あぢさゐの いろ濃きうすき 宿世かな

 「町彩るアジサイ1300鉢 長崎・中島川沿いなど 長崎市の花であるアジサイ22品種1300鉢が市中心部の眼鏡橋周辺の中島川沿いとシーボルト記念館(鳴滝2丁目)近くにお目見えした。今月中旬ごろまで町並みに彩りを添える。
 市花の魅力を知ってもらおうと市が展示している。中島川沿いでは、青やピンク、白、紫など色とりどりのアジサイが並ぶ。市民や観光客、修学旅行生らは写真を撮ったり、「めっちゃきれい」と眺めたりしている。千葉市の大学4年生、久保寺さやかさん(22)は「色も種類もいっぱいあって、きれい。川沿いの穏やかな雰囲気にマッチして、ずっと見ていたい」と満足そうに話した。」(長崎新聞・2022/6/5)

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 【南風録】アジサイには「七変化」の別称がある。同じ品種でも根を張った土の成分次第で青色にも赤色にもなる。雨に煙る紫色の花が、日が差すと水色に見えることもある。▲詩人萩原朔太郎は初期の作品「こころ」で、<こころをばなににたとへん/こころはあぢさゐの花>と詠んだ。つかみどころのない移ろいやすさに、人の心と相通じるものを感じたのだろう。▲大きく丸々と膨らんだアジサイの花が目を引く季節になった。鹿屋市天神町にも、なかなかの名所がある。山あいの斜面50アールにびっしり植えられ、濃淡のある花々が周辺を彩る。近くに住む川村忠光さんが植栽した。▲石材業を営んでいた1998年、作業場の一角のやぶを払って植えた数株が始まりだという。足を止めて眺める人の姿がうれしくて、本業を引退した後も妻の百合子さんと一緒に毎年こつこつと増やし続け、4000株になった。▲82歳になった今も朝8時にははさみを手にアジサイ園に入り、草取りや剪定(せんてい)に余念がない。うわさを聞いて見に来る人は年々増え、入場料はいらないのか尋ねられることもある。「我流で育てているだけだから」と、そんな気はないようだ。▲誰かの喜ぶ顔を見たいという動機のみで、人はここまで労力をつぎ込める。移ろいやすいのは人の心の常だとしても、見返りを求めず花を植え続けてきた年月に、いちずな信念を思わずにはいられない。(南日本新聞・2022/06/04)(右下の写真は川村さん夫妻)

 関東でも有名なお寺には、この時期に限らず、たくさんの人々が花を愛でに出かけられます。小生が住んでいる田舎にも近所には「茂原牡丹園」や「あじさい屋敷」(下の写真:千葉県茂原市三ヶ谷719)など、季節にはたくさんの観光客が訪れます。ぼくも一度は出かけてみましたが、いずれも民営で、実に丹精を込めて花を育て花を咲かせておられます。一見、あじさいなどは平凡ともいえそうな花ではありますが、それを長い間見ていると、まるで陶酔状態に陥りそうです。もちろん「牡丹園」もその通りです。「百花繚乱」とは、少し趣は異なりますけれど。

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 近年は、休耕田や遊休地などを再開発し、コスモスを植えたり、ひまわりやあじさい、あるいはぼたんなど、まさしく「素人はだし」の見事な経営ぶりで、ひたすら感心するばかりです。拙宅にも何本ものあじさいが、これから勢いよく咲き出そうと準備をしているのがありありと伺えます。この島には、こんなにたくさんの花好きが存在しているということが知れるだけでも、心は晴れがましくもなるのですが、それと同時に、花より団子という以上に、花や植物に興味や関心を示さない人々もたくさんいるのは事実です。その証拠に、植栽を伐採し、山を削って、道路や住宅地にするなどという乱開発は、この島のお家芸でもあると思われるからです。それを政治が率先してやってきたのです。もう何十年も前になりますが、まことに笑えない話が実際ありました。場所は「古都鎌倉」でした。早くに山肌を削って造成された宅地に居住していた住民が、そのさらに山の上部を開発して住宅地にする業者を相手取って「開発阻止」に打って出たという事件でした。もちろん行政も絡んでいます。先住民は、それ以前の先住民(獣)たちに断りもなく、土地を造成し危険を承知で住宅地にしたのに、それと同じような行為をするのを「乱開発」だとか「危険な開発」などと裁判に訴えたのでした。笑っていいのか、真面目に怒るべき事態だったか。最近では昨年の熱海の土砂崩れはひどいものでした。

