教えないで質問する、それが教師の役割です

 自分が受け入れているものをふくめて、疑う権利を確保すること、それが私のデモクラシーの基本です。それを手放してしまったら、人間はそこからつぶれていくと思うんです。人間の思想というのは弱いものでね、思想で一つにくくってしまったら危ない。どこかに通り道を残しておかないと、やっぱり自滅してしまうんですね。(鶴見俊輔)

 鶴見さんのこの短文、今風に言うなら「ツイート」なんでしょうか、この駄文集にも何度か出てきますが、ぼくはこれをまるで車のエンジン始動させて、しばらくはアイドリング((idling)(=空ふかし)をする、そんな気持ちで、毎朝の準備体操のようなもとして、ある種の目覚まし薬のようにして読み込んできました。この「慣らし運転」というのか、それは人間の心身にもとても重要で、ぼくにはもう欠かせないものとなりました。「機械や自動車のエンジンを、負荷をかけずに低速で空回りさせること」(デジタル大辞泉)空転とか空回りというと、なんだか無駄のようにも考えたくなります。しかし、「無駄」があって初めて物事が順調に(ときには、順調ではないかもしれません。「不合理」の上にしか「合理」は乗っかれないんだね)進むのだという風にぼくは考えてきました。人間は一種の機械のようなもので(ラ・メトリ「人間機械論」岩波文庫、右下写真)、気候や人間関係の具合で調子が狂うこともよくあるのです。だから、アイドリングをして状態を確かめることが大切になりますね。頑(かたく)なにならない、強張(こわば)らない、肩肘の余分な力を抜いておく、それが毎朝のルーティンになっています。

 「デモクラシー」というのは、何時の時代のどんな集団にも認められる。それは、決して近代の産物なんかではないのです。ただそれが長くは続かないのが最大の特質だともいえるでしょうね。「民主主義」だけで五百年ということはあり得ない、徳川幕府や李氏朝鮮が何百年も継承されてきたのは、民主主義だからではなく、むしろその反対の政治体制であったからでしょう。でも、そんな徳川時代や朝鮮王朝時代にも、きっとデモクラシーは存在していたといえる。「民主主義」と「全体主義」の混合型は、どこにでも見られます。その意味は、たった一つの集団で、民衆が結合することはなかった、いろいろな集団の混合、寄せ集めだったということで、その中には全体主義もあれば、民主主義もあったのです。今日と少しも変わりはないといえます。その場合、「民主主義(デモクラシー)」をどのように見るかという視点や観点の違いはあるでしょう。もともと、デモス・クラテイヤという語がその基点にあります。デモス(demos)とは「人民」(特定集団のメンバーです)を指し、クラティア(kratia)は「権力」を意味しました。ギリシア由来の言葉です。もちろん、そのあり方は多様・多彩であり、これこそが「デモクラシー」であるということはできないのかもしれない。しかし、もっとも根本の部分には「民意(参加者の意思)の尊重」があるし、それがなければデモクラシーとは言われないのです。

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● 民主主義(みんしゅしゅぎ)(democracy)=民主主義を表す英語のデモクラシーという語は、もともとはギリシア語のdemos人民)とkratia(権力)という二つの語が結合したdemocratiaに由来する。したがって、民主主義のもっとも基本的な内容としては、人民多数の意志が政治を決定することをよしとする思想や、それを保障する政治制度あるいは政治運営の方式、と要約できよう。この意味では、第二次世界大戦後の現代国家のほとんどは、成年男女に普通・平等選挙権を認めているから、資本主義国家であれ社会主義国家であれ、それらの国々を民主主義国家とよぶことができよう。しかし、ひと口に民主主義といっても、その内容は、単に普通選挙権や国民の政治参加の保障にとどまるものではなく、人権(自由・平等)保障の質の高さや内容の違いあるいは民主的政治制度の考え方の差異などをめぐって多種多様に分かれ、しかも、そうした思想や政治運営の方式は、歴史の進展、政治・経済・社会の変化に伴って、しだいにその内容を広げ、また豊かにしてきた面もある。(以下略)(ニッポニカ)

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 その鶴見さんの「ツイート」です。疑う権利、しかも自分が受け入れているものまで、疑う権利を自分に確保しておく、それが「デモクラシーの基礎・基本」だというのです。無条件で受け入れるというのは、まあ一種の手抜き(思考停止)であって、何時かそれに気が付きますが、多くは「手遅れ」ということになるのが定め。自分が受け入れているものとは、ぼくの場合でいうなら、この島社会の現実(政治や経済をはじめとする、現存の体制です)を、否応なしに受け入れている。この島のどこであろうと、ぼくが生活している限り、法体系に束縛・拘束され、かつ擁護されているし、政治や経済の情勢に左右されるのは避けられません。しかし、だから、ぼくは現状の様々な条件・要素を全面的に承認しているかといえば、そんなことはあり得ないし、何時だって体制のおかしな部分には「異議あり」を発する、その権利は誰にも譲れないし、奪われたくないのです。

