麦茶だろうが何だろうが、酔えればいいさ

 【日報抄】新商品だと思って確かめもせずに買ったビールを飲もうと、プシュッと開けた時のことだ。缶に「ノンアルコールです」と書いてあるのに気がついた。既に遅し。開けてしまったのでゴクッとやると、これはこれで十分おいしい▼後日、改めて店で陳列棚を眺めると、見た目がビールや缶酎ハイと似たノンアルコール商品が増えていた。片や、子どもが喜びそうなかわいいイラストが付いたビールもあれば、「これはお酒です」と明記したジュースみたいな缶もある。これは区別が難しい▼ノンアルが増えているのは、飲めるけれどあえて酒を口にしない生活スタイルが受け入れられてきたからだという。「しらふ」と「好奇心」を組み合わせた「ソーバーキュリアス」という造語と共に、若い世代を中心に広まっている▼背景には健康志向の高まりがあるらしいが、飲酒をしないことで、パワハラやセクハラなど宴席で起こりがちなマイナスな出来事を回避したい意識も働いているという。飲酒運転を避けられるから時間を気にせずに出掛けられ、自由な時間が増えたように感じる人もいる▼厚生労働省によると、飲酒の習慣がない人は2019年に55%となり、微増傾向にある。日常的に飲むという人の方が少数派になってきた▼流行に便乗して、たまにはノンアルに置き換えてみようか。リラックスできれば同じこと。缶本体にアルコールをグラム単位で表示する動きも進んでいる。飲み過ぎて健康や人間関係を損なっては元も子もない。(新潟日報・2022/06/12)

 長年の「純米派」から、ぼくは毎晩ではありませんが、時々「ノンアル派」に転向して、かれこれ十年近くになります。「転向」の理由は特にあるというのではありません。思想転向といえば格好はいいけれど、酒を飲まなくなるというのはそんな「大それた」ことなんかではありませんで、一言で済ますなら、飲むのが面倒になったという話です。だから、ありていに言えば、ぼくは「左党」から「甘党」に変わったともいえそうですから、やはり一種の「転向」であることは間違いありません。酒飲みはどうして「左党」といわれるのか、異説もあって騒がしいのですが、要するに大工さんの仕事では「左手」は「鑿(のみ)手」で、だから左党=呑み助・呑兵衛を指した、これもまたある種の符丁なんでしょうね。

 おそらく半世紀以上、人並みに酒は飲んできました。大学生になってからは「晩酌」を始めていたし、近所(本郷界隈)の居酒屋にもよく通っていました。勤め人になってからは、昼飯時に少し足を延ばして上野や神田の蕎麦屋に入り、そこでお神酒を少々いただき、そのついでに盛り蕎麦を食べるということが習慣になっていきました。日本酒は「盛り」にあうというのか、「盛り」は日本酒にぴったりというのか。

 ネットを見るとはなしに眺めていたら、人気食堂とか名物蕎麦屋などといった番組があり、そこになんと「赤門そば」が収録されていました。そこの店主はHさんという「双子」の兄弟で、ぼくは、その蕎麦屋の少し奥まった路地に住んでいましたので、出前を頼んだり、お店に出向いては「太いうどん」や「名物蕎麦」を食べていました。数えてみれば、ぼくが本郷を離れたのは半世紀前になります。店主は御年八十四歳で、娘さんが店を切り盛りしていました。兄弟の一人は亡くなり、店主(Kちゃん)のかみさんも亡くなられていた。五十年の星霜は、人を変え時代を変え、社会まで変えて、しかし残された人々の佇まいは少しも変わっていないという「奇跡」にあったような感じがしました。

 酒は嫌いではありませんでした。たくさん飲むというのではなく、おいしいと感じるようなお酒(日本酒)と、まぎれもないおいしい肴を用意して、ぼくは毎日、仕事帰りに飲んだものでした。若いころは何かと酒類を漁ったものですが、ある時期からはひたすら「純米酒」(それも金沢の酒)しか飲みませんでした。理由は単純、値段は張らないし、二日酔いには縁がなかったからです。おそらくこの「純米」ばかりを三十年は飲んでいたでしょう。勤めに行かないときは家で飲むのですが、それも「純米」でした。この山間地に転居するまで、あるいは引っ越ししてしばらくは、やはり「純米」で、それは九十九里の純米酒でした。これもまたケース(一升入りを十二本)ごと注文し、一人でゆっくりと飲むようになったのです。しかしやがて、おいしい「肴」がないこと、毎日のように口に入れていた納豆や豆腐や油揚げの良品が手に入らなくなったので、間もなくぼくは酒を、瞬時に断ってしまいました。