 つい先ごろまでは相当な賑わいを見せていたのが「牡丹園」でした(右は茂原市山崎:茂原牡丹園)。拙宅から車で十分ほど、機会を見つけては見物に出かけたりしています。自宅でもボタンをと、一時期はまじめに考えたのですが、見所が近間にあるじゃないか、狭い庭に無理することはないよという声もあり、やがて沙汰闇になりました。あじさい屋敷も、膨大な敷地(山林)にのびのびとあじさいが育っているのは、まことに気持ちのいいもので、この時期、特に小雨の降る中を濡れながら揺れている花芯を見るのが乙にも思えてきます。

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● アジサイ(あじさい / 紫陽花)[学] Hydrangea macrophylla (Thunb.) Ser. f. macrophylla=ユキノシタ科(APG分類:アジサイ科)の落葉低木。高さ1~1.5メートルの株立ちになり、若枝は緑色で太い。葉は対生し、広楕円(こうだえん)形または倒卵形で長さ8~15センチメートル、先はとがり、縁(へり)に三角状の鋭い鋸歯(きょし)がある。葉質はやや厚く、滑らかでつやがある。6~7月ごろ枝先に球状で大形の集散花序に淡青紫色の中性花(装飾花)からなる花を多数つける。4~5個ある萼片(がくへん)が大形の花弁状にみえ、縁に鋸歯が出ることもあり、花弁は小さい。雄しべと雌しべは退化して小さく、果実ができない。ガクアジサイを母種として日本で生まれた園芸品種で奈良時代からあったといわれる。名は青い花がかたまって咲くようすから名づけられた。広く公園や庭園に植えられ、名所が各地にある。  ○文化史『万葉集』に大伴家持(おおとものやかもち)と橘諸兄(たちばなのもろえ)が詠んでいるが、平安文学に名はみえない。色が変わることが心の変節と結び付けられ、道徳的でないとみなされて、近世までは目だたない花であった。逆に西洋では色変わりが珍しがられて改良が進んだ。シーボルトが愛人のお滝さん(楠本滝)の名からオタクサH. otaksaを種小名に与えたが、現在は先取権上ツンベルクが命名したマクロフィラが使われている。『和名抄(わみょうしょう)』以来の漢名である紫陽花は、中国ではライラックとする説が有力である。                ○栽培 肥沃(ひよく)な湿気に富む半日陰地を好み、成長は早い。病虫害は比較的少なく、移植は容易で、剪定(せんてい)は花期後に軽くする程度がよい。繁殖は株分け、取木のほか、挿木も容易である。アジサイの花色は土壌の酸性度によって変わり、酸性土壌では青みが強く、アルカリ性土壌では紅色が強くなる。これにはアルミニウムが深く関係しており、そのほかに土壌に含まれる肥料要素の差異も影響があるといわれている。(ニッポニカ)

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 あじさいを読み込んだ好きな句をいくつか

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・紫陽花に八月の山高からず (飯田蛇笏)

・紫陽花に秋冷いたる信濃かな (杉田久女)

・紫陽花の花青がちや百日紅 (尾崎放哉) 

・あぢさゐやこの高みまで来れば山(久保田万太郎) 

・あぢさゐのいろ濃きうすき宿世かな(万太郎)

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。