 僕が勤務していた学校もそうです。ぼくは受け入れていたどころか、ある意味では「飯のタネ」でしたから、それこそ、身を挺してそこにぶら下がっていたのです。しかし、そういうような格好の悪い状態で勤めていながら、おかしいことはおかしいと、誰に遠慮も忖度もなしにやってきました。しかも批判はやがて行動となってぼくの姿勢を計ろうとしてきました。ゲ月給を貰っているのだから、少しはおとなしくしろ、そんな「忠告」めいたことも言われ続けましたが、ぼくは批判はやめなかった。ぼくも構成員の一人(一人の構成員)でしたから、ぼくなりの「民意」を無視はできなかったし、それが結果的には誰かれの役に立ったと、ぼくは勝手に思っていました。大学の「現執行体制」を擁護するなどという芸当はぼくにはできなかった。いつだって、批判する側に徹していましたね。

 「日本人なら、文句を言うな」「四の五の言わず、黙って俺についてこい」というのは、ぼくに限って言うなら、まずダメです。身体が拒否反応を起こす。「なんで、あんたに従うんじゃ」という態度はいつでも隠せないのです。他人に譲れないなどという大げさなものではなく、当たり前に身体が言うことを効くか効かないか、それだけのことでもあります。そのための「アイドリング」は、だからぼくには不可欠なんですね。身体の体操であると同時に、精神の体操でもあります。

 深呼吸(deep breathing)は、ぼくにとっては精神の体操です。硬直したままで物事を判断しないし、それはできない相談。硬直を解(ほぐ)す、そのための準備運動でもあり、いわばウオーミングアップなんでしょうね。体の中の筋肉に新鮮な血液(酸素)を送る、それによって筋肉のこわばりを解(と)き、体全体を柔軟にするように、心にもしなやかさを失わない、思考にも柔軟剤を加えるような塩梅です。そのための背伸びであり、屈伸運動。ぼくは、このことをなんと、猫たちから、直(じか)に教えられました。気がめいっていたり、気が急いていたりすることはしょっちゅうですが、そんなときに猫の顔や様子を見ると、彼や彼女たちは、きっと「欠伸(あくび)(yawn)」をします。それを見ると、ぼくの体から硬直感が失われていき、しなやかというかゆとりのようなものが感じられてくるのですから、なんとも不思議ですし、「他人のふり見て、わがふり直せ」と言われているんですね。この際、猫はぼくにとっては、かけがえのない友人です。焦っても仕方がないでしょう、ゆっくりしなさいよ、というように。

 我が耳目を塞いで、たった一つの「ドグマ」を後生大事に懐に仕舞いこむ。それに対しては何一つ疑いもしない。これは強いのか弱いのか。「唯一絶対」という調子は「強そう」でも、その「正しさ」「絶対性」の根拠は、とても薄弱なものです。これしかない、と思い込んだとたんに、世の中は動いているようには見えなくなる(天動説ですね)のです。これが「イデオロギー」といわれるものの本質です。イデオロギーは「教条」ともいい、揺らぎがないことが生命線ですから、教条主義というのは、硬直した姿勢を指して言うのでしょう。「仏の教え」は何千年たっても一向に変わらない道理です。これしかない、これが真であるという、その硬直姿勢こそが「イデオロギー」の核なんですね。今日イデオロギーはそんなにはやりませんが、あるいは従来とは別種の「新イデオロギー」が勢いを得ているのかもしれません。

 ここで場面が変わります。あるいは「暗転」するのかもしれません。以下は、どこかで触れたようにも思いますが、何度でも繰り返し考える材料として使うことが大事だと、あえて、繰り返しをいとわず提示しておきます。

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 ギリシャの哲学者であるプラトン(BC427-BC347)という人が書いたたくさんの対話編のなかに『メノン』と題された本があります。そのはじめの部分に奇妙な話がでてきます。それを材料にして、「ものを学ぶ」というのはどのようなことかを考えたい。

 メノンというのは貴族階級に属する人の名前で、ソクラテス(BC470-BC399)の友人です。二人は「徳」について問答を始めていましたが、議論が行きづまってしまったところです。そこでは、ものを学ぶとはどんなことか。「徳」とはなにか。いかにも原理的な事柄が問題となっている。
 メノンの家にはたくさんの「召使い」がいました。そのうちの一人(10歳くらい)を呼んで、ソクラテスは次のような問題を出したんです。「一辺2プウスの正方形がある。その2倍の面積をもった正方形はどのようにして作ることができるか」

