを学び、相愛大学音楽部卒業後帰沖。県内でのオーケストラ公演やソロリサイタル、室内楽コンサート、海勢頭豊平和コンサートに出演。沖縄県立芸術大学非常勤講師、ダイトウ音楽院講師、ウエル・カルチャースクール講師も務めている。

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以下に「月桃」をいくつかのヴァージョンで。                  ①https://www.youtube.com/watch?v=HQkQmixSMqM                              ②https://www.youtube.com/watch?v=aXerSpRACTY        ③https://www.youtube.com/watch?v=fyWGlzB5tOw

 月桃

【作詞】海勢頭 豊
【作曲】海勢頭 豊

1.月桃ゆれて 花咲けば
  夏のたよりは 南風
  緑は萌える うりずんの
  ふるさとの夏

2.月桃白い花のかんざし
  村のはずれの石垣に
  手に取る人も 今はいない
  ふるさとの夏

3.摩文仁の丘の 祈りの歌に
  夏の真昼は 青い空
  誓いの言葉 今も新たな
  ふるさとの夏

4.海はまぶしい キャンの岬に
  寄せくる波は 変わらねど
  変わるはてない 浮世の情け
  ふるさとの夏

5.六月二十三日待たず
  月桃の花 散りました
  長い長い 煙たなびく
  ふるさとの夏

6.香れよ香れ 月桃の花
  永久(とわ)に咲く身の 花心
  変わらぬ命 変わらぬ心
  ふるさとの夏

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 摩文仁の丘に立ったのは何年前になるでしょうか。当時同行してくれたAさんは、その後まもなく亡くなられた。沖縄の友人たちとも連絡が途絶えています。無事でおられることを祈るや切です。

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 地上戦から77年、沖縄「慰霊の日」 世界で続く戦火の収束を祈る

 沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦などの犠牲者を悼む「慰霊の日」を迎えた。日米両軍の激しい戦闘に住民が巻き込まれ、兵士を含め約20万人が命を落とした地上戦から77年。世界はロシアによるウクライナ侵攻を目の当たりにし、国家間の対立を武力で解決しようとする考えが今なお続く国際社会の厳しい現実に直面している。沖縄戦最後の激戦地となった沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園には早朝から遺族らが訪れ、平和を受け継いでいく大切さをかみ締めた。(以下略)(毎日新聞・2022/06/23)(下の写真は沖縄タイムス・2022/06/23)

<金口木舌>戦争のためにペンを取らない。もう二度と、絶対に

<金口木舌>戦争のためにペンを取らない。もう二度と、絶対に いつか来た道を、再びたどってしまっていないか。ウクライナ侵攻を伝えるロシアメディアの大半は、政府の「大義名分」を拡散する。政府系テレビ局のニュース番組に乱入し反戦を訴えた女性は「ロシア人はゾンビ化している」と思考停止状態に警鐘を鳴らす▼一方国内では、国是としてきた専守防衛の範囲を超えるような「防衛力強化」の議論が勢いを増す。力の論理の延長線上に、本当に人命と個人の尊厳が守られる平和があるのだろうか▼戦時中、新聞やラジオは大本営発表を垂れ流し、戦場の実相を隠すことに加担した。偽りの戦果に国民を熱狂させた帰結が、沖縄を捨て石とし、住民を惨禍に巻き込んだ沖縄戦だ▼「戦争の最初の犠牲者は真実である」という有名な言葉がある。真実が葬られることを黙して見過ごせば、次の犠牲者は自由と尊厳、そして人命だ。沖縄戦の記憶はそれを物語っている▼戦後77年を「戦前X年」にしてはならない。慰霊の日に、沖縄のメディアとして改めて誓う。戦争のためにペンは取らない。もう二度と、絶対に。(琉球新報・2022/06/23 )

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