「袋は大丈夫ですか」「君こそ大丈夫かい」

 【斜面】 だいじょうぶですか?だいぶ前、どこかの新聞の記者コラムだったと記憶している。レストランで「ライスになさいますか、パンになさいますか」と聞かれ、この記者は「ご飯」を求める。「ライスですね」と確認する店員に、記者は「いや、ご飯だよ」◆ライスではコメを食べた気がしない―。そんな趣旨だった。当時は「何をつまらないこだわりを」と思って読んだけれど、この記者さんの年齢に追いつき、笑えない自分がいるのに気付く。店で尋ねられる「だいじょうぶですか?」。すっかり定着している◆ポイントカードはだいじょうぶか、袋はだいじょうぶか…。持っているか、必要かと聞かれているのは分かっても、一瞬言葉につまる。持っていないカードや店の袋のことは「あずかり知らぬ」。胸のつぶやきをぐっとのみ込んで「持っていません」「要りません」と答える◆文化庁の調査によると、俄然(がぜん)を〈とても・断然〉という意味で、破天荒は〈豪快で大胆な様子〉を表すのに用いる傾向が強まっている。時代とともに語義も広がり、あるいは変わるのだろう。だいじょうぶを、勧められて辞退する際に使う方言もあるらしい◆同年の友人に言わせれば、気になるのは「年を取った証拠」。間違いだとか不快だとか言うつもりはない。ネットにあふれる新語や略語も含め、どこまでついていけるか。店員さんに「だいじょうぶです」と答えられるようになるまで、つまらないこだわりは、まだしばらく続きそうだ。(信濃毎日新聞・2022/06/06)

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 昨日六月五日が「芒種(ぼうしゅ)」という。二十四節季のひとつ。旧暦の時期だと、四月末から五月初めころ。芒種とは「のぎ(禾)(芒)」などの植物の作付けをする頃を言います。「青梅に手をかけて寝る蛙哉」(一茶)もう梅雨に入ったのかしらと思わせるような曇天に雨降りです。このような時期に、田植えを終えたあぜ道を歩くのは、いかにもすがすがしいという感覚に襲われます。最近は、散歩も間遠になり、歩こうかなと思い立つと、ぱらぱらと振り出してきます。いかにも雨模様に曇り空の下、濡れても構うものかと、ゆっくりと歩きだすのです。「禾」「芒」などというものが、それだけ際立って、伸び切る様子を見るのも、この時期の風物です。「麦秋」もう終わり、数少ない麦の刈り入れ終了してしまいました。

● 芒種(ぼうしゅ】=二十四節気の一つ。5月のにあたり、旧暦では4月末から5月上旬、新暦では6月8日ごろにあたる。イネやムギなどの(のぎ)のある作物の種を播(ま)く時節というところから芒種といわれる。現在の田植の時期は早まったが、昔の田植の時期はこのころであった。気象的にみると、梅雨入り(つゆいり)になりかかりのころにあたる。夏の季語。(ニッポニカ)

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 不順な天候とか言います。人間の都合に合わせて好天が続き、適度に雨が降り、ものみな育つと、いかにも幸いであるというのでしょうが、そうは問屋が卸しません。今夏もまた、異常高温が発生し、海水面が異常に高くなり、「線状降水帯」が頻繁に発生するような、そんな予感がしてきます。このところ、けっして華やかな扱いでないのは当たり前ですが、異常気象の前兆のような現象があちこちで見られます。山の中の拙宅ですが、居住して以来、ゴキブリに襲われ続けて、大変に難儀していました。ある時期、子どもに進められてゴキブリ退治の製品を購入、それを家の内外に置いたところ、みるみる侵入する数が激減しました。その製品名は「ブラックキャップ」。以来、何年になるか、新たに購入はしていませんし、しかもゴキブリがゼロでがありませんが、ほとんど侵入してきません。この殺虫剤の効果が持続しているのかどうか、ぼくには判断できません。もっと別の下人が「害虫」とされるものを人間の環境から遠ざけているのかしら。

