禁じられても「戦争反対」の声を上げること

(ウクライナ侵攻に抗議するプラカードを制作する画家のエレーナ・オシポワさん。ロシア・サンクトペテルブルクの自宅で)(2022年5月8日撮影)。(c)AFP

【5月22日 AFP】ロシアが第2次世界大戦(World War II)の対ドイツ戦勝記念日(Victory Day)を迎えた9日、画家のエレーナ・オシポワ(Yelena Osipova)さん(76)はほとんど寝ずに、ウクライナ侵攻に抗議するプラカードを仕上げた。▼しかし、ロシア第2の都市サンクトペテルブルク(St. Petersburg)にある自宅を出た途端、見知らぬ男性2人にプラカードを奪われ、持ち去られた。▼「明らかに組織的な妨害でしょう」。それでもオシポワさんは、めげることなく代わりのポスターをつかむと、再びデモへ向かった。▼大学で芸術を教えていた元教授でもあるオシポワさんは、2000年にウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)氏が政権の座に就くと、その2年後から20年間、街頭デモを行ってきた。地元では「サンクトペテルブルクの良心」として知られる存在だ。オシポワさんが機動隊にたびたび拘束される映像は、ソーシャルメディアで広く拡散されている。▼「今、大事なのは、禁じられていようとも『戦争反対』の声を上げることです」▼ ロシア政府が「特別軍事作戦」と称するウクライナ侵攻を開始して以降、各地の抗議デモは容赦なく弾圧され、侵攻を批判すると15年の実刑に処される可能性がある。▼オシポワさんは、2014年にはロシアによるウクライナ南部クリミア(Crimea)半島の併合や、ウクライナ東部での武力衝突に抗議した。今は、ウクライナ侵攻を批判している。                                             ■「国を愛するなら、責任は自分に」「こんなことを国民として受け入れてしまうとしたら、自分の子どもたちの未来を考えるのをやめることになります」▼アパートの部屋にある自作のプラカードには、反戦と反政権を掲げるメッセージがあふれている。「私たちは子どもたちにどんな世界を残していくのか──それがプラカードに込める思いです」▼他にも「使い捨ての兵士にされるのはごめんだ」、「妻よ、母よ、戦争を止めよう」、「私たちは帝国主義による挑発的な政治の犠牲者だ」といった言葉が書かれたポスターが並ぶ。▼「私は声を上げ続けてきました。沈黙は、自分の国で起きていることに賛成するのと同じだからです」とオシポワさんは言う。「だから、私は抗議に行くのです」▼何度も拘束されたせいで警察にすっかり顔を覚えられ、最近では連行されずにまっすぐ家に帰されることもあるという。▼「とうの昔に怖くなくなりました」とオシポワさん。「自分の国で恐れてはいけません。自分の国を愛するなら、その国の責任は自分にあると思うべきです」 (c)AFP (https://www.afpbb.com/articles/-/3405048?pid=24503660:2022/05/22)

 ぼくは「戦争評論家」「軍事研究者」ではありませんので、プーチンのウクライナ侵略がいつ果てるか、まったく予測できません。また、予測しても意味があるとは思われない。終わる時期が来れば終わる、それだけです。競馬や競輪の予想屋のようなことは百害あって一利なし、といえます。何千何万の人民が、間断なく殺されているのですから。一日でも早く「残虐な殺戮」が終わること、他国や他地域への避難を強いられた人々の、初期の願いが叶うこと、それだけを祈るばかりでした。

 地球上のいたるところで「プーチンの戦争反対」の声が上がってきました。それと同時に「プーチンの聖戦大賛成」という狼煙(のろし)も挙げられてきました。戦時につきものは「フェイク(偽情報)合戦」ですが、それも露骨の域を超えた状態が陸続として出てきています。この間、最も有効なのはロシア国内の「戦争反対」がどこまで広がるかだと、ぼくは注目してきました。もちろん、情報統制はお手の物の「独裁・独善」ですから、なかなか「何が真実か」がわからないままに、多くの人民は宣伝報道に乗せられてきたのは事実でしょう。しかし、「侵略」も三か月を超えた今、果たして操られる情報だけで、物事を判断しないでいいのか、そんな疑問がロシア国内外に生じてきたのも確かだと思われます。