 そこでさっそく、その子ども相手にソクラテスは問題を解くように、話(質問)しはじめたのです。彼はまったく「教えない」で「問う」ばかりでした。子どもはその問に対して答える。自信満々で、その答えを知っていると思い込んでいましたから。ところが、ソクラテスからの質問攻めにあって、最後に「どうにも答えられない」というところに追いつめられたのです。これはソクラテスの(教育の)方法といわれる「対話」(ダイアローグ)、あるいは「問答法」といわれるものでした。ようするに、子どもの「知っているつもり」「知ったかぶり」を粉砕するための「質問」だった。

 ソクラテスは「教えないで、質問するだけ」でした。「教師の最良の仕事は質問することだ」と、人は言いぼくも言いました。途中を抜かして結論的に言うと、どんな人でも「自分にとって」いちばんの教師は自分自身です。だから、「自問、自答」なんです。

 もしそうだとするならば、いつでも「自問し、自答する」ことが「自分を育てる」ためには欠かせないのじゃないか。「育つ」ためには「育てる」がなければならない。だれかに質問される(自分で自分に質問する)ことによって、自分のなかのなにかが「育つ」あるいは「育てられる」といえるでしょう。教える視点からではなく、育てる姿勢の側から教育をていねいに考えたいですね。教えない教育、子どもが自分の中に「(考える力を)育てる」、そんな教育や授業を命がけで求めてきたという気もします。

 いかにも教師のことばかりを話しているように思われたかも知れないけど、じつは「子ども」(「教えられる側」)の問題でもあるのだと、ぼくはいいたい。よく言われる「教えられる」というのは、別名では「与えられる」ことでもあるでしょ。じゃあ、与えられるばかりだと、いったいその人にどんなことが起こるのか、という問題ですね。「与えられる」ことになれると、それに対して文句を言うようになります。与え方が悪いだの、もっと違うものをくれなどと言い出します。与える教育は「わがまま」を育てるのかもしれません。

 もう一度、「鶴見ツイート」にもどってみましょう。
 《自分が受け入れているものをふくめて、疑う権利を確保すること、それが私のデモクラシーの基本です。それを手放してしまったら、人間はそこからつぶれていくと思うんです。人間の思想というのは弱いものでね、思想で一つにくくってしまったら危ない。どこかに通り道を残しておかないと、やっぱり自滅してしまうんですね》 

 「自分が受け入れているものをふくめて、疑う権利を確保する」というのは、別の表現を使えば「わたしは自由である」ということじゃないですか。「考える自由」のことです。与えられたものを鵜呑みにするのじゃなく、それをいったん疑ってみる。自分の頭で疑って見るんです。それをしなければ、自分がないというようなものです。それが<自由>ということなんだ、そういえませんか。みんなが言うからそうなんだ、あの人が正しいといっているから、正しいのだと、自分を失う度合いに応じて、人な何物にもなるのではないか。みんなで決めたのだから、守るのが当たり前だろうという。しかし、現実にはそのように決めた時とは状況が異なっていることは誰にも理解できる、にもかかわらず、「決まり」だから守れ、ここまでくると、それは間違いなく「教条」になります。学校の拘束や、制服などは、その典型でしょう。男子生徒の髪型は丸坊主という、僧侶になるわkでもなし、ただ、難渋ねんっも前に決めた期8足だから。これが教条です。教条(イデオロギー)は、過去にしがみつくのです。「寄る辺は昔」というのです。こんなのばっかりdふぁったんじゃないですか、学校という場所は。まるで「博物館」か「考古館」みたいですね。今だってそんなのがいくらもあります。

 「わたしはは自由だ」というのは、おかしいと自分で思い、これはちょっと違うぞと感じる、その直観によって確かめられるんです。与えらたものを飲み下したり、「これしかない」としがみついたとたんに、ぼくたちは(考える)自由を失ってしまうんですね。そこで止まってしまう。つまり、固まるんです。「これこそが正しい」と思いこむんだね。どこにでもある罠だし、それにひっかかる人は後をたたない。
 自分が信じているものさえも疑う。いや、信じているものほどはげしく疑うことができるんです。「それ(疑う権利)を手放してしまったら、人間はそこからつぶれていく」というのは、「育てる」「育つ」ことをやめてしまうという意味です。自問自答を中断してしまうことです。与えられたものを安易に受け入れることで、その先を考えようとしなくなる。「自問」を止めてしまうと、後に何が残されるのでしょうか。

 「本当にためになるものというのは、自分自身を見つめることからのみ得られる」という、カナダのピアニストの言葉をもう一度思い出してください。自分で「気づく」ということは、ホントに大事ですね。自覚症状がなければ、どんな名医であって、診断することはできません。「オーケー、満足かい」「イエス、満足です」といわれれば、それで終わり。「自立」するのと、「他者のい介在をを拒絶」するのは、表向きは似ているようですね。でも内容は比べられないほどに違います。(右はグレン・グールド)

 「メノン」の続きは、実際に手に取って読まれますように。そこに述べられている「知識」論や「道徳」論は、実に古いものです。古いものですが、その古さは、少しも色あせないで「新鮮」です。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。