 ところが、最近いくつかの記事で「カメムシ」や「アブラムシ」がまったくでなくなったというニュースを目にしました。そういえば、拙宅にも頻繁に出ていたカメムシやアブラムシはまったくというほどではないにしても、ほとんどで見られなくなりました。この「虫専用の薬剤」を使っているわけではないのです。しかも侵入するものの数は激減し、場合によってはほとんど見られなくなったのです。これはどうしてか。まだ、確定的なことはわかりませんが、いくつかの予想は立っています。いま世界規模で「ミツバチ」が大量に姿を消しているという現象が報告されています。「蜂群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん( Colony Collapse Disorder, CCD)」で、各地から報告がなされていますが、今の段階では決定的な因果関係が把握されていないのです。ここでも「(ネオニコチノイド系の農薬)殺虫剤」が原因であるとして、いくつかの国々では発売禁止の措置が取られています。この先、いかなる状況になるのか、ぼくは素人ではありますが、大きな興味をもって見ています。「ネオニコ」なしで、ぼくたちの生活が成り立たなくなってしまったのではないかと、空恐ろしくなります。

 本日はこんな問題を扱うつもりはありませんでしたが、雨模様にそそのかされたのか、思わぬ展開になりかけています。いずれにしても、まだまだ分からない問題が山積していますから、急いで結論を出すことはできません。人間にとっての「害虫」がいなくなるのは、一面では朗報です。しかし、「生態系」という自然サイクルを考えてみると、それはかならず、現に存在している生態系の崩壊を意味しますから、害虫撲滅万々歳と大喜びするわけにはいきません。いずれ、その危機状況は人間界にも建言するに違いありません。もうすでに発生しているかもしれないのです。

 それと、このところ急激に大きく報道されているのが「マダニ」の被害です。これも、今のところ決定的な治療法はありませんし、動物(主に犬や猫)が感染し、それは人間にも感染する、さらに悪いことには、その感染症によってなくなる事例が各地で増大してい頃が報告されているのです。鳥インフル、新型コロナ、マダニやその他のウィルス性感染症の多発は、いったいこの地球環境のいかなる状況を明示しているのでしょうか。さらにていねいな観察やその報告を待って、問題を深めていきたいと考えています。数年前から気にはしていたのですが、このところ急激に、この問題の危険度が認識されだしてきました。

 本日はコラムにある通り「接客対応」の慇懃無礼さについて書こうとしていました。このマニュアル型対応とでもいうような店員の態度に、ぼくは業を煮やして、次々に店にはいかなくなりました。マニュアル万能社会の隆盛は、人間集団のどんな先行きを示しているのか、あるいは「生態系の崩壊」につながる事態を迎えようとしているのでしょうか。

 あるコンビニ(スーパー)で、ぼくは小脇に買い物バッグを抱えて、レジに買うつもりの品物を出す。「レジ袋は、いかがいたいますか」「…」「どうされますか」「…」 もう一度聞き返されたので、「みればわかるだろ」と一言。時には「袋が欲しければ(必要ならば)、こちらから、下さいと言うよ」、次からは、その店には行かない。ファミレスがはやりだしたころでした。親子四人で入ったところ、「四人様ですか」と訊いたね。「これが五人に見えるかい、どこに目をつけてるん」とぼく。以来、ファミレスにはまず行かなくなりました。

 かくして、だんだんと買い物や食事をする店が少なくなってきました。やがて皆無になるのではと見通しを立てています。やがて、すべてがアマゾンなどの通販に代わるのか、それも投げやりだし、味気ないですね。老兵は消え去るのみ。でも、その前に「一矢報いたいな」、時代に向かってさ。目の前にいるのが「人間なんだ」ということがわからないんだな。パソコンでなにかを頼もうとすると、「私はロボットではありません」という認証ロゴが出てきて困っているところ。

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