 その先鞭をつけた「事件」が国営テレビ局の職員によって引き起こされたのです。三月半ばでした。「マリナ・オフシャニコワ氏がゴールデンタイムの放送で司会者の後ろに走り込み、「戦争を止めろ!」と書いたポスターを掲げたのは、過去に例のない瞬間だった。クレムリンに対する反対意見が、国中の居間に届いた。/ 父親がウクライナ人、母親がロシア人のオフシャニコワ氏は、反戦動画を別に投稿したことで、3万ルーブル(約3万3000円)の罰金を科された」(以下略)(BBNCNEWS:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-60760764)

 「マリナ・オフシャニコワはロシアの英雄だ!」と、野党政治家イリヤ・ヤシン氏はツイートした。「真実の5秒が、何週間にもわたるプロパガンダの泥を流し去る」と、別の野党政治家レフ・シュロスベルグ氏は述べた。(BBC・同上)

 この果敢な行動が、どのような形で潜航していったのか判断は困難ですが、少なくとも、彼女の行動の重い意味を、己が身に引き寄せてとらえた人々がいたことは疑えません。一人のマリナさんがいるということは、無数の「マリナ派・マリナ流」が存在するという事実を明かしているのです。もちろん、このような「決死の行動」「覚悟の反戦」は、彼女一人の判断であり、選択だったでしょうが、そのようにマリナさんを動かした前史というか先例・先人がいたともいえます。その一人が、オシポワさん(のような存在)だったとぼくは言いたいのです。もちろん、オシポワさんをそのように駆り立てたのは、その前に多くの「半暴力・反戦争派」がいたことを証明しています。時の権力の圧政に身を挺して抗議する、そんな人間はきっといます。ぼくたちが学ぶべきはかかる先達の思想であり、行動ではないか、そんなことをしきりに考え続けてきたものでした。(左写真:ロシアの外交官が、「血まみれで、無分別の」戦争に抗議するとして辞職したことが23日、明らかになった。戦争は「プーチンがウクライナに対して吹っかけた」と述べた。外交官はボリス・ボンダレフ氏。同氏のリンクトインによると、スイス・ジュネーヴの国連機関のロシア代表部に勤務していた。ー BBC・2020/05/24):https://www.bbc.com/japanese/61560572)

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 「サンクトペテルブルクの良心」と称される方(オシポワ氏)は、また権力者からは蛇蝎の如く嫌われ、踏みつぶして、消したいほどの存在であるとみなされているでしょう。だから、彼女は言うのです、「今、大事なのは、禁じられていようとも『戦争反対』の声を上げることです」「自分の国で恐れてはいけません。自分の国を愛するなら、その国の責任は自分にあると思うべきです」「禁じられている」というのは、権力者のご都合で、殺戮は絶対に容認できないという、胸底の叫びをいろいろなかたちで出すべきでしょう。いざ、その時に、ぼくにはそのようなことができるだろうか、とぼくは考えない。間違いは間違いといい、非道は非道ということこそが、ぼくの生きる道筋だと念じてきたのですから。そのための人生でもありました。差別され、不当に扱われる側に、わが身を挺す、と(格好よく言いすぎますかな)。差別する側に立つより、差別される側に立ち止まっていたい、と。

 オシポワさんが、ここまで一貫して「暴力」「戦争」を批判し、行動でそれを訴えるには、彼女にもやむにやまれぬ理由や歴史があったことでしょう。それはともかくとして、このような人間が一人でもいると認められれば、それに続く人々は必ずいるはずです。ロシア国内から、反対のうねり(あるいは波)が起こるのはまだ少し時間がかかるでしょう。しかしながら、楽観的かもしれませんが、ぼくはもうこの「無謀な戦争」「権力の誤用・乱用」「権力の妄信」の山場は越えたとみています。(もちろん根拠などありません、ぼく個人の「願望」がほとんどです)