 「豆腐一丁で二合の酒」と言われたのは、初代陸軍大臣の大村益次郎でした。ぼくもその口で、三十年間、同じ豆腐屋さんのものを毎日食べていました。しかし、山の中にきて、酒は手に入るけれども、魚がダメだし豆腐もダメ(スーパーのものは口に合わない)、それで何の未練もなく酒を止めたのでした。自分でも意外でしたね。タバコは止められても、酒は無理かなどと、勝手に思い込んでいたから。しかし、「酒肴(しゅこう)」などというように、両方がそろわないと、なんだか間が持てないという気がするのです。酒もたばこもやめてかれこれ十年近くになるか。

 この山間地に一人で住みだしてから、四、五年経って、かみさんが来ました。直前に大きな病気(手術)をしその後の養生が大変だということで共同生活(同棲)を再開しました。彼女はあまりというか、まったく飲まないが、食事時に、少しは酒類が必要らしい。いろいろと試行錯誤(というほどではないが)の結果、ある時に「ノンアル」にたどり着いたという次第です。しかし、そのノンアルコールでさえも、350㎖間、府たちで飲みきれないことの方が多いんですよ。ぼくが酒を止めたと伝え聞いた友人の多くはそれを信じないで、山の中まで見に来たものもいたほど。それが事実だと知ったら、「酒を飲まない君は、君じゃないよ」と、いまだに昔の飲み屋からお誘いが来るのです。ありがたいことですが、飲みたくないのに、わざわざ東京まで出向くこともなかろうからと、そのままで放置しています。

 いろいろな資料などを漁っていると、喫煙習慣を持たない人が大変に多くなったといわれるし、飲酒の方も習慣化しない人が増加中だそうです。特に若い人々にその傾向が強いといいますから、だから「ノンアル」と方向転換を図ってきたのは「酒造メーカー」だったわけです。この先も同じような傾向が続きそうな気もします。それはそれでいいことだし、酒の上での事故が減るなら勿怪(もっけ)のさいわいともいえますから。ぼくは「酔える」なら、なんだって(ウーロン茶でも、番茶でも)構わないほどの「酒飲まない人間」になってしまいました。往時は「一升」は当たり前でしたのに。

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(ある新聞記事から)英語の「sober(しらふ)」と「curious(好奇心が強い)」を組み合わせた「ソーバーキュリアス」は、英国出身のジャーナリスト、ルビー・ウォリントンさんが2019年刊行の著書で打ち出したとされる。日本でも今年11月に「飲まない生き方 ソバーキュリアス」のタイトルで方丈社から翻訳出版され、売れ行きは好調だ。/ ソーバーキュリアスは特に若い世代で支持を集める。厚生労働省の19年国民健康・栄養調査で、酒を飲まない層は55%と半数を超え、元々飲めるが「ほとんど飲まない」と「やめた」の合計は18%。20代に限ると27%だった。/ ニッセイ基礎研究所の久我尚子さんは「若い世代の消費行動は合理的で、時間を有効活用したい思いが強い。飲酒は費用対効果が低いと考える」と分析。コロナ禍で健康意識が高まったこともあり、「全世代で今後、実践者が増えていくだろう」とみる。

販売されているノンアルコールや低アルコールの飲料

飲酒習慣 内外で問い直し ノンアル商品等拡充飲酒習慣への警告は、世界的な潮流だ。世界保健機関(WHO)は10年、過度な飲酒を減らす指針を採択。国連のSDGs(持続可能な開発目標)でも「アルコールの有害な摂取を含む、物質乱用の防止・治療を強化する」としている。 /このため、酒販業界では近年、「適正飲酒」の取り組みが進んできた。アサヒビールは「スマートドリンキング」、サントリーは「ドリンク・スマート」、キリンは「スロードリンク」と銘打ち、ノンアルや低アル商品の拡充、アルコール量の記載などを展開中だ。こうした動きもソーバーキュリアスを後押しする。/ 民間の調査機関「酒文化研究所」の山田聡昭さんによると、仕事の付き合いなどで、周囲から飲酒を強要されることが減っていた上、コロナ禍で人付き合いが限られ、飲酒自体の意味を問い直す機運も生まれたという。「飲む人だけでなく、飲まない人や、TPOや体調に合わせて上手に使い分けたい人にとっても、好ましい環境が整ってきた。飲酒文化が成熟したとも言える」と指摘する。(読売新聞生活部 福士由佳子)(https://otekomachi.yomiuri.co.jp/lifestyle/20211221-OYTET50002/)

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(下図は「繊研新聞」:https://senken.co.jp/posts/non-alcohol-211018)

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・椹(くはのみ)や花なき蝶の世捨酒 (芭蕉)

・月花もなくて酒のむ独り哉 (同上)

・朝顔は酒盛知らぬ盛り哉 (同上)

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