 まったく望まない事態が終わらないどころか、長期戦の様相を見せているとも、巷間ではいわれています。その理由は何でしょうか。互い(戦争当事国と、その関係諸国などなど)のメンツということもあります。でもそれ以上に、「戦争」が商売になっているという現実です。西側とされる陣営がウクライナに気前よく「武器」を送っています。日本も、直接の軍事用武器ではないにしても、それなりの転用が可能な物品を送っています。戦争が起こるもっとも大きな理由は、あるいは「もっとも大きな」ではないかもしれないが、少なくとも、戦争がなくならない理由の筆頭は「戦争が儲かる」という事実です。現に、アメリアの軍需産業は大車輪で武器を製造しているし、それがまわりまわって「ロシア」にも行きつくのです。儲けるためには「敵も味方もあるものか」と。イギリスもしかり。敵味方関係なく、必要な武器や軍需物資は、軍需産業資本によって賄われてきたし、現に今も、そうなのです。この商売には「敵味方」はなさそうで、だからどんなところで「どことどこが戦争する」としても、商売が成り立つし、その「儲け」の幾分かは政治家に、かならず行き渡ります。政治家への献金は、戦争を起こしてもらわないと困るからです。アフリカであろうが、ロシアであろうが、どこの地域の戦争でも武器なしでは戦えない以上は、それを商売にしている「死の商人」「戦争商人」が暗躍ではなく、明躍しているといえるでしょう。実にやりきれないこととして、敵味方が「同一の死の商人」の「軍備・武器」で殺し合いをしているかもしれないと考えることでした。それは大いにあり得ることです。

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● 死の商人(しのしょうにん)merchant of death=武器弾薬を製造販売する者で,戦争によって私利をはかることから,こう呼ばれる。 1934年に組織されたアメリカ上院のナイ委員会が第1次世界大戦中のその実態を明らかにしたが,今日では軍産複合体として大きな問題となっている。しかも,近年の傾向として兵器産業に加え,貿易政策の重要なとして国家が対外武器売却に積極的に関与するようになった。アジア,アフリカ諸国に中古武器を売りつけたり,紛争地域における勢力均衡の維持を名目に熾烈な武器輸出競争を演じているのが実態である。(ブリタニカ国際大百科事典)(上の写真は東京新聞・2012/02/12)

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 というわけで、「戦争」は「大義名分」などとは無関係に、いつでもどこにでも起こるのですし、場合によっては、「起こされる」というのが本当の場合もあります。利害が絡むといえば、これほど「利権」をもたらす「商売」もないのですから、そんな戦争の犠牲になるなど、もってのほかというべきです。これは兵士でも例外ではありません。ロシアの犠牲兵士では「貧困層」出身などが圧倒的だとされています。権力者やその取り巻きは決して武器も取らないし、戦場にも出ない。だから、気軽(ではないかもしれませんが)に戦争を始めるのです。じゃんけんや相撲で、あるいは綱引きや短距離走で「勝負」を決めたらいいのです。もっというなら「あみだ」がいいですね。他人の土地を寄こせという「土地争い」など、身勝手だし、開いた口がふさがりません。その程度のもので、何万何千の死者や被害者が出る。そんな膨大な犠牲者を生み出すだけの「代物」なんかでは絶対にないのが「戦争」なんですよ。利権あさり化、有無不明の「メンツ」によるとしたら、ますます許しがたいですね。

 最後に「戦争終了」を決定するのは、「反対する声」です。「戦争反対」を禁じるのは、その戦いに理屈がないからで、だから、自由な発言を許さないのでしょう。いつでも、自由な発言が許されなくなる時が、危険な事態(間違った戦争)(間違わない「戦争」というのは、それは「仕掛けられた戦争」(売られた喧嘩)への防衛戦(正当防衛)です)が生じようとしている時に違いはないのです。

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投稿者:

dogen3

「上を思えば限りがないと、下を見て咲く百合の花」になれるものなら、という想いです。それこそ、「高嶺の花」ですが。「昨日は俗人 今日は僧、生涯胡乱(うろん)これがわが能」と自称した一休さんは、一面では「相当な人物」だったと、歳をとるとともに思